今日も今日とて、キングジョージに向けた調教の日々。
にしてもアレだな。今年は会場が違うんだな。
(キングジョージはアスコット開催だけど、今年は代替開催らしい。ニューベリー競馬場ってとこだ)
あのおにぎりコースから解放されたことを喜ぶべきだな、うん。
アスコットの形状はヤバい。とにかくヤバい。
前半は下り坂、後半は全部上り坂だ。どこで息を入れたらいいんだよ、みたいなコース設計をしている。
それだけでもヤバいのに、アスコットのコース形状は三角形。
冗談でも何でもない。マジの三角形のコースである。誰が言ったかクソおにぎり。
今年は代替開催なので、アスコットで走らずに済む。
ちょっと気が楽になった。
「おーし、それじゃあ今日はスクーリングや。実際のコース走ってみて、調整していくでー」
「はい、康夫さん。それじゃあシャーロック、行こうか」
スクーリングも気が楽になるってもんよ。
(さてさて、ニューベリー競馬場は情報が少ないからな。この機会にしっかり覚えておかなければ)
一応もう一回走る予定があるとはいえ、覚えておくに越したことはない。
気合いを入れて、頑張るぞ!
なんて、思っていたんだが。
(ニューベリーも負けず劣らずのおにぎりコースだったわ。アスコットよかマシだけどよ)
ニューベリーもまぁまぁ三角形に近いコース体型をしていた。嘘だろ。
さすがにアスコットよりはマシかもしれんが、文句は言いたくなるな。
『日本のコースに慣れると、こっちのコース全然慣れませんね、本当』
『本当よ! 走りにくいったらありゃしないわ!』
これにはグルーヴさんもご立腹。大変腹を立てております。
ただ、キングジョージのコースは普通だった。
これは安心できる要素だな。奇妙なコースではないのだから。
(確かにコーナーはキツいかもしれんが、まだマシだ。なんとか対応できる)
おまけに三角形みたいなコーナーは曲がらん。普通のコーナーだけ。
本当に助かったわ。これが長距離とか、それこそイギリスで人気の障害レースになると走ることになるんだろうけど。
そうなると、一番気をつけるべきポイントは……最後の直線だな。
日本じゃまずお目にかかれないほど長い直線。俺の体感になるが、1000m近い距離を走らされることになる。
これをどう攻略するか、だな。
(スタミナを残しておくのはマスト。んでもって、どういう風にマークされるかも考えなきゃだな)
俺のマークはさらにキツくなるだろう。
現時点で、キングジョージに出走を表明しているのは15頭。
近年でも稀に見る他頭数だ。一桁出走とかもざらにあるレースなのに。
15頭のうち、俺にマークがどれだけ集中するか?
こればっかりはレースが始まるまで分からんが、少なくない数がついてくるはず。
下手すりゃ、他がドフリーな中俺だけマークされる、なんて可能性もあるわけだ。
それだけのことを、俺はしたのだから。
(連日記者の対応をしているらしいからな、康夫さん達。そんだけ、俺は注目の的になっている)
楽な道じゃないな、本当に。
とはいえ、今取り組むべきはニューベリーでの走り方。
どこで仕掛けるべきか? コーナーはどう曲がるべきか?
この2つを重点的に。勝つための肝になる部分だからな。
レースの展開がどうなるとかは、また追々考えればいいだろう。
「よし、もう一本走って終わりだよ、シャーロック。軽めに追い切ろう」
「ヒヒン(はいよ)」
岳さんからの指示。最後は軽く流して終わりだ。
スタート位置について、試走。
もはや慣れた欧州芝の上を、軽やかに駆け抜けた。
さて、今回のスクーリングの結果はというと。
「どやった? 寛君。シャーロックの調子は?」
「文句なしですね。コーナーの曲がりも問題ありませんし、及第点を軽く飛び越えてます」
「俺も一緒の意見やな。こら、あるかもしれんで~!」
上機嫌な康夫さん達から分かる通り、最高の結果でしたとさ。
だが、気は抜かない。いや、抜けない。
岳さんだって同じはずだ。気が抜けないと
「はい、と、言いたいところですが。やはりキングジョージですからね。エクリプスステークスの勝利がある以上、どの陣営も死に物狂いで来ると思います」
「欧州でも凱旋門賞に並ぶレースやからな。最高峰の舞台、一筋縄じゃいかん」
「僕とシャーロックなら問題ありませんが、慎重に行くべきですね。まぁ僕とシャーロックなら負けないと思いますけど」
大分抜いてんなおい。岳さんあんたそんな人だったか?
