最初の邂逅から何度か経った、スティルインラブとの調教。
なんというか、うん。
『喰らいつくしてあげるわ! 貴方も、なにもかも! ゼンブゥ!』
『相変わらずこえーなおい。やる気があるのはいいけど』
「おち、落ち着いてスティル! お願いだから落ち着いてぇぇぇ!」
あんま変わらんわ。気性難がどうにかなるわけがなく、今日も調教助手さんが死にかけております、と。
数日の調教で分かったんだが、実馬はウマ娘でいう紅の側面が強い。
簡単に言えば、理性がないスティルインラブ、と言うべきか。
ストッパーになる存在がいないのだ。悲しいことに。
その結果、暴走を止められるはずもなく。
ただ前を走る相手をひたすらに追いかけ、ガス欠寸前まで走る機関車の出来上がり、って感じか。
これを俺にどうにかしてほしいらしいが……どうしようもなくねぇか?
(これ、多分スティルインラブの生来の気性だろ? 俺がどうこう出来る問題じゃねぇと思うんだけど)
グルーヴさんは分かりやすいし、ユニさんもなんとかなったけど、スティルインラブに関してはどうも厳しい気がする。
なぁ康夫さん、末本さん。そこんとこどう思うよ?
「気性の改善は見られん、か」
「こればっかりはどうしようもあらへんと思いますよ? とはいえ、調子は良さそうですけど」
「そこはそうっすね。いつも以上に気合いが入っとるわ」
あ、そうなの? これ気合入ってるの? 変わらねぇ気がするんだけど。
渋い表情のお2人。相変わらず死にかけている調教助手さん。ご愁傷様です。本当に。
スティルインラブはというと。
『……貴方、ワタシから逃げないのね』
『はい?』
変なことを聞いてきた。
逃げるとは何ぞや? レースや調教では散々逃げておりますが。
とはいえ、それ以上は教えてくれず。
いつも通りはぐらかされ、調教も終わったので帰っていった。
『いいわ。今日もお疲れ様、明日もよろしく』
『あ、はい。スティルインラ』
『スティルでいいわよ。呼びにくいでしょう? 長くて』
明日もよろしく、と言われるようになったのは、前進したのかもしれないな。
いや。スティル呼びを許してくれたし、かなり前進しているだろこれは。
ちょっと嬉しい。認められたのかな?
(明日も一緒らしいし、頑張るべ)
成果が出ているとは言い難いが、地道に積み重ねるしかない。
まずは信頼を勝ち取らないとな。
で、放牧の時間。
いつの間にやら帰ってきてたカメハメハやハーツと一緒になった。
『……ってなことがあってな。最近はずっとスティルさんとだよ』
『ふ~ん。モテモテだね』
『メスに現を抜かして、弱くなるなよ? もっとも、お前にそんな心配はなさそうだが』
『分かってんじゃねぇか。そんなつもりはさらさらねぇ』
お互いの現状を駄弁りあう。
なんつーか、随分久しぶりのように感じるな。
2ヶ月弱会ってないから、実際久しぶりではあるんだけど。
カメハメハとハーツは変わらないらしい。
『ぼくはいつもの子と一緒だね。距離も似てるし、波長も合うし』
『俺も特には変わらん。たまに変わったりするが、稀だ』
『ほーん。ちなみに、年上が相手になったりは?』
『ぼくはするよ。たまにだけど』
『俺はしないな』
ま、いつも通りってとこだな。
ただ、俺の調教相手であるスティルさんのことが気になるみたいで。
『でもスティルさんか~。あんまり誰かと一緒になってるの見たことないな』
『そうなのか? それって、いつもポツンといるとか?』
『らしいよ? この前見かけたことあったけど、基本的にポツンとしていることが多い感じ』
『俺が見た時もそうだったな。上手く言えないが、避けられている感じがする』
その理由が、他の馬とあまりつるまない、というものだ。
ふ~む、やっぱり気性が絡んだりしているのだろうか?
(つっても、馬って基本的に気性難だしなぁ。どいつもこいつも癖がありすぎるし)
主に俺の目の前にいるハーツとか、ここにはいないユニさんとか。
カメハメハは割と普通寄りだが、コイツもコイツで怪しいとこあるからな。
ただまぁ、スティルさん調教であんな感じだし。
放牧とかでもそうなら、避けられるのも不思議ではない、のか?
