今年の京都大賞典は人が多い。
例年と比べ、2倍以上と言ってもいいくらいに集まっていた。
「まさか、メジロシャーロックは京都大賞典に来るなんてな~。前哨戦よりもこっちか」
「そりゃ、ダービーで格付け完了したようなもんだからな! 古馬戦を見据えて、こっちに出走するのも悪くねぇだろ」
「ただ問題があるとすれば、中1週なんだよな~菊花賞。その辺はどうすんのかね?」
「いっても問題ないらしいぞ? ダービー以外はレース後ケロッとしてたし」
理由は言わずもがな、メジロシャーロックが出走するからだ。
集まった観客の大部分はメジロシャーロックが目当て。
その証拠に、競馬場の観客は口々に名前を口にしている。
メジロシャーロックの人気は留まることを知らない。
日本ダービー以降、さらにファンが増えていた。
理由は言わずもがな、名門メジロのオーナーである故・喜多野美弥にダービーをプレゼントした孝行息子だからである。
あの大逃げが記憶に焼き付いているファンは多く、岳寛の大逃げがまた見れた、という理由もあった。
サイレンススズカの幻影を、夢の先を見せてくれた葦毛のサラブレッド。
人気が出ないはずがないだろう。加速度的に増えている。
それもあってか、京都大賞典では1番人気に支持されている。
「頑張れよーシャーロック! お前に賭けてるんだからなー!」
「古馬相手でもやれるっちゅうとこ見せてくれや~!」
「負けんじゃねぇぞー!」
昨年の有馬記念3着、春天を2着とG1で好走を続けるゼンノロブロイ。
大阪杯をネオユニヴァースの2着、マーメイドステークスで圧勝したエリザベス女王杯覇者・アドマイヤグルーヴ。
代表するのはこの2頭だが、他にも中々粒揃いのメンバーが出走している。
それでも、彼らを押しのけての1番人気。
デビューからずっと1番人気だ。8連続1番人気で、期待に応えるように8連勝を記録している。
現在時点で8戦8勝。この記録が続くかどうかだけでも、人気を集めるには十分すぎる理由だ。
「今も負けなしの8連勝! このまま9連勝目ももろたで!」
「いや~でも、アドマイヤグルーヴも調子あげてきてるからな。油断は出来ねぇぞ」
「それでも勝つんはシャーロックや!」
観客の声援を、期待を受けるメジロシャーロック。
およそG2とは思えないほどの客入りを見せる京都競馬場は、出走の瞬間を待ちわびていた。
の、だが。
「おい、アドマイヤグルーヴがメジロシャーロックに絡んでるぞ?」
「え? あ、本当だ。でも、興奮しているとかそういうのじゃないな?」
「ほら、アレだろ。前々から言われてた」
「あ~メジロシャーロックの近くにいると落ち着く、ってやつか。アレ嘘じゃなかったんだな」
ターフに目を向ける観客。視線の先では、アドマイヤグルーヴにちょっかいをかけられている、メジロシャーロックの姿があった。
返し馬なのだが、なんとも微笑ましい光景が広がっている。
『あの、なんすか? グルーヴさん。もうすぐレースなんですけど』
『別にいいじゃない。今日は負けないわよ、シャロ! あんたも手加減せずに来なさいよね!』
『レースだからそりゃ手加減はしませんけど……まぁよろしくお願いします』
思わずほっこりするファンが多い返し馬だった。
余談だが、アドマイヤグルーヴの鞍上は岳ではない。
岳はメジロシャーロックを選択したようである。菊花賞を控えているので当然かもしれないが。
アドマイヤの馬主は特に怒っていなかったそうだ。
返し馬が終わり、競走馬が続々とゲートに入る。
これといった問題も起きず、観客はゲートを眺めるだけ。
