3月20日、阪神大賞典。
メジロシャーロックの次走に選ばれたこのレースは、10万を超える人々の熱狂と共に、フィナーレを迎えようとしていた。
《さぁ来ましたメジロシャーロックです、メジロシャーロックであります。まるで問題なしとばかりに4番手から上がっていく! 道中4番手から一気に先頭へ!》
「きたきたぁ! いつもみたいにきたぞぉ!」
「頑張ってー! シャーロックー!」
メジロシャーロックが先頭に並ぼうとしている。
その事実に人々は、応援の声を飛ばしていた。自分達の声が背中を押すようにと。
9頭がゴール目がけて一直線に。
その中でもメジロシャーロックは、脚色十分とばかりに他を置き去りにする。
ぐんぐん伸びる。他よりも鋭い脚で伸びていく。
すでに加速が終わっている末脚は、他を置いていくには十分すぎるものだった。
《ここでメジロシャーロックが先頭に変わりました! メジロシャーロック先頭、メジロシャーロック先頭! 脚色問題なし、2番手リンカーンを突き放す! 勢いはアイポッパーもあるぞ、だがメジロシャーロックが突き放します!》
《いや~強いですね! ただ、アイポッパーの勢いも負けていませんよ。まだまだ全然あり得ます》
《メジロシャーロック先頭、メジロシャーロック先頭! その差を2馬身、3馬身と広げていく! アイポッパー必死に追い縋るがこれはもう厳しいか! これがメジロシャーロックだ文句なし!》
その差が4馬身まで開いたところで、メジロシャーロックの馬体がゴール板を通過する。
瞬間、爆発的な歓声が阪神競馬場で上がった。
《メジロシャーロックが今勝ちましたゴールイン! メジロシャーロックが盤石の勝利を掴みました! 王道の先行策、問題がないことを示す圧巻の4馬身差。次の天皇賞に向けて、良い弾みをつける勝利でした!》
《相変わらずの強さですねぇ。惚れ惚れする勝ち方、隙が全くありません! 天皇賞も、最有力候補間違いなしでしょう!》
《強いとしか言えない走り。天皇賞も非常に楽しみですね!》
「わあああぁぁぁ!!」
ファンの口から出てくる、メジロシャーロックを褒めたたえる言葉。
「いや凄いわホンマに! こん調子で天皇賞頼むでー!」
「目指せや四代親子制覇ー!」
「前人未踏の大記録目指してくれー! 今後更新すること不可能な記録をー!」
天皇賞の勝利を期待するには十分すぎるレース内容に、声を出さずにはいられなかった。
声援に応えるように手を振る岳寛。
シャーロックの背に跨りながら、内心手応えに満足していた。
(調子も問題なし。僕の動き出しと、しっかり合わせていた……いや)
「僕と考えていることがほぼ同じ、だね。ほとんど狂いはなかったよ、シャーロック」
言いながら、シャーロックの頭を撫でる。
自分の注文通りに動いてくれた。それどころか、自分が考えていることとほとんど同じ、理想的なレースをしてくれた。
ほとんど乗っているだけに等しかったが、文句のつけようがないので嬉しかった。
「ただ、もうちょっと勉強すべきところがあるね。向こう正面だけど、もっと」
なお、褒めるだけじゃない。
気になったところは容赦なく指摘する。次のステップへ進むためにと、岳も心を鬼にする。
メジロシャーロックは、気にしていない。
『あ~、俺もちょっとミスったかな、って思ったとこだ。やっぱ指摘されたか、反省だ』
次は同じようなミスはしまいと、岳の言葉を素直に聞いている。
勝ったというのにこの向上心。強い理由だろう。
「っと、お説教なんて似合わないね。君は完璧なレースをしてくれた。今の僕の言葉も、あんまり気にしなくていいよ」
「ヒヒン(気にしなくていいぜ)」
「今日もお疲れ様。次のレースは大一番だ、頑張ろうね」
「ヒヒン(おうよ)!」
文句を言うべき場所が見当たらない。
己の相棒の強さに、ますます笑みが深まる岳だった。
| 【天皇賞に向けて視界良し!メジロシャーロック貫禄の4馬身差V!】
3月20日の阪神競馬場。メインレースの第53回阪神大賞典(GⅡ)はメジロシャーロック(鞍上:岳寛)が先行集団から伸びてきて見事勝ち切った。2着はアイポッパー、3着はリンカーン。
年明け始動戦となったアメリカジョッキークラブカップ(GⅡ)に続き、この舞台でも王道の先行策。感触を確かめるように走った本馬は、あれよあれよという間に抜け出し勝利を勝ち取った。盤石の強さとはこのことをいうのだと、我々ファンに教え込むように。
