昼休みのチャイムが鳴る。
「それでは、今日の授業はここまでです。みなさん、今日の復習はしっかりとやっておくように。それではメジロシャーロックさん、号令をお願いします」
「はい。それでは皆様。起立、礼」
「ありがとうございましたー!」
退屈な授業がやっと終わったな。
たまには出てやるか、って感じで聞いていたのだが……うん。
〈変な気を起こすもんじゃねぇな。退屈で死にそうだったわ。もう死んでるようなもんだけど〉
「フフ。そうは言いますけど、最後までしっかり残っていたじゃないですか。ロックはやっぱり真面目ですね」
〈途中で退出したら、なんか悪い気がするだろ。だから残ってたんだよ。真面目とかそういう問題じゃない〉
「そういうところ、ですよ。どうせ見えないから退出してもバレませんのに」
それはそうなんだが。
けど、なんとなく悪い気がするので最後まで残っていたのが俺である。
真面目、なのかねぇ。
授業が終わったので、さっさとご飯を食べたい。
トレセン学園のカフェテリアは激戦区。毎日血で血を洗う、なんてことはないが、激込みするのが日常だ。
〈とりま早くカフェテリアに行くぞ。飯食わせろ飯〉
「分かっていますよ、ロック。それでは、誰を誘いましょうか?」
〈お前の場合、カフェテリアに着いたら誰かしら声をかけるだろ。今ここでやる必要はねぇ〉
とにかく急ぐことを優先に。
シャロは人気者だからな。コイツとご飯を食べたい、って奴は多い。
この前のグルーヴさんとユニさんが良い例だ。
(あの2人に関しては、俺の姿を見るや否や一目散に飛んでくるからな。一人で食べる機会はほぼない)
(そうですね。大変ありがたい限りです)
(うん。お前はそうやって平和に思っておけばいいよもう)
不思議そうな顔をするシャロは放っておく。その方が幸せだ。
で、教室を出た瞬間のことである。
「シャロさぁぁぁん!」
猛烈な勢いで走ってくるウマ娘が一人。
そいつは俺達の名前を呼びながら、一目散に駆け寄ってきて。
凄い勢いで抱き着いてきた。茶色の長い髪を靡かせながら。
シャロは、微動だにしない。体幹トレーニングをしっかりとやっている証拠だ。
「ディープさんではありませんか。そんなに急いで、どうされたのですか?」
ぶつかってきたウマ娘、ディープインパクトは人懐っこそうな笑みを浮かべている。
機嫌良さそうに耳がピコピコ動いているし、尻尾なんてもう凄いもんだ。
ブンブン振ってるよ。微笑ましいね。
で、何の用事なのかを聞くと。
「シャロさん、今からお昼でしょ? 一緒にどうかなって思って!」
どうやら昼飯を一緒に食おう、とのことらしい。
別にそんな急がなくても、普通にくればいいものを。
シャロの反応はというと……あ~、ちょっと怒ってるな。理由は察しが付くが。
「お食事に関しては、分かりました。僕も相手を探していたところですので、問題はありません」
「やった」
「で・す・が」
ディープを叱るように、彼女の口元に指を押し付ける。
「廊下を走ってはいけませんよ? 他の方々もいらっしゃるのですから、ぶつかったりでもしたら大変です」
「うっ」
「また、誰かに飛びつくのもダメです。僕だからよかったものの、他の方でしたら被害が大きくなるかもしれません」
「それは大丈夫! シャロさんにしかしないから!」
俺にもやめろや。正確にはシャロだけどよ。
「でしたら問題はありませんね」
お前も止めろや。大有りだよド阿呆。
怒られているディープはしゅん、としている。目に見えて分かるくらいに落ち込んでいた。
「……ごめんなさい」
少し震えた声で、ディープは謝る。
それは俺達だけじゃない。周りにも頭を下げていた。
「周りの方々も、ごめんなさい。シャロさんを見つけて、気が逸ってしまって。迷惑を考えていませんでした」
深々と、心の底から悔いているように。
しっかりとした謝罪をしていた。
