親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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曇らせ「チラ、チラ?」


開戦、伝統の一戦

 

 

キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス

 

 

枠順馬名牡/牝人気

1ドワイエン牡58

2バゴ牡44

3マブテイカー牡811

4ブレイブリーアラン牡516

5グレイスワロー牡4
3

6フォルダーカウント牡715

7メジロシャーロック牡4
1

8フェニックスリーチ牡59

9ポリシーメーカー牡510

10セレブレートマジック牡414

11ウォーサン牡713

12アザムール牡4
2

13ノーズダンサー牡512

14ガムート牡67

15エース牡45

16エスワラー牝36

 

 

 

 

 

 

 ニューベリー競馬場。

 大勢の人で賑わっているこの場所で、上半期の総決算とも言うべきレースが開催されようとしていた。

 

 キングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス。

 今年は代替開催となったこのレースが、始まろうとしている。

 

 とりわけ今年は、日本からやってきた挑戦者に熱視線が注がれている。

 

「メジロシャーロックの調子は良さそうだ。レースの内容も期待できるな」

「鋼のような筋肉、しかし悪いようには全く見えない。完璧な黄金比を描いているよ」

「素晴らしい仕上がりね。陣営の努力が見えるわ」

 

 ブックメーカーにおける一番人気、メジロシャーロック。

 前走のエクリプスステークスでは、今年の英ダービー馬を全く寄せ付けないままに完勝。

 今回のレースでも仕上がりは絶好調と、期待が持てる。

 

 すでに虜になりつつあるイギリスの競馬ファン。

 それは……市民だけに収まらなかった。

 

 市民が観戦する場所とは別、貴族席のような場で、1人の女性が返し馬を見守っている。

 女性が見つめる先には──メジロシャーロックの姿。

 

「あの子が、日本からやってきたという」

「はい。メジロシャーロックでございます」

「まぁまぁ、気品のある馬体ねぇ。それに、凄く賢いそうじゃない? エクリプスステークスは見れなかったら、今回は楽しみだわ」

 

 満足そうに笑みを浮かべ、楽しんでいる様子が周りにも伝わる。

 SP達も警護のため気を抜いてはいないが、内心喜ばしく思っていた。

 

 貴族席の女性──女王はレース発走の時を待ちわびている。

 

「日本からやってきた名探偵さん。面白いレースを期待しているわ」

 

 その目を、子供のように爛々と輝かせて。

 行く末を、見守ろうとしていた。

 

 

 返し馬を済ませた競走馬たちがゲートへと向かう。

 その中には当然、メジロシャーロックと騎乗する岳寛の姿も。

 

 岳寛は、落ち着いていた。

 

(エクリプスステークスは散々だったからね。同じ轍は踏まないし、なにより)

「凄く調子が良いんだ。今なら、何だってできそうな気がする」

 

 非常に落ち着いており、エクリプスステークスの時が嘘のように焦りがない。

 すでに作戦を決めているのか、そしてその作戦に絶対の自信があるのか。

 迷いのない瞳で、ゲートを見据えていた。

 

 メジロシャーロックも同じである。

 

(超絶好調状態を維持している、ってのか? 全く不安がねぇ)

 

 こちらも落ち着いていた。エクリプスステークスと同じである。

 騎手も、馬も落ち着いている。

 今のところ不安要素はない。あるとすれば、レースの展開のみ。

 

(競りかけられても問題はねぇ。自分の走りを貫きゃそれでいい)

 

 自信満々、威風堂々と。

 メジロシャーロックはゲートへと収まった。

 

《ニューベリー競馬場での代替開催。今年も強豪が集いました、上半期の総決算KGVI & QES*1。一頭の日本馬に注目が集まる中、地元勢の闘志も燃え上がっております! 芝の状態はFirm*2の発表、1マイル4ハロン*3の一戦が幕を開けようとしています》

 

 他の馬も順調にゲート入りを済ませ、最後の馬がゲートに入った。

 

 静寂。口をつぐみ、発走の時を待ち望む。

 

 誰かが息を吐いた、その瞬間の出来事。

 ゲートが開いた。

 馬達が一斉に飛び出す。前へ前へと歩を進める。

 

《全馬ゲートに収まって今っ、スタートしました。綺麗なスタートを切りました、注目の日本馬、メジロシャーロックも好スタート。おっと、内から早速ブレイブリーアランが競りかけてきているぞ、外からはセレブレートマジックだ。入り乱れる序盤の攻防、誰がどこに位置を決めるか? 注目が集まります》

 

 キングジョージが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 序盤の攻防は、岳達にとって予想通りの展開を迎えていた。

 早くスタートを切った自分達に併せに来る、各陣営のラビット。

 

 一頭だけではない。

 

(三頭、か。僕達をマークしている。行動を制限しようとしている)

 

 序盤だけで三頭。

 ここから先、さらに増えるとなると、顔をしかめたくもなるだろう。

 

 今できる最善手を打つ。

 

