親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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菊花賞の幕開けですわ~。


クラシック最後の冠

 

 

第65回 菊花賞

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1オペラシチー牡37

1
2カンパニー牡312

2
3メジロシャーロック牡3
1

2
4スズカマンボ牡36

3
5ホオキパウェーブ牡35

3
6シルクディレクター牡311

4
7エーピースピリット牡315

4
8ケイアイガード牡38

5
9トゥルーリーズン牡310

5
10ハーツクライ牡3
2

6
11ストラタジェム牡316

6
12ブルートルネード牡318

7
13コスモステージ牡317

7
14ハイアーゲーム牡34

7
15コスモバルク牡3
3

8
16ブラックコンドル牡314

8
17モエレエルコンドル牡313

8
18デルタブルース牡39

 

 

 

 

 

 

 ついにこの日が来た。クラシックの最終戦、菊花賞の日が。

 

 京都競馬場は満員、どころではない。

 一目でキャパオーバーと分かるほどの人で溢れ返り、脚の踏み場もないんじゃないか? と言いたくなるような状況。

 

「おさ、押さないで、押さないでくださーい! これより入場整理を始めまーす!」

 

 警備の人間も、苦労しながら列整理に力を尽くしていた。

 

 それも仕方ないだろう。

 これから始まるクラシックの最終戦。ある一頭の馬を応援するためならば、この程度は苦ではない。

 

「メジロシャーロックが無敗の三冠馬になるかどうか! こんなの、現地で観るしかねぇって!」

「当たり前だ! 深夜から並んでたぞ俺は!」

「少しでも良い席で観るためなら惜しくねぇ!」

 

 そう、メジロシャーロックのためならば我慢できる。

 ここにいる人間の大多数は、そんな考えで開門の時を待っていた。

 

「メジロシャーロック銅像前での記念撮影列はこちらでーす! 整理券をお持ちの方は係の方にお見せくださーい!」

「メジロシャーロックの三冠弁当販売中でーす! 数はご用意して……あるけど……多分足りないんだろうなぁ、これ」

「グッズは是非ともショップの方へ! 入場整理券を係の人にお見せくださーい!」

 

 てんやわんやしている京都競馬場内。

 熱気は、第1Rからずっと高まり続けていた。

 

 

 そして、運命の瞬間がやってくる。

 

《ここまで第10Rまで終わりました。今からいよいよメインレース、第11R菊花賞が始まろうとしています。京都競馬場に集ったファンは14万人を超えているとの発表。やはり、この一戦は現地で観たい、というファンが多かったでしょう!》

《いや~、当たり前ですよ! シンボリルドルフ以来の大偉業が待っている可能性があるわけですからね! それが元々人気の高いメジロシャーロックですから、これだけのファンが集まるのも無理はありません!》

《返し馬が始まっています。京都競馬場、芝3000m。クラシックレース最終戦菊花賞、芝の状態は良馬場の発表。お天道様が見守る中、各馬順調に返し馬を済ませております》

 

 メインレース菊花賞。誰もが待ち望んだ決戦の刻が、ついに来た。

 

 返し馬の中には当然、メジロシャーロックの姿がある。

 威風堂々とした佇まいにファンは歓喜し、まるで問題のない仕上がりに心が高鳴る。

 

「馬体重は491。京都大賞典が492だから-1。あってないようなもんだ!」

「いや、にしたって体重調整完璧すぎるだろ! 放牧明けてもほぼ変わってねぇってどういうことだ!」

「メジロの牧場スタッフによると、自分で徹底的に管理していたらしいぞ。いや、すげぇなメジロシャーロック!」

 

 不安要素一切なし。勝ち確の仕上がりに、ボルテージは高まり続けている。

 

 とはいえ、もしもがあるのが競馬。

 仕上がりが万全であろうと、負ける可能性は等しく存在している。

 

 その可能性を考慮しているファンは。

 

「メジロシャーロックなら大丈夫! 無敗の三冠は貰ったも同然だ!」

「二冠で負けていった馬は多い。けど、メジロシャーロックなら問題なしだろ!」

「頑張れよー、シャーロックー! お前なら三冠取れる!」

「走れなかったオグリの分までクラシックを勝ってくれー!」

 