内容自体も文句のつけようがない。囲まれても動じず、飲まれることがないまま外をキープ。世代の頂点に相応しい、貫禄の強さを見せつけるかの如く、最後の直線では他馬を突き放す。 シンボリルドルフのような好位抜出。天皇賞・春に期待ができる内容である。
これでメジロシャーロックは12戦12勝。無敗記録を12に伸ばし、日本競馬の無敗記録を塗り替える勢いだ。 いや、中央競馬の記録として残っているものとしては、すでに塗り替えている。前の記録はクリフジの11戦11勝。アメリカジョッキークラブカップで並び、阪神大賞典で塗り替えた。 すでに最多全勝記録を達成。この記録をどこまで伸ばしていけるのか。メジロアサマから続く天皇賞四代制覇もそうだが、こちらの記録にも要注目だ。
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日本競馬界は色めき立っていた。
メジロシャーロックが阪神大賞典で見せてくれた、盤石の強さ。
文句なし、圧巻。それだけのレースを披露した。
是が非でも期待したくなる。天皇賞の勝利を。
「メジロシャーロックが勝ったら、四代天皇賞制覇だぞ? 前人未踏の大記録だ!」
「それがG1の天皇賞だからな。達成してほしいぜ!」
「いやいや、あのレース内容で負けはほぼあり得んやろ! 天皇賞はシャーロックで決まりや!」
誰も見たことがない景色へ。前例のない記録が期待できる。
そんな強さを、メジロシャーロックは見せてくれた。
言うまでもなく、天皇賞は日本競馬でも最高峰のレースだ。
長距離のG1レース。勝つことも厳しいもの。
それでも、メジロシャーロックならやってくれる。期待するには十分すぎる強さを、阪神大賞典で見せてくれた。
メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンと続く天皇賞制覇の偉業。
メジロシャーロックが続けば四代制覇。並ぶことは不可能に近い大記録の樹立になる。
期待するなという方が無理だ。
「他が来ても問題あらへん! メジロシャーロックの勝ちで決まりや!」
「次のグッズ販売が楽しみだわ。子供も欲しがってるし、なんとしてもゲットしてってパパにお願いしないと」
「頑張ってくれよ~シャーロック! 天皇賞も、その先の海外遠征も!」
高まり続けている。
人々の願いが、夢が、期待が。
膨らみ続けていた。
そんな状況でも、生江康夫厩舎は平常運転。
世間の声に負けないよう、天皇賞に向けてしっかりと調整をしていた。
「お~しおし、えぇ感じや。ディープの調整しながらやのに、ホンマにえらいなぁシャーロック~!」
の割には、いつもと変わらずメジロシャーロックを褒め倒しているが。
時計の記録はまずまず。とはいえ、あまり参考になるものではないと分かっている。
事前の目標タイムとほぼ誤差がない。この事実が、生江康夫を喜ばせた。
「調整も上手くいってますね。これなら、天皇賞は問題なさそうです」
「やな。前哨戦も終わっとるし、出走してくるメンツも固まってきた。ある程度予想もできるな」
情報は集まっている。
次の天皇賞は15頭での出走が確定。
勝負が始まる前から、あまり確信するものではない。
だが、生江康夫は確信している。メジロシャーロックが勝つには十分すぎる内容が揃っていると。
「シャーロックが万全なら、全く問題あらへんわ。やから……草薙。日々の体調管理、しっかり頼むで?」
「はい! 任せてください!」
怖いのは体調だけ。
有馬記念の一件があるので、慎重になるのも仕方なし。
風邪を引かないように、ケガをしないようにと、担当厩務員である草薙に指示をする。
草薙もまた、任せてほしいと胸を叩く。
その様子に、康夫は微笑む。
「ま、草薙のことやから心配はあまりしてへんけどな。シャーロックに惚れ込んどるお前なら、滅多なことにはならんやろ」
「はい! 絶対に、シャロを無事に天皇賞に送り届けますよ!」
「はは、頼もしいわ! よろしく頼んだで!」
和気藹々とした雰囲気の調教。
とても大一番が迫っているとは思えないほどに、朗らかな雰囲気が流れていた。
調教が終わり、その他の雑務も終わった。
「後始末も問題なし。後は帰るだけだな」
草薙は念入りにチェックをして、漏れがないかを確認。
問題がないことを確認し、栗東トレセンを後にする。
家への帰り道。日が沈みかけている夕暮れを、草薙は歩く。
「いや~、シャロも元気いっぱいだ。次のレースも、大丈夫そうだな」
