キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス
| 枠順 | 馬名 | 牡/牝 | 人気 |
| 1 | ドワイエン | 牡5 | 8 |
| 2 | バゴ | 牡4 | 4 |
| 3 | マブテイカー | 牡8 | 11 |
| 4 | ブレイブリーアラン | 牡5 | 16 |
| 5 | グレイスワロー | 牡4 | 3 |
| 6 | フォルダーカウント | 牡7 | 15 |
| 7 | メジロシャーロック | 牡4 | 1 |
| 8 | フェニックスリーチ | 牡5 | 9 |
| 9 | ポリシーメーカー | 牡5 | 10 |
| 10 | セレブレートマジック | 牡4 | 14 |
| 11 | ウォーサン | 牡7 | 13 |
| 12 | アザムール | 牡4 | 2 |
| 13 | ノーズダンサー | 牡5 | 12 |
| 14 | ガムート | 牡6 | 7 |
| 15 | エース | 牡4 | 5 |
| 16 | エスワラー | 牝3 | 6 |
◇
ニューベリー競馬場。
大勢の人で賑わっているこの場所で、上半期の総決算とも言うべきレースが開催されようとしていた。
キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス。
今年は代替開催となったこのレースが、始まろうとしている。
とりわけ今年は、日本からやってきた挑戦者に熱視線が注がれている。
「メジロシャーロックの調子は良さそうだ。レースの内容も期待できるな」
「鋼のような筋肉、しかし悪いようには全く見えない。完璧な黄金比を描いているよ」
「素晴らしい仕上がりね。陣営の努力が見えるわ」
ブックメーカーにおける一番人気、メジロシャーロック。
前走のエクリプスステークスでは、今年の英ダービー馬を全く寄せ付けないままに完勝。
今回のレースでも仕上がりは絶好調と、期待が持てる。
すでに虜になりつつあるイギリスの競馬ファン。
それは……市民だけに収まらなかった。
市民が観戦する場所とは別、貴族席のような場で、1人の女性が返し馬を見守っている。
女性が見つめる先には──メジロシャーロックの姿。
「あの子が、日本からやってきたという」
「はい。メジロシャーロックでございます」
「まぁまぁ、気品のある馬体ねぇ。それに、凄く賢いそうじゃない? エクリプスステークスは見れなかったら、今回は楽しみだわ」
満足そうに笑みを浮かべ、楽しんでいる様子が周りにも伝わる。
SP達も警護のため気を抜いてはいないが、内心喜ばしく思っていた。
貴族席の女性──女王はレース発走の時を待ちわびている。
「日本からやってきた名探偵さん。面白いレースを期待しているわ」
その目を、子供のように爛々と輝かせて。
行く末を、見守ろうとしていた。
返し馬を済ませた競走馬たちがゲートへと向かう。
その中には当然、メジロシャーロックと騎乗する岳寛の姿も。
岳寛は、落ち着いていた。
(エクリプスステークスは散々だったからね。同じ轍は踏まないし、なにより)
「凄く調子が良いんだ。今なら、何だってできそうな気がする」
非常に落ち着いており、エクリプスステークスの時が嘘のように焦りがない。
すでに作戦を決めているのか、そしてその作戦に絶対の自信があるのか。
迷いのない瞳で、ゲートを見据えていた。
メジロシャーロックも同じである。
(超絶好調状態を維持している、ってのか? 全く不安がねぇ)
こちらも落ち着いていた。エクリプスステークスと同じである。
騎手も、馬も落ち着いている。
今のところ不安要素はない。あるとすれば、レースの展開のみ。
(競りかけられても問題はねぇ。自分の走りを貫きゃそれでいい)
自信満々、威風堂々と。
メジロシャーロックはゲートへと収まった。
《ニューベリー競馬場での代替開催。今年も強豪が集いました、上半期の総決算KGVI & QES*1。一頭の日本馬に注目が集まる中、地元勢の闘志も燃え上がっております! 芝の状態はFirm*2の発表、1マイル4ハロン*3の一戦が幕を開けようとしています》
他の馬も順調にゲート入りを済ませ、最後の馬がゲートに入った。
静寂。口をつぐみ、発走の時を待ち望む。
誰かが息を吐いた、その瞬間の出来事。
ゲートが開いた。
馬達が一斉に飛び出す。前へ前へと歩を進める。
《全馬ゲートに収まって今っ、スタートしました。綺麗なスタートを切りました、注目の日本馬、メジロシャーロックも好スタート。おっと、内から早速ブレイブリーアランが競りかけてきているぞ、外からはセレブレートマジックだ。入り乱れる序盤の攻防、誰がどこに位置を決めるか? 注目が集まります》
キングジョージが幕を開けた。
◇
序盤の攻防は、岳達にとって予想通りの展開を迎えていた。
早くスタートを切った自分達に併せに来る、各陣営のラビット。
一頭だけではない。
(三頭、か。僕達をマークしている。行動を制限しようとしている)
序盤だけで三頭。
ここから先、さらに増えるとなると、顔をしかめたくもなるだろう。
今できる最善手を打つ。
