本当に、なんでこんなことになったのやら。
薄暗くなってきた時間。
トレセン学園のトラックに、俺達はいる。
目の前にいるのは、シンボリルドルフ、ミスターシービー、ナリタブライアン、オルフェーヴル。
三冠ウマ娘が一堂に会している。
「遠慮はいらない。君の実力を見せて欲しい、メジロシャーロック」
「シャロよりも強いんでしょ? 楽しみだな~」
「半端な走りは許さん。お前の力を全て出してもらおうか」
「貴様の走り……王に見せることを許す。かの者が語った、最強と呼ぶに相応しい走りを」
んな大層なもんじゃねぇよオルフェさん。期待値上げんな。
んで、この4人だけじゃない。
「なんだかんだ、あんたと走ったことはないな。いや~楽しみだ。シャロがいつも語っている、とんでもない強さを持ったロックさん?」
ステイゴールドに。
「このような機会に恵まれたこと、まことに感謝しなければなりません。愛しい後進らよ、存分にその力を発揮してください」
セントライト。どういう理由でここにいたんだよアンタは。
全くシャロめ。こうなったのもお前のせいだぞ。どうしてくれんねんホンマに。
事の発端は昼間のトレーニング。
誰が発案だったかは忘れたが、とにかくルドルフさん達とトレーニングをすることになったわけだ。
「ともに励もう。実りのあるトレーニングにしようじゃないか」
ルドルフさんが仕切る。この辺はさすが生徒会長ってところだな。
リーダーシップを発揮してくれる。ありがたいし、こっちとしても手間がかからないから最高だった。
が、問題はこの後。
不満げな顔のシービーさんが、唐突に言い始めたのである。
「トレーニングもいいけどさ、併走しようよ併走。アタシ、興味があるんだよね~」
「……なにがだい? シービー」
自由奔放。言葉に出さずとも顔に出している呆れ顔のルドルフさん。
当のシービーさんはというと、ワクワクした顔をこっちに向けてきた。面が良すぎる。イケメン。
「シャロ、というよりは、シャロの中にいるもう一つの人格。そっちの強さが、アタシは気になるかな?」
「ロック、のことでしょうか?」
きょとん顔のシャロ。この時はまだ起きていたので、シャロが身体を動かしていた。
いきなり話を振られたシャロはよく分かってないご様子、かと思いきや。
「ロックのことですよね? そうです、ロックは僕よりも凄いんです!」
〈おい待て、何言ってくれてんの? お前。そんなこと言ったら〉
「僕のレース技術は全てロックから教わった、と言っても過言ではありません。体内時計、戦術、コーナリング! その全てをロックから教わりました!」
フンスフンスと鼻息荒く語るシャロだが、俺は気が気でない。
なんでって? 目の前にいる三冠ウマ娘どもが、大変素敵な笑顔をしながらこっちを見ているからだよ。
ルドルフさんは表面上こそ微笑ましいものを見る目だが、目の奥がすげぇギラついている。
ブライアンさんは獲物を見つけたとばかりにこっちにガン飛ばしてるし。
オルフェさんは不敬である、みたいな顔してるくせに興味があるのがバレバレだ。
発端のシービーさんはそれはもう楽しそう。ニッコニコの笑顔で俺、というよりはシャロを見ている。
はい、この時点でもう逃げ場がないも同然となりました。
そして、シービーさんからの決定的な一言。
「そうなんだ。じゃあさ、そのロックと併走できない? 実践形式の模擬レースで」
「ロックと、ですか?」
「うん。シャロがそんなに強いって言うロックが気になってね。どう? 勝負しない?」
俺と併走で勝負させろ、である。
別にこっちとしちゃ受ける義理はない。
そもそもがトレーニングだし、そんなことルドルフさんが許すはずがないと高を括っていたのだ。
が、悲しいかな。
「無理を言うものじゃない、と、言いたいけどね。私も興味があるな。ロックと呼ばれるウマ娘の強さに」
ルドルフさんがシービー側にいったらどうしようもならんのよ。お前ストッパーだろ。
止めろよ。なんで楽しそうにこっちを見てんだよ。自由人の暴走を止めんかい。
しかも、シャロに関しても乗り気だ。
「ロック! 皆様にロックの凄さを分かってもらいましょう!」
〈えぇ~? つか、なんでお前そんな楽しそうなの? 楽しくなりそうな部分ある?〉
