親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

39 / 39
色々と託されての菊花賞はまもなく。


菊花賞までの道のり

 ユニさんが栗東を離れた。もう、ここで見ることはないだろう。

 

(ユニさんに言われたな。長く健やかに走ってほしい、って)

 

 ぶっちゃけ、長く走れるかどうかは現オーナーである裕二さん次第だ。

 少なくとも来年までは走れるはず。その先は分からんけど。

 

 来年まで走れる理由はたった1つ。天皇賞の存在だ。

 

(メジロにとって天皇賞は特別だ。ダービーと同等、下手すりゃそれ以上の価値がある)

 

 天皇賞の存在がある限り、よしんば俺が無敗の三冠馬になったとしても、間違いなく走らせるはずだ。

 二連覇を目指しての現役続行もあり得るライン。

 下手すりゃ、メジロマックイーンが成し遂げられなかった三連覇も視野にするかもしれん。

 俺が天皇賞に勝てば、の話だけど。

 

 とにかく、来年の現役続行はほぼ確だ。

 後は健やかの部分だな。これは、俺が体調に気を配っておけば大丈夫だろう。

 

(今のところ、ケガらしいケガはなし。菊花賞も問題なく走れる)

 

 菊花賞まであと1週間を切った。

 康夫さんも、かなり慎重に動いている。

 

 調教が良い例だ。京都大賞典を走り終えた後の調教は、かなり軽めになっている。

 

「万が一にも疲労を残すわけにはいかん。万全の状態で、菊花賞に送り出すで」

 

 調子と体重を維持するための調整。

 追い切りみたいな無理な運動は一切せず、とにかく体調を崩さないようにと気を配っている。

 本来なら2頭で併せるところも、俺のためにと単走での調教を指示。

 

「シャーロックは自分で調整できる。レース感は京都大賞典で養えとるし、なんも問題あらへんわ」

 

 徹底的に管理していた。

 

 そのおかげもあってか、俺は万全の状態で向かうことが出来そう。

 となると、是が非でも取りたくなるよな。三冠の称号は。

 

(菊花賞。ユニさんが取れなかったのもそうだけど、メジロとして初の三冠馬にもなる)

 

 三冠馬は特別だ。

 種付け料にだって影響するし、三冠馬というだけでとにかく種付けしよう! なんて魔法の魅力がある。

 特に、俺の場合は血統が血統だ。箔はあればあるだけいい。

 

(パーソロン系。悪いとは言わないし、むしろ希少性を考えたらプラスなんだが)

『相手がサンデーサイレンス系、ってのがなぁ。どこまでも不安にさせるぜ畜生め』

 

 それだけ、この時代のサンデーは影響力がある。

 そりゃまぁ産駒がバカスカ走ったわけだし、強い馬が欲しいからそうなるわな。

 確実に勝てる馬を獲得したい。誰だってそう思うし。

 

 ま、カメハメハも非サンデーかつ強かった馬だったので、重宝されていた。

 そこに俺が加わることもできる、だろう。いや、さすがにできるわ。

 

 間近に迫る菊花賞。俺の第一の目標が達成できるかどうかが掛かっている。

 

(絶対に勝つ)

 

 気合いが入るってもんよ。

 

 

 ……で、菊花賞はこれくらいでいいんだが。

 実は今別の問題が浮上している。

 緊急性が高いわけじゃないし、なんなら微笑ましいぐらいの問題なのだが。

 

 その問題というのが、ディープのことである。

 

『ね~ね~シャロさ~ん。ぼくと一緒に走ろ~よ~』

『他の誘えばいいだろ。なんでわざわざ俺なんだよ?』

『だってシャロさん速いし。シャロさんなら全力をぶつけられるし。一緒に入った子だと物足りないんだもん』

 

 どういうわけか、俺はディープにかなり懐かれていた。

 わざわざ俺のとこまできて、走りの誘いに来るくらいに。

 

 ディープが栗東に入厩してからほぼ毎日。

 最初こそ他の新馬に混ざっていたが、数日経ったら俺の方にやってきた。

 曰く、俺が一番走っていて楽しいから、とのこと。

 

 なんだ、俺なら全力をぶつけてもいいって。

 一緒に入った子、新馬だと物足りないってか? バケモンじゃ……

 

(俺も大概だったわ)

 

 いかん、俺も同じようなことしてたから強く言えんぞこれ。

 え? まさか俺ってディープ側だったの? 俺もバケモノ枠に加わる感じ?