(ひとまずはこのまま進む。相手の動きに惑わされない、とにかくシャーロックのやりたいことをやらせる)
選択したのはラップ逃げ。一定のラップを刻み続ける走りだ。
単騎で抜け出したいところだが、メジロシャーロックは加速力があるわけではない。
序盤のハナの取り合いはどうしても不利になるし、まず取ることは出来ないだろう。
無理やり取っても構わないが、その場合は後に響く。相手の思う壺だ。
なので、落ち着いたレースを展開する。
その方が相手にもプレッシャーを与えられるからだ。
《向こう正面を走ります。先頭を走るのはセレブレートマジック、セレブレートマジックがペースメーカー、その後ろにメジロシャーロックが控えています1馬身後方。メジロシャーロックの外からブレイブリーアラン、内からフォルダーカウントだ。4頭が前で勝負、4頭から2馬身離れた位置にフェニックスリーチ、そしてバゴです》
幸いにも、メジロシャーロックに焦りはない。
やりたいことをやらせることができる。
(内から来ても、外から併せられても関係ない。そんな程度で、僕らは崩せない)
強みを十分に発揮して、キングジョージを走ることができていた。
これには周りの騎手も焦りを覚えるだろう。
とはいえ、まだ序盤。いくらでも取り返すことは出来る。
(焦るんじゃねぇ。焦ったら、それこそエクリプスステークスのようになる)
(このレースで一番厄介な相手だ。何としても、競り落としてやる!)
こちらも被害は軽微。
しっかりとメジロシャーロックをマークし、ラビットとしての役割を果たしている。
今のところは、の話だが。
水面下で繰り広げられる攻防。
観戦しているファンは、少しだけ不安になっていた。
「やはりだが、かなりマークされているな。たった1回の走りでここまでさせるのだから、彼が素晴らしい名馬であることが分かる」
「でも、全く動じていない。ティータイムのようだな」
「囲まれつつあるのだけ気がかりね。進路が閉じられる、なんてことにならなければいいけど」
本人達に焦りはないとはいえ、見ている方は気が気でない。
なにせ囲まれているのだ。あからさまにマークが集中している。
「バゴは良い位置にいるな。エスワラーはちょっと位置取りがまずいかもしれない」
「アザムールが油断ならない。どの位置からでも差し切ることができる」
「マークはメジロシャーロックに、か。どの陣営も、彼を自由にさせるのがまずいって判断したみたいだね」
他の有力馬たちはほぼフリー。
多少なりともマークされているが、ほぼほぼ有力馬同士の牽制に収まっている。
《コーナーめがけて進出しています。先頭を走るペースメーカーはセレブレートマジック、快調に飛ばして後ろとの差を広げます。2馬身後ろの位置にメジロシャーロック、メジロシャーロックが先行集団の中心。ブレイブリーアラン、フォルダーカウントは変わらず、ここにポリシーメーカーが加わりました》
ラビットにマークされているのは、メジロシャーロックだけだ。
ラビットは基本死に役。勝利よりも有力馬を勝たせることに重きを置いた競走馬。
味方の勝利を後押しするための存在。そのためならば、他の有力馬の脚を削ることすら厭わない。
前目の脚質であることが裏目に出ている。
ファンは、そう判断していた。
その心配は、女王も抱いている。
「あら、かなり不利な状況ね。あんなに囲まれていたら、自由にレースができないわ」
冷静に状況を分析しつつも、今の位置取りに不安を抱かずにはいられない。
果たして勝利への道筋を見出しているのか? 心配だった。
女王もその名前は知っていた。
日本からやってきた競走馬。
イギリス国民を虜にしつつある、葦毛の馬・メジロシャーロック。
エクリプスステークスの一走のみだが、すでにファンになった国民は多い。
いろんな背景があるのは確かだが、強い勝ち方をしたからだと、誰もが口にする。
(今のイギリスは厳戒態勢。テロの影響が残っていないとは、とても口にできない)
思い出すのは、テロのことだ。
不安にならないはずがない。
また同じようなことが起きないか、街中を警察がうろつき回って、不安にならない市民はいない。
しかし、こんな状況でも。
(国民の中に、キングジョージだけは絶対に観たい、と口にするファンがいた。その理由が)
このレースだけは見たいと口にする国民が多かった。
外は危険だと分かっていても、キングジョージだけは絶対に行かなければならないと口にしていた。
その理由が、メジロシャーロック。
日本からやってきた競走馬だ。
国民がそう口にしていたのだ。
当然、女王も気になった。何がそこまで熱狂させるのか? と。
エクリプスステークスは無理だったが、キングジョージは見ることが叶った。
ならば観に行こう。国民を熱狂させる、スターになりうる馬を。
大好きな馬を観に行こう。そう決めた。
「貴方は、どんなレースを魅せてくれるのかしら。メジロシャーロック」
不安半分、期待半分。
ドキドキしながらレースを見守る。
とはいえ、依然として不利な状況は変わらない。
囲まれ、脚を削られ続けている。
メジロシャーロックは、出走しているメンバーの中で一番不利な状況だ。
不安を抱かずにはいられない。
……しかし、どうしてだろうか?