「ロックの素晴らしさ、強さが伝わるじゃないですか! ロックが作る芸術的なレース、僕は大好きです! 僕の目標で、憧れですから!」
俺を持て囃すな。そんなに映像で見た俺の走りが気に入ったのかお前。
シャロが乗り気なので、逃げ場なんてものはなく。
〈……分かったよ。じゃ、日没の時間に併走で〉
「はい! えっと、ロックは日没に併走する、と仰っています。それまでは、普通のトレーニングをしましょうか」
「う~ん、アタシは今すぐがいいんだけどな~?」
「ダメだ、シービー。我々の本来の目的を忘れてもらっては困る」
併走をすることになった。しゃあないな。
シービーさんはチラチラルドルフさんを見たが、ここは自制を働かせたのか、きっぱりとダメと突きつける。
それをさっき発揮してくれたら、俺としては万々歳だったんだがな。
もう過ぎたことだしいいけど。
つか、なんでいきなり俺に興味を持ち始めたのやら。
話題の挙げ方がちょっと不自然だった気がするし。
どうして俺なの
「ラモーヌが言ってたから興味あったんだよね~。ロックは凄く強い、って」
「あぁ。確かに彼女はそう言っていたね」
おい、おい。ラモーヌさんあんたかよ根本的な原因。
……と、こんなことがあった。
あの後練習場所にステゴが現れ、併走するなら自分もと参戦。
さらにはセントライトさんまで出てきた。自分も併走に参加すると。
その結果生まれたのは、三冠ウマ娘+αの超豪華メンバーの併走。金が取れること間違いなしだな。
現在俺達は併走の準備を済ませ、スタート位置についている。
当然、表に出ているのは俺。シャロは奥底でぐっすりだ。
スタートの合図は、セントライトさんのお付きの人が。
不公平がないようにと、セントライトさんが用意してくれた。
合図を待つ。
「それでは位置について」
一斉に構えを取り。
「よーい……ドンっ!」
手を振り下ろしたのと同時。
俺達は一斉に駆け出す。
前に出るのは俺。ルドルフさんとブライアンさんがすぐ後ろ、セントライトさんが並んで、後方組にオルフェさんとシービーさん、ステゴだ。
脚質通りの選択、ってところか。
(つってもなぁ。今の俺が出せる力なんてたかが知れてるし)
やれるだけのことはやるか、うん。
で、肝心の併走結果はというと。
「う~ん、確かにシャロよりは強いけど」
「あそこまで熱弁するほどではない気がするが」
「貴様、まさか手を抜いていたわけではあるまい?」
怒りの籠った視線をいただいております、はい。
ちゃうねん。これにはちゃんとした理由があるんだよ。
「俺が出てこようが身体は同じだ。出せる力には限りがあるんだから、この結果も当然だろ。お前たちのお眼鏡に適わなくてもよ」
「それはそうだけどな。でもシャーロック、あんたまだ隠してることがないか?」
「んなわけ」
俺が強いのだとしても、強さの肝となる体はシャロのものだ。
力はシャロの全力までしか出せないし、それ以上を発揮するなんて例外を除いて無理。
ルドルフさん達に勝てなくも、ある種想定内ってところではある。
さて、併走は終わったんだ。これでトレーニングは終了だな。
「アイツが俺のことを強いって言っても、今の俺はこんなもんだ。ご期待に沿えなくて悪いがな」
約束通り併走は受けた。帰り支度を済ませる。
の、だが。そうはいかないとばかりにシービーが立ちはだかった。
「待ってよ。そんなのでアタシが納得すると思う?」
微妙に怒った表情をしながら。
怒っていても顔が良い。眼福眼福。
で、納得してなさそうだが、その理由も大体察しがつく。
「あのラモーヌが凄く良い笑顔で楽しい、って言ってたんだよ? この程度で済むはずないでしょ、キミの実力」
「んなことないと思うけどな。誇張表現って奴だ、誇張表現」
「……私もシービーに同意する。ラモーヌは君の実力を高く評価していた。あの、ラモーヌがだ」
ラモーヌさんが認めた実力が、この程度で済むはずがない、ってな。
本当に、厄介だな。
一応、俺には隠し手がある。ラモーヌさんとの併走ではその隠し手を使った。
とはいえ、極力使いたくないというのが本音。疲れるし。2日は表に浮上できなくなるし。
