年が明けて古馬一年目。
もうすぐ2月になろうかという時期。
始動戦のアメリカジョッキークラブカップを勝ったり、メジロの馬として、初めて年度代表馬になったりといろいろあった。
現在いるところは栗東トレセン。
トレセンにいるということは? そう、調教だ。
「よ~し、シャロ~。今日も調教頑張ろうな~」
「ヒヒン(おーよリョーマ)」
馬房から出され、体温とか検査し、馬具を装着して調教場所へ。
「お~おはようさん草薙。今日もご苦労さん」
「あ、テキ! これが俺の仕事、いや生きがいですから!」
「ホンマ、お前この仕事向いとるわ。シャーロック~、今日も元気そうやな~!」
康夫さん達と合流して、一日が始まる。
ちなみに康夫さん、俺のことを撫で繰り回していた。
これにも慣れたもんだ。
さて、俺の調教と言えばアレだ。
グルーヴさんだったりスティルさんだったり。ユニさんはちょっと微妙なラインだが、まぁ気性が悪い馬と組まされることが多い。
(気持ちは分からんでもないがなぁ。気性難の矯正を、結果として出しているわけだし)
気性の悪化で惨敗続きだったスティルさんだけど、改善。G1のエリザベス女王杯で見事ハナ差の2着。
グルーヴさんと大激戦を繰り広げていたそうな。
で、それは俺のおかげ、なんて栗東中で話題になっている。
(俺と併せをしてから調子がよくなった、なんて言われてるらしいからな。実際のところはどうなのか分からんけど)
グルーヴさんに関してもそうだ。
牡馬相手に委縮してしまう問題も、俺と調教をしてから気にならなくなったと話が出ているとのこと。
実際レースの結果にも表れているし、間違ってはいないと思う。
とはいえ、とはいえだ。
別に俺の相手は気性難ばっかというわけではない。
普通の子だって相手にするのだ。きっと、多分、それなりの確率で!
……我ながら苦しいな。これまでのことを思い返せば、そんなことないはずなのに。
(なんで俺の相手気性難ばっかなんだよ! たまには普通の子とやらせてくれ!)
改めて、俺の調教パートナーを列挙しよう。
まずグルーヴさん。ここは外せないな。なんだかんだ一番数が多い。俺と一緒じゃなきゃキレる気性難。
スティルさん。グルーヴさんの次によくやるようになった。俺と一緒じゃないと、次調教で会った時に秒で詰め寄られる気性難。
ディープ。同厩舎の先輩後輩なので一緒にやるように。我慢という言葉を知らないお坊ちゃま気性難。
この3人が上位だ……見事に気性難しかいない。
(俺を気性難矯正装置か何かだと思っていらっしゃる!? 結果か、結果を出したのがよくないのか!?)
ユニさーん! タイドー! カメハメハー! 帰ってきてくれー! カメハメハは帰ってきても路線被らんな。
なお、この3人が筆頭ってだけで、別の気性難も相手にしている。
なんなら最近数が増えてきた。悲しいことに。
「それじゃ、世戸口さん。今日はよろしゅう頼んます」
「はい康夫さん。いや~、あの無敗の三冠馬が調教相手になるとは。恐縮です」
「なにを言うてますか世戸口さん! しっかり覚えてますよ、ネオユニヴァースと併せてもろうたの。その恩、ここで返しまっせ!」
俺の悲しい気持ちとは裏腹に、調教の話はとんとん拍子で進んでいく。
はてさて、一体どんな気性難が相手になるのやら……と思っていたが。
(牝馬、か? 小柄だな)
ディープくらい小柄な子だった。
少なくとも、ぱっと見の印象じゃ牡馬には見えない。
ただ、ディープという存在があるからな。見た目で決めつけるのはいかんか。
「阪神ジュベナイルも惜しいところまで行ったのですが、あと一歩及ばず。ですが、素質はあります。その素質を」
「ウチのシャーロックと併せて、伸ばしていきたい、っちゅうことですね?」
「そういうことです」
ほう、阪神ジュベナイルか。
あのレースは牝馬限定だ。牡馬は出走することができない。
つまり、この子は牝馬で確定ってことだ。
肝心の相手はというと。
『お、おっきい……私とは全然違う』
ん?
