親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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乙女の戦いが今始まる。


仁義なきエリザベス女王杯

 

 

第29回 エリザベス女王杯

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1メモリーキアヌ牝414

1
2マイネヌーヴェル牝415

2
3グローリアスデイズ牝311

2
4オースミハルカ牝45

3
5ドルチェリモーネ牝312

3
6レクレドール牝37

4
7スイープトウショウ牝3
2

4
8ヤマニンアラバスタ牝39

5
9オースミコスモ牝513

5
10メイショウバトラー牝46

6
11シンコールビー牝416

6
12アドマイヤグルーヴ牝4
1

7
13レマーズガール牝417

7
14エリモピクシー牝68

7
15スティルインラブ牝4
3

8
16ウォートルベリー牝410

8
17エルノヴァ牝54

8
18ブライアンズレター牝518

 

 

 

 

 

 

 11月14日、京都競馬場のメインレース。雲に覆われた空の下、乙女の戦いが始まろうとしていた。

 そう、乙女の戦いが。

 

『勝つのはあたしなんだから。あんたなんかに負けないわよ、スティルインラブ!』

『あらあラ、怖い女王様ねェ。そんなに威嚇してェ……シャロに慰めてもらわないとォ』

『ふざけんじゃないわよ! シャロはあたしの家来なの! あんたなんか謁見拒否よ謁見拒否!』

 

 ……乙女の戦いが始まろうとしていた。

 

 明らかに威嚇し合っている2頭。アドマイヤグルーヴとスティルインラブ。

 返し馬だというのに、他のことはお構いなしで耳を絞っていた。

 

「スティル、本当に落ち着いてくれぇ……ごめんなさい、岳さん。スティルが」

「いや、うん。多分だけどこっちにも問題があるから。気にしないでいいよ御幸君」

「……すみません」

 

 これには鞍上の2人も、席で見ている観客も苦笑いである。

 

「前はあんなんじゃなかったよな? なにかあったのかね?」

「すげぇ入れ込んでるな。大丈夫か?」

「闘志だけはあるな、闘志だけは」

 

 上位人気の内2頭がこんな調子。不安になるのも仕方ない。

 なお、上位人気最後の一頭はというと。

 

「お、今日は大人しそうやな。スイープトウショウ」

「まだ分からんぞ。アイツの秋華賞を思い出せ」

「今日も発走遅延されたらたまらんなぁ」

 

 こっちもこっちで心配されていた。

 大人しくゲートに入ってくれるか? と。

 

 

 ……で、結果はというと。

 

《ゲート入りが始まっていますが、スイープトウショウがゲートを拒否していますね。秋華賞に続いて、ゲート入りを拒否していますスイープトウショウ》

《秋華賞でもありましたね。大丈夫でしょうか?》

《あーっ、今シンコールビーと一緒にゲートへと向かいました。またもゲート遅延、なんとか入ってくれましたスイープトウショウ》

 

 ゲート入り拒否からの出走遅延。秋華賞に続いてまたもやらかしたのである。

 

 これには観客も、引き攣った笑いを浮かべていた。

 

「ホンマに大丈夫か? スイープトウショウ」

「てか上位人気3頭がとんでもねぇ癖っぷりを発揮してるじゃねぇか。これ、荒れるぞ」

「始まる前から大波乱だな、今回のエリ女」

 

 1番人気アドマイヤグルーヴと3番人気スティルインラブの睨み合い。

 2番人気スイープトウショウ迫真のゲート拒否。

 始まる前から関係者の胃が痛かった。後にそう語られるエリザベス女王杯が。

 

《最後、大外枠のブライアンズレターがゲートに収まりました。全馬態勢が整ってっ、今スタートしました! エリザベス女王杯が始まりました、綺麗なスタートを切るアドマイヤグルーヴとスティルインラブ、しかしスイープトウショウは出遅れている! スイープトウショウ痛恨の出遅れ!》

《後方策と考えれば悪くないかもしれません。ですが、出遅れは痛いですね》

《果敢に行きますメイショウバトラーとオースミハルカ、この2頭が飛び出している。メイショウバトラーがペースを握るか? オースミハルカが競り合います》

 

 始まった。

 