この併走でそれは使いたくない。使う理由も薄いしな。
それで納得しないのが、目の前の方々。
「なにか、全力を出したくない理由がありますか?」
「ハァ。とんだ期待外れだな」
「あんまりそう言うもんじゃないぞ、ブライアン。シャーロックにだって事情があるかもしれないからな」
訝し気、つまらなそうな視線を受ける。
「王を謀るとは……不敬であるぞ」
「ねぇ、見せてよ。キミの本当の実力を」
「シャーロック。難しいのであれば構わない。だが、私も興味が沸いてしまった。君の強さに、ラモーヌが評価した強さに興味がある」
期待外れ。それでもどこか期待せずにはいられない、そう言わんばかりの視線だ。
……はぁ。
「わーかった分かった、分かりましたよ。やりますよ、本気で」
「……どういう気持ちの変化かな? それと、本気を出しても大丈夫なのかな?」
「さすがに失礼だと思ったからですよ、ルドルフさん。次の併走は全力を出します。それに、舐められっぱなしなのはアレですしね」
この人達の怒りも一定理解できる。
俺の強さが知りたい、シャロが強い、ラモーヌさんが評した実力に興味がある。
だというのに、当の俺は手を抜いていた。
それも、疲れるからというただ一点だけで。
その埋め合わせはしないといけない。
2回目の併走では全力を出す。そう約束する。
ついでに。
「ただその代わり、みなさんにお願いがあります」
「お願い? キミが全力出してくれるならなんでもいいよ」
「内容次第だ」
この機会にやってもらいたいことがある。
とても大事なことを、な。
俺が本気を出す、ということで、場の空気は緊張が走っていた。
動くことすら憚られる中、俺だけが動く。
スポーツバッグを開け、とあるものを取り出す。
「……普通のタオル? なにか関係があるのか?」
ブライアンさんの訝しげな声。それを無視して、俺は全員を視界に収め。
綺麗に──90°直角に腰を曲げる。
「このタオルにみなさんのサインをください! お願いします!」
「……どういう意味だ? 何故、いきなりそんなことを口にした?」
オルフェさん、違うんです。これは個人的な、俺のお願い。
「サインが欲しいだけです! お願いします!」
「あら、そんなことでよろしいのですか? でしたら、それくらいお安い御用ですわ」
「あざーっす!」
きゃっほうセントライトさんのサインゲットだぜ!
「訳が分からん……おい、サインをすれば全力を出すんだな?」
「そりゃ勿論! 全身全霊を尽くさせていただきます!」
「いいだろう。王の下賜をありがたく受け取るがよい」
「それくらいで全力出してくれるなら全然いいよ。楽しみだな~」
「……アグネスデジタルみたいだね、君は」
「私も書いてやろう。あんたの顔に」
「俺の顔はやめろステゴ。あ、ついでにシャーロックへ、って書いてください」
三冠ウマ娘に、ステゴのサインが書かれたタオル……最高だぁ。
シャロも起きたらびっくりするだろうな。楽しみだ。
貰うもんは貰ったので、改めて併走の準備をする。
「次こそは本気を出せ。約束通りな」
「んな用心深くしなくても、ちゃんと本気出しますよ」
「ついに、ラモーヌが認めた実力が見れるわけだ。う~ん、楽しみ」
全員スタート位置に。さっきと同じように、併走を始める。
さて、と。
「最初に言っときますけど、領域を使った方がいいかもしれないですよ」
「っ? それは、どういうっ!?」
本気、出すか。
◇
二度目の併走が終わった。
結果はというと。
「は~いどうも~、お疲れちゃん。いや、疲れたわ」
「……これが、ラモーヌが認めた、キミの実力なんだねっ! アハハ、すっごくワクワクした!」
「まさか、私の策が全て看破されるとは。マークも振り切られてしまったよ」
全員息も絶え絶え、俺も例外なく座り込んでいる。
当然だ。併走で全力の全力、領域を使っていたんだからな。
誰一人例外なく、ガチバトルを繰り広げていた。
ぶっちゃけこうなるから使いたくなかった。
俺が全力出したら、みんなこうなるって分かってたし。
(ラモーヌさんでさえも、だからな。予想できてたというか)
「今回はしっかり本気出しましたよ。で、どうですか? 感想のほどは」