何が俺となら問題ないだよ。万が一を考えてくれ。
康夫さんも苦笑い浮かべてんじゃねぇか。気まずいわこの空気。
「なんちゅーか、寛君もえらいこと言うようになったなぁ」
「そうですか? 実際、僕がダメでもシャーロックが、シャーロックがダメなら僕がなんとかしますし。エクリプスステークスが良い例ですよ」
「アレはホンマにな。てか寛君はもっと反省せんかい」
「二度とやらないので大丈夫です」
どっから湧いてくるんだその自信は。
「なんというか、最近調子が良いんですよ。シャーロックに騎乗していて、凄く」
「ほ~ん? 調教の時計はそんなでもないけど、そういうもんか?」
「タイム出さないようにしてますからね。無茶をして、ケガでもしたら大変ですから。そのあたりは現状維持を心掛けています」
岳さんの調子が良い? しかも俺に騎乗している時だけ? それまたなんでなのやら。
ま、いいか。
(俺は特に変わらんし、やるべきことをやるだけだしな)
『グルーヴさん。そろそろ帰るみたいですよ。帰ったら』
『放牧地でゆっくりするわよ! 走るのも悪くないけど、身体もしっかり休めないとね!』
『分かりました』
現状維持を心がけよう。調子は悪くないのだから。
◇
訂正します。調子は悪くないと言ったが、ありゃ嘘だ。
「シャーロックもえらい調子良さそうやな~。気持ち良く走っとるわ」
「はい。タイムは出さないようにしていますが、かなり楽ができていますよ。この調子を維持していきましょう」
むしろ最高の気分だ。俺の調子は、キングジョージが近づくにつれて上がりつつある。
いや、凄いな。なんでこうなってるのやら。
(こっちに適応し始めた? いや、それとも違う気がするしな。なんでだろうか?)
原因は不明。だが、調子は確実に上向いている。
ちょっと怖さがあるが、この気分は悪くない。
「もうひとっ走り、と言いたいところだけど」
「今日のノルマはこなしとる。早いとこ撤収するで」
「はい。調子に乗るわけにはいきませんからね。あくまでいつも通りを崩さないようにしましょう」
調教が終わるのを残念がるくらいには悪くない。
マジか。もうちょっと発散していきたいんだが。
でも、こればっかりは岳さん達の言う通りだ。無茶でもしたら大問題だからな。
(放牧地でもうちょっと発散するか。グルーヴさんも走りたそうだし)
『シャロ! この後また走るわよ! 拒否権はないわ!』
『拒否するつもりもないので大丈夫ですよ』
とにかく、俺の調子は絶好調、ってところだな。これを維持していきたいところだ。
……なんて、ここ最近ずっと思っているんだが。
俺の調子、落ちる気配がない。ずっと好調を維持し続けている。
(ここまでくるとなんか怖いな。大きなやらかしでも起きそうで)
足取りが軽い。すいすい進める。
アレだ。もう何も怖くない! 状態だ。ダメじゃねぇかそれ。
「今日も今日とて絶好調! キングジョージ本番1週間前やのに、こらええでぇ寛君!」
「はい。本当に凄く良い調子です。こう、なんでもできそうな気がしますよ」
「凄いね~シャーロック~。えらいえらい」
柏崎さんから撫でられたり、康夫さんも大絶賛してたり。
岳さんもすげぇこと言ってる。なんでもできそうとか。
つまりは、俺の状態はそれだけよいってことだ。
(絶好調すら超えた、超絶好調状態ってとこか? セントライトさんいないけど)
なんでこうなったのか、まったく要因が分からないけど。
俺の調子が上向いているのをよそに、康夫さん達は対策会議をしているようだ。
「今回の出走は16頭に決まったそうや。近年では一番やな」
「近年では一番の数らしいですね。ここまで多くなるのは稀だとか」
「それもこれも全部、シャーロック対策やろうな。えらい警戒されとるわ、本当」
最終的な出走は16、か。随分と多いもんだな。
しかもそれが、俺が原因ときた。こりゃ、楽に走らせてはもらえないだろう。
実はキングジョージ、前世ではめちゃくちゃ出走頭数が少なかった。
10頭超えるのは稀、5頭とか6頭とかざらにあるようなレースだったしなぁ。
なんなら3頭の時代とかもある。そんだけまぁ、出走する数が少ないレースなのだ。
欧州でも最高峰のレースなのに何故? と思わなくもないが、これに関しては時代の変遷が絡んでるんだろうな。
