第29回 エリザベス女王杯
| 枠順 | 番号 | 馬名 | 牡/牝 | 人気 |
1 | 1 | メモリーキアヌ | 牝4 | 14 |
1 | 2 | マイネヌーヴェル | 牝4 | 15 |
2 | 3 | グローリアスデイズ | 牝3 | 11 |
2 | 4 | オースミハルカ | 牝4 | 5 |
3 | 5 | ドルチェリモーネ | 牝3 | 12 |
3 | 6 | レクレドール | 牝3 | 7 |
4 | 7 | スイープトウショウ | 牝3 | 2 |
4 | 8 | ヤマニンアラバスタ | 牝3 | 9 |
5 | 9 | オースミコスモ | 牝5 | 13 |
5 | 10 | メイショウバトラー | 牝4 | 6 |
6 | 11 | シンコールビー | 牝4 | 16 |
6 | 12 | アドマイヤグルーヴ | 牝4 | 1 |
7 | 13 | レマーズガール | 牝4 | 17 |
7 | 14 | エリモピクシー | 牝6 | 8 |
7 | 15 | スティルインラブ | 牝4 | 3 |
8 | 16 | ウォートルベリー | 牝4 | 10 |
8 | 17 | エルノヴァ | 牝5 | 4 |
8 | 18 | ブライアンズレター | 牝5 | 18 |
◇
11月14日、京都競馬場のメインレース。雲に覆われた空の下、乙女の戦いが始まろうとしていた。
そう、乙女の戦いが。
『勝つのはあたしなんだから。あんたなんかに負けないわよ、スティルインラブ!』
『あらあラ、怖い女王様ねェ。そんなに威嚇してェ……シャロに慰めてもらわないとォ』
『ふざけんじゃないわよ! シャロはあたしの家来なの! あんたなんか謁見拒否よ謁見拒否!』
……乙女の戦いが始まろうとしていた。
明らかに威嚇し合っている2頭。アドマイヤグルーヴとスティルインラブ。
返し馬だというのに、他のことはお構いなしで耳を絞っていた。
「スティル、本当に落ち着いてくれぇ……ごめんなさい、岳さん。スティルが」
「いや、うん。多分だけどこっちにも問題があるから。気にしないでいいよ御幸君」
「……すみません」
これには鞍上の2人も、席で見ている観客も苦笑いである。
「前はあんなんじゃなかったよな? なにかあったのかね?」
「すげぇ入れ込んでるな。大丈夫か?」
「闘志だけはあるな、闘志だけは」
上位人気の内2頭がこんな調子。不安になるのも仕方ない。
なお、上位人気最後の一頭はというと。
「お、今日は大人しそうやな。スイープトウショウ」
「まだ分からんぞ。アイツの秋華賞を思い出せ」
「今日も発走遅延されたらたまらんなぁ」
こっちもこっちで心配されていた。
大人しくゲートに入ってくれるか? と。
……で、結果はというと。
《ゲート入りが始まっていますが、スイープトウショウがゲートを拒否していますね。秋華賞に続いて、ゲート入りを拒否していますスイープトウショウ》
《秋華賞でもありましたね。大丈夫でしょうか?》
《あーっ、今シンコールビーと一緒にゲートへと向かいました。またもゲート遅延、なんとか入ってくれましたスイープトウショウ》
ゲート入り拒否からの出走遅延。秋華賞に続いてまたもやらかしたのである。
これには観客も、引き攣った笑いを浮かべていた。
「ホンマに大丈夫か? スイープトウショウ」
「てか上位人気3頭がとんでもねぇ癖っぷりを発揮してるじゃねぇか。これ、荒れるぞ」
「始まる前から大波乱だな、今回のエリ女」
1番人気アドマイヤグルーヴと3番人気スティルインラブの睨み合い。
2番人気スイープトウショウ迫真のゲート拒否。
始まる前から関係者の胃が痛かった。後にそう語られるエリザベス女王杯が。
《最後、大外枠のブライアンズレターがゲートに収まりました。全馬態勢が整ってっ、今スタートしました! エリザベス女王杯が始まりました、綺麗なスタートを切るアドマイヤグルーヴとスティルインラブ、しかしスイープトウショウは出遅れている! スイープトウショウ痛恨の出遅れ!》
《後方策と考えれば悪くないかもしれません。ですが、出遅れは痛いですね》