 

 いやいやそんなまさか。俺はいたって普通の競走馬のはずだ。

 ちょっと新馬戦大差勝ちしてその後重賞2連勝からの朝日杯制覇。

 無敗で皐月とダービーの二冠を達成して、古馬を相手に大逃げで勝っただけだぞ?

 

 そんなまさか怪物枠……苦しいわ。無理だわコレ。

 

(言い訳のしようがねぇ。よくよく思い返せば、俺がやってきたこと全部バケモノ側だわ)

 

 改めて思い返すとアレだな。

 俺ってディープのこととやかく言えねぇな、本当に。

 

『シャロさん走ろうよ~』

『分かった分かった。走ってやるから顔を舐めるんじゃありません。バッチィぞ』

 

 ディープの走りに付き合うことに。

 これも放牧で恒例となりつつある。

 

 ただ、本気は出さない。

 こっちは菊花賞を控えている身なんでね。

 あくまで軽く。負担にならないように走るのがコツだ。

 

『よ~し、シャロさんに負けないぞ~!』

『言っておくけど、俺は本気出して走らんからな。レース近いし』

『えぇ!? そんなのやだやだやだ~!』

『ワガママ言うんじゃありません。レースが終わったら、いっぱい走ってやるから』

『本当!? やったー! 楽しみ楽しみー!』

 

 ディープからはえらい不評を買っているが、なんとか宥めつつ放牧の時間を過ごす。

 つかディープはアレだな。情緒が子供のそれだ。

 

(かなり扱いにくい馬、なんて言われてたな。岳さん以外は乗れなかったとか)

 

 走ることを楽しんでいる、というか。レースそのものに頓着してなさそうな感じ。

 俺に負けない、なんて口にしているから、競争意識自体はあるんだろうが。

 

(不思議な奴だな。ディープインパクト。これが後の無敗の三冠馬、か)

 

 とはいえ、ディープはめっちゃ強い。こうして走っているから分かる。

 

 そもそも俺に絡むのも、同世代じゃ相手にならないからだ。

 能力が突出しすぎている。俺と同じように。

 純真無垢な天才。それがディープインパクト。

 

 ま、今はいいかもしれん。

 康夫さん曰く、デビューはまだ先の方らしいし。

 俺の菊花賞よりも後だ。

 

『いくぞいくぞ~!』

『そんな早く走っても、俺は本気出したりしないからな?』

 

 果たしてどんな道を歩むことになるのか? ちょっと楽しみにしている自分がいる。

 

 

 

 

 

 

 菊花賞を目前に控え、競馬ファンの興奮は最高潮に達しようとしている。

 

「ルドルフ以来の無敗の三冠が掛かった菊花賞! しかも、あのメジロの馬だぜ?」

「サンデーじゃない競走馬でここまで来たんだ。楽しみにならないはずがない!」

「母父オグリキャップ。オグリが走れなかったクラシックで、孫がここまでの活躍を残すなんてなぁ……!」

 

 言うまでもなくメジロシャーロックの存在だ。

 

 戦績9戦9勝のクラシック二冠馬。

 前哨戦に古馬との戦いになる京都大賞典を選び、見事大逃げで勝ち切った。

 

 日本ダービーの出来事は、まだ記憶に新しい。

 メジロの元総帥、故・喜多野美弥のためと言わんばかりの大逃げを発揮したあのレースは、目を閉じれば今も鮮明に思い出せるほどの戦いだった。

 

 勝ち方も文句なし。取り巻く環境も語らずにはいられない。

 メジロシャーロックの人気は、もはや全国津々浦々と広がりつつあった。

 

 これにはJRAも大興奮。

 興行的にも美味しく、なにより欲していたスターホースの存在。

 

 現実でも、競馬場の客入りは凄まじい。

 前年度と比べてかなりのプラスになっており、メジロシャーロックが出走する日は、普段の倍近い人数が押し寄せるのだ。

 

「この勝ちっぷり、プッシュするしかない!」

「もうすぐ完成だよな? 京都競馬場に展示するぞ!」

「メジロシャーロックの像。これはいけるな!」

 