示し合わせたように口をつぐみ、発走するその時を待ち構えていた。
《京都競馬場メインレース、京都大賞典を迎えました。芝の状態は良馬場発表、晴れ空が広がる中、2400mを優駿達が駆け抜けます。1番人気は3枠3番のメジロシャーロック。ダントツの1番人気です》
《楽しみですね! 集ったメンバーの中にはアドマイヤグルーヴにゼンノロブロイがいます。ここで、好走できれば、未来は明るいものとなりますよ》
《ですが、そう簡単には勝たせないぞというのが古馬の意地。2番人気4枠4番ゼンノロブロイ、3番人気に8枠10番アドマイヤグルーヴ。古馬の代表格2頭も好調を維持している様子でした。さて、最後に大外枠のトウカイオーザがゲートに入りました》
全馬ゲートイン。出走の準備は整った。
静寂が支配する京都競馬場。
静かな空気を切り裂いて、競走馬を閉じ込めていたゲートの扉が開く。
その瞬間、一斉に飛び出した。揃って綺麗なスタートを切る。
一際鮮やかに飛び出してきたのは、9番のダイタクバートラム。
《始まりました京都大賞典。揃って綺麗なスタートを切ります。真っ先に飛び出してきたのはっ、ダイタクバートラム。9番のダイタクバートラムが飛び出してきた。内側からはメジロシャーロック果敢にいきます。メジロシャーロックも飛び出そうとしている》
《やはり逃げ馬の2頭がハナを奪い合う展開ですね。ここからどうするのかっと。アドマイヤグルーヴも前につけるようです》
《ダイタクバートラムとメジロシャーロック、2頭がハナを取り合う。後ろにつけるのはアドマイヤグルーヴ今日は先行策だ。ゼンノロブロイも行きます、11頭の馬がそれぞれのポジションにつけようとしている》
追いかけるように、メジロシャーロックが飛び出した。
否、追いかけるだけじゃない。追い抜こうとしている。
「今日も逃げてくれシャーロックー! お前の逃げは天下一品だー!」
「ええぞええぞ! そんまま突き放せー!」
ダイタクバートラムを追い抜く。負けじと競りかけようとするが、メジロシャーロックはハナを譲らない。
メジロシャーロックの単騎逃げ……違う。
《じわりじわり、メジロシャーロックが突き放します。メジロシャーロックがダイタクバートラム以下10頭を突き放そうとしている! これは大逃げの構えだ、大逃げの構えだメジロシャーロック!》
《この舞台で大逃げですか。岳騎手の判断が気になるところです!》
《メジロシャーロック鞍上岳寛は手綱を動かさない、行きたいままに行かせている! これはダービーの大逃げだ、ダービーの大逃げを京都競馬場で披露しているメジロシャーロック!》
メジロシャーロックの大逃げだ。
ダイタクバートラムを突き放す。
お前は並ばせないとばかりに差を広げる。
ダイタクバートラムはなんとか食い下がろうとしているが、騎手の判断で追わないように指示された。
馬と騎手による喧嘩が始まるが、なんとか宥めて落ち着かせる。
その間にアドマイヤグルーヴは3番手に浮上。積極的な先行策で走る。
《メジロシャーロックが大きく逃げる、メジロシャーロックが逃げているぞ! ダイタクバートラムは追わない判断、無理はできないと手綱を締める鞍上。アドマイヤグルーヴは3番手、4番手にはゼンノロブロイがいる!》
《馬群はまばらですね。アドマイヤグルーヴの位置がちょっと気になるぐらいでしょうか?》
《上位人気の2頭は前の位置で、一番人気は大逃げで! 2番手との差をすでに4馬身から5馬身は広げようとしています! 最初のコーナーを迎えた段階で大きく差を広げようとしている!》