(ひとまずはこのまま進む。相手の動きに惑わされない、とにかくシャーロックのやりたいことをやらせる)

 

 選択したのはラップ逃げ。一定のラップを刻み続ける走りだ。

 

 単騎で抜け出したいところだが、メジロシャーロックは加速力があるわけではない。

 序盤のハナの取り合いはどうしても不利になるし、まず取ることは出来ないだろう。

 無理やり取っても構わないが、その場合は後に響く。相手の思う壺だ。

 

 なので、落ち着いたレースを展開する。

 その方が相手にもプレッシャーを与えられるからだ。

 

《向こう正面を走ります。先頭を走るのはセレブレートマジック、セレブレートマジックがペースメーカー、その後ろにメジロシャーロックが控えています1馬身後方。メジロシャーロックの外からブレイブリーアラン、内からフォルダーカウントだ。4頭が前で勝負、4頭から2馬身離れた位置にフェニックスリーチ、そしてバゴです》

 

 幸いにも、メジロシャーロックに焦りはない。

 やりたいことをやらせることができる。

 

(内から来ても、外から併せられても関係ない。そんな程度で、僕らは崩せない)

 

 強みを十分に発揮して、キングジョージを走ることができていた。

 

 これには周りの騎手も焦りを覚えるだろう。

 とはいえ、まだ序盤。いくらでも取り返すことは出来る。

 

(焦るんじゃねぇ。焦ったら、それこそエクリプスステークスのようになる)

(このレースで一番厄介な相手だ。何としても、競り落としてやる!)

 

 こちらも被害は軽微。

 しっかりとメジロシャーロックをマークし、ラビットとしての役割を果たしている。

 今のところは、の話だが。

 

 水面下で繰り広げられる攻防。

 観戦しているファンは、少しだけ不安になっていた。

 

「やはりだが、かなりマークされているな。たった1回の走りでここまでさせるのだから、彼が素晴らしい名馬であることが分かる」

「でも、全く動じていない。ティータイムのようだな」

「囲まれつつあるのだけ気がかりね。進路が閉じられる、なんてことにならなければいいけど」

 

 本人達に焦りはないとはいえ、見ている方は気が気でない。

 なにせ囲まれているのだ。あからさまにマークが集中している。

 

「バゴは良い位置にいるな。エスワラーはちょっと位置取りがまずいかもしれない」

「アザムールが油断ならない。どの位置からでも差し切ることができる」

「マークはメジロシャーロックに、か。どの陣営も、彼を自由にさせるのがまずいって判断したみたいだね」

 

 他の有力馬たちはほぼフリー。

 多少なりともマークされているが、ほぼほぼ有力馬同士の牽制に収まっている。

 

《コーナーめがけて進出しています。先頭を走るペースメーカーはセレブレートマジック、快調に飛ばして後ろとの差を広げます。2馬身後ろの位置にメジロシャーロック、メジロシャーロックが先行集団の中心。ブレイブリーアラン、フォルダーカウントは変わらず、ここにポリシーメーカーが加わりました》

 

 ラビットにマークされているのは、メジロシャーロックだけだ。

 ラビットは基本死に役。勝利よりも有力馬を勝たせることに重きを置いた競走馬。

 味方の勝利を後押しするための存在。そのためならば、他の有力馬の脚を削ることすら厭わない。

 

 前目の脚質であることが裏目に出ている。

 ファンは、そう判断していた。

 

 その心配は、女王も抱いている。

 

「あら、かなり不利な状況ね。あんなに囲まれていたら、自由にレースができないわ」

 

 冷静に状況を分析しつつも、今の位置取りに不安を抱かずにはいられない。

 果たして勝利への道筋を見出しているのか? 心配だった。

 

 女王もその名前は知っていた。

 日本からやってきた競走馬。

 イギリス国民を虜にしつつある、葦毛の馬・メジロシャーロック。

 

 エクリプスステークスの一走のみだが、すでにファンになった国民は多い。

 いろんな背景があるのは確かだが、強い勝ち方をしたからだと、誰もが口にする。

 

(今のイギリスは厳戒態勢。テロの影響が残っていないとは、とても口にできない)

 

 思い出すのは、テロのことだ。

 

 不安にならないはずがない。

 また同じようなことが起きないか、街中を警察がうろつき回って、不安にならない市民はいない。

 

 しかし、こんな状況でも。

 

(国民の中に、キングジョージだけは絶対に観たい、と口にするファンがいた。その理由が)

 

 このレースだけは見たいと口にする国民が多かった。

 外は危険だと分かっていても、キングジョージだけは絶対に行かなければならないと口にしていた。

 

 その理由が、メジロシャーロック。

 日本からやってきた競走馬だ。

 

 国民がそう口にしていたのだ。

 当然、女王も気になった。何がそこまで熱狂させるのか? と。

 エクリプスステークスは無理だったが、キングジョージは見ることが叶った。

 

 ならば観に行こう。国民を熱狂させる、スターになりうる馬を。

 大好きな馬を観に行こう。そう決めた。

 

「貴方は、どんなレースを魅せてくれるのかしら。メジロシャーロック」

 

 不安半分、期待半分。

 ドキドキしながらレースを見守る。

 

 とはいえ、依然として不利な状況は変わらない。

 囲まれ、脚を削られ続けている。

 メジロシャーロックは、出走しているメンバーの中で一番不利な状況だ。

 不安を抱かずにはいられない。

 

 

 ……しかし、どうしてだろうか?