一応聞いてみる。お眼鏡に適ったかどうか。
まぁ……満足そうな表情から大体のことは察せるけど。
全員が負けた悔しさを滲ませているから、余計に想像つくし。
「最っ高! 最初っからそれやってよロック!」
「成程。ラモーヌが認めたというのもよく理解できるよ。これが、本来の君なんだね?」
「ま、そんなとこです、ルドルフさん」
「先ほどの発言を撤回し、非礼を詫びよう。あんたの強さは……疑いようがない」
全員高評価。俺のことを強いと評している。
「フン。これがノクターンめが心酔するメジロシャーロックの強さ……良い、実に良い!」
「素晴らしいレースでしたわ。とても、心躍る併走でした」
「そう言われて嬉しい限りですよ、セントライトさん」
嬉しいね~普通に。疲れてるけど。
これで目的は果たした。
全員帰り支度をしている。これでお開きだな。
俺も今度こそ帰るか、なんて思っている時。
「なぁ、シャーロック」
「ん? なんだよ、ステゴ」
ステゴに呼び止められた。何だいったい。
振り返る。
ステゴの表情は……どこか悲しみを帯びていた。
「あんた、楽しかったか? 今回の併走」
「……」
「なんとなく、気になったもんでね。で? どうだった?」
楽しかったか、か。
考えるまでもないことだ。
「楽しかったよ。久々にな」
俺のことを探るような目をするステゴ。
嘘を言っていないことが分かったのか、笑みを浮かべる。
「そっか。そいつは良かった」
「そんなに楽しくなさそうに見えるかね? 俺」
「言ったろ? ちょっと気になっただけさ。それじゃ、私は旅に出るよ。じゃーなー」
「いや、寮に帰れよ。フジさんが怒るぞ」
今度こそ分かれる。
それぞれの寮へ、それぞれの家へ。
人知れず開催された三冠ウマ娘とステゴによるガチ併走は、誰にも知られぬまま終わった。
見られても面倒だしな。これでよかったわ。
なお、後日。
「えー!? シャロさん、ルドルフさん達と併走してたの!?」
「正確にはロックが、ですけどね。改めて、皆様からお礼の言葉をいただきました」
「私も走りたい走りたい走りたかったー! 今度は絶対誘ってね!」
「ふふ、はい。ロックにお願いしてみますね」
少し小柄な鹿毛のウマ娘、ディープインパクトに、シャロが詰め寄られたらしい。
俺は後から聞いた話だけどな。疲れて寝てたし。
◇
併走を終えた帰りの夜道。
私は、あの併走を思い出す。
(アレがロックの本気、か。恐ろしいな、ありゃ)
「絶望、って言葉がよく似合う。初見は勝てる気がしなかった」
メジロシャーロックというウマ娘。シャロと呼ばれる人格と、ロックと呼ばれる人格が混在している彼女。
とんでもない強さだった。併走を勝ったのはロック。歴代の三冠ウマ娘を下して、ロックが勝った。オルに関してはシャーロックと同じでデビュー前だが、才能は誰もが認めている。それでも、勝ったのはロックだ。
私もそれなりに自信はあったんだがなぁ。さすがに、あそこまでだと分が悪いな。
「そもそもが前方脚質、じゃないな。あれは、マヤノトップガンに似ている」
どこでも走れる万能脚質。
場所を選ばない強さ、最も合理的な場所で勝負をする。
全ては勝利のために。とんでもないな、ありゃ。
「にしたって、皇帝の策を全て見破った上に怪物の末脚すらも封じるってのはやばいな。本当、どんな修羅場を潜り抜けてきたのやら」
おそらくだが、並大抵の努力じゃたどり着けないような場所を見てきた。
それこそ、世界を見てきたのかもしれない。
私と同じ、もしくはそれ以上に。
強く、それでいて冷徹。
時折感じる虚しさと寂しさ。
どういう生き方をしてきたのか、とても興味がある。
「アイツはどんな旅路を送ってきたのやら。ま、なんにせよ」
私がしたいことは1つ。
どことなく親近感を覚えるシャーロックに。
細くとも確かに感じる縁を頼りに。
「シャーロックの人生が楽しくなるように彩ってやるとしよう、うん。手始めに、アイツにお土産を買ってやるか。熊の木彫り」
今日もどこかへ旅をしよう。
誰もが笑えるような話を手土産に、な。
なんで三冠ウマ娘達が人知れずガチバトルをしているんですか。そんなことしていいわけないでしょう!(一般ウマ娘代表・桃色しっぽさんより)