天皇賞が終わって数日。
世間はどうやら、凄いことになっているそうだ。
ちなみに俺は現在、早めの休暇を貰っている。
6月の半ばごろには海外遠征だからな。メジロの牧場で、ちょっとしたリフレッシュだ。
栗東にいるグルーヴさん達? 知らん。考えないようにしている。
それはいいとして、天皇賞後のことをちょっと思い出そう。
まず、俺のやった偉業からだな。これが一番反響が凄い。
メジロアサマから続く四代天皇賞制覇。言っててアレだが、マジでヤバいことだ。
親子制覇でも新聞の一面を飾るというのに、2倍だぞ2倍。そりゃ世間もびっくりするわ。
(世界唯一の記録、だろうな。他に類を見ないもんだ)
連日ニュースに取り上げられているらしい。今度ドキュメンタリーも作られるとか。
いや、それはすげぇな。地上波で放送されるわけだろ? この偉業が。
メジロマックイーンの現役時代の映像が見れたり、残ってるかは知らないけど、メジロティターンやメジロアサマのレースが見れるかもしれんのだ。
すげぇ見たい、超見たいんですけど。なお馬房にテレビなんてもんはないので無理。クソが。
実際どれくらいの視聴率を叩き出すのか? なんて疑問が出てくるけど。
まぁ、うん。とんでもないことになるのは確定してるよな。
理由なんてたった一つ。俺のファン人気だ。
(俺が競馬場に与えた影響はとんでもない、って毎度毎度言われてるからな。手紙とかプレゼントとか、たくさん来ているらしいし)
世間での俺の人気は凄まじい。
俺がレースに出るというだけでファンは足を運び、連日のように俺宛に手紙やプレゼントが届く。
アレにはびっくりしたわ。青森の農家さんからリンゴが山のように送られてきた時。
何日かけて消費すりゃいいんだよ? みたいな量届いたからな。
康夫さん達の引き攣った顔は今でも覚えている。
そのリンゴはどうなったかというと。
「……全員で山分けするで。しばらくはリンゴ尽くしや」
厩舎のスタッフ全員で分けたそうだ。俺に与える分はしっかりと避けて。
数日経った後の康夫さん達は。
「当分リンゴは見たないわ……」
「同感です、テキ。さすがに連日リンゴはクるものがあります」
「本当ですよ。朝昼晩3食におやつにもリンゴでしたからね」
どことなくやつれた顔をしていた。
うん、加減をしてくれた方が嬉しいぞ農家さん。康夫さん達が大変になるから。
代表的なものでリンゴをあげたが、そのほかにも多数。
オーソドックにお手紙だったり、去年の年末に感冒になった時は千羽鶴が届いたりした。
あぁいうのはもらえると無性に嬉しい。今でも大切に飾ってあるそうだ。
(応援のメッセージが凄いからな。いつまでも応援してます、とか。凄い熱が入ってる)
中には子供のファンもいるんだとか。
そういやたまに、競馬場に子供連れで来ている人を見かけたな。
応援の声を貰ってたりしてた。
いや~、うん。
(俺も大人気だな~。第三次競馬ブーム、起こせたりしてな?)
ハイセイコーが作り出した第一次競馬ブーム。
俺の母父でもあるオグリキャップの第二次競馬ブーム。
それに続く、第三次競馬ブームを作り出す。そんなことも夢じゃないかもしれない。
ま、無理そうだけど。
『あの2頭はあくまで地方からの成り上がり、ってのがピックアップされてるからな~。俺は普通に名門の出だし、さすがにそこまでのムーブメントは無理だろ』
没落しつつあったものの、メジロは日本競馬界の名門。
出自に関してはエリートもエリートなのが俺だ。それ以外はあまりにもあんまりだけど。
『非サンデーの活躍馬、ってだけじゃあな。それに下にディープがいるし、話題もその内そっちに持ってかれたりしてな』
それはそれで腹が立つ。
どうか俺のことを忘れないでくれよ、ファン。
ディープに鞍替えしないでくれ。できればずっと応援希望。
なんて、思っていたわけだが。
現実はそんなことにならず。
「聞いたか? シャーロックのドキュメンタリー、視聴率がヤバいらしいぞ」
「50%超えてるんだっけ? やっぱ人気だよな~シャーロック」
「そりゃそうだろ。何から何まで話題性ばっちりだ。栗東の康夫さん達も、記者の対応に追われてるらしいしな」
知らんうちにとんでもないことになっていた。何だ視聴率50パー超えって。
(そんな数字、オリンピックとかワールドカップぐらいでしか聞いたことねぇよ! え、ドキュメンタリーでそんなことになるの!? つか、俺のドキュメンタリーって何!?)
第三次競馬ブームが現実味を帯びてきたの若干怖いんだが? 俺の人気、想像以上にとんでもないことになってるな?