 ……いなさそうだ。

 あまりの熱狂っぷりに、心配になるレベルである。

 もしこれで負けようものなら暴動が起きるのではないか? なんて結末もあるかもしれない。

 それだけの人気を誇る競走馬ということが、京都競馬場の雰囲気から容易に察せられる。

 単勝支持率70%超えは、伊達ではないということだ。

 

 もっとも、そんなことは競馬関係者にとっては関係がない。

 全員、自分達のお手馬が勝つことを願っている。

 ヒールになろうが知ったことか。望まれた勝利だろうと関係はない。

 大事なのはレースで勝つこと。クラシック最後の冠を勝利で飾ること。

 

 それこそが、関係者の願いである。

 

 さて、熱狂高まる中でメジロシャーロックはというと。

 

『ふん。カメハメハはいないが、俺だけでもやってやる。お前に、勝つ!』

『わざわざそれ言うために来たのかよお前。自分のことに集中しろよ』

『問題ない。レースが始まれば、俺は上の人間の指示に従うだけだ』

『嘘コケや、調教でもしょっちゅう逆らってるくせによ。たまに見えてるからな? お前の走ってるとこ』

 

 近くのハーツクライに絡まれていた。

 別に喧嘩を売られているわけではなく、少しの間隣になっただけ。

 すぐに返し馬に戻っていった。

 

 皐月賞でも見られたので、ファンは微笑ましいものとして眺めている。

 

「走る回数なんぼやったけ? あの2頭」

「これで2回目じゃないか? だとしても、かなり意識されてるみたいだな」

 

 特に問題はないとして、気にしていなかった。

 

 さぁ、返し馬が終わった。

 ファンファーレが響き渡り、菊花賞ゲート入りの時間がやってくる。

 

《ゲート入りは順調に進んでいます。2枠3番1番人気のメジロシャーロック、すんなりと入りました。問題はありません、順調に進んでいます》

 

 これといったハプニングもなく、滞りなく終わった。

 大外枠のデルタブルースがゲートに入り、緊張の瞬間がやってくる。

 

 静まり返った京都競馬場。

 14万を超えるファンがいるとは思えないほどの静寂。

 口を開くことすら忘れているかもしれない。

 あるいは、口を開くことが無粋と感じているのかもしれない。

 

 静謐な空気を切り裂いて──ゲートの扉が開く。

 瞬間、一気に駆け出すサラブレッド。

 思い出したかのように声を出す観客。

 

《大外枠デルタブルースがゲートに入りました。運命の一戦、無敗の三冠かそれとも伏兵が差すのか! 第65回菊花賞が今ッ、スタートしました! 始まりました菊花賞、揃って綺麗なスタートを切ります。真っ先に飛び出しているのはっ、やはりこの馬だメジロシャーロック!》

《ここが注目ですよ。周りもどう動くかが気になりますね》

《各馬順調な滑り出し。先頭争いをさせないつもりか? どう動くかメジロシャーロック、果敢に行きます!》

 

 菊花賞が幕を開けた。

 クラシック最後の戦いが、幕を開ける。

 

 

 ハナを取るのはメジロシャーロック。

 いつものように逃げのスタイルで走り、他を置き去りにするように動く。

 

《序盤から快調に飛ばしますメジロシャーロック。追走するのは15番コスモバルク、17番のモエレエルコンドル、13番のコスモステージも行きます。まずは折り合いをつけたいところだ、序盤の争いはあまりしたくないところ》

《3000mの長丁場ですからね。クラシックの馬にとっては未知の領域、位置取り争いでスタミナを消耗するわけにはいきません》

《さて、2番人気ハーツクライは早々に後ろへ。後方からレースを進めるつもりだ、ハーツクライ。1番人気と3番人気は先頭争い、2番人気は控える作戦に出た。淀の坂を上る各馬。コスモバルクが先頭か? メジロシャーロックが負けじと競りかける》

 

 とはいえ、序盤はやはり加速が甘い部分が目立つ。

 コスモバルクに一時先頭を譲る。

 そのまま逃げで走ろうとするコスモバルクだが、騎手である五十風は下がるように指示する。

 手綱を締めて、これ以上はいかないようにとした。

 

(あまりオーバーペースで動くわけにはいかない)

 

 五十風とて菊花賞がどんなレースかは知っている。

 未知の領域で、ダービーを大逃げで勝った馬に競り合うつもりはない。

 

