俺の次走、阪神大賞典が近づいているある日のこと。
珍しく放牧の時間でディープがいなかったので、ハーツとのんびりしていた。
『お前とこうしてゆっくりするの、久しぶりな気がするわ』
『確かにな。お前はあのお坊ちゃんに懐かれているからな』
『なんでだろうな本当』
アイツ、俺のことを見つけてはすぐに寄ってくるからな。
いくらなんでも懐きすぎだと思う。なにかした覚えはないのに。
『嫌ならば突き放せばいいだろうに。突き放さないということは』
『そこまでじゃねぇし、なんなら悪いとも思ってねぇよ。好かれて悪い気はしねぇ』
『フッ、貴様ならばそう言うと思っていた』
分かったような口を利くハーツ。それなりに付き合いは長いしな。これくらいのことは分かるんだろう。
『で、お前は最近どうよ? 次のレース大丈夫そうか?』
『問題はない。今日も人間を振り落としてきたところだ』
ドヤ顔してんじゃねぇよ。なにも大丈夫じゃねぇよそれ。
まず振り落とすなって言いたいわ。ケガするからやめろって。
そういやお前も大概気性難だったな。俺の周り気性難ばっかだし、あんま会わなかったから印象薄いけど。
『まぁレースならば問題はない。いつかお前を超えるために、頑張っている最中だ』
『あっそう。ま~お前なら大丈夫だと思うが……とりあえず人間は振り落としてないよな? さすがに冗談だよな?』
『そっちは絶好調のようだな。さすがは俺のライバルであり目標。追いかけがいがあるというものだ』
『マジで振り落としてないよな!? 人間の方は無事だよな!?』
結局この後冗談だということが判明した。心臓に悪いわ。
ハーツは順調そうだ。次のレース、勝てばいいな。
『大阪杯、だったか? 頑張れよ』
『フン。敵の応援とはな。自分は余裕があるから大丈夫、だとでも?』
『なわけ。純粋に、心の底からの応援だよ。お前はライバルで友達だし』
『貴様はそういう奴だな。さっきも言ったように問題はない』
応援しても、コイツは素直じゃないから素直に受け取らんけど。
これがハーツクライだ。気にするもんじゃない。
それに、強くなっているのは本当だからな。
今のハーツはクラシック三冠を競った時よりもさらに強くなっている。
(菊花賞の後も、コイツはジャパンカップと有馬記念を走ったからな。それも、掲示板内)
『なんつーか、ジャパンカップ3着に有馬記念4着ってお前も大概イカれてるよな』
『勝てなければ意味がないだろう。お前もいなかったレースだしな』
確か、史実だと掲示板外に沈んでいた2レース。
こっちではなんと、どっちも掲示板内を確保しているのだ。
ゼンノロブロイや他の古馬相手に奮闘。俺とは違うやり方で、ハーツは強くなっていってる。
世代の一番手は俺だが、世代の二番手はハーツクライ、なんてことになるかもな。
ちなみに現時点の二番手はキングカメハメハ。マイルG1を2勝してるから当然っちゃ当然か。
『ま~なんにせよ、たまにはゆっくりしようや。ディープもいないし』
『競うぞ。用意を済ませろ。お前に拒否権はない』
『ディープいなくてもお前と走ることになるのね、俺は。いや、良いけどさ』
放牧の時間は楽しく過ごせた。
放牧が終わって馬房へ帰宅。
こうなると一気に暇だ。何もすることがない。
(な~んか面白い話でも聞ければいいんだけどな~っ?)