『分からんな。いかんせん放牧で一緒になることがないから』
『まぁね~。僕らをメスと一緒にするわけにはいかないでしょ』
『当然だな。お前とアドマイヤグルーヴは一緒にされそうだが』
『止めてくれ。本当になったらどうする気だお前』
理由は分からずじまいだ。
ま、調教で一緒になっているんだ。
ゆっくりと歩み寄ればいいだろう。
『アドマイヤグルーヴさんといえば、凄いピリピリしてたよ。いつも以上に』
『お前に会えなくてストレスとやらが溜まっているんだろ。発散してやれシャーロック』
『俺に言われてもしょうがねぇだろうが! つか、もうそういう認識で広まってんの!?』
『そりゃそうでしょ。一緒にいること多いし、アドマイヤグルーヴさんシャロくんといる時楽しそうだし』
ついでに、グルーヴさんのこともどうにかしないとな。
近いうちに調教で一緒になりそうだ。
……本当に大事なことを忘れている気がするけど、思い出せないってことはそういうことだ。うん。
◇
で、さらに月日は経ち。もうすぐ8月も終わりかけの頃。
『貴方は』
いつもの調教でスティルさんと一緒になっていると、神妙な雰囲気のスティルさんが。
刺々しさはない、気性の悪さも見せない。
『貴方はどうして、ワタシを避けないのかしら?』
不安そうな雰囲気で、そう聞いてくるスティルさんは。
なんというか、ありのままのスティルさんな感じがした。
いつもとは全く違う態度。
逆に戸惑う。
『避ける、ってのは? あいにく、俺には避ける理由がないんですけど』
『……無理しなくてもいいのよ。分かっているわ、自分がおかしいってことぐらい』
おかしい? ……なにが?
え、いや、待ってくれ。本当に分からん。
どゆこと?
だって俺から避ける理由ないじゃん。
嫌がらせされたわけでもなければ、はっきりと拒絶されたわけでもないし。
『他のみんなは、ワタシを怖いと言うわ。噛みつきに来るワタシが、怖いって』
『あ、あ~。そういうこと、ですか』
あぁはい。合点がいったわ。
つまり他の馬みたいに怖がらない俺が珍しい、って感じね。
オーケイ。理解したわ。
理解した上で言えるのは、避けるほど怖くないってことだ。
『まぁ怖いっちゃ怖いですけど、避けるほどじゃないですし』
はっきりと意思表示。避けるほどじゃない、と。
スティルさんは、驚いてんな。雰囲気で何となく分かる。
『……本当に珍しいわね、貴方。大抵の子は逃げていくのに』
『それだけで逃げる理由にはなりませんよ。それに、本能のままに走ってるって感じで、嫌いじゃないですし』
『嬉しいこと言ってくれるわね。ありがとう……でも、人間的には、よくないことみたいだわ』
その後、つらつらと語ってくれた。
スティルさんの話。昔のことから今に至るまで。
俺に、教えてくれる気になったみたいだ。
『今までは、我慢してた。勝つためだったから。でも、我慢しているのがバカらしくなった。時間が流れるにつれて、本能のままにやった方がいいって思うようになった』
『はぁ。だけど』
『……それが、人間的にはよくないみたいね。貴方みたいなのを用意して、やめさせようとしている』
ついでに、俺と調教するようになった理由についても勘づいた、と。
馬は人間が思っている以上に賢い。
どういう意図があるとか、そういうのに勘づくことだってある。
スティルさんは気づいたんだろう。俺がどういう馬なのかも分かっている。
『ハァ。本能のままに走れないなら、なんか……走るのもバカらしくなってくるわ』
『ストレスは溜まりますね』
『ワタシのためとはいっても、そんなの人間の都合じゃない。ワタシの都合じゃないわ』
分かったうえで、出た結論が……走る気力を失くしつつある、ということ。
実馬のスティルインラブも、こういう感じで調子を落としていったのだろうか?
(気性をどうにかしようとして、でもどうにもできなくて。結果、ずるずる下がっていった。競走馬生活の晩年みたいな成績になった、って感じか)
実際の理由は分からない。
スティルインラブの情報ってあまり多くはないし。
影が薄いとか、他の三冠牝馬と比べて地味、なんて扱いを受けていた。
それが、スティルインラブという競走馬。
ただ、そうだな。
『別に我慢するこたぁないんじゃないですか?』
『……え?』
『我慢することありませんよ。むしろ振り回してしまえばいい。その方がよっぽど楽ですし』
我慢しすぎるのはよくないことだ、うん。
ストレスを抱えすぎると病気になりやすくなる。馬も人も同じだ。
どこかで発散しないといけない。息抜きしないとダメだ。
我慢のしすぎて、レースに影響が出る始末。
だったら、俺がその我慢の解消を手助けすればいい。結果好走すれば、人側も願ったり叶ったりだ。
元々そのために抜擢されたんだ。末本さん的にも嬉しいだろう。
調教助手の人は……ご愁傷様。これからも頑張ってもろて。
スティルさんは、懐疑的。
耳も立てて、どこか警戒している。
