12月某日。
阪神競馬場で開催された新馬戦に、衝撃が走った。
《ディープインパクトこれは強い。ディープインパクト快勝です! コンゴウリキシオー、テイエムカイブツを突き放して4馬身差の圧勝を飾りましたディープインパクト!》
最後方からレースを展開。
第4コーナーで先頭集団に追いつくと、最後の直線では突き放しての勝利。
観客は見ただけで理解した。
「も、モノがちゃい過ぎるやろ。こら、連続でえらいもんが出てきたでぇ!」
「つえぇ! これがディープインパクトか!」
「すげぇぞディープー!」
能力が桁違いに高い、と。
新馬戦が終わって、とある記事のためにインタビューに答えていた岳は、ディープインパクトのことをこう語っていた。
「みなさん、どうかディープインパクトの名前を覚えておいてください。もしかしたら、シャーロックに続いて三冠を取っちゃうかもしれませんね」
将来が楽しみであり、三冠を取ることも夢ではない、と。
言うまでもないが、三冠は達成難易度が桁違いに高い。
3歳の時にしか出走ができず、1つ勝つことすら難しいG1レース。
求められる能力、適性もバラバラであり、あらゆるコースで走ることのできる自在性を持ち合わせなければ達成は不可能。
そんなレースを3回も勝たなければならない。
前年度にメジロシャーロックが達成しているから麻痺しがちだが、普通は難しいことなのだ。
しかし、岳寛が発言した、ということが重要。
メジロシャーロックの主戦を務め、三冠へと導いた騎手の言葉だ。
疑うことなんてできない。新馬戦で素質を秘めていることも分かっている。
ならば、期待する。
「まさか、シャーロックに続いて三冠あるんちゃうか? これ」
「そうなったら、シービーとルドルフ以来の三冠対決だって夢じゃない!」
「下手すりゃ無敗の三冠馬同士の対決が実現するぞ! 覚えておかないと!」
ディープインパクトが三冠を取ることを。
秘めたる素質がどれほどのものであるのか、メジロシャーロックに比肩する才能なのか。
ディープインパクトにも期待が寄せられていた。
そんな年末の衝撃から1ヶ月後。
ディープインパクトの次走である若駒ステークスは。
《一気に突き抜けた、一気に突き抜けた。ディープインパクト最後の直線で一気に突き抜けました! 10バ身はあった差をあっという間にひっくり返し、5馬身差を叩きつけての圧勝劇! ディープインパクトが京都に衝撃を残しました!》
5馬身差の圧勝を飾る。
数日前のインタビューで岳は語っていた。
「凄いことになるから見に来た方がいいですよ」
まさかその通りになるとは。
10馬身差をひっくり返しただけではなく、さらに5馬身差を広げて勝つなどとは思わなかった。
後方からの競馬。追込に分類される脚質。
どんなに不利な状況でも一発逆転をすることができる強さに、虜になるファンが続出。
「いや、凄いわホンマ! えらい馬やでディープインパクト!」
「これはもう三冠は確実だろ! 取れなかったら嘘だ!」
「今の内に推しとけ推しとけ!」
ド派手なレースに、競馬界隈は更なる盛り上がりを見せていた。
とはいえ、やはりメジロシャーロックには敵わないとする声の方が多い。
「はん、俺はシャーロック一筋や。あれほどの馬はそうはおらん」
「ディープは10年に一度、だけどシャーロックは100年に一度だ! シャーロックの方が上だね!」
「まだ3歳成り立てと古馬を比べるなよ。つっても、俺もシャーロック派だな」
人気は盤石。
当たり前のように最優秀3歳牡馬に輝き、年度代表馬選考でも、満票で選出された競走馬だ。
メジロ初の年度代表馬。しかもそれが、滅多にない満票での選出。
馬主である喜多野裕二だけではなく、ファンも大喜びだった。
グッズの完売は珍しくなく、全国でも探す方が難しい有様。
子供からの人気も高い。中には野球といったスポーツよりも、競馬の方にハマる子さえもいるのだ。
文字通り桁違いの人気を誇っている。
ただ、競馬業界としてはありがたい限りだ。
「メジロシャーロックだけじゃない。ディープインパクトもスター性は十分だ!」
「並行して推すぞ! ディープインパクトも猛プッシュだ!」
「サンデー期待の星、ってよりも、同厩舎の先輩後輩路線で売り出すか。早速取材の申し込みを」
スターホースなんていればいるだけいいのだから。
売上に繋がるのであれば、なんだってよかった。
競馬の未来は明るい。誰もがそう確信していた。
