メジロ家本邸にて。
「少々お時間よろしいでしょうか? シャーロック様」
「ん? どしたん?」
シャロが休み中で、なおかつ暇だったのでうろうろしていたところ呼び止められた。
相手は品のある栗毛のウマ娘。ステゴシナリオで登場していた、あの子。
手をもじもじとさせて、なんとも可愛らしい反応をしている。
「そ、その。1つ、お願いがございまして。もし、もしよろしければなのですが」
「俺にお願い? 丁度暇してたし構わんぞ。で、俺に何してほしいの? アート」
彼女の名前はオリエンタルアート。ステゴの嫁と名高い、あのオリエンタルアートである。
いや、まぁいるとは思っていた。
この世界にはハーツとかキンカメとか、まだ実装されなかったウマ娘もいたわけだし。
ステゴのシナリオで登場していたので、その内会うんじゃないかとは密かに思っていた。名前のないモブ的な、なんとなく察してね枠だったけど。
そんなオリエンタルアートは、俺とは父が同じだ。
父メジロマックイーンの産駒。母が違うため兄弟姉妹ではないが、それなりに関わりがある。
なのでシャロとの仲はそれなりに良い。向こうから絡んできたりもするし。
(あくまで史実の関係、だけどな。こっちだとまた違うし)
とにかく、俺とオリエンタルアートの関係はそんなものだ。仲の良い友達、みたいなもの。
余談だがポイントフラッグもいる。あの破天荒ウマ娘ゴルシの母。
あっちは……うん。元気があっていいんじゃないですかね。
そんなオリエンタルアートだが、どうも俺にお願いがあるようだ。
それも、シャロにじゃない。俺に用事がある。
「俺、ということは、ロック様の方ですね。でしたら丁度良かったです」
「ほう、俺の方が都合が良かった、と。もしあれならシャロを起こそうと思っていたんだが」
「はい。ロック様にお願いがありまして」
うん、用があるのは分かったからその要件を教えてくれ。
さっきから手をもじもじさせて、よほど頼みにくい願いでもするつもりなのか?
可愛らしいとは思うが、そういう反応はステゴの前でやった方がいいと思うぞ。アイツが喜ぶかどうかは別として。俺の目の保養にはなるから。
用件を聞かないことにはどうしようもない。とにかく待つことに。
メジロの本邸の長い廊下で、気長に待つ。
やがて、意を決したように口を開いたアートから出てきた言葉は。
「そ、その、ロック様のヴァイオリンの演奏を、聞かせてはいただけないでしょうか!?」
「……溜めた割にはそんなことか? そんくらい別にいいけど」
「っ! ふふ、やりました!」
俺の演奏を聞きたい、というものだった。
にしてもはにかんだ笑顔が眩しい。この場にステゴを呼んでおきたかった。
こういう時に限っていないしアイツ。そういうウマ娘だけど。
にしても、大分溜めたな。やたら言いにくそうにしていたし。
「そんなに頼みにくいことか? 断ったことないだろ」
「そ、その。やはりご迷惑をおかけしてはいけない、と思いますし……特に、ロック様はご多忙の身ですから」
あらやだ良い子。思わず愛でたくなるわ。
ま、とにかく。
「ここじゃなんだから、茶会をするバルコニーの方に来てくれ。ヴァイオリンを用意してくるから」
「分かりました。ロック様の演奏、楽しみにお待ちしていますね!」
「大分期待してんな。ま、ステゴが来るかもしれないしな?」
「ッ! も、もう! そちらが主目的みたいじゃないですか! 私はただ、ロック様の演奏を聴きたいと思って……!」
「はっはっは。分かった分かった、そういうことにしといてやるよ」
「もう、もう! からかわないでください!」
演奏をすることが決まったので、準備をしてこないとな。
(まずは部屋に戻ってヴァイオリンを持ってくるところから、か)
いつもは一人で演奏することが多いが、たまには悪くない。
少しだけスキップを刻みながら、演奏会の準備を済ませた。
で、バルコニーに着いたのだが。
「なんか増えてるな」
「そ、その。ロックさんが演奏すると聞きまして。ならば是非、と」
「ロックの演奏は私らの中でも群を抜いてるからね~。そりゃ聞きに来るしかないっしょ」
「パーマーの言う通りかな。あたし達も聴きたいもの」
「も、申し訳ありません、ロック様。皆様にロック様が演奏することを話してしまい」
めっちゃ人数増えてんな。
すでに日も沈んで夜になっているというのに。
お茶菓子に紅茶の用意までしおって。俺一人の演奏のために、準備万端とばかりに用意するんじゃないよ。
つか、ラモーヌさんまでいるし。
「楽しみにしているわ、ロック」
「ロックさんの演奏は、楽団のプロに勝るとも劣らない腕前。ふふ、楽しみです」
「プレッシャーかけないでくれますかね、アルダンさん。俺の演奏は所詮素人ですって」
「ロックさんのような素人がいてたまるものですか!」
マックイーンにツッコまれたが無視。
所詮俺の演奏は素人に毛が生えたレベル。
俺が満足するために演奏するものだ。プロとはまた違う。
とはいえ、ここに集ったメジロ家のメンバーは俺の演奏を楽しみに来ている。
(ならまぁ、精一杯やらせてもらいますか)
ヴァイオリンを構え、弓に手をかける。
「始まるわ、ロックの演奏」
「楽しみですわ~」
一呼吸を置いた後、奏で始める。