(マイルから中距離が主流になりつつあったから、それが原因だろう。アスコットってかなりタフなコースだし)
凱旋門賞は10の後半とか、20頭とか出走したりする。それと比べるとかなり、うん。
比べると悲しくなってくるな本当に。
とはいえ、小頭数になるが出てくるのは欧州でも指折りの実力者。
どの馬も勝ちを狙える、なんてのが当たり前。
ハイレベルのレースになること間違いなしなのが、キングジョージだ。
日本馬だとシリウスシンボリやスピードシンボリ、近年ではエアシャカールが挑戦している。
結果は……振るわなかったけど。
(前世でも、勝った日本馬はいなかったからな。ハーツクライが3着に入ったりしたけど)
そういえばアイツ、来年挑戦するんだよな。
俺はどうかは知らんけど。
相手関係も重要。
俺が相手にする馬はというと。
「昨年の凱旋門賞馬バゴ、今年の英オークス馬で無敗のエスワラーに、プリンスオブウェールズを勝っとるアザムールや。最低でもこの3頭が相手になるわけやな」
「バゴをタタソールズゴールドカップで下したグレイスワローもいます。注目すべきは、4頭とも同じ厩舎から出走している馬がいるということですね」
「十中八九、ペースメーカーやろうな。ただのペースメーカーやない、シャーロックをマークすることも兼ねとる」
「でしょうね。間違いありません」
大分豪華メンバーである。
どいつもこいつも大レースを制した経験のある馬ばかり。
その上しっかりとペースメーカーもご用意しているわけだ。
本気で勝ちに来ている。
加えて、日本馬である俺を潰しに来ている。
(複数ラビットを用意するなんて、普通はありえねぇからな)
出走するメンバーの中から1頭だけ、ならざらにある。
2頭もまぁあり得るラインだろう。
だが、4頭だ。下手すりゃそれ以上に数を揃えてくる。
ペースがガタガタになるかもしれないと承知の上で、どの陣営もラビットを用意してきた。
理由はただ一つ、逃げで走る俺を潰すため、だろうな。
(これは自惚れでも何でもねぇ。被りのリスクを負ってまで用意したってことは、そういうことだ)
他が用意するかもしれないのに、自陣営でも用意する。
そんなの、どうしても勝たせたくない相手がいるに他ならない。
それが誰かってなると、ほぼ確実に俺だ。
逃げで走る俺をマークするには、ラビットを用意するのが一番。
予想が的中した、ってことか。
(外れればよかったけど、やることは変わんねぇ)
エクリプスステークスも一流馬が相手だった。
キングジョージは、一流馬の数がさらに増えた。
こんなの……燃えるじゃねぇか!
実力が認められているんだ。競馬発祥の地、イギリスの調教師達に。
俺の、メジロシャーロックは、最優先で警戒に当たるべきだと。
誰もがそう考えているんだ。
となれば、勝った時の影響は計り知れないだろう。
(これで勝てば、誰にも文句は言えねぇはずだ。エクリプスステークスだけのフロックなんて、誰も口にしないはずだ)
いやまぁ、誰もそんなこと言ってないけどさ。
ここはしっかりと勝って箔をつけたい。
キングジョージを、日本の調教場として初めて勝った馬、としてさ。
(俺の価値がさらに跳ね上がる! 価値が上がれば、メジロの存続にも繋がる! 主に種付けで!)
こりゃ張り切るしかないっしょ!
となれば、気になるブックメーカーなのだが。
「相変わらず、シャーロックが1番人気やな~。当然やけど」
「でしょうね。初めての洋芝で、英ダービー馬相手に完勝ですから。レース内容に文句のつけようがないので、1番人気も妥当ですよ」
はい、1番人気ですね。分かってたことだけどさ。
実際問題、キングジョージがどうなるかは分からない。
案外俺がマークされないという可能性も……微粒子レベルで存在するかもしれない。
だけど、今の俺は超絶好調状態。
「寛君も、風邪引くんやないで? 体調にはしっかり気を配っとき」
「最悪這ってでも出ますよ」
「やめろや。馬にも迷惑がかかるから」
しかも、岳さんも絶好調だ。
不安要素はないに等しい。
万全な状態で迎えることができる。
(キングジョージまで後1週間。気合い入れっぞ!)
今なら何でもできそうな気がした。
ニューベリーの情報少なすぎるんじゃ!