さて、そんな中で若駒ステークスの翌日。
中山競馬場で開催されたアメリカジョッキークラブカップ。
メジロシャーロックの年始始動戦に選ばれたレースだ。
G2であるにも関わらず、シャーロックが出走するからと10万近いファンが押し寄せている。
「頑張れシャーロックー!」
「負けないでー!」
おっさんの声だけではなく、年若い声も聞こえている。
シャーロックの人気は、世代を問わなかった。
レースの結果はというと。
《メジロシャーロック抜け出した! メジロシャーロックがあっさりと抜け出しました! そうだこの勝ち方もできるのだ。逃げるだけではない、王道の先行策もお手の物! 今差を3馬身、4馬身開いて! クラフトワークを4馬身差で下したメジロシャーロック1着!》
「わあああぁぁぁあああ!!」
圧勝。まるで問題ないとばかりにレースを勝ち、ファンの期待に応える。
感冒の影響は全くない。
馬体重もほぼ変化なしの491。ベストをキープ。
「いやはや、やっぱ強いよメジロシャーロックは」
「これは、今年もシャーロックの年やな!」
「下にディープインパクトが出てきたけど、やっぱ俺はお前だー! メジロシャーロックー!」
不安要素を感じさせない、安定感のある走りに。
ファンは喝采を送った。
余談だが、鞍上は岳である。
つい先日、若駒ステークスで京都にいた彼だが、今日は中山で騎乗していた。
インタビューでそのことを突っ込まれるが。
「そりゃシャーロックに騎乗するためです。それ以外に理由がありますか?」
と、至極当然かのように答えていた。
年明け始動戦を快勝したメジロシャーロック。
連勝記録を11に伸ばし、かつて日本で走っていた女傑・クリフジ*1に並ぶ。
11戦11勝無敗。まさしく最強と呼ぶに相応しい実績だ。
ここで気になるのが、シャーロックの次走。
及び、今年一年のローテである。
アメリカジョッキークラブカップを制した今、どこへ向かおうとしているのか?
日本中の視線が集まる。
とはいえ、すでに決まっているようなものだろうとファンは楽観していた。
なぜならば、春にあのレースがあるから、である。
「メジロシャーロックの次走はどのようにお考えでしょうか? 喜多野オーナー」
「次走は阪神大賞典です。阪神大賞典をステップレースに、春の天皇賞へと出走します」
喜多野オーナーの選択に、やっぱりな、とファンは声を上げた。
天皇賞。
日本競馬でも長い伝統と歴史を誇る競走であり、その歴史は明治まで遡るとされている*2。
現在でも古馬競走の最高峰と呼ばれ、基本的にはこの天皇賞を目標にする陣営が多い。
長距離で覇を競う春の天皇賞。
中距離で覇を競う秋の天皇賞。
年に2回、天皇賞は開催されている。
何故やっぱりなのか? それは、シャーロックがメジロの競走馬だからである。
メジロは天皇賞を特に重要視している。
時にはダービー以上に大事なレースと位置づけ、天皇賞を勝つことが重要であると断言するほど。
メジロの馬は、古馬になれば天皇賞出走は当然。ファンの間でもそう認識されていた。
なので、メジロシャーロックの春天出走は既定路線なのである。
「春の大目標に春の天皇賞。秋の大目標に秋の天皇賞。天皇賞春秋連覇を目標に、メジロシャーロックは走る予定です」
天皇賞を重要視しているので、秋天の方も出走が確実。
喜多野オーナーが考えている構想は、メジロシャーロックの天皇賞春秋連覇だった。
これまでに3頭の馬が記録を達成。
タマモクロス、スペシャルウィーク、テイエムオペラオー。
ちょっと条件は違うが、スーパークリークも達成済み*3。
これまでの歴史で、4頭しか達成していない偉業である。
そんな偉業に、メジロシャーロックは挑もうとしている。
「父であるメジロマックイーンが成し遂げられなかった偉業を、息子で叶える。康夫調教師にも了承は貰っております」
期待に胸を膨らませるファンだった。
とはいえ、それ以外は目立った情報はないか、と少しだけ落胆する気持ちがあるのも事実。
秋の天皇賞出走が確実、ということは、凱旋門賞の出走はないも同然。
(凱旋門賞出走、ちょっと期待してたんだけどな~)
なんて考えるファンも少なくない。
それに、先んじて喜多野オーナーから宣言された。
「凱旋門賞の出走はありません。重要なのは秋の天皇賞ですから」
出る気はない、と。
残念だ。メジロシャーロックほどの馬が凱旋門賞に出ない。
その情報は、落胆するには十分すぎるものだった。