ゼンノロブロイも、先行集団につけていた。
天皇賞も好走し、スタミナは十分であることを証明。
この位置こそが最適と信じ、アドマイヤグルーヴと同じ位置で勝負する。
それぞれの思惑で走る後続の騎手と馬。
そんなものは──先頭を走るメジロシャーロックと岳寛には関係がない。
「いけるだろ? シャーロック。まだまだ!」
『おーよ! 任せてくれ岳さん!』
突き放す。ひたすらに大きく、差を広げて逃げる。
京都競馬場で繰り出される葦毛馬の大逃げ。
序盤からあまりにもド派手な展開だった。
ファンも大歓声で迎え入れる。
「ええぞええぞー! そんまま逃げろー!」
「東京で大逃げできたんだ! 京都でできないわけがねー!」
「メジロシャーロックの大逃げだぁぁぁ!」
大人気の馬が、分かりやすいくらいに逃げている。
盛り上がらないはずがない。高まらない理由がない。
大きな声を上げて応援の声を飛ばしていた。
メジロシャーロックの勢いは、向こう正面でも衰えない。
すでに差は10馬身以上は開いているか。2番手のダイタクバートラムは折り合いがついたのか、現在2番手の位置。
3番手アドマイヤグルーヴはその2馬身後ろ。ゼンノロブロイも同じ位置。
隊列は変わらず。縦長の展開でじっくりと機会を窺っていた。
メジロシャーロックの勢いは、傍目には衰えていない。
だが、向こう正面に入った段階で、岳の腕が光る。
「よしよし、いい感じにペースを落とせているね。このペースを維持して回復しよう」
(はいよ。俺も、ペースが良い感じに掴めてきてるぜ)
息を入れていた。それも、向こう正面に入った段階で。
後ろは気づいていない。本当に、いつの間に入れていたレベルの妙技。
タイムを計っていればすぐに気づけたことかもしれない。
だが、騎手は勿論のこと、観戦しているファンもレースに集中している。
タイムを計っている余裕なんてものはない。体内時計を頼りに、気づくしかないのだ。
──10馬身以上先にいる相手の、0.1秒単位で切り替えてくる絶妙なペースに。
警戒を怠っていたわけではない。むしろ最優先で警戒をしていた。
だが、警戒をしたところで無意味だ。
破滅的と分かっているペースについていくバカはいない。
大逃げ相手に競りかけよう、なんて普通は思わないのだから。
鞍上の岳はただ歓喜に震える。
(僕の動き出しに、ここまで完璧に合わせるなんて、ね。賢いなんてレベルを凌駕しているっ!)
こう動け、と指示すれば素直に動く。
ここは下がれ、と判断したら素直に下がる。
これほどまでに扱いやすく、そして強い馬はいない。
(まるでデモンストレーション、だね。そんなつもりはなかったのに)
古馬相手でも全く問題にしておらず、自分の走りを貫けている。
これほどまでに強い。口にしたくなるほどだった。
勢いは第3コーナーでも止まらない。
《ここで差を詰めたい後続、第3コーナー最内を回るメジロシャーロック! ここで動いたのはアドマイヤグルーヴだ、アドマイヤグルーヴだ。アドマイヤグルーヴがダイタクバートラムに並んで2番手に浮上! ゼンノロブロイはまだ行きません、こちらは控える!》
《後続が差を詰めてきましたよ。ダイタクバートラムとの差が縮まってきています》
《逃げるメジロシャーロック、第3コーナーから第4コーナーへ! その差はまだ8馬身はあるぞ、8馬身のリードをキープできるかメジロシャーロック!》
向こう正面で息を入れた。
最後の直線を走り切るだけの体力は十分にある。
「行くよ、シャーロック。このまま駆け抜けよう!」
(任せろ岳さん!)