ま、これで怒る理由はなくなったな。
「はい、よく謝罪できましたねディープさん。周りの方々も、申し訳ございませんでした」
「いやいや、気にしなくていいよシャーロックさん。ディープちゃんも、次からは気をつけてね~」
「お2人の仲が良さそうで羨ましいですな~」
シャロの方も周りに頭を下げる。こういうとこは律儀だ。
周りも、全然怒っていない。むしろ微笑ましいものを見る目、仲の良い家族に向けるような目をしていた。
嬉しいのやらなんやら。
シャロはディープの頭を撫でる。
「次からは気をつけましょうね? ディープさん」
「はい! 次はしないようにします!」
にっこりとほほ笑む。それを見て、ディープも笑った。
ここだけ切り取ると、仲の良い姉妹なんだよな。
別にディープとは姉妹じゃないし、コイツの姉はちゃんといるけど。
「でぃ、ディープ。またシャロさんを困らせていたの?」
ついでにその姉が今来たけど。
隣のクラス。真っ黒の髪を長く伸ばしたウマ娘が、ディープを咎めるような目で見ていた。
ブラックタイド。ディープインパクトの姉である。こっちもしっかりいる模様。
迷惑、という言葉に反応したディープはバツが悪そうにしている。
「ご、ごめんなさい、タイドお姉ちゃん。シャロさんが目に入ったら、つい暴走しちゃって」
先ほどの一部始終を包み隠さず。
嘘を言わずに、姉であるブラックタイドに報告をしている。
「そ、その。走って抱き着きに行っちゃったの。もうしないから、ごめんなさい!」
「……シャロさんは? 後、周りのみなさんは?」
「あ~いいのいいの。気にしなくていいよ、タイドさん。あたしら全然気にしてないから」
「ケガもないしね。それに、ディープちゃん人がいないとこ走ってたから。大丈夫だったよ」
ジロッと周りを見て、最後にシャロを見る。
嘘を吐かないようにか、見破ろうとしているのか。
ただ、シャロはにっこりとほほ笑み。
「ディープさんはもうしない、と仰っていますので。反省もしているようですし、僕から言うことはもう何もありません」
怒る気はないと口にした。
周りも気にしていない。タックルされた本人も気にしていない。
さらには、ディープ本人がしっかり反省している。
ならば、言うことはないと悟ったのだろう。
「……シャロさんがそう言うなら。でもディープ、淑女としてよくないことだよ。次からは気をつけてね」
「は、はい!」
大きなため息を一つ吐いて、タイドはディープを許した。
で、紆余曲折あったものの。
「では、ひと段落したということで。皆様でお食事に行きましょうか。勿論、タイドさんも」
飯を食いに行くことに。
ついでに出てきたタイドを誘って。
タイドはというと、面食らった表情。
まさか自分も誘われるとは思ってなかった、って感じの顔だな。
「えっと、その、わ、私も?」
「はい。タイドさんも、ぜひご一緒にいかがでしょうか?」
「お姉ちゃんも来るの!? わーい!」
ふむ、こうして包囲網は完成していくんだなって。
前門のシャロ、後門のディープ。
笑顔の2人に囲まれて、オロオロするタイドに逃げ道なんてものはない。
そもそもディープは妹、シャロは友達だ。
「そ、それなら。お言葉に甘えて。一緒に行きます」
拒否権なんて最初からなかった、ってとこか。
「それでは行きましょう。早くしないと席が埋まってしまいますので」
「行こう行こう! ほら、お姉ちゃんも!」
「わ、分かってるから。引っ張らないで、ディープ」
カフェテリアに向けていざ出発、である。
で、カフェテリアでは。
「シャロ、一緒に食べるわよ」
「アルヴさん! えぇ、僕は勿論構いません。ディープさんもタイドさんも、よろしいでしょうか?」
「わたしは全然いいよ! 人数が増えて楽しいな~」
「わ、私も、別に」
案の定グルーヴさんと遭遇した。
あんたカフェテリアで張ってたりしてねぇだろうな?