暇を持て余していると、話し声のようなものが聞こえた。
「最近どうだ? 涼真。シャーロックの担当になって、お前も相当な有名人になったんじゃないか~?」
「いや~、それはあるな! なんせ、今のシャロは人気者だからな!」
どうもリョーマが誰かと話しているらしい。
馬の耳は良いので、ちょっと離れていても声は聞こえる。
現に姿は見えていないけど、リョーマ達の会話が分かるくらいだ。
そして、丁度いいな。
(暇潰しにはなるな。俺の名前も出てたし)
いやはや、それにしても人気者か……人気になる要素しかないわな、俺。自分で言うのもアレだけど。
「他のみんなも羨ましがってるぞ。あのメジロシャーロックの担当、ぜひとも自分でやりたい! ってな」
「なに!? ダメダメ、アイツの担当は俺なんだから! 譲る気は一切ない!」
「はは、お前ならそう言うと思ったよ。めっちゃ惚れ込んでるの、厩舎内でも有名だしな」
ほ~ん。俺の担当を巡ることもあるのか。
そりゃまたなんで……って、こっちも想像つきやすいな。
「確かにシャロは手がかからないし、こっちの言うことに素直だし、なにより可愛くて愛嬌があるからな! 担当になりたい、って気持ちはすごくよく分かる!」
「可愛くて愛嬌がある以外は同意するわ。シャーロックは本当に素直だからな~。威嚇したりしないし、検診を嫌がりもしない。あれほど手の掛からない馬ってのも珍しい」
「そうだろうそうだろう? ま、そのシャロを担当しているのは俺なんだけど!」
「あ! コイツめ~! 羨ましいぞ、この~!」
人の言うことに素直なんだからそりゃそうだ。
面倒ごとを起こさない、注射を嫌がったりもしない。
他の馬とも喧嘩をしないし、指示に従順。
人からしても、俺は好かれる要素しかない、ってことか。
(元人間だしなぁ。時々忘れそうになるけど)
にしても、大分褒められてるな俺。その調子でもっと褒めろ。嬉しいから。
ただ、気になることが1つ。
(リョーマって、初対面の時からずっと俺にべた惚れなんだよな。時間がどうとか関係なく)
今でも覚えている。
康夫さんと一緒に俺を絶賛し、俊之さんに宥められていたのを。
元々そういう性格っぽいけど、どうも俺に対しては度を過ぎている、というか。
理由が分かったりしねぇかな? こう、都合よく。
「にしても、お前って本当シャーロックを気に入ってるよな。放牧の時、お前がワンワン泣いてたって有名になってるぜ?」
都合よく来たな! よしよし、これで分かるかもしれん。
リョーマの声は、ちょっと上ずっている。恥ずかしいのか?
「その話広まってるのか……まぁ、そうだな。俺もちょっと、シャロのことは特別だと思っているよ」
「へぇ。なんでだ?」
「なんつーかさ、真面目で一生懸命なところが良い、っていうかさ。とにかくこう、可愛いんだよ!」
恥ずかしそうな割には、随分と勢いよく言うなそんな恥ずかしいこと。
俺の方が照れるわ。
その後、リョーマは熱弁していた。
「調教嫌がらないし、自分だけじゃなくて他の子のためにも頑張るし。何に対しても一生懸命、っていうかさ」
「それに、俺が入れるご飯もちゃんと残さず食べてくれるんだ! リンゴ食べてるときとか幸せそうでな~、この時の顔がまたいいんだ!」
「水浴びしている時に目を細める時とかも! ブラッシングとか、蹄の掃除が終わった後とか。お疲れ様、って言わんばかりに舐めてくれてな」
「とにかくもう可愛いんだ! シャロの担当になれて、本当に良かった!」
……うん。俺の方が恥ずかしくなってくるな、これ。
(全部心当たりがあるわ。確かにそんなことやってたなぁ!?)
リョーマが言ったことには全部心当たりがある。
俺としてはお世話になっているし、感謝の気持ちを伝えるためにやっていたんだが。
それがかなりお気に召しているみたいで。同僚相手に熱弁していた。
相槌を打ってる声も聞こえたけど、ちょっと呆れていたな。
「べた惚れじゃねぇかお前。幸せそうで何よりだよ」
うん、俺もそう思う。
でもご飯に関しては加減してくれ。毎回毎回残さず食べるけど。
ベストの体重をキープするの、結構大変なんだぞ。
にしても、リョーマがここまで俺に対して真摯に向き合っているとは。
意外、ではないが、本気具合が知れてちょっと嬉しかったり。
これで打ち止めか、なんて思っていたところ。
「それに、さ。シャロは早くに母馬を亡くしてるだろ? メジロラモーヌが母親代わりしてたみたいだけど」
「そうだな。それがどうかしたのか?」
俺の母親の話題になった。
少しだけ声のトーンが落ちている。いつもの喧しいくらいの大声が、落ち着いたものになっていた。
一体なにを言うのか。どんな言葉が出てくるのか。
(……憐れんだりしてんのかね?)
