ついに、ついにこの日が来た。
俺のデビュー戦、新馬戦の日が来たぞ!
(き、緊張するっ。俺の、最初に戦う舞台だ!)
一番最初に走るレース。つまり俺の晴れ舞台だ。雨降ってるけど。
場所は阪神競馬場。芝の1600mのマイル戦。
ぶっちゃけ、距離適性なんてなんも分からん状況だ。
というか、新馬戦だとあまり関係ない気がする。史実だとダートの新馬戦を走ってる芝ウマ娘とかもいたし。
このデビュー戦だが、すでに決めていることがある。
それは、とにかく派手に勝つことだ。
(最初のインパクトってのは大事だ。新馬戦なんて一番荒れるし*1、とにかく目立って勝たなければ!)
あの馬凄いぞ、とかアイツやるな、みたいな感じで、競馬おじさん達が目をつけてくれる。
するとどうなるか? 次のレースでも期待してくれる。
俺のレースを観るために、また足を運んでくれるかもしれない。
つまりは、俺のファンになってくれるかもしれない、ってことだ。
印象は大事。良いにしても悪いにしても、忘れられる可能性がグッと低くなる。
覚えてもらうためにも、俺の存在を強く意識させないとな。
(しかしどうするかな? ゲートで立ち上がってみるか?)
……いや、それは数年後に出てくる白いアレに任せよう。
何が悲しくて自分から不利を背負わなければならんのだ。俺の強さなんてまだ分からんのに。
っと、そろそろ時間だな。
「無事に帰ってくるんだぞ、シャーロック。頑張ってきなさい」
「頑張るんだぞシャロ! お前なら勝てる!」
「ヒヒン(任せんしゃい)」
喜多野さんとリョーマに見送られてパドックへ。
頑張りますか!
で、パドックをぐるぐる回っていたわけだが。
「アレがメジロシャーロックか。記事だとかなり絶賛されてたな」
「メジロマックイーンの産駒は今まで大物が出てないからな。頼むぞ~メジロシャーロック~」
「母父オグリキャップに母母メジロラモーヌ!? こんなの応援するしかないだろ!」
「とりあえず最低金額でも賭けとかないと。お前を応援してるからな、メジロシャーロック!」
俺の評価割と高めか?
パドックを見に来ているおっさん達の視線は俺に注がれている。
自分に向けられた視線だ。嫌でも分かる。
馬の耳は良いので、なんて言ってるのかも大体分かる。
俺を軸にしよう、とかこれは走る、なんてな。
(すでに注目を集めているのは好都合。ここでド派手に勝てば、俺の評価はさらにうなぎ上り!)
これは気合が入るぞ。何としても勝たなければ。
「ブルル(勝つぞ、勝つぞ)……」
「なんか入れ込んでるな。大丈夫か? メジロシャーロック」
「気合十分ってことだろ。俺は軸にする予定」
絶対に勝つぞ!
◇
雨が降る阪神競馬場。馬場は湿り、いつもよりも重くなっている。
《雨が降っております阪神競馬場。馬場の状態は良馬場から稍重に変わりました。これから第6Rの2歳新馬戦が始まります。阪神競馬場芝1600m右回り、ここから新たなスターが誕生するか?》
客入りはまばら。G1の開催日ではないので、そこそこに収まっている。
ガラガラで手を大きく広げても問題ない。少しばかりの寂しさを感じさせる場所だ。
新馬達が阪神競馬場の芝コースに姿を現す。
「お、そろそろだな」
「今回注目してるの誰よ? 俺はやっぱ」
「いやいや、そんなんあの馬しかおらんやろ! 期待できるで~!」
一際注目を浴びているのが一頭。葦毛、と呼ぶには少しばかり黒い馬──メジロシャーロックへと視線は注がれている。
《本日の1番人気は5枠7番のメジロシャーロック。父はメジロマックイーン、母はメジロコナン。母父はなんと、あのオグリキャップです》
《凄い血統ですよね。かつての名優と葦毛の怪物、魔性の青鹿毛の血を継ぐ競走馬。果たしてどんなレースをしてくれるのか、注目です》
《鞍上は岳寛。単勝人気も1倍台を叩き出しています。ただ少し入れ込んでいるようにも見えますね》
理由は血統的な面が大きい。
史上初の春の天皇賞二連覇を成し遂げた【ターフの名優】メジロマックイーン。
第二次競馬ブームを巻き起こした【葦毛の怪物】オグリキャップ。
史上初の牝馬三冠に輝いた【魔性の青鹿毛】メジロラモーヌ。
この3頭の血を継ぐサラブレッドなど、注目されないはずがない。
そう、たとえ産駒成績が振るわなかったとしても。
「つっても、メジロマックイーン産駒って微妙だしな。どうなんだろ?」
「オグリキャップもそれ言えるわ。大物が出てへん」
「母のメジロコナンも応援しとったけどなぁ。結局重賞は勝てず仕舞いやったな」