『あ、あの! 今日はよろしくお願いします!』
『あぁ、よろしく』
なんというか、新鮮な反応だな。
俺と初対面の馬はもっとこう、オラオラ来るのに。
オスだろうとメスだろうと、近づくならぶっ飛ばすぐらいの気概で来るのに。
この子は、もしかして。
『俺はメジロシャーロック。今日はよろしくな』
『はい! お願いします!』
めちゃくちゃ良い子なのではないか? 気性難じゃない、良い子じゃないのか?
おい、嘘だろ。
今までずっと気性難の相手を押し付けられてきたのに、こんなことがあっていいのか!?
その子は少し遠慮がち、というか俺を警戒している。
初対面だから仕方ないか。おまけに牡馬と牝馬だし。
「大丈夫だよクーちゃん。シャーロックは怖くないからね~」
……ん? クーちゃん? なんか、聞き覚えがあるような
「おし、じゃあラインクラフトとの併せ、始めましょか世戸口さん」
「はい。お願いします康夫さん」
あーはいはい、そういうことね。完全に理解したわ。
(そういや世戸口さんの厩舎、ユニさんの後輩だったな。ラインクラフトって)
まさかの邂逅である。
というわけで、新たな調教パートナーにラインクラフトが追加された瞬間である。
肝心の結果のほどは。
「ホンマに、どの馬とも併せられるな、シャーロックは」
「これで自分には全く影響が出ないんですから。凄い馬ですよ」
「は~……いつ見ても凄いですね、メジロシャーロックは」
調教師側には大好評。
ラインクラフト側はというと。
『そうそう、その調子。好きなペースで走っていいよ。こっちで合わせるから』
『は、はい!』
タイドにもやったように、褒めて伸ばす方針。
上手い具合にラインクラフトの実力を見極め、いい感じの塩梅を見つける。
時間が進むにつれて、向こうも気を許してくれたのか。
『ありがとうございます、シャーロックさん! 私のためにいろいろと』
『いやいや、気にしないでくれ。こっちはそういう役だからな。その調子で頑張れよ』
『頑張って次のレース勝ちますね!』
……ヤバい。お礼の言葉を言われるだけで涙が出てきそうだ。
こんな素直な子がいるのか。
ちゃんと教えたことを実践してくれて、俺にも感謝の言葉をくれて。
タイド以来かもしれない。こんなにも心が安らいで調教ができたのは。
「それではしばらくの間、お願いします。康夫さん」
「おう、って言いたいとこやけど、明日は別の予定がありましてね。申し訳ないですが、明日だけはちょっとできそうにないっすわ」
「いえいえ! こちらとしてはやってくれるだけでもありがたいですから! 次の調教も、よろしくお願いします」
「はい、よろしくですわ」
円満に終わる調教。
『それでは、またです! シャーロックさん!』
『おう。ラインクラフトちゃんも』
『クラフトでいいですよ。次もお願いしますね!』
『あぁクラフトちゃん。またな』
とても晴れやかな気分で終えることができた。
明日は調教の相手が違うということすらも忘れそうなほど、俺の心は穏やかだった。
(ガチで久しぶりな気がする。こんな穏やかに終わったのは)
グルーヴさんの場合俺ともっと一緒にいたい! って駄々こねるし。
スティルさんは俺の隣を陣取って動こうとしないし。
ディープに関しては放牧でも振り回される。多分この後も振り回される。
だがクラフトちゃんはどうだ?