そこまでの奴だったら俺も見たいわ。誰かテレビプリーズ。言葉伝わんねぇけど。
『あら? どうしたのかしら、小白。人間の会話が気になるの?』
『ラモーヌさん。そんなところです。なんか、俺の人気って凄いんだなって』
『当たり前じゃない。こんなに可愛い小白よ? 人間が虜になるのも当然ね』
そしてこのべた褒めのラモーヌさんである。
相も変わらず、放牧では一緒に過ごさせてもらっている。スタッフの好意だ。
それにしても、いつ見ても見事な毛艶。これは魔性の青鹿毛ですわ。
『それじゃあ小白。あんまり離れたところに行っちゃダメよ? 私はもう少しゆっくりしておくから』
『あ、はい。ラモーヌさんもごゆっくり』
俺からちょっと離れた位置で寝転がるラモーヌさん。
人間の会話を聞いたところ、最近飼葉食いが悪くなっているらしい。
運動も、あまりしなくなったと。
……大丈夫だろう、多分。
(メジロラモーヌの没年は……)
嫌な想像が頭をよぎるが、考えないようにした。
俺の人気についてはこの辺でいいか。とにかくすげぇことになってる、とだけ。
後は、リョーマのことだ。
天皇賞が終わった後、リョーマは目を覚ましたらしい。
いや、正確には天皇賞のレース中ぐらいに、突然目を覚ましたんだとか。
康夫さん曰く、リョーマは。
「なんか、シャロの声が聞こえた気がして。アイツのためにも応援しなきゃ、って思ったら目が覚めたんですよ」
だとか。アイツ俺のこと好きすぎか?
起きた後のリョーマだが、今のところ後遺症はないらしい。
ただ、かなり長期の入院が必要だと。これは当たり前か。
半年は確実。もっと長くなるかもしれない。
そう聞いたリョーマはというと、絶望した表情でこう言ったそうだ。
「それじゃあシャロのお世話ができないじゃないですか! 下手したらアイツ引退してますよ!? そんなの嫌だぁぁぁ!」
お前本当に俺のこと大好きだな。ちょっとさすがにどうかと思うぞ。
俺の引退はともかくとして、意地でも俺のところに来ようとするリョーマを叱りつけ。
後任である柏崎さんに、俺のお世話をする上でのイロハを教えたそうだ。
(海外遠征も柏崎さんが帯同予定らしいな。あの人マルチリンガルらしいし、大丈夫だろ)
この柏崎さん、かなりのハイスペック。
英語は勿論のこと、フランス語とかその他の言語を習熟しているハイスペック女子らしい。
「時代はグローバルですから!」
というのが口癖だ。大分時代を先取りしている気がしないでもない。
後任の厩務員も問題なし。正式な引継ぎ作業も終わったから大丈夫だ。
ま、リョーマが帰ってくるまでの間だけどな。今も病院で頑張っていることだろう。一日でも早く治すために。
アイツが戻ってきたら、顔でも舐めてやるか。嬉しがりそうだし。
リョーマの問題も解決に向かっている。
一時はヤバかったが、いろんなことが好転しているな。
(今の時点で、俺の目標は大分達成できてると言っても過言じゃない。天皇賞を勝ったから、種牡馬価値も莫大なはずだ)
産駒が走るかどうかは分からんとはいえ、種付け料はエグくなること間違いなし。
ディープと同額、それ以上も狙える立場だ。
種付け料が高くなれば、その分入ってくるお金も増える。
募集が集まらなきゃ意味ないんじゃ? なんて懸念は、俺の血統の希少性から問題はない。
(日本でも海外でも、バイアリーターク直系は貴重なんてもんじゃない。それが三冠馬ともなれば、募集が集まると考えるのが自然だ)
好事家が種付けしに牝馬を預けてくれるだろう。血を繋げるという意味でも、俺の血は是が非でも欲しいはずだ。
すぐ下にサンデー直系三冠馬が来るとはいえ、俺にもそれなりに集まるだろ、うん。
後思い出すのは……特にないか。
ハーツとも京都競馬場以来、会ってないし。
(栗東に帰った後が怖いとか、その辺の事情はもう置いておこう。グルーヴさんとスティルさんがアレってのはいつもだし)
俺の人気は凄い、リョーマは後遺症もなく回復に向かっている、俺が立てた目標は達成しつつある。
順調だ。ものすごく。
だからこそ、気を引き締めていかなければ。
(海外遠征。それも日本馬がまだ勝ったことがない、エクリプスステークスとキングジョージだ)
どっちも出走した馬自体が少ないのもあるが、勝利した馬はいない。
俺が最初の馬になる、なんて甘い考えはしない。
(向こうの芝に慣れて、勝てるように調整して。やることは山積みだ)
万全の状態で挑まなきゃダメだ。
向こうの方が格上。自分達は下、って気概で挑む。
それくらいでちょうどいい。
海外の大レースを勝ったら凄いことだ。
さらに跳ね上がる種牡馬価値。未来は輝かしいものになること間違いなし。
(……種付けは、うん。どうにかなるでしょ)
切っても切り離せないアレに関しては、深く考えないようにするか!