見透かしたようなタイミングで来たじゃねぇか。俺達が丁度、ご飯を受け取ったタイミングで。
もはや見張ってた、と言われても納得するぞ。
そんなことを気にしないシャロたち。4人で食べることに。
席に着いて、トレイを置いて。
「そういえば、今日はオグリ先輩はいないのね。いつもシャロと一緒に食べているのに」
「オグリさん、今日もお仕事があるみたいで。やっぱり忙しいみたいです」
「それは、仕方ないよ。オグリキャップさんはアイドルウマ娘だから」
とりとめのない会話。学園であったこととか、その他諸々の話を。
「そうだ、聞いてよシャロさん、お姉ちゃん、アルヴさん! 今日抜き打ちで小テストがあったんだよ!? しかも、基準点以下だと課題が増えるおまけ付きで!」
「まぁ。それは大変ですね。それで、ディープさんはどうだったんですか?」
「え、わたし? わたしは別に。満点取ったから特に何もなかったな~」
「……ハァ。こういうとこだよね、ディープは」
「そうね。こういうところね。天才肌というか」
学生らしい会話だこと。
ちなみに、食べ方は全員お上品。
ナイフとフォークの使い方がしっかりとしているし、制服に跳ねたりもしない。
口元も綺麗なまま。めちゃくちゃ行儀よく食べるな本当。
(思えば、ディープとタイドも普通にお嬢様だしな。礼儀作法がしっかりとしてるわ)
グルーヴさんもきちんとしている。
この辺は個人の努力の賜物だろう。後は本人の性格。
上品に、それでいて学生らしく。
うんうん。
〈はぁ~てぇてぇ。この景色が見れて幸せもんだ。いつ成仏してもいいわ〉
と、口にした途端の出来事である。
突如としてシャロが立ち上がった。信じられないものを見るような目のおまけつきで。
「じ、成仏!? そんなの、冗談じゃないですよロック!!」
「どうしたのシャロさん!?」
おい、落ち着けシャロ。そんなに焦るな。
フォークとナイフを叩きつけるように置くんじゃない。ちょっとひび入ったぞ。
それに、タイド達めちゃくちゃびっくりしてるぞ。
そりゃそうだ。この3人は俺の存在を知っていても、見ることは出来ないんだから。
〈落ち着けシャロ。言葉の綾って奴だ。なにも本気で言ってるわけじゃ〉
「本気じゃなかったとしても、そんなこと口にしないでください! 全くもう……!」
〈分かった分かった、俺が悪かったよ。軽率に口にし過ぎた〉
俺の言葉が冗談だと分かってか、シャロは席に座り直した。
つっても、まだぷりぷり怒っている。不機嫌そうな態度を隠そうとしない。
「シャロさんがここまで態度に出すって、珍しいねお姉ちゃん」
「そ、そうだね。そもそもシャロさん、滅多なことじゃ怒らないし」
「そうね。やんわりと怒ることはあっても、こんなに怒ることはないわ。私も見たことがないものでも怒ってる顔もメロいわね」
タイド達は珍しいものを見ている、って感じだ。後グルーヴさん、あんたは何を言ってんだ。
いや、タイド達だけじゃない。周りのウマ娘も同じ。
「シャロさんどうしたんだろう? なにかあったのかな?」
「急に席を立ちあがってね。ディープインパクトさん達が怒らせた、ってことはなさそうだけど」
「同じ席の3人も呆然としているもんね」
怒っているシャロというのは、それだけ珍しいってことだ。
なんにせよ、変な発言は控えるべき、か。
注意すべきことが増えたところで、やるべきことをやろう。
シャロのご機嫌取りだ。今も不機嫌そうにしているコイツを、どうにかして宥めないといけない。
〈悪かった。お詫びと言っちゃなんだが、この後アップルパイを追加してもいいぞ〉
「……2つ」
〈構わん。遠慮なく食え〉
単純に物で釣ることにした。
コイツは俺と同じで、リンゴに目がないからな。
アップルパイで釣るのが一番効果的である。
その分俺が表に出た時にカロリー消費しないといけないが、まぁいいだろう。
それだけでシャロの機嫌が直るなら、安いもんだ。
取引は成立。シャロの機嫌も直ったようだ。
「シャロさんって、意外と大食いだよね~。この後アップルパイを2つも食べるなんて」
「そ、そうなのでしょうか? 普段からオグリさんに食べさせられているので、そのおかげでしょうか?」
「あはは……そ、それはありそうだね、シャロさん。オグリ先輩、かなり食べるから」
「ありそう、というよりは間違いなく原因よタイドさん。悪いことではないけれど」
結果、先ほどの空気は元通り。
和気藹々とした雰囲気が戻ってきた。
さっきまでのやり取りがなかったかのように、みんな普通に過ごし始める。
何とかなってよかったな、うん。
ディープインパクト
身長:161cm
体重:少し落ち気味
スリーサイズ:84/56/79
高等部
天真爛漫、走るの大好きウマ娘。茶色の髪を長く伸ばしている。メジロシャーロックにはかなり懐いており、姿を見かけたら一目散に駆け寄るほど。
レースの実力は飛び抜けている。
ブラックタイド
身長:163cm
体重:太ってない!
スリーサイズ:88/61/85
高等部
少しオドオド、自信なさげなウマ娘。真っ黒な髪をディープインパクトのように長く伸ばしている。メジロシャーロックとは同室で友達。妹であるディープインパクトの行動を姉らしく窘めることも。
家は名家。メジロやシンボリとも並んでいるとか。