 展開は特に目立ったものではない。

 逃げ馬がペースを握り、先行馬が追随。

 差し馬は中団で控え、最後方では脚を使わないように気を使っている。

 

 ここで気になるのは人気馬の位置取り。

 出遅れたスイープトウショウは当たり前のように最後方にいるが、その少し前に。

 

《最後方はスイープトウショウ、その前にスティルインラブがいます。府中牝馬ステークスで復活を遂げた三冠牝馬、スティルインラブは後方からのスタート。1番人気のアドマイヤグルーヴは内側前目につけているぞ》

《良い位置取りですね。スティルインラブの末脚もですが、秋華賞のスイープトウショウもまた凄かったですから。注目ですよ》

《メイショウバトラーが果敢に逃げてペースを作ります。エリザベス女王杯は第1コーナーへ。位置取り争いも落ち着いてきたか?》

 

 スティルインラブ。アドマイヤグルーヴを相手に牝馬三冠を勝ち取った、栗毛の馬がいる。

 

 かつては終わったとも言われていた。

 エリザベス女王杯でアドマイヤグルーヴに敗れ、その後のレースも惨敗続き。

 

 人気は落ち、気づけば忘れ去られそうになっていた牝馬。

 もはや日の目を浴びることはない。そう思うファンもいた。

 

 しかし、府中牝馬ステークスで復活。

 豪快な大外一気を決め、見事勝利したのは記憶に新しい。

 

 位置取りは、あの時と同じだ。

 後方で待機。機会を窺って、抜け出す準備を整えている。

 

『ウフ、ウフフ。我慢、我慢よォスティルインラブ。ここはァ、まだがまァんっ』

 

 不気味に息を潜めていた。

 

 対するアドマイヤグルーヴは冷静にレースを展開。

 鞍上岳寛の指示をしっかりと聞いて、少しずつ内へと歩みを進める。

 

『ふふ~ん、あたしはできる子。女王アドマイヤグルーヴ。たまには人間の指示を聞いてやってもいいわ』

 

 まぁ、その心の内は大分アレだが。

 操縦に問題は出ていないので、岳からすればありがたい限りだ。

 

 

 問題なく走る2頭。エリザベス女王杯が進む。

 

 

 

 

 

 

 序盤から中盤へ。

 特に何かが起きるわけではなく、中盤は12秒台の落ち着いたペースで進んでいた。

 

 脚を休め、最後の勝負所に向けてスタミナを蓄える。

 セオリー通りの走りだ。

 

 アドマイヤグルーヴも他と同じ。

 基本に忠実な走りを貫いている。

 

 ……いや、貫いていた。

 

《第3コーナーから第4コーナーへ。ここで上がっていくアドマイヤグルーヴ、アドマイヤグルーヴが堰を切ったように走りだした! その動き出しに合わせるスティルインラブ、いつの間にかアドマイヤグルーヴの後ろにいたスティルインラブもここで動く!》

《かつて鎬を削った2頭がまたも鎬を削っていますね! 2頭がガンガン上がっていきます!》

《鞍上の2人はもっと行けとばかりに手綱を緩める! さぁ2頭が上がっていくぞ、2頭が上がっていくぞ! どんどん、どんどん追い抜いていくアドマイヤグルーヴ、スティルインラブ! 内のアドマイヤ、外のスティルインラブ! 競り合いながら第4コーナーを駆け抜ける!》

 

 その基本は、第4コーナーで儚くも崩れ去った。

 スティルインラブから、競りかけられることで。

 

『あッハ、あっはハハはハ! 喰らい愛ましょォォォ!』

『冗談抜かしなさい! あたしの愛はシャロだけのモノよ!』

『あらァ、ワタシと同じねェ? ワタシはァ、シャロに愛を捧ぐわァァァ!』

『ふざけんじゃないわよ! シャロの愛はあたしのモノ! あたしの愛もシャロだけのモノよ!』

 

 とんでもない競り合いを繰り広げる2頭。

 鞍上は手綱を緩めている。

 

 行けという合図? 違う。諦めているだけだ。

 

(無理に抑えるよりはこのまま行かせた方がいいか)

 

 御幸と岳の考えは一致している。奇しくも同じ構えだった。

 

 2頭が繰り広げるデッドヒートは第4コーナーから。

 もはや後のことなどお構いなしにガンガンペースを上げていく。

 

 競り合いの中で、2頭は感じ取っていた。

 

(やっぱコイツ強いわね! ムカつくし、認めたくないけど強い!)