 そりゃあもう掛かり気味にもなる。

 あの手この手を使って、メジロシャーロックの存在を前面に押し出していた。

 すでに銅像さえも作っている始末。記念品も作るのもやむなし、お金になりそうなことはどんどんとやっている。

 

 さらには他の陣営のこともある。

 ライバル候補だった一頭であり、神戸新聞杯を制したキングカメハメハは菊花賞を回避。天皇賞・秋へ駒を進めることを発表。

 調教師曰く。

 

「長い距離は走れそうにないので、距離の短い天皇賞・秋に照準を定めています」

 

 元々マイラー気質のキングカメハメハでは適性が合わないから、と説明がされた。

 

 こうなると、有力となるのはダービー3着のハーツクライ。

 他のライバル候補も、ほとんどがメジロシャーロックに敗れた馬。

 優位は揺らがないと、大多数は判断していた。

 

 しかし、そこで待ったをかけたのが一部の専門家。

 とりわけローテのことについて言及する。

 

「京都大賞典で大逃げしたのだろう? 疲れが残っている可能性が捨てきれないな」

「派手に勝ったのはいいが、中1週で菊花賞。前哨戦で、2400mの大逃げしたんだ。疲労が溜まっているに違いない」

「ローテについて疑問が残るね。これは、少々厳しい戦いになるんじゃないか?」

 

 京都大賞典の疲労が残っている可能性。

 古馬相手に大逃げで走った代償は決して安くないはずだ。

 完調じゃない状態で3000mを逃げ切れるかは疑問が残る。

 一部の人間は、そう指摘した。

 

 だが、世論はすでにメジロシャーロックの応援に傾いている。

 

「シャーロックならいける! 無敗の三冠は秒読みだ!」

「負けるはずがねぇ! メジロシャーロックは無敵だ!」

「クラシックを走れなかったオグリの孫が無敗の三冠。こんなロマンあふれることはないだろ!」

「しかも、勝てばメジロマックイーンとの親子制覇だ! 期待するしかないっしょー!」

 

 そんな声には耳を貸さない。

 メジロシャーロックが勝つことだけを望んでいるような、そんな空気感に支配されている。

 これまでの実績が、取り巻く境遇が。そんな空気を作り出す。

 

 半々なんてレベルじゃない。賛9.9割の否が0.1割と言ってもいいほどだ。

 それほどの期待がメジロシャーロックにかかっている。

 

「シンボリルドルフ以来の偉業」

 

 無敗の三冠を勝ち取ることを。

 

「メジロ初のクラシック三冠馬」

 

 名門復活の呼び水となることを。

 

「果たせなかったクラシック制覇を」

 

 偉大なアイドルホースである祖父の夢を。

 

「菊花賞を勝ってほしい」

 

 ただ勝ってほしいという純粋な願いを。

 

 メジロシャーロックにはかけられていた。

 

 

 管理する側である生江康夫は気が気でない。

 胃がキリキリしている。菊花賞が近づくにつれて、どんどん酷くなっていた。

 

「アカン、ホンマにあかんわ。プレッシャーで俺の胃がおしゃかになる」

「バカなこと言ってないで仕事してください、テキ」

「俊之ぃ! お前には人の心っちゅうもんがないんか!?」

「気持ちは分かりますけどね」

 

 涼しい表情の俊之と冷や汗だらだらの康夫。

 こんなやり取りができるのも、2人が親しい間柄だからだ。

 

「ホンマにえらい人気や。元々ファン人気高い馬やったけど、最近はホンマに凄い。社会現象にすらなるんやないか?」

「無敗の三冠馬になったら、なるかもしれませんね。話題性しかないですし」

「……良し悪しはあれど、やな」

 

 自分達を取り巻く現状。

 嘆くものではないが、当事者としては胃が痛くて仕方がない。

 メジロシャーロックに問題はないとはいえ、周りの空気が問題だ。

 

「シャーロックのレースは盤石やから、安心して見れるんやけどなぁ。万が一があったら……っ! おぉこわ」

「心配してどうするんですか。俺達は常に最善を尽くしています。今度の菊花賞だって、調整はばっちりしてあるでしょう?」

「それはそうやけどな」

 

 弱音を吐きたくもなるだろう。最悪を想像した場合が怖すぎる。

 

 ただ、康夫はすでに覚悟を決めていた。

 