俺の言葉が信じられないとか、そんな感じか。
『……人間はダメ、って言うでしょうね。間違いなく』
『ま~それはそうですね。絶対に言います』
『でしょう? だから』
そう、だからこそ。
『出来る限り我慢しましょう。んで、我慢した分全部発散させるんです』
『……どういうことかしら?』
『簡単ですよ。最初っから全部発散させようとするから、人間も止めさせようとするんです』
我慢のコントロールをする。それが解決の近道かもしれないと、俺は思った。
『ある程度我慢して、ここだ! ってタイミングで全部爆発させるんですよ。そうすりゃ人間も文句は言いません』
『……それが出来たら苦労しないわ』
『だったら、出来るようになるまで俺が付き合いますよ。どうせ人間もそのつもりでしょうし』
スティルさん復調の鍵はここにある。
解決するためだったら、俺は全力で取り組むぞ。
じゃないと末本さんも浮かばれないだろうし。主戦騎手の、まだ会ってないけど御幸さんも、スティルさんが復調したら嬉しいだろうし。
やれるならやる。それだけのことだ。
スティルさんは、黙ったまま。
不安なのか、チラチラとこっちを見ている。
『……本当に、貴方は付き合ってくれるのかしら? こんな、ワタシに』
『んまぁ、元々そういう役割のためにあてがわれたんで。それ抜きでも、解決できるなら手伝いますよ』
『本当の本当に? ワタシから、逃げ出したりしないでしょうね?』
何をそこまで心配しているのか。
康夫さん達の都合で変わったりでもしない限り、その線はない。
俺からスティルさんを避けることはない。
それはもう確定だ。
『逃げませんよ。レースでは逃げますけど』
ついでに茶目っ気ものせて答えておこう。
なお、スティルさんから反応はなかった。くそ、もっと上手いこと言えたらいいのに。
スティルさんは、笑った。
『ならァ……遠慮なく頼らせてもらうわァ』
『え』
『思う存分、曝け出していいのよねェ?』
『まぁ、はい。それでスティルさんが頑張れるなら』
なんだろう、悪寒が止まらない。
俺知らないうちに地雷踏んだ? 地雷撤去班何してんの? いねぇよそんなの。
何かやってしまった。なにかがスティルさんを満足させた。
その結果。
『次……楽しみにしててね? ワタシも、楽しみにしているわァ』
『アッハイ』
次の調教がちょっと怖くなってきたんだが。
え、大丈夫? 俺食われたりしない?
本当に大丈夫だったのか、これ?
去っていくスティルさんを見つめることしかできず。
『……頑張るか』
やるしかないと覚悟を決めた。
◇
で、肝心の調教の日。
スティルさんはというと。
『……ウフフ、ウフフ』
「お、おぉ! ちゃんと抑えられるようになってる! メジロシャーロックの効果が出てる!」
きっちりと抑えて走っていた……人側からしたら。
俺からすると恐怖でしかない。不気味に笑いながら、淡々と追ってきてるんだから。
(何あの笑い!? 俺何されんの!?)
一応俺が前でスティルさんが後ろ。これは変わらない。
変わらないからこそ、余計に怖さを感じる。
で、仕掛けどころに入った瞬間。
スティルさんは──弾けた。
『アッハっはッはっハッは! シャァロォ! 貴方も! なにもかも! 全部ぜぇんぶ、喰らッてアげるゥ!』
『こっっっわ!? ちょ、さすがに怖すぎる!?』
「よし仕掛けどころ……って、うわぁぁぁ!?」
すんごい勢いで迫ってくるスティルさんの誕生である。
怖いなんてもんじゃない。追いつかれたらガチで喰われそうな雰囲気がある。
あの、本当に助けてください! 恥も外聞もなく求めます。助けてください!
調教助手さんもグロッキー状態だ。
そりゃいきなり暴走し始めたんだからそうよ。
手綱をしっかり握りしめている辺り、やっぱりプロなんだとは思うけど。
てかそれどころじゃねぇ!
(追い上げがヤバすぎる! どんな末脚してんだ!?)
こっちも割と本気なのに、差がどんどん縮まってきてる。
今までは余裕を持って距離を保ててたのに、もう余裕なんてもんはない。
グルーヴさんに匹敵するぞこれ。あの人も大概やべーけど、こっちもこっちでやべぇ。
これが、三冠を獲った末脚ってことかよ。
はは、俺もまだまだ強くなれそうだ。
今回の調教結果。総評。
「やっぱり、メジロシャーロックと併せて正解やった! 本当にありがとうっすわ康夫調教師!」
「いやはや、いきなり変わりおったなぁ。昨日までは普通やったやろ? それが一日でこうも」
「しかも、クラシックのタイムをはるかに超えていますね。この調教タイムが何よりの証拠です」
「復調の兆しが見えた! 次のレース、絶対に取るで!」
大変満足しました。調教師陣営は。
俺は、うん。
『ウフ、ウフフ。これからもよろしくね? シャロ』
『は、はい』
『ウフフ……可愛いわァ。食べてしまおうかしらァ?』
『俺は美味しくないっすよ』
スティルさんの調子が回復したから、いいんじゃないですかね。はい。
ロックオンされちゃった。