(一筋縄じゃいかないわねェ、相変わらず。嫉妬してしまうほどに強いわァ)

 

 相手は強い、と。

 自分の全力を出さなければ勝てない、自分が負けただけの強さが相手にはある。

 心の底では認め合っている。

 

 エリザベス女王杯で雪辱を果たしたアドマイヤグルーヴの強さを。

 牝馬三冠を勝ち取ったスティルインラブの強さを。

 

 2頭は認めていた。

 

 が、それはそれ、これはこれ。

 

『あたしの方がシャロとの付き合いは長いのよ! あんたはお呼びじゃないの、すっこんでなさい!』

『付き合いの長さで決まるわけじゃないわァ。じっくりと、じィっくりとォ、ワタシ好みに染め上げるのォ!』

『そんなの許さないわよ! シャロはあたしの家来、一番の家来なんだから! アイツの女王として、断じて許さないわ!』

 

 この場にはいないメジロシャーロックを巡って争っていた。

 

 とんでもなく気合が入っている2頭。

 凄まじい叩き合い、オーラで空気が歪んで見えるほどの勝負。

 周りを飲み込むほどのプレッシャーを、2頭は発生させていた。

 

『なんか怖いぃ!?』

『に、逃げないと逃げないと!』

 

 そのせいで周りの馬が委縮してしまうほどには。

 

《ペースがどんどん上がります! ここで最後の直線に入りました、最後の直線先頭で入ってきたのはメイショウバトラーですが、ここでアドマイヤグルーヴとスティルインラブが躱したぁぁぁ!》

《とんでもない勢いですね。果たして最後まで保つのでしょうか?》

《アドマイヤグルーヴとスティルインラブがどんどん差を広げる! お互いの目に映るのは隣の相手のみ、そう言わんばかりの激走を繰り広げる2頭! 黙ってはいられない後続も必死に追い縋るが、2頭がどんどん差を広げていきます!》

 

 周りの状況など露知らず。

 アドマイヤグルーヴとスティルインラブのデッドヒートは最後の直線でも続いている。

 

 お互いを競り落とすために躍起になる。

 勝利のため。ひいては。

 

『ここで勝ってシャロに威厳を見せるのよ! そして、褒めてもらうのよあたしはぁぁぁ!』

『貴方を倒してェ、たくさん、たくさァんシャロに褒めてもらうのォォォ!』

 

 メジロシャーロックに褒めてもらうためである。

 

 思いの強さが脚を動かす。

 譲れない気持ちが相手よりも一歩前へと体を動かす。

 

《2頭の競り合いだ、2頭の競り合いだ! これはもう2頭の競り合いだ! すでに3番手との差は4馬身から5馬身は開いている! アドマイヤグルーヴとスティルインラブ、2頭の競り合いがまだ続く!》

《差しては差し返されの大激戦! どちらが勝つのか全く分かりませんよこれは!》

《スイープトウショウは中団でもたついている、ようやく抜け出したかスイープトウショウまだ7番手だ! その間にも残り100を切った!》

 

 気持ちの強さは、全くの互角だ。

 

『どきなさいよぉぉぉ!』

『貴方がねェェェ!』

 

 負けたくない思いも互角。

 シャロを譲りたくない気持ちも互角。

 一進一退の攻防が繰り広げられている。

 

 観客のテンションも最高潮に達していた。

 

「おいおい、昨年の牝馬路線を賑わせた2頭の競り合いかよ! 負けんなアドマイヤグルーヴー!」

「ここで勝って連覇だぁぁぁ!」

「スイープそっから差し切れぇぇぇ!」

「負けるなスティルインラブぅぅぅ!」

 

 目を離せない。

 2頭が繰り広げるデッドヒートの虜になっている。

 

 すでに残り100を切った死闘。

 

《アドマイヤグルーヴかスティルインラブか!? どちらも一歩も譲らない!》

 