「なんか、おかしくねぇか?」
その不安が、微塵も気にならない人達がいた。
日本からやってきた、メジロシャーロックを最初から応援していた人々である。
彼らの頭にあるのは疑問。
とりわけ、どうしてメジロシャーロックが前で走っているのか、だ。
「おかしいって、何がだよ? いつも通りじゃねぇか」
「いやさ、シャーロックってどこでも勝負ができるだろ? それに、めちゃくちゃ賢いし、なにより岳自身も超一流だ」
岳は日本のトップジョッキー。
メジロシャーロックは規格外の賢さを持ち合わせた競走馬。
だからこそ、生まれる疑問。
「そりゃそうだけど、それの何が」
「なんでこんな、あからさまに狙われることが分かっていたのに。岳は逃げで走ることを選んだんだ?」
「……あっ!?」
どうしてあんなに前で勝負しているのか、である。
言うまでもなく岳はトップジョッキーだ。
メジロシャーロックも、岳の考えについていけるだけの賢さを持ち合わせている。
この展開も予測できたはずだ。誰だって、どんな騎手だって、それこそ素人の競馬ファンでも予測できることなのだから。
なのに、前で走っている。
マークされることを承知の上で走っている。
観戦しているファンには、その理由が分からなかった。
「楽に勝つんだったら、バゴとか、アザムールと同じ位置で勝負すりゃいい話だろ? なんでリスク背負ってまで、あの位置で走ってんだろうなって」
「……確かにそうだよな。シャーロックはどの位置でも走れるのに、わざわざ不利を背負う必要はないよな?」
「ハイペースで流れてるみたいだし、前は不利で後ろは有利。そんなことも分からない岳じゃないはずだ。なにか狙いがあるんだろうけど……」
「わっかんね~! なんであんな前で勝負してんだよ!?」
困惑するが、レースは淀みなく進む。
すでに最初のコーナーを曲がろうとしていた。
コーナーを曲がる中で、岳は不思議なほどの高揚感を覚える。
(凄いな。今なら何でもできそうだ)
全能感、とでも言うべきか。
シャーロックに騎乗していながら、なんでもできてしまうんじゃないか?
それほどの自信に溢れている。
これは、メジロシャーロックも同様だった。
(マジで調子が良いってレベルじゃねぇ。このまま、どこまでも行けそうだ)
思い描いていた展開通りに進む。
自分が動けば相手も動く。それも、予測した通りに。
気持ちいいくらいに動いてくれる。
《最初のコーナーを曲がります。先頭セレブレートマジックが先頭で走ります、2番手以下との差は3馬身。3馬身のリードを保ちますセレブレートマジック。メジロシャーロックの集団は動きません。メジロシャーロックの集団から4馬身離れた位置にはバゴ、アザムールを中心とした集団が形成されています》
身体が軽い。足取りも軽い。
どこまでだっていけそうな感覚。
多幸感に包まれる岳とシャーロック。
この全能感に、身を委ねる──
(ま、関係ないか。僕達は僕達のレースをするだけだ。そうだろう、シャーロック?)
(関係ねぇな。調子が良かろうが悪かろうが、岳さんと一緒にレースを展開するだけだ。そうだろ、岳さん?)
──はずがなかった。
幸せな気分だ。だからどうした?
なんだってできそうだ。だからどうした?
やるべきことは勝ち筋を見出すこと。
絶対的不利な状況でも見出したこの勝ち筋を、勝ちに変えること。
幸せだろうが知ったことじゃない。
なんでもできるなんてどうでもいい。
やるべきことはただ一つ。このレースを勝つことのみ。
(むしろ飼いならす。この全能感を、多幸感を!)
(力に溺れるとかまっぴらごめんだね。全部、俺の力に変えてやるよ!)
全能感に浸るのでも、身を委ねるのでもない。
全能感を飼いならし、我が物にする。
岳とシャーロックの意見は、見事なまでに一致していた。
《最後のコーナーを曲がって最後の直線へ。隊列は変わりません、ここから後続が徐々に位置取りを押し上げてくるか? メジロシャーロックはどうだ? 依然として囲まれているメジロシャーロック、これはどうなるか!》
視界が開ける。
最後の直線へと躍り出る。