メジロマックイーンもオグリキャップも、まだG1馬を輩出していない。
そもそも昨今の血統事情は海外優勢。日本競馬界を埋め尽くそうとしている海外種牡馬の血、サンデーサイレンスを筆頭に、海外の種牡馬が押している。
そこに現れたのが、父も母も内国産馬のメジロシャーロック。
強い馬が出る血統だからではなく、現役時代に人気を博した競走馬の血統だから、という理由が大部分を占めているかもしれない。
しかし、一番人気になったのはそれだけではない。
「でも、馬体は悪くないぞ。見ろよあのトモ」
「あ~すげぇハリだよな。見かけじゃないといいけど」
「あんな見掛け倒しがあるかい! 俺はシャーロックに全賭けや!」
輝くような馬体を引っ提げての登場に、ファンは期待せざるを得なかった。
サンデーサイレンス産駒に負けない強さを。
日本競馬界に新たな風を。この舞台で勝ってくれと祈りを込めて、メジロシャーロックは1番人気に支持される。
ゲート入りの時間が来た。新馬達は係員に連れられ、1頭ずつゲートに入る。
今回の出走馬は15頭。順調に、淀みなくゲートへと入る。
《問題なく進みますゲート入り。メジロシャーロックはすんなりと入りました》
最後の馬がゲートに入って、態勢が整った。
雨が降る阪神競馬場。降ってくる雨粒を切り裂いて──ゲートが開く。
瞬間、一気に飛び出した。今まで抑えつけられていたものがなくなった、我先にと飛び出す。
《最後の馬がゲートに入って態勢整いました。阪神競馬場第6R、2歳新馬戦が今、スタートしました! まずまずのスタート、12番のリッチモンドパーク牝馬がちょっと出遅れたか? 期待のメジロシャーロックはスーっと抜け出します》
《良いスタートですね。ここからどう動くかは騎手次第です》
メジロシャーロックは先頭の位置だ。
他の馬を抑えつけるように動く。
否。他を置き去りにするつもりなのか、一切スピードを緩めずに走る。
まだ完全に色が抜け落ちていない葦毛の、黒を帯びた馬体が先頭を駆け抜けていた。
先行勢に混ざらない。
ひたすらに逃げる。他の馬を寄せつけないとばかりに逃げる。
《メジロシャーロック、これは逃げに打って出ます。メジロシャーロックが先頭だ、1番人気メジロシャーロックが先頭。2番手にはケイコブライトすでに3馬身はつきそうな勢い。固まった隊列、後方には出遅れたリッチモンドパークがいます》
掛かっているのか? 暴走しているんじゃないか?
観客の脳裏によぎるのは不安。先頭を走るメジロシャーロックは明らかに冷静じゃない。
少しずつ、着実に差を広げる。
差が広まる度に、不安は大きくなっていく。
「掛かってないか? アレ」
「ふざけるなー! お前に賭けてるんだぞー!」
「絶対に負けるなよシャーロックー!」
スタミナ切れを起こさないか? 果たしてこのまま走って大丈夫なのか?
募り、焦り、手に力が入る。
馬券をぐしゃりと、潰してしまいそうなほどに。
馬主席でレースを観戦する喜多野も同じだ。
「シャーロックっ」
不安が隠せていない。自然に握り拳を作り、勝利を祈る。
どうか無事に。願わずにはいられなかった。
──その不安が消え去ったのは、レースが始まってどれくらいか?
400m通過。差が4馬身に広がる。
《メジロシャーロックが逃げる、メジロシャーロックが逃げる。2番手以下は追走しているが、無理には追いません。メジロシャーロックが一人旅を続けています》
600m通過。差がさらに広がって6馬身。
《この逃げがいつまで続くのか? 最後まで続かせられるかメジロシャーロック。葦毛の馬体が先頭で逃げている。2番手以下との差はかなり広がってきたぞ》
800m、レースの半分を通過。差は9馬身。
《2番手以下は混戦模様。ただただ抜け出したメジロシャーロックの大逃げ一人旅。葦毛の馬が懸命に逃げているぞ》
1000mを通過する頃には、観客席にどよめきが広がり始めた。
「おい、どんだけ差をつけんだよ?」
「このペースのままで持つんか!? 信じてええんか!?」
「いやっ、このままぶっちぎれー! メジロシャーロックー!」
すでに10馬身以上、大差をつけて逃げる。
逃げる姿こそ懸命に見えるが、後方の惨状を見ると恐ろしさが先に出る。
1000mを通過する頃には、まずいと感じたのか他の馬も動き始めた。
騎手が手綱を動かして、先頭のメジロシャーロックに追いつこうと必死になっていた。
なのに、差は広がる一方。縮まる気配を微塵も感じさせない。
馬券を握り締めていた手を掲げたのは何時頃か? 不安が消えて、勝利を確信し始めたのはどのタイミングか?