さぁ、再点火だ。
第4コーナーで少しずつ差が縮まるものの、劇的には縮まらない。
「そんまま逃げろシャーロックー!」
「シャーロックの大逃げに追いつける奴はおらんわ! 突き放せー!」
第4コーナーから最後の直線までで縮まった差は、2馬身だけ。
8馬身から6馬身のリードに代わるが、岳に焦りはない。
(これも想定内。シャーロックの脚なら十分に逃げ切れる)
気は抜かない。最後の一秒まで、絶対に手を緩めない。
《最後の直線、6馬身のリードを保ってメジロシャーロックが先頭で入ってきた入ってきた! メジロシャーロックが先頭だその差は6馬身! 古馬相手にこの大立ち回り、大逃げで走る胆力! これは凄い、これは凄いぞメジロシャーロック!》
《後ろからアドマイヤグルーヴが2番手に上がってきましたね。ゼンノロブロイもギアが入りましたよ!》
《追いかけるアドマイヤグルーヴ凄い脚! アドマイヤグルーヴの剛脚が炸裂する! だがゼンノロブロイの勢いが上か! ゼンノロブロイも差を詰めてくる! さらにはナリタセンチュリーだナリタセンチュリーだ、ナリタセンチュリーも突っ込んできている!》
6馬身のリードが徐々に縮まってきているのだ。
いくら体力を残していたとはいえ、さすがに後続でスタミナを残していた馬達ほどではない。
差し馬、後方で控えていた馬達の末脚が炸裂する。
差が縮まる。5馬身。
《残り200を切った、残り200を切った! メジロシャーロック逃げ切れるかどうか!? ゼンノロブロイとアドマイヤグルーヴが突っ込んでくる、ナリタセンチュリーも来る!》
さらに差が縮まる。4馬身。
《だが勢いは衰えていない! メジロシャーロックの勢いは衰えていない! まだ粘る、まだ粘っている! 大逃げでこれだけのスタミナを残していた! まだ俺は走れるぞと言わんばかりの激走!》
もっと差が縮まる。3馬身。
《だが逃がさないとばかりに古馬が一斉に襲い掛かります! 有利なのはアドマイヤグルーヴかその差を3馬身に詰めている! ゼンノロブロイとナリタセンチュリーはどうか! ゼンノロブロイとナリタセンチュリーはどうか!?》
差が縮まっているが……距離が足りない。2馬身。
《50を切った50を切った! これは凄い、これは鮮やか! 岳寛とメジロシャーロックの魔法に、古馬は全員かけられてしまった! メジロシャーロック先頭、メジロシャーロック先頭!》
アドマイヤグルーヴがその差を1馬身まで詰めたところが、レースの終わりだった。
メジロシャーロックの大逃げが、京都競馬場で炸裂。
《メジロシャーロック逃げ切ったゴールイン! メジロシャーロックが京都大賞典を逃げ切りました! これは凄い、これはお見事! アドマイヤグルーヴの猛追も空しく、メジロシャーロックが逃げ切りました!》
《いや、凄いですね! 全部計算の内だったのでしょうか!》
《古馬の猛者相手にこの立ち回り、メジロシャーロックが京都大賞典を完勝です! 3歳馬の勝利はセイウンスカイ以来。セイウンスカイと言えば同じ葦毛の逃げ馬! 菊花賞のゲン担ぎにもなったでしょう、メジロシャーロックが勝ちました!》
見事勝利をもぎ取った。
観客の大声援が響き渡る。
「やっぱメジロシャーロックや! 最高やお前!」
「あの低い姿勢のスパートフォーム! 痺れる~っ!」
「こりゃ菊花賞もメジロシャーロックで決まりだぁぁぁ!」
喝采の嵐。誰もがメジロシャーロックを褒めたたえていた。
なお、それだけでは終わらなかった。
『やっぱ強いわねシャロ! あんたの女王としてあたしも誇らしいわ』
『あ、グルーヴさん。ありがとうございます』
『……でも、負けたの悔しぃ~! 今すぐあたしと走りなさい!』
『無茶言わんでください今走ったばっかなのに!?』
『女王命令よ!』
またもやアドマイヤグルーヴがちょっかいをかけていたのである。
仲睦まじそうに、メジロシャーロックへ。
思わず観客も笑う。
「ははは、ベストパートナーじゃねぇか? あの2頭」
「ええやんかええやんか! おもろいし!」
「鞍上も大変だなー!」
周りの騎手も、2頭の光景に笑みを浮かべている。
京都大賞典は円満に終わった。
う~んこれは強い。てかウマ娘のフォトって別端末に引き継げないのね。俺のヤン子フォルダがぁぁぁ!