 

「なんか、おかしくねぇか?」

 

 その不安が、微塵も気にならない人達がいた。

 日本からやってきた、メジロシャーロックを最初から応援していた人々である。

 

 彼らの頭にあるのは疑問。

 とりわけ、どうしてメジロシャーロックが前で走っているのか、だ。

 

「おかしいって、何がだよ? いつも通りじゃねぇか」

「いやさ、シャーロックってどこでも勝負ができるだろ? それに、めちゃくちゃ賢いし、なにより岳自身も超一流だ」

 

 岳は日本のトップジョッキー。

 メジロシャーロックは規格外の賢さを持ち合わせた競走馬。

 

 だからこそ、生まれる疑問。

 

「そりゃそうだけど、それの何が」

「なんでこんな、あからさまに狙われることが分かっていたのに。岳は逃げで走ることを選んだんだ?」

「……あっ!?」

 

 どうしてあんなに前で勝負しているのか、である。

 

 言うまでもなく岳はトップジョッキーだ。

 メジロシャーロックも、岳の考えについていけるだけの賢さを持ち合わせている。

 この展開も予測できたはずだ。誰だって、どんな騎手だって、それこそ素人の競馬ファンでも予測できることなのだから。

 

 なのに、前で走っている。

 マークされることを承知の上で走っている。

 観戦しているファンには、その理由が分からなかった。

 

「楽に勝つんだったら、バゴとか、アザムールと同じ位置で勝負すりゃいい話だろ? なんでリスク背負ってまで、あの位置で走ってんだろうなって」

「……確かにそうだよな。シャーロックはどの位置でも走れるのに、わざわざ不利を背負う必要はないよな?」

「ハイペースで流れてるみたいだし、前は不利で後ろは有利。そんなことも分からない岳じゃないはずだ。なにか狙いがあるんだろうけど……」

「わっかんね~! なんであんな前で勝負してんだよ!?」

 

 困惑するが、レースは淀みなく進む。

 すでに最初のコーナーを曲がろうとしていた。

 

 

 コーナーを曲がる中で、岳は不思議なほどの高揚感を覚える。

 

(凄いな。今なら何でもできそうだ)

 

 全能感、とでも言うべきか。

 シャーロックに騎乗していながら、なんでもできてしまうんじゃないか?

 それほどの自信に溢れている。

 

 これは、メジロシャーロックも同様だった。

 

(マジで調子が良いってレベルじゃねぇ。このまま、どこまでも行けそうだ)

 

 思い描いていた展開通りに進む。

 自分が動けば相手も動く。それも、予測した通りに。

 気持ちいいくらいに動いてくれる。

 

《最初のコーナーを曲がります。先頭セレブレートマジックが先頭で走ります、2番手以下との差は3馬身。3馬身のリードを保ちますセレブレートマジック。メジロシャーロックの集団は動きません。メジロシャーロックの集団から4馬身離れた位置にはバゴ、アザムールを中心とした集団が形成されています》

 

 身体が軽い。足取りも軽い。

 どこまでだっていけそうな感覚。

 多幸感に包まれる岳とシャーロック。

 

 この全能感に、身を委ねる──

 

(ま、関係ないか。僕達は僕達のレースをするだけだ。そうだろう、シャーロック?)

(関係ねぇな。調子が良かろうが悪かろうが、岳さんと一緒にレースを展開するだけだ。そうだろ、岳さん?)

 

 ──はずがなかった。

 

 幸せな気分だ。だからどうした?

 なんだってできそうだ。だからどうした?

 

 やるべきことは勝ち筋を見出すこと。

 絶対的不利な状況でも見出したこの勝ち筋を、勝ちに変えること。

 

 幸せだろうが知ったことじゃない。

 なんでもできるなんてどうでもいい。

 

 やるべきことはただ一つ。このレースを勝つことのみ。

 

(むしろ飼いならす。この全能感を、多幸感を!)

(力に溺れるとかまっぴらごめんだね。全部、俺の力に変えてやるよ!)

 

 全能感に浸るのでも、身を委ねるのでもない。

 全能感を飼いならし、我が物にする。

 岳とシャーロックの意見は、見事なまでに一致していた。

 

《最後のコーナーを曲がって最後の直線へ。隊列は変わりません、ここから後続が徐々に位置取りを押し上げてくるか? メジロシャーロックはどうだ? 依然として囲まれているメジロシャーロック、これはどうなるか!》

 

 視界が開ける。

 最後の直線へと躍り出る。

 

 

勝利に向かって、視界良し

*1
キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスの略称

*2
堅良

*3
大体2400mくらい

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