親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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どちらも唐突に。


出会いと再会

 ディープインパクト。

 競馬を少しでも知っているならば、その名を知らないなどありえないレベルの馬だ。

 

 第6代三冠馬にしてシンボリルドルフ以来2頭目となる無敗の三冠馬。

 最後方からのド派手な追込を得意とし、同世代において敵なしを誇った。

 

 凄いのはレースだけじゃない、種牡馬としての成績もトップクラスだ。

 どのゲームでも大体好成績を残す上、産駒もバカみたいに強いのがたくさん。

 牡馬も牝馬も関係なく、ディープというだけで買い手がつくことも珍しくない。

 そもそもが日本の大種牡馬、サンデーサイレンスの筆頭後継者と呼ばれていたんだ。活躍度合いなんて今更か。

 

 とにかく、ディープインパクトってのはヤバい。

 俺がこの時代で目標を達成するために、最大の障害になるって思っていた相手だからな。

 

(ド派手に勝つって決めたのも、ディープインパクトの存在がでかい。ただ勝っただけじゃ、人の印象に残らないからだ)

 

 なんせこのディープインパクト、勝ち方がド派手な上にファン人気も高い方。

 ちょっとやそっとのことじゃ話題は埋もれる。前後の世代が良い例だ。

 

 総括して、現役も引退後もやべー馬。それがディープインパクトである。

 

 

 ……で、そのディープインパクトなのだが。

 

『ね、ね、シャーロックさん走ろう! ぼく早く走りたい!』

『放牧の時に走るから、扉をガンガンするのはやめい。ケガしちまうぞ』

『分かった!』

 

 まさかの俺の新しいお隣さんである。

 どういうことだよ。俺が一番困惑しているわ。

 

 走りたくてうずうずしているのか、馬房から顔を覗かせている。

 つか、扉に頭突きしかねん勢いだ。どんだけ走りたいんだよお前は。もう少し我慢しなさい。

 

 いやまぁ、可能性として考慮してなかったわけじゃない。

 俺が所属しているのは生江康夫厩舎。ディープインパクトや全兄であるブラックタイドも管理していた厩舎なのだ。

 後輩になることは確定的。それを抜きにしても前後の世代で同じ栗東トレセン。

 どこかで会うんだろうな~とは思っていたんだよ。

 

 でもさ、まさかお隣さんになるとは思わんやん?

 

(数ある中で、なんでよりにもよって俺の隣なんだ!? いや、なんか準備自体は整えられてたけどさぁ!)

 

 タイドが抜けた後にその弟が入ってくるとは。

 てっきりタイドが帰ってきた時用に残していると思ってたのに。

 

 ま、まぁ別に問題はないか。

 超えなければいけない相手ではあるが、今のところは戦う予定もない。

 戦うにしても、俺が古馬になってからの秋。それ以降にならなければ、対戦する機会はない。

 

 敵認定しているが、それはあくまで俺の目標を考えたらってだけの話だ。

 ディープがなにかやったとか、そういうわけじゃない。

 目の敵にする理由はないんだ。

 

(それに、悪い奴じゃないしなぁ。純粋でなんというか)

『早く! 早く! 走りたい走りたい!』

『落ち着けって。もう少しで放牧だから』

 

 走るのが大好きすぎる馬。それがディープの第一印象だった。

 

 

 で、放牧の時間で一緒にされたわけだが。

 

『わーい! たのしー!』

『あんま後先考えずに走るなよー?』

 

 ディープは常に動き回っていた。

 その姿はまさしくマグロ。止まったら死ぬ、みたいな感じ。

 

(本当に走るの大好きなんだな。んで、常に走り回っている。こりゃ、確かに強くなるわ)

 

 こんだけ動き回ってんだ。自然と体は鍛えられるし、調教もあるんだから強くもなるわな。

 

 で、だ。

 ディープは臆することを知らない。俺なんてほぼ初対面なのに、グイグイとお構いなしに来る。

 