だがその落胆は、次の瞬間一気に吹っ飛ぶ。
「ですが、夏に海外遠征を予定しております。宝塚記念は狙わず、夏は海外に遠征するつもりです」
「っは?」
素っ頓狂な声を上げるインタビュアー。
それも仕方ない。海外遠征しないと思っていたところに、海外遠征の情報が飛び込んできたのだから。
数秒の沈黙。
インタビュアーの言葉を待つ喜多野オーナーだが、言葉がなかったので無視して目標を語る。
「春の天皇賞出走後、メジロシャーロックは遠征をおこなう予定です。出走するレースは2つ、エクリプスステークスとキングジョージ6世&クイーンエリザベス・ダイヤモンドステークス*4。この2つを予定しています」
海外で走るレースはどちらもG1。日本馬の勝利がないレースだ。
ここで、メジロシャーロックのローテについてまとめよう。
阪神大賞典に出走した後、春の天皇賞に出走。その後海外遠征を行い、エクリプスステークスとキングジョージを走る。
海外で2戦走った後は日本へと帰国。レースを1つ叩いた後、本命の秋の天皇賞へ赴く。
その後は体調と相談しつつ、ジャパンカップへ。年内最後は有馬記念を予定。
これが喜多野裕二から明かされた、メジロシャーロックの1年のローテだ。
「かねてより考えてはおりました。メジロシャーロックの強さならば、海外でも通用すると。しかし、凱旋門賞は秋の天皇賞との兼ね合いから難しい」
まだ絶句して固まっているインタビュアーを無視して、思いの丈を語る。
「ならば、夏に海外へ羽ばたこうと思いました。特に、キングジョージはイギリス最高峰のレース。歴史と伝統、栄誉のあるレースです」
ここまで口にしたところで、ようやく記者達は正気に戻った。
動揺。ざわめきはが広がり、しまいには雪崩れ込むように喜多野オーナーへとマイクを向ける。
「め、メジロシャーロックの海外遠征ですかぁ!? そそ、それは一体、いつから!?」
「三冠を達成した時点なので、構想自体は去年からありました。康夫調教師も、シャーロックならば向こうで通用すると太鼓判を押しています」
「向こうでの騎手は! 誰が乗る予定でしょうか!」
「岳騎手で継続です。岳騎手からも、色よい返事が聞けています」
矢継ぎ早に出てくる質問。その全てをいなす喜多野オーナー。
結局、元の時間をオーバーしてしまう事態に。
「失礼ですが、今日はこの辺りで。もう時間を過ぎていますし、私も次の予定がありますから」
「あぁ、そんな! もっとお話をー!」
「喜多野オーナー! メジロシャーロックの今後について話をー!」
最終的に、インタビューを無理やり切り上げて終わることとなった。
最後まで食い下がろうとする記者達だったが、警備に阻まれ撤退。
ならばせめてと、記事にして国民に報せることにした。
反響はというと。
「か、か、か、海外遠征やと~!? しかも、キングジョージィ!?」
「……凱旋門賞とどっちが凄いんだ?」
「同じくらいじゃないか? どっちみち、日本馬勝ったことないし」
新規のファンには、キングジョージの凄さがいまいち伝わってない。
近年でエアシャカールが挑んだレースでもあるのだが、日本と言えば凱旋門賞、という意識が強い。
魅力があんまり分かっていないファンが多かった。
とはいえ、海外遠征自体は大賛成。
「日本は世界と比べて劣ってる、ってのが認識だからなぁ。これを機に、日本の馬は強いってことを世界に伝えてほしいよ」
「う~ん、さすがに渡航費が……パスポートの申請もあるし、厳しいなぁ」
「有給申請、するか」
活躍を心待ちにしているファンが多かった。
海外と比べて、日本はまだ格が落ちている、と思っているファンは多い。
エルコンドルパサーが凱旋門賞の2着でも、タイキシャトルやシーキングザパールが海外の大レースを制しても、答えは同じだ。
日本はまだ海外の馬に敵わない。その意識が根付いている。
その意識を、メジロシャーロックならば変えてくれる。
そう思うファンは大勢いた。
「メジロシャーロックなら勝てる! 海外の一流馬相手にも後れは取らねぇ!」
「あぁ、そうだな。メジロシャーロックならやれる!」
「まずは春天だな。頑張れよメジロシャーロック!」
古馬一年目。期待がますます高まるメジロシャーロックだった。
うおおお!春天→エクリプスステークス→キングジョージ→秋天→ジャパンカップゥゥゥ!あ、次回新しい調教相手の子が出るかもしれません。誰かはお楽しみに。