なんて、決意を固めていると。
ラモーヌさんが起きた。どうやら、結構な時間考え込んでいたらしい。
『おはよう、小白。それじゃあ走りましょうか』
『起き抜けに大丈夫ですか?』
『大丈夫よ。それに、せっかく小白がいるんだもの。この時間を少しでも大事にしないと、ね』
嬉しいことを言ってくれるラモーヌさん。
この後めちゃくちゃ走った。ラモーヌさんと一緒に。
◇
現在、メジロシャーロックの人気はとどまるところを知らない。
老若男女問わず魅了し、競馬業界に凄まじい利益をもたらしている。
目に見えて分かりやすいのが競馬場の入場者数だ。
ディープインパクトの皐月賞が9万7000人と言われている。
これでもかなり多い方だ。
メジロシャーロックが出走した春の天皇賞は──14万2000人。
とんでもない数だ。それだけ、注目されている。
つい最近放映されたドキュメンタリーも、視聴率は50%超えを叩き出し、全国のご家庭の半分以上が見ている割合。
飛ぶように売れるグッズに、少しの情報も見逃すまいと新聞も売り切れ続出。
「こりゃ、冗談抜きに第三次競馬ブームが来てるぞ!」
「メジロシャーロックだ! メジロシャーロックをピックアップし続けろ!」
「後輩に凄いのもいるんだ。これは金になる!」
業界に一大ムーブメントを作り出していた。
ともすれば、取材の依頼が殺到するのも当然。
調教師である生江康夫を筆頭に、岳寛やメジロの牧場にも記者は押しかけていた。
「そこをなんとか! お願いしますよ~! メジロシャーロックの記事をですね」
「知らん知らん! こっちはディープのダービーを控えとるんや、散れや!」
「ではディープインパクトの記事をお願いします! メジロシャーロックと併せて」
「どっか行けやお前らぁ!」
栗東の事務所にまで押しかけてくるのだ。冗談ではない。
「ホンマにアイツら、近頃さらに増えて来とるんちゃうか?」
「もうすぐ海外遠征ですからね。この機を逃すまいとしているのでしょう」
「裕二さんとこも凄いって聞いとるからな。ホンマに、なんもあらへんとええんやけど」
もはや調教よりも記者の対応で疲弊する始末になりかねない。
「あ~早いとこ海外行って逃げたいわ。海外やったらちょっとはマシになるやろ」
「海外まで追いかけてこなければいいですけどね。むしろ行ってほしいです。俺の方がましになるので」
「怖いこと言うなや! 後、後半が本音やろ俊之お前! 自分が遠征に行かへんからって!」
それぐらいの規模になってきている。
メジロシャーロックの人気は、凄まじいものとなっていた。
とはいっても、記者の対応も普段の業務。
クラシックの頃から注目されていたのもあり、もはや慣れていた。
「それと、遠征から帰ってきた後の調教の併せ依頼です。たくさん来てますよ」
「あ~、了解。スイープトウショウともせなアカンしなぁ。一応、4月は多めに組んどったけど」
「後、アドマイヤグルーヴの件もあります。帯同馬としてついてくる予定ですからね。端田さんと話し合いをしないといけません」
「そっちもやな。にしても、ありがたい限りやわ~。帯同馬どないしよう思うてたところに、アドマイヤグルーヴはどうですか? て声かけてくれたんやから」
「絶対に、メジロシャーロックがいないことに癇癪を起こすからでしょうけどね」
「言うな俊之。俺も薄々感じ取ったことや」
淡々と仕事をこなす康夫調教師達だった。
日本中で話題になるメジロシャーロック。
次の戦いは海外。イギリスのG1エクリプスステークス。
「楽しみで仕方ない! 有休もとれたし、現地で応援するぞ!」
「イギリス観戦って贅沢やな~。俺も行きたかったわ!」
「どうにかして観戦できねぇかな本当に」
何度か挑んできた海外のレース。
メジロシャーロックならば勝ってくれると、期待に胸を膨らませる。
「海外の壁は高いっていうけど、メジロシャーロックなら勝てるさ!」
「そうだそうだ、シャーロックなら問題ねぇよ!」
「頑張ってくれよー!」
日本中で応援ムードが出来上がっていた。
……だが、それはあくまでファンの話である。
春の天皇賞に出走していた競走馬の関係者。
特に騎手は、絶望していた。
「出遅れて、掛かって。それで最後には追込勝ち? いくらなんでも、次元が違いすぎる」
「モノが違う、なんてレベルじゃない。どう勝てばいいんだ? あの馬に」
「……」
メジロシャーロックの強さに。あまりにも圧倒的な、格の違いに。
ファンはいいだろう。ド派手な勝ち方をするのだから、応援もしたくなる。
関係者は別だ。隙のない強さを目の当たりにして、冷静でいられるはずもない。
海外に遠征すると知って、ほっと安心する者までいる。
願わくば、そのままずっと海外で走ってほしいと望む者まで。
少しずつ、少しずつ。蝕まれていた。
メジロシャーロックの海外遠征は、もうすぐである。
さらっと帯同馬としてついていくことが決定したアドマイヤグルーヴである。