「最後の冠も取って、メジロシャーロックを三冠馬にする。それだけやな」

「それだけです。だから、なにも心配いりませんよ。シャーロックの強さなら」

「脚元掬われんように、ってな」

 

 準備は万全に整えた。

 後はなるようになれ、だ。

 できることは尽くしたのだから、後は天命に身を委ねるのみである。

 

「寛くんもえらい気合が入っとったわ。京都だから任せてください、なんて言うてな」

「なら、安心できますよ。京都の寛さんなんですから」

「安心できる要素しかないな! わっはっは!」

 

 胃がキリキリしていた姿から一転。

 生江康夫は高笑いをし、俊之はそんな姿をやれやれと言った様子で見守っていた。

 

 

 メジロシャーロック側に問題はなし。

 となると、後怖いのは……夏の上がり馬。

 夏を経て急成長を遂げた馬の存在だ。

 

 調子の良さそうな馬が一頭、栗東にいる。

 

「お~しおし、いい感じだぞデルタブルース! 磐田さんも、頼みますよ!」

「はい。やるからには勝ちますよ」

 

 デルタブルース。つい最近1000万の条件戦を勝ったばかりの馬。

 重賞を勝っていないので、とりわけ注目すべきところがない。

 メジロシャーロックの相手にはならなそう、と思われそうな戦績だ。

 

 だが、調教師の隅井は自信を深める。

 

(夏を経て、筋肉に厚みが増した。相手はバケモンだけど、十分渡り合えるはず!)

 

 いける、と。デルタブルースならやってくれると信じていた。

 

 人気薄なことが予想される。マークはメジロシャーロックに集中する。

 大逃げで走るかもしれない。それはそれでよしだ。

 

(自滅するのを待つ。ダービー逃げ切ったけど、3000m逃げ切るのは至難の業)

「絶対に負けんぞ。デルタブルースで勝つ!」

 

 極めて冷静だった。

 

 騎手である磐田も、どんな動きにも対応できるようにとチェックを欠かさない。

 

「寛さんの逃げは絶対に警戒されるだろうからな。その警戒の包囲網をかいくぐって、漁夫の利を狙う」

 

 最悪自分達もマークに加わることを視野に。

 絶対に勝つためにと、遅くまで作戦を練っていた。

 

 

 様々な思いが交錯する菊花賞。

 三冠最後の戦いの幕が、上がろうとしていた。




次回 菊花賞
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

星旗牝系の夢(作者:久保田紅葉)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

もしもゴールドシップに全姉がいたら……というロマンとかいうのを詰め込んだ怪文書


総合評価:610/評価:7.67/連載:10話/更新日時:2026年07月12日(日) 19:51 小説情報

覇王伝説第二章(作者:ノワールキャット)(オリジナル現代/スポーツ)

20世紀末。▼8戦8勝の年間無敗、史上最多の年間GI5勝。▼2000年に降臨した絶対王者、世紀末覇王と称されたとある馬の後継者。▼これは、かつての相棒と駆ける覇王伝説の第2章である。▼─────▼ある騎手が引退することなので、書いてみました。▼執筆者はにわかな部分が多いです。かなり優遇していますので、史実改変が嫌という方はここでブラウザバックしよう。▼初めて…


総合評価:3147/評価:8.93/連載:34話/更新日時:2026年07月05日(日) 23:50 小説情報

その瞳に勝利を(作者:カニ漁船)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

「わたしは勝つわ、トレーナー!」▼「頑張って支えるよ」


総合評価:2913/評価:8.75/完結:74話/更新日時:2026年05月14日(木) 23:00 小説情報

ステイゴールドになったけど(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

気づいたらステイゴールド。▼っても、既にいろんなステゴの記憶がある彼女。その中に一人、おっさんが混じってもまぁそれはステゴ。▼19話からは蛇足編です。おっさんステゴの旅路をご覧になりたい方は、是非。


総合評価:2087/評価:8.57/完結:48話/更新日時:2026年06月29日(月) 21:00 小説情報

競馬ミリしらウマ娘ファンがウマ娘化されていないモブ(?)ウマ娘に転生したので、頑張って百合ハーレムを作ろうとする話(作者:雅媛)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

 ウマ娘に転生したから百合ハーレムを築きたい競馬ミリしら民のお話。▼ なお、名前はディープインパクトという。


総合評価:2327/評価:7.84/連載:20話/更新日時:2026年04月04日(土) 11:39 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>