『シャーロックさんも、シャーロックさんも走ろう?』

『なんで俺も? お前だけでもよくない?』

『えー? 一緒に走った方が楽しいよ? 走ろうよ走ろうよ!』

 

 距離の詰め方が子供そのもの。俺相手にめっちゃグイグイ来るのである。仮にも年上なのに。

 

 凄いな。他の新馬っぽい子達はどうしようかな、とか、ポツーンとしているのが多いのに。

 コイツはそんなの関係なしに詰め寄ってくる。そして、走ろうと誘う。

 

(疑うことを知らない、つーか。本当に走るのが好きなんだな)

『走ろうよー』

『分かった分かった。んじゃ、走るか』

『やったー!』

 

 うん、敵意が削がれるわ。戦意喪失するわこんなの。

 

 こうして、放牧時間中はずっとディープに付き合った。

 

『楽しいなー!』

『走るの大好きなんだな、ディープインパクトは』

『ディープでいいよ。それは勿論! だって、気持ちいいから!』

『ま、気持ちは分かるけどな』

 

 まま、今はまだいいだろ。

 敵だとか障害だとか、まだ関係ない段階なのだから。

 成長した後のことは知らんが。

 

 

 

 

 

 

 お隣さんがあのディープになったりと、いろいろとあったがそれはそれ。

 

 俺も次のレースが近い。秋の初戦、京都大賞典が。

 俺にとって初の古馬戦。同世代じゃない馬を始めて相手にするわけだ。

 さらに、相手にはグルーヴさんもいる。

 

(グルーヴさんの強さはよく知っている。知っているが、負けるわけにはいかねぇ)

 

 不足はない。今の俺が古馬相手にどれだけ戦えるのか、興味もあるしな。

 

 調教では古馬の先輩が相手に。

 とりわけ多いのはスティルさんだ。うん、そんな気はしてた。

 

『ウフフ、今日もよろしくね、シャロ』

『あ、はい。お願いします』

「ちなみに、スティルインラブはどないですか? 他の馬と併せした時」

「全然大丈夫っすわ。ゆーても、メジロシャーロックと併せる時は機嫌良さそうっすけど」

 

 スティルさんは三冠牝馬。

 2400のレースも勝ったことがある。中距離は主戦場の1つだ。

 

(本当に豪華だな、俺の調教相手って)

 

 クラシック二冠馬に始まり、エリザベス女王杯の勝ち馬、2003年の三冠牝馬。

 これに限らず、タイドにカメハメハにハーツ。かなりの馬とやっているのだ。

 うん、とんでもねぇわ。巡り合わせに感謝。

 

 あ、そういえば。

 

(最近ユニさんと一緒にならねぇな。どうしたんだろ? ユニさん)

 

 最近ユニさんを見かけなくなったな。

 調教はおろか、放牧でも一緒にならない。随分と見かけていない気がする。

 

(秋の初戦はオールカマー、なんて聞いていたけど。結局どうなったんだろ?)

 

 こうも見かけないと不安になってくるな。

 今日の放牧では一緒になるといいんだけど。

 

『あら、どうしたのかしらァ? シャロ。ワタシがいるのに、他のメスのことを』

『違いますよ。最近ユニさんを見かけてないなって』

『ユニさん? ……あァ、あの不思議な』

 

 ユニさんのことを考えていたら、スティルさんが寄ってきた。

 随分怖い雰囲気で迫ってきますね。勘弁してくれませんか。

 鞍上の御幸さんも苦笑いしてますよ。なんとなく察してますよコレ。

 

 それはいいとして。どうもスティルさんも見かけていないようだ。

 

『そういえば、ここでも見かけてないわねェ。ワタシと同じで、ポツンといることが多いから目立つのだけれど』

『そうなんですよ。なにかあったのかな、って』

『……オスだからまァ、許すわ』

『なんの話で?』

 

 一体どこに行ったのだろうか? ユニさんは。

 

 

 なんとなくモヤモヤを抱えたまま終えた調教。

 

 放牧の時間を使って、周りを見渡す。ユニさんいないかな、と。

 

(……いねぇな。今日は空振りか)

『ま、いないならいないでいいか。カメハメハやハーツあたりを誘って』

『シャロ。“そうるめいと”』

「ヒヒィィン(わぁぁぁ)!?」

 

 いないと思った矢先、後ろから現れた。

 やめてくださいよ。心臓止まるかと思ったじゃないですか。

 

 で、誰なのか?