《コスモバルクが先頭か? いや、メジロシャーロックがハナを奪います。坂を上り、下りに入ったタイミングでメジロシャーロックが先頭。コスモバルクはその1馬身後ろにつけています。コスモステージ、モエレエルコンドルも同じ位置だ。先頭はメジロシャーロックです》

 

 メジロシャーロックに先頭を譲り、徹底的にマークする姿勢を見せる。

 

 後ろを走れば風の抵抗は多少和らぐ。

 風の抵抗を抑えることができれば、スタミナの消費を抑えることにも繋がる。

 お手本通りに、教科書通りの先行策を。

 五十風が思い浮かべていたのは、そんなビジョン。

 

 ──もっとも、そのビジョンは容易く消え去る。

 

《下り坂で加速するメジロシャーロック、メジロシャーロックが2番手コスモバルクを突き放そうとしているぞ! 京都でまたも炸裂するか、メジロシャーロックの大逃げ!》

《これは大胆な手を取りましたね、岳騎手。これで後続がどう動くかが気になりますよ!》

《グングン突き放すメジロシャーロック、その差を2馬身、3馬身と広げていく! コスモバルクは、動かない。コスモステージは動いた、コスモステージが2番手に浮上。コスモバルクはその後ろにつけます。コスモの2頭、モエレエルコンドルを加えた3頭が逃げの集団。しかし、たった一頭ポツンと一人旅だメジロシャーロック!》

 

 メジロシャーロックの大逃げによって。

 

 予想していなかったわけではない。

 むしろ、確率は高いと思っていた。

 

 それでも、いざやられると戸惑うのが人。

 

(3000mのこの舞台で、大逃げ!? 正気かよあの人!)

 

 常識から外れた作戦。

 定石度外視の選択。

 もし撹乱が目的というならば、見事に成功していると拍手を送りたくなるほどだ。

 

 だが、五十風は当初のプランを崩さない。

 

(これもまた想定の内。焦って前に出れば、それこそ相手の思う壺!)

 

 その手には乗らないぞと、無理に前に出ない。

 どう考えても先に自滅するのはこっち。ならばと、消耗をできる限り抑え、勝負所で仕掛けるに限る。

 冷静に、しっかりと判断ができていた。

 

《メジロシャーロックが正面スタンド前へ。大歓声だ、大歓声に迎えられて、メジロシャーロックが正面スタンド前を単独疾走! 3馬身から4馬身後ろにはコスモステージとモエレエルコンドル、1馬身離れた位置に4番手コスモバルクだ》

《隊列が少しずつ固まってきましたね。2番手争いをしている2頭は気ままな一人旅を咎めるかどうか?》

《5番手はブラックコンドル、コスモバルクから2馬身離れた位置をキープ。6番手以下は》

 

 誤るわけにはいかない。

 一瞬の判断ミスが負けに直結する競馬のレース。

 常に最良の選択を。

 

 しっかりと胸に刻んで、レースを展開する五十風。

 

 

 では、先頭の岳はというと?

 

「……うん、そうだね」

 

 何かを確認するかのように声を出し。

 薄く微笑んだかと思うと。

 誰にも分からないくらい小さく、手綱を締めた。

 

「少しずつ落とそうか、ペース。11秒台後半から12秒台前半へ。向こう正面までには12秒台後半に落とそう」

 

 岳はすでにレース展開を頭の中に描いている。

 勝つためのレース運びを。メジロシャーロックにとって最良のレースプランニングを。

 

 そのプランは──メジロシャーロックも選ぼうとしており。

 

はいよ。任せてくれ

 

 数瞬の伝達時間。

 岳の意図を察し、緩やかにペースを落とした。

 

 誰にも気づかれないほどちょっと。

 傍目からは絶対に分からないくらいに小さい幅。

 ちょっとずつ、少しずつペースを下げる。

 

《メジロシャーロックが快調に飛ばして第1コーナーを回ります。先頭で走るメジロシャーロック、その差は6馬身以上は開いているぞ。この大逃げは付き合わない、付き合わない様子だコスモステージ、モエレエルコンドル。その間にもメジロシャーロックは差を広げている》

 

 魔法の準備は着々と進んでいる。

 すでに罠に嵌ろうとしていることに気づく者は……この時点ではいなかった。




これって?あぁっ
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