観客には分からない。気づけば全員、一様にメジロシャーロックを見ていた。
そして、目撃する。
「あの、低姿勢は!」
「地を、這ってる」
「オグリや、オグリキャップや! オグリキャップが阪神に現れたわ!」
まるで地面を這っているような超前傾姿勢。
力強い踏み込みは地面を抉り、稍重の馬場だろうとお構いなしに上がっていく。
誰もがその名前を口にした。世紀のアイドルホース、オグリキャップの名を。
馬主席の喜多野も驚きで目を見開く。
あまりにも強い。他の馬を赤子扱いする強さに舌を巻き、感嘆の息を漏らす。
「康夫さん、貴方の言っていたことはっ」
間違いじゃなかった。口にせずとも、表情が物語っている。
メジロシャーロックの強さに、喜多野は心が震えるのを感じた。
7月13日の阪神競馬場。第6Rの2歳新馬戦は伝説として語り継がれる。
《メジロシャーロック一人旅、メジロシャーロックの一人旅です! これは強いメジロシャーロック、後続を突き放す圧倒的な逃げ! 逃げて逃げてこれだけの差、これだけの差!》
差はさらに広まる。後続が可哀想になるくらいの差をつけている。
《恐ろしい強さだ、圧倒的な破壊力だ! これが名優、怪物、魔性の血を受け継ぐサラブレッド! 圧倒的に! 並ぶ者なき強さを見せつける!》
抱いていた不安は完全に消えた。あるのはただ、これから先に対する期待。
《シャーロックだシャーロックだ、メジロシャーロックだ! メジロシャーロックが圧倒的な強さで新馬戦を制しましたぁぁぁ!》
メジロシャーロック。これから先、必ずクラシック戦線に出てくるであろう馬の名前を、この日観戦に来ていたファンは絶対に覚えると誓った。
それだけじゃない。
「なんやあの強さ!? 一人だけ桁がちゃうやろアイツ!」
「クソ、早く仲間に連絡入れねぇと! やべーのが現れたって!」
「このレースを生で見れてよかったー!」
情報を共有しようと、あの手この手で報せようとしていた。
メジロシャーロックという馬の名前を。覚えておいて絶対に損はさせないと、ファンは一致団結していた。
実況と解説も興奮している。
《いや、これ、何秒差がついていたのしょうか!? 強い、あまりにも強すぎる! ついにメジロマックイーンから大物産駒が出ましたよ!》
《しかも序盤から逃げてこれだけの差ですからね! まさに桁違いの強さという他ないでしょう!》
2着につけた差は驚異の3秒8。
メジロシャーロックが悠々とウイニングランをしている頃、他の馬はようやくゴールした。
実力が違いすぎる。口にせずとも、全員の感想は一致していた。
雨が降る阪神競馬場。今日一番盛り上がったレースはメインレースではない。
「メインレースだけ見に来たんか? そらもったいないことしたな~お前!」
「今日の2歳新馬戦凄かったぜ! とんでもない馬が現れたんだ!」
「気になるか? 良いぜ教えてやる。その馬の名前は」
第6Rの新馬戦が一番盛り上がった。朝から競馬場にいた観客は、全員口を揃えて言っていた。
◇
終わった! キッツ! マジでキッツいわ!
1600mでも洒落にならん! というか、頭真っ白で何も考えてなかった!
どうなった? どうなったの俺? ちゃんと勝てたのか?
困惑している俺の耳に届いたのは、観客の声援と岳さんの声。
特に岳さんの声は、かなり嬉しそうだった。
「おめでとうシャーロック。君の大差勝ちだよ。君は凄い馬だね」
大差勝ち? 大差勝ちしたの俺? マジかよ。
ド派手に勝つって目標も、これで達成できただろ。
観客の歓声が何よりの証明だ。俺の名前を呼んでいる。
「次も頑張れよー、シャーロックー!」
「絶対に見に行くからなー! 無事に走れよー!」
嬉しい。目標を達成できたことも、観客から認知されつつあるのも。
でも、一番嬉しいのは。
(よし、よし! 勝った、勝ったんだ!)
「ヒヒィン(勝ったぞ)!」
「嬉しいのかな? よしよし」
レースに勝ったことだ。
今はただ、勝利の余韻に浸りたい。
新馬戦を無事に抜けたことの喜びを、ずっと味わっていた。
新馬戦。大差勝ちで見事に抜けた。
次は条件戦か、はたまた重賞挑戦か。
どっちにしても、次も勝つぞ。
序盤からずっと逃げて3秒8の差をつけるっておかしいスペックしてるコイツ。
次回はウマ娘のお話。