こんなにもあっさりと。何事もなく始まって何事もなく終わる。
(あぁ、調教ってこういうのだよな。お前が懐かしいよ、タイド)
断じて、断じて気性難に振り回されるのが調教ではない。
今日この日、俺は改めてそう思った。
「それじゃあシャロ~。今日のお掃除と、その後はご飯だからな~」
「ヒヒン(最高だぁ)」
「今日は機嫌良さそうだな、シャロ! お前が嬉しそうで俺も嬉しいぞ~!」
リョーマに連れられ、ルンルン気分で馬房に帰る。
今日は最高だったわ。放牧でまたディープに付き合わされたけど、そんなもんお釣りが出るレベルで。
(これが続いてくれるといいな~)
『シャロさんもっと走ろ! もっと走ろ!』
『分かった分かった。んじゃ、もっとな』
『わーい!』
最高だぜ、全くよ。
なお、次の日。
『いーやー! なんでアタシがそんなことしないといけないわけ!? ぜっっったいに動かないからね! フン!』
「……生添くん。スイープトウショウの方は?」
「ダメっす。ホンマにもう、動いてくれ~スイープゥ~」
『フーン!』
おい、また気性難の相手されてんじゃねぇか。
しかもあのスイープトウショウじゃねぇか。ワガママの代名詞と呼んでもいい馬。
なんでまたこうなるんだ。
(さようなら俺の平穏。一日も保たなかったよ)
『……なにが気に入らないんだ? お前は』
『今日は走りたい気分じゃない! お部屋でじっとしてたい!』
『あーはいはい。でも、このままだとまずいかもしれないな~。ここにいる凄い子が頑張ってくれると、帰れるかもしれないんだけどな~』
とりま相手をする。だって相手しないといつまで経っても帰れないし。
おまけに今日は雪。このまま立ち往生なんて絶対にごめんだ。
アレになるぞ。雪が積もる生添さんになるぞこのままだと。
おだてる作戦に出る。とにかく褒めて、走る気になってもらわないと。
だが、相手は一筋縄ではいかない。そもそも気性難は大抵一筋縄じゃいかない。
『でも走りたい気分じゃないもん!』
『それは残念だな~。君は凄い子って聞いてるし、速いって聞いてたからな~。それが見れないのは残念だな~』
『……そんなにすごいって聞いてるの?』
お、食いついた。やっぱ褒められると嬉しいんだな。
どの馬にも共通している。
『そりゃ勿論。噂程度にだけど聞いてるよ。スイープトウショウって子が今ヤバい、ってね』
このヤバいは別の意味を含んでいるがな。向こうは気づかんだろ、さすがに。
『どんな子か楽しみにしてたんだけど、そっか。走る気分じゃなかったか~。すげぇ残念だな~。見たかったんだけどな~』
『……』
『いや~! 見たかったな~!』
ぶっちゃけ見たいのは本音。スイープトウショウの実力が気になるし。
それはそれとして、やる気になってもらわないと困る。非常に困る。
俺は別に寒くないが、人間の方は別だ。
雪が降っているんだ。出来る限り早く済ませたい、なんて思っているはず。
ならば、やる気を引き出すしかあるまい。スイープトウショウのやる気を。
そんなわけで、凄い走りを見たいとおだてる作戦に出た。
その結果。
『しっかたないわね~! そんなに気になるなら、アタシの走りを見せてあげるわ!』
『おぉ! これで帰れゲフンゲフン。スイープトウショウさんの凄い走りが見れるわけですね!』
『そうよ! しっかりと目に焼き付けておきなさ~い!』
やる気を出してくれました。やったぜ。
これには鞍上の生添さんも大喜び。
「お、おぉ……! いつもやったら1時間粘るのに、今日は10分や! これはシャーロック効果に違いない!」
(言いすぎだろ。そんで俺を羨望の眼差しで見るな)
スイープトウショウがやる気を出してくれたので、ようやく調教ができる。
喜んでいるのは、生添さんだけじゃない。
「あぁ、ようやっとやる気出してくれたやんけ。こら、ホンマに筋金入りやな」
「良かった、気性難矯正のために、放牧から早めに帰らせるよう指示して正解だった……! ありがとうございます、康夫さん!」
「苦労しとりますね、弦留さん」
調教師達も大喜びである。
そりゃそうだ。下手すりゃ一生立ち往生するところだったんだから。
そうならなくてよかった、と思うのが自然だ。
てか、わざわざこのために放牧から呼び戻したんかい。
どんだけ俺に期待をしてんだ。気性難矯正装置ちゃうぞこっちは。
『ほらほら、何ぼさっとしてんのよ! 早く走るわよ! えっと』
『シャーロック。メジロシャーロックだ。よろしくな、スイープトウショウ』
『シャロ! このスイープトウショウに着いてきなさ~い! 後、スイープでいいわよ!』
もういいけどさ。
で、調教自体は何事もなく終わった。
『どう? どう! アタシの走りは! 凄いでしょ!』
『いや、本当に凄いな。びっくりしたわ』
『そうでしょうそうでしょう! ふっふ~ん、アンタ中々見る目があるじゃない!』
機嫌も良さそうだし、向こうさんも嬉しそうだし。
「こ、こんな素直なスイープ初めてや……! これからずっとシャーロックと併せさせてください康夫調教師!」
「それは無理や。シャーロックはいろんな馬から依頼来とるからな。スイープトウショウだけに集中するわけにはいかんわ」
「そ、そんな殺生なぁ!?」
それは諦めてくれ生添さん。あなたに恨みはないが、俺の予約は大分先まで埋まってるんだ。
もうそういうものとして扱われているシャーロック。海外遠征したらどうなるんだろうね、気性難'sの調教相手。