緊張しながら待っていると、出てきたのは。
「やっぱり寂しいと思うんだよ。ただでさえシャロは賢いし、母の死を理解している、なんて言われてた。それに、美弥さんのこともある。自分に優しくしてくれた人が亡くなって、寂しい気持ちがあると思うんだ」
「……そうだな。シャーロックならあり得る話だ」
「だからさ、アイツが寂しくないように。寂しさを感じさせないぐらい、目一杯愛してやろうって。俺はそう思ってるんだ」
憐み、とは少し違う。心配しているような、そんな言葉だった。
……リョーマの奴め。
(どんだけ俺を喜ばせるつもりだ、お前)
多分俺の顔、すげぇニヤけてる。誰かいたら突っ込まれること間違いなしだ。
でもさ、こんなの嬉しすぎるだろ。
最高の気分だわマジで。人との出会いに、俺は恵まれすぎている。
(岳さんに康夫さん、俊之さんにリョーマ。当然、メジロのオーナーにスタッフの人達)
いかんな、涙が出てきそうだ。
これまでの出会いに感謝を
「ま、それ抜きにしても。シャロのことが可愛くて可愛くてな~! 俺だけに見せる顔とか、いろいろとあるし! 俺だけの特権だ!」
「さすがに気持ち悪いぞその発言は」
引っ込んだわ涙。俺の感謝の気持ちを返せリョーマ。
で、ここまで話したところで、リョーマ達の声は遠ざかっていく。
どうも、これでおしまいのようだ。
いやはや、にしても。
(大分愛されてることが分かったな、うん)
ちょっと気持ちが大きすぎる気がするが。
ま、まぁいいだろう。それだけリョーマも本気ってことだ、うん。
レアな会話を聞けた気分だった。
次の日。
いつものようにリョーマが俺の馬房へとやってくる。
「おはようシャロ。朝の準備、済ませちゃうぞ」
「ブルル(あいあい)」
諸々の準備を済ませて、リョーマに連れられて調教場所へ。
気性難相手の準備を済ませつつも、思い出すのは昨日のこと。
(いつも頑張ってくれてるよな。ちゃんと感謝は行動で示してるけど)
思ったよりも愛情深く接してくれるリョーマ。
そんなリョーマに対して、なにかできることはないかと考え。
悩んだ結果。
「わっ、と。どうしたんだ? シャロ。いきなり。今日は機嫌良さそうだな」
「ヒヒン(感謝だよ感謝)」
「はは、いつも通り可愛いなぁシャロ。今日も一日、頑張ろうな」
顔を舐め回すことに。
ぶっちゃけ会話なんてできないし、これくらいしか伝えられない。
もっといろんなことができればいいんだけどな。
(地面に文字でも書いてみるか。いつもありがとうってな)
とにかく、リョーマに感謝を。
いや、リョーマだけじゃないな。
「おーっす、お疲れさんリョーマ。シャーロック、今日もっ、とと」
「今日はかなり機嫌が良さそうですね、シャーロックのやつ……ん? わっ、と。俺もか」
「はは、なんかええことがあったかもしれんな。調子も問題なさそうやし、阪神大賞典も大丈夫そうやな!」
「まだレースまで日はありますけどね。よしよし、今日も頑張ろう、シャーロック」
康夫さんと俊之さんにも。
感謝の気持ちを伝えるように、舐めた。
(いつもありがとよ)
おかげさまで、和気藹々とした雰囲気で調教が始まろうとしていた。
……なお、この時誰とやる予定だったのかをすっかり忘れていて。
『ちょっとちょっと! 人間にやるくらいならあたしにやりなさいよ!』
『……そういや今日はグルーヴさんだったな』
『ふふ~ん、シャロは特別に許してあげるわ! 思う存分やっていいのよ!』
グルーヴさんに鬼詰めされたのはここだけの話である。
ちなみに舐めました。グルーミング、というやつ。
だってやらなきゃグルーヴさんがうるさかったし。仕方ないだろうが!
【速報】ハーツクライが超絶強化されている(史実のジャパンカップ10着、有馬記念9着)