口笛を吹きそうなくらいに楽しい帰り道。
担当馬であるメジロシャーロックのことを思いながら帰る。
「それにしても……本当に、凄いことだよな。初めて担当する馬が、無敗の三冠を取って。天皇賞でも最有力候補として出走する……くぅ~!」
握り拳を作って、これまでのことを思い出す。
担当している馬が凄いことを。他の人には見せない可愛さを独り占めできること。自分だけが知っていることを。
「この出会いを大切にしないとな。これからも、シャロのお世話を頑張るぞ!」
改めての宣言。
気合いを入れていた。
そんな折。
視線の先に、ある光景が飛び込んでくる。
住宅街。もうすぐ家に着く、そんな場所で。
遠くから突っ込んでくる乗用車。
ボールを追いかけ、信号のない道路に飛び出す子供。
「っ危ないッ!!」
けたましいクラクションの音が、住宅街に響き渡る。
ブレーキの音、びっくりして固まっている子供。
気づけば身体は、動き出していた。
景色がスローになる。時間の流れがゆっくりになったような感覚が襲う。
その場から動かない子供を突き飛ばし。
目の前に、鉄の塊が迫ってきたところで。
(……あぁ、これ、ダメだな)
瞬時に全てを悟った。
凄まじい衝撃が襲う。空中に身を投げ出された。
最初こそなんともなかった。急に空を飛ぶような感覚があるだけであり、もしかして大丈夫なんじゃないか? と余裕があった。
その余裕は一瞬にして崩れ去った。
地面に叩きつけられ地面に転がる。
一回、二回。下手をすればもっと。
転がる度に、痛みは強くなっていった。
身体がようやく止まった時に襲ってくる、鋭い痛み。
今まで経験したことのない痛みが、起き上がることすらできない激痛が全身を走る。
意識は辛うじてある。その意識も、少しでも気を抜けば手放してしまいそうだ。
(……あぁ)
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「誰か救急車を! 大丈夫ですか? 大丈夫ですか!?」
周りに人が集まってくる。
遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた。
考えがまとまらない。体を動かすことすらできない。
なんとか繋ぎ止めていた意識。このままだと死ぬぞと、必死に鼓舞してきた思いを無下にするように。
(……ごめん、な。シャロ)
草薙涼真は、意識を手放した。
◇
春の天皇賞が近づいてるな。
さて、今日も頑張るか。
(もうそろそろリョーマも来るだろうしな)
馬房から顔を覗かせる準備をしておこう。
アイツ、俺が顔を覗かせると嬉しそうにしてるし。
いつものような日常を過ごすとするか。
なんて思っていた俺だが、どうも今日は違った。
「は~い、調教の時間だよ~」
(あれ? リョーマじゃないな)
俺の馬房に来たのは、年若い女性の厩務員だった。
おかしいな。いつもだったらリョーマがいの一番に来るのに。
「警戒してるわね……ごめんね、シャーロック。草薙さん、今日はまだ出勤してなくて。代わりに私が来たの」
あ、そういうことなのか。
アイツ今日は遅刻してるのな。寝坊かなんかでもしてるのかね?
それにしてもアレだな。
(アイツが遅刻したことなんてなかったのに。珍しいこともあるもんだ)
ちょっとレアかもしれんな。リョーマの遅刻なんて。
(到着した時、めちゃくちゃ焦ってそうだな。そして俺に謝ってきそう)
シャロごめーん! お前に寂しい思いをさせちゃったー! なんてな。
誇張かもしれないが、リョーマの場合ありえそうだ。
ま、遅刻することぐらい誰にでもある。あんま気にしてないといいんだが。
調教場所へと連れていかれ、康夫さん達と合流。
「お~、柏崎。お疲れさん。急にすまんな、シャーロックを連れてきてもろうて」
「いえ、大丈夫ですテキ。私も丁度手が空いていましたので」
「やったらよかったわ。うし、やったら今日も調教を始めよか」
一日が始まる、なんて時のことだった。
「て、テキ! テキー!」
スタッフの一人が、大慌てできた。
なんだなんだ? 何があったんだ?
「なんや騒々しい。他の馬もおるんやから、そない大声出すもんや」
「大変なんです! 今、草薙さんの情報が入ってきて……」
お、リョーマか。今になって遅刻の連絡でもしたのか? アイツ。
でもそれだと、この慌てようは説明できな
「先日の夕方、退勤した後──車に轢かれて。意識不明の重体だそうです」
……は?