《果敢に行きますメイショウバトラーとオースミハルカ、この2頭が飛び出している。メイショウバトラーがペースを握るか? オースミハルカが競り合います》
始まった。
展開は特に目立ったものではない。
逃げ馬がペースを握り、先行馬が追随。
差し馬は中団で控え、最後方では脚を使わないように気を使っている。
ここで気になるのは人気馬の位置取り。
出遅れたスイープトウショウは当たり前のように最後方にいるが、その少し前に。
《最後方はスイープトウショウ、その前にスティルインラブがいます。府中牝馬ステークスで復活を遂げた三冠牝馬、スティルインラブは後方からのスタート。1番人気のアドマイヤグルーヴは内側前目につけているぞ》
《良い位置取りですね。スティルインラブの末脚もですが、秋華賞のスイープトウショウもまた凄かったですから。注目ですよ》
《メイショウバトラーが果敢に逃げてペースを作ります。エリザベス女王杯は第1コーナーへ。位置取り争いも落ち着いてきたか?》
スティルインラブ。アドマイヤグルーヴを相手に牝馬三冠を勝ち取った、栗毛の馬がいる。
かつては終わったとも言われていた。
エリザベス女王杯でアドマイヤグルーヴに敗れ、その後のレースも惨敗続き。
人気は落ち、気づけば忘れ去られそうになっていた牝馬。
もはや日の目を浴びることはない。そう思うファンもいた。
しかし、府中牝馬ステークスで復活。
豪快な大外一気を決め、見事勝利したのは記憶に新しい。
位置取りは、あの時と同じだ。
後方で待機。機会を窺って、抜け出す準備を整えている。
『ウフ、ウフフ。我慢、我慢よォスティルインラブ。ここはァ、まだがまァんっ』
不気味に息を潜めていた。
対するアドマイヤグルーヴは冷静にレースを展開。
鞍上岳寛の指示をしっかりと聞いて、少しずつ内へと歩みを進める。
『ふふ~ん、あたしはできる子。女王アドマイヤグルーヴ。たまには人間の指示を聞いてやってもいいわ』
まぁ、その心の内は大分アレだが。
操縦に問題は出ていないので、岳からすればありがたい限りだ。
問題なく走る2頭。エリザベス女王杯が進む。
◇
序盤から中盤へ。
特に何かが起きるわけではなく、中盤は12秒台の落ち着いたペースで進んでいた。
脚を休め、最後の勝負所に向けてスタミナを蓄える。
セオリー通りの走りだ。
アドマイヤグルーヴも他と同じ。
基本に忠実な走りを貫いている。
……いや、貫いていた。
《第3コーナーから第4コーナーへ。ここで上がっていくアドマイヤグルーヴ、アドマイヤグルーヴが堰を切ったように走りだした! その動き出しに合わせるスティルインラブ、いつの間にかアドマイヤグルーヴの後ろにいたスティルインラブもここで動く!》
《かつて鎬を削った2頭がまたも鎬を削っていますね! 2頭がガンガン上がっていきます!》
《鞍上の2人はもっと行けとばかりに手綱を緩める! さぁ2頭が上がっていくぞ、2頭が上がっていくぞ! どんどん、どんどん追い抜いていくアドマイヤグルーヴ、スティルインラブ! 内のアドマイヤ、外のスティルインラブ! 競り合いながら第4コーナーを駆け抜ける!》
その基本は、第4コーナーで儚くも崩れ去った。
スティルインラブから、競りかけられることで。
『あッハ、あっはハハはハ! 喰らい愛ましょォォォ!』
『冗談抜かしなさい! あたしの愛はシャロだけのモノよ!』
『あらァ、ワタシと同じねェ? ワタシはァ、シャロに愛を捧ぐわァァァ!』
『ふざけんじゃないわよ! シャロの愛はあたしのモノ! あたしの愛もシャロだけのモノよ!』
とんでもない競り合いを繰り広げる2頭。
鞍上は手綱を緩めている。
行けという合図? 違う。諦めているだけだ。
(無理に抑えるよりはこのまま行かせた方がいいか)
御幸と岳の考えは一致している。奇しくも同じ構えだった。
2頭が繰り広げるデッドヒートは第4コーナーから。
もはや後のことなどお構いなしにガンガンペースを上げていく。
競り合いの中で、2頭は感じ取っていた。
(やっぱコイツ強いわね! ムカつくし、認めたくないけど強い!)