 決まってる。俺のことをソウルメイトと呼ぶのは、一頭しかいないのだから。

 

『ひ、久しぶりですねユニさん。それ、マジでびっくりするんで止めてくださいね』

『善処をするよ』

 

 ユニさん。俺が探していた相手だ。

 どうも、俺より後に放牧地に来たらしい。丁度同じタイミングだった、ってわけか。

 

 今まで会わなかったからどこか悪いのかと思っていたけど……特に問題はなさそうだな。

 

(たまたま会わなかっただけか。良かった良かった)

『たまには話しましょうよ、ユニさん。最近会ってなかったですし』

『ん、いいよ。ぼくも、久しぶりにシャロと話したい』

 

 ほう、ユニさんも俺に話したいことがあると。

 そりゃ久しぶりだからな。ちょっとテンションが上がっているユニさんは新鮮だ。

 

 で、いろいろと話したわけなのだが。

 

『つい最近帰ってきたんですねユニさん。道理で見かけなかったわけだ』

『ん。いろいろあった。検査とか、脚のこととか』

『脚、ですか?』

 

 どうも最近帰ってきたらしい。

 それこそ昨日だとか。そりゃ見るわけないか。そもそも栗東にいなかったんだから。

 

『念入りだった。結果は“あんのうん”』

『まだ分からないんですね。ただ、ここにいるってことは』

『今のところ、異常なし』

 

 なんにせよ、ちゃんとここにいるんだ。ホッと一安心。

 

 走ることはしない。

 幸いにもディープは別のところにいるみたいだし、カメハメハもハーツの姿もない。

 ユニさんと過ごす。

 

 会話の内容は、ほぼ俺のことだ。

 

『最近スティルさんと一緒に走ることが多くてですね。向こうにも気に入られたみたいで』

『……“たらし”。ねがてぃぶ』

『なんでですか!? 俺じゃどうしようもないでしょうよ!』

『じょーく。“そうるめいと”特有。“驚く”をする』

 

 というのも、ユニさんは自分のことをあまり話さないというか。

 俺のことに対して興味津々なのか、聞いてばかりだ。

 

(普通に俺が経験していることが濃すぎるからな。グルーヴさんとかスティルさん以外にもいろいろとあるし)

『あと最近は、ディープインパクトって奴が隣に来まして。これがま~走るのが好きなんですよ』

『微笑ましい、だね。初々しい』

 

 ま、悪くはない。

 久しぶりにゆっくりと話すことができているんだ。

 これだけでも、俺は嬉しい。

 

 

 楽しく話していると、時間が過ぎるのはあっという間だ。

 

「ネオユニヴァース。お家に帰ろうね~」

『ユニさんのお迎えですね。ここまでですか』

『……ん。もっとゆっくりしたかったけど』

『仕方ないですよ』

 

 気づけばユニさんの迎えの人がやってきた。

 かちゃかちゃと手綱を装着して、ユニさんを連れていく。

 

 ここでお別れ、だな。

 

『それじゃあユニさん! また放牧か調教で!』

『……』

『ユニさん?』

 

 聞こえなかったのか、反応がなかった。

 う~ん、この距離で聞こえないなんてことはないと思うが。

 

 と、思ったつかの間のこと。

 

『またね、シャロ』

『あ、良かった聞こえてましたか。はい、また』

 

 しっかりと反応してくれた。ちゃんと聞こえていたみたいで何よりだ。

 

 ……ただ、去り際。

 

『“時間”、ない。その前に、“伝える”をしなきゃいけない』

 

 少し意味深なことを言っていたユニさんの後ろ姿が、どうしてか忘れられなかった。




次は京都大賞典。
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