 差して差し返され。最後の最後まで分からない勝負が展開され。

 

《まだ競り合う、まだ競り合う! すでに3番手との差は7馬身は開いている! さぁアドマイヤグルーヴかスティルインラブか! 前年度女王が二連覇を飾るか三冠の女王が返り咲くか!》

 

 2頭の馬体が重なってように見えながらも、ゴール板を通過した。

 

《全く競り合ったまま! 全く競り合ったままゴールイン! どちらが勝ったのか、抜け出したのはアドマイヤグルーヴかそれともスティルインラブか!? 息もつかせぬデッドヒートの結末は、勝利の栄冠はどちらの手に渡ったのか!?》

 

 結末は、果たして。

 

 

 走り終わった後の2頭はというと。

 

『あたしの勝ちよにっくきスティルインラブ! ふふ~ん、あたしの強さに跪きなさい!』

 

 結果が分かっているように調子づいているアドマイヤグルーヴ。

 

『ハ? 随分とお花畑ねェ。ワタシの勝ちに決まっているわァ』

 

 自分の勝ちに決まっていると確信しているスティルインラブ。

 返し馬の時と同じように、2頭がまた睨み合っていた。オーバーランし終わった後に。

 

 鞍上の2人はまたか、と呆れる。

 

「本当、どうしてこんなに仲悪くなったんだろうね? 御幸君」

「ぼくにも分からないです……まぁ、なんとなくこうじゃないかな~って察しはついてますけど」

「奇遇だね。僕もなんとなく分かるよ」

 

 ここにはいない、おそらく2頭の仲が悪くなった原因に思いを馳せる。

 

(シャーロック。君も罪な馬だね)

 

 元凶、メジロシャーロックに。

 

 

 しばらくして結果が表示される。

 すでに3着が表示されている電光掲示板に。

 1着と2着の番号が映し出された。

 

 その結果は──2着が15、1着が12。

 

《今結果が出ました! 勝ったのはアドマイヤグルーヴ、勝ったのはアドマイヤグルーヴであります! 前年度女王が二連覇達成! アドマイヤグルーヴ、エリザベス女王杯二連覇たっせぇぇぇい! スティルインラブはハナ差5cmに泣きました!》

『ッチ。やっぱりィ、強いわねェ貴方は』

『ふっふ~ん! これが女王の強さよ!』

 

 勝ったのはアドマイヤグルーヴだった。5cmの差で、勝利を掴んだ。

 

『ま、あんたも強いわね、本当。あたしも、少しも気が抜けなかったわ』

『あらァ? 女王様がお褒めになるなんてェ、珍しいわねェ?』

『……ま、これでも結構認めてるのよ。あなたのこと。ちゃんと強い子だってね』

 

 結果が出た後はノーサイド。お互いの強さをたたえ合う。

 この時ばかりは、アドマイヤグルーヴもスティルインラブを褒めていた。

 

『今回はあたしが勝った。その次も、あたしが勝つわ。女王として、ね』

 

 勝者は堂々と、勝利を誇る。

 次も勝つと、スティルインラブに宣言する。

 

『ほざきなさァい。次は、ワタシが勝つわァ』

 

 スティルインラブは答え。次こそは負けないと踵を返す。

 

『後ついでに、シャロに慰めてもらおうかしらァ。女王様に泣かされたってェ』

 

 絶対にいらん言葉を、最後の最後に言い放って。

 

 少し呆然とした後、アドマイヤグルーヴは。

 

『ふ、ふーんだ! あたしなんかシャロにいっぱい褒めてもらうもの! あたしの方が上よ上! キーっ!』

 

 地団太を踏みそうなぐらい暴れた。

 鞍上の岳は振り落とされないよう必死になっていた。

 

 インタビューでは。

 

「なにか気に食わないことでもあったんでしょうね」

 

 そう答えるしかない岳の、なんとも言えない表情がすっぱ抜かれていた。

 

 

 

 

 

 

 なお、噂のメジロシャーロックがなにをしていたのかというと。

 

『シャロさん走ろー! 今日もたくさん走ろー!』

『分かった分かった。お前本当俺のところに来るな』

 

 放牧地にて、ディープインパクトの相手をしていた。




無事に終わりましたね()
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