(一筋縄じゃいかないわねェ、相変わらず。嫉妬してしまうほどに強いわァ)
相手は強い、と。
自分の全力を出さなければ勝てない、自分が負けただけの強さが相手にはある。
心の底では認め合っている。
エリザベス女王杯で雪辱を果たしたアドマイヤグルーヴの強さを。
牝馬三冠を勝ち取ったスティルインラブの強さを。
2頭は認めていた。
が、それはそれ、これはこれ。
『あたしの方がシャロとの付き合いは長いのよ! あんたはお呼びじゃないの、すっこんでなさい!』
『付き合いの長さで決まるわけじゃないわァ。じっくりと、じィっくりとォ、ワタシ好みに染め上げるのォ!』
『そんなの許さないわよ! シャロはあたしの家来、一番の家来なんだから! アイツの女王として、断じて許さないわ!』
この場にはいないメジロシャーロックを巡って争っていた。
とんでもなく気合が入っている2頭。
凄まじい叩き合い、オーラで空気が歪んで見えるほどの勝負。
周りを飲み込むほどのプレッシャーを、2頭は発生させていた。
『なんか怖いぃ!?』
『に、逃げないと逃げないと!』
そのせいで周りの馬が委縮してしまうほどには。
《ペースがどんどん上がります! ここで最後の直線に入りました、最後の直線先頭で入ってきたのはメイショウバトラーですが、ここでアドマイヤグルーヴとスティルインラブが躱したぁぁぁ!》
《とんでもない勢いですね。果たして最後まで保つのでしょうか?》
《アドマイヤグルーヴとスティルインラブがどんどん差を広げる! お互いの目に映るのは隣の相手のみ、そう言わんばかりの激走を繰り広げる2頭! 黙ってはいられない後続も必死に追い縋るが、2頭がどんどん差を広げていきます!》
周りの状況など露知らず。
アドマイヤグルーヴとスティルインラブのデッドヒートは最後の直線でも続いている。
お互いを競り落とすために躍起になる。
勝利のため。ひいては。
『ここで勝ってシャロに威厳を見せるのよ! そして、褒めてもらうのよあたしはぁぁぁ!』
『貴方を倒してェ、たくさん、たくさァんシャロに褒めてもらうのォォォ!』
メジロシャーロックに褒めてもらうためである。
思いの強さが脚を動かす。
譲れない気持ちが相手よりも一歩前へと体を動かす。
《2頭の競り合いだ、2頭の競り合いだ! これはもう2頭の競り合いだ! すでに3番手との差は4馬身から5馬身は開いている! アドマイヤグルーヴとスティルインラブ、2頭の競り合いがまだ続く!》
《差しては差し返されの大激戦! どちらが勝つのか全く分かりませんよこれは!》
《スイープトウショウは中団でもたついている、ようやく抜け出したかスイープトウショウまだ7番手だ! その間にも残り100を切った!》
気持ちの強さは、全くの互角だ。
『どきなさいよぉぉぉ!』
『貴方がねェェェ!』
負けたくない思いも互角。
シャロを譲りたくない気持ちも互角。
一進一退の攻防が繰り広げられている。
観客のテンションも最高潮に達していた。
「おいおい、昨年の牝馬路線を賑わせた2頭の競り合いかよ! 負けんなアドマイヤグルーヴー!」
「ここで勝って連覇だぁぁぁ!」
「スイープそっから差し切れぇぇぇ!」
「負けるなスティルインラブぅぅぅ!」
目を離せない。
2頭が繰り広げるデッドヒートの虜になっている。
すでに残り100を切った死闘。
《アドマイヤグルーヴかスティルインラブか!? どちらも一歩も譲らない!》
差して差し返され。最後の最後まで分からない勝負が展開され。
《まだ競り合う、まだ競り合う! すでに3番手との差は7馬身は開いている! さぁアドマイヤグルーヴかスティルインラブか! 前年度女王が二連覇を飾るか三冠の女王が返り咲くか!》
2頭の馬体が重なってように見えながらも、ゴール板を通過した。
《全く競り合ったまま! 全く競り合ったままゴールイン! どちらが勝ったのか、抜け出したのはアドマイヤグルーヴかそれともスティルインラブか!? 息もつかせぬデッドヒートの結末は、勝利の栄冠はどちらの手に渡ったのか!?》
結末は、果たして。
走り終わった後の2頭はというと。
『あたしの勝ちよにっくきスティルインラブ! ふふ~ん、あたしの強さに跪きなさい!』
結果が分かっているように調子づいているアドマイヤグルーヴ。
『ハ? 随分とお花畑ねェ。ワタシの勝ちに決まっているわァ』
自分の勝ちに決まっていると確信しているスティルインラブ。
返し馬の時と同じように、2頭がまた睨み合っていた。オーバーランし終わった後に。
鞍上の2人はまたか、と呆れる。
「本当、どうしてこんなに仲悪くなったんだろうね? 御幸君」
「ぼくにも分からないです……まぁ、なんとなくこうじゃないかな~って察しはついてますけど」
「奇遇だね。僕もなんとなく分かるよ」
ここにはいない、おそらく2頭の仲が悪くなった原因に思いを馳せる。
(シャーロック。君も罪な馬だね)
元凶、メジロシャーロックに。
しばらくして結果が表示される。
すでに3着が表示されている電光掲示板に。
1着と2着の番号が映し出された。
その結果は──2着が15、1着が12。
《今結果が出ました! 勝ったのはアドマイヤグルーヴ、勝ったのはアドマイヤグルーヴであります! 前年度女王が二連覇達成! アドマイヤグルーヴ、エリザベス女王杯二連覇たっせぇぇぇい! スティルインラブはハナ差5cmに泣きました!》
『ッチ。やっぱりィ、強いわねェ貴方は』
『ふっふ~ん! これが女王の強さよ!』
勝ったのはアドマイヤグルーヴだった。5cmの差で、勝利を掴んだ。
『ま、あんたも強いわね、本当。あたしも、少しも気が抜けなかったわ』
『あらァ? 女王様がお褒めになるなんてェ、珍しいわねェ?』
『……ま、これでも結構認めてるのよ。あなたのこと。ちゃんと強い子だってね』
結果が出た後はノーサイド。お互いの強さをたたえ合う。
この時ばかりは、アドマイヤグルーヴもスティルインラブを褒めていた。
『今回はあたしが勝った。その次も、あたしが勝つわ。女王として、ね』
勝者は堂々と、勝利を誇る。
次も勝つと、スティルインラブに宣言する。
『ほざきなさァい。次は、ワタシが勝つわァ』
スティルインラブは答え。次こそは負けないと踵を返す。
『後ついでに、シャロに慰めてもらおうかしらァ。女王様に泣かされたってェ』
絶対にいらん言葉を、最後の最後に言い放って。
少し呆然とした後、アドマイヤグルーヴは。
『ふ、ふーんだ! あたしなんかシャロにいっぱい褒めてもらうもの! あたしの方が上よ上! キーっ!』
地団太を踏みそうなぐらい暴れた。
鞍上の岳は振り落とされないよう必死になっていた。
インタビューでは。
「なにか気に食わないことでもあったんでしょうね」
そう答えるしかない岳の、なんとも言えない表情がすっぱ抜かれていた。
◇
なお、噂のメジロシャーロックがなにをしていたのかというと。
『シャロさん走ろー! 今日もたくさん走ろー!』
『分かった分かった。お前本当俺のところに来るな』
放牧地にて、ディープインパクトの相手をしていた。
無事に終わりましたね()