(……相変わらず、この音が落ち着く)
バルコニーに響き渡る音色。
落ち着いたメロディ。心に安らぎを、温もりをくれる旋律を奏でる。
「あぁ、やはりこの音です……」
「いつ聴いても、凄いね。心が落ち着く」
マックイーン達の小さな話し声が耳に入ってくる。
どうも好評のようだ。好評なら嬉しい限り。演奏者冥利に尽きるというもの。
いつもは自分のために演奏している。
ただ、この時ばかりはオリエンタルアートに。
ここに集ったメジロ家のメンバーに、この音を捧げる。
「ふわぁ……思わず眠くなってきましたわ~……っ」
「本当ねっ。このまま眠ってしまいそうっ」
「はは。寝るなら自分の部屋でね? ブライト、ドーベル。気持ちは分かるけど」
揺れる草木の音を耳が拾う。
ウマ娘の聴覚は人間のそれよりも凄い。
どんな些細な音さえも、聞き逃すことはない。
「素晴らしいですね、姉様。ロックさんの演奏は、心が洗われ……あっ」
「……」
「……申し訳ありません、姉様。無粋でしたね。では私も、この演奏に耳を傾けましょう」
きっとこの場にいる全員、ヴァイオリンの音に加えて、風の音や草木の音を拾っていることだろう。
自然の環境音さえも巻き込んで奏でる。俺の心も、落ち着く。
「アートさん。無理を言って申し訳ありませんでした。ですが、この演奏をどうしても聴きたかったのです」
「いえ、大丈夫ですよマックイーン様。お気持ちは、とてもよく分かりますので」
聞こえてくる言葉は、どれも満足しているもので。
俺の演奏に心が安らいでいるのが、よく分かった。
それからどれだけの時間が流れたか。
夜の暗さは深さを増している。演奏を始めた時よりもずっと。
「……さて、そろそろ終わりですかね」
演奏を止め、周りを見渡す。
お茶菓子も紅茶も、なくなりかけていた。
それだけじゃない。
「そうだね。ブライトもドーベルも眠そうにしているし、ここで終わっておこうか」
「名残惜しいですが……仕方ありませんわね。そろそろ良い時間ですし」
「ほら、ブライト、ドーベル。起きて。部屋に戻ろっか」
「ん~……」
ブライトなんか今にも寝そうだし、アートの方も舟をこいでいた。
無事にしているのはライアン、パーマー、マックイーン。
そしてアルダンさんに、ラモーヌさんだ。
「それでは、私はアートさんをお部屋に連れていきましょう。アートさん、行きますわよ」
「もう、すこし……もうすこしだけ……」
「演奏は終わりましたわ、アートさん。ロックさん、ありがとうございました。また、聴きに来てもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。こんなことでよければ」
マックイーンがアートを連れ、ライアン達がブライトとドーベルを部屋へ。
「それじゃあ、あたしはブライトを連れていくから」
「私はドーベル、だね。任せてよ、ライアン。ロックもありがとね! 今日の演奏も、凄く良かったよ!」
「はい。ありがとうございます。褒めてもらえると、演奏している身としても嬉しい限りです」
残ったのはアルダンさんとラモーヌさん。
アルダンさんも、席を立ちあがって。
「それでは、私もこれで。今回の演奏、とても心安らぐ素晴らしい演奏でした。また、聴きに来てもよろしいでしょうか?」
「俺程度の演奏でよければ構いませんよ。アルダンさんも、おやすみ」
「はい。ロックさんも、あまり夜更かしをなさらないように」
にっこりとほほ笑んでから帰っていった。
う~ん、やはり美少女。この空間幸せ過ぎるな。
そして、ラモーヌさんだけが残っていたのだが。
「ロック、こちらにいらっしゃい」
「はぁ。良いですけど」
手招きするラモーヌさんの下へ歩く。
「屈みなさい」
「はぁ」
一体何をされるのか、身構えていると。
撫でられた。頭を、褒めるように。
子供によくできました、とやるみたいに。
「素晴らしい演奏だったわ」
「……」
褒めて、撫でてくれた。
なんとなく、懐かしい気持ちになる。
「私も戻るわ。ロックも、風邪を引かないようにしなさい」
「……分かってますよ」
「風邪を引いたら、私が看病してあげるわ。貴方が一日でも早く治るように、ね」
その言葉を最後に、ラモーヌさんもバルコニーを出ていった。
残されたのは俺一人……いや、違うな。
「いるんだろ? ステゴ。もうみんな出ていったから、出て来いよ」
「おっと、シャーロックにはバレてたか」
「うわ、マジでいたよ」
「自分から呼んだくせに、随分な言い草だな」
ステイゴールドもいた。
どこに隠れていたのやら、唐突に姿を現す。
何もない空間から出たんじゃないか。そう錯覚するくらいに。
「適当にカマかけたらいるとは思わんだろ。で? なんで姿を現さなかった? 理由は想像つくけど」
「そりゃあな。メンバーがたくさんいるのに、私がいるのは無粋ってもんだ。お嬢さんとあんただけならともかく、な」
「だと思ったよ。紅茶もお茶菓子も片付けられちまったから、ろくなもてなしもできんが。どうぞ」
「構わないさ。私とあんたの仲だ」
ま、やることは変わんねぇ。
誰もいなくなった椅子に座って、テーブル越しに話すだけだ。
「お前もよく俺のとこに来るよな。何かの縁か?」
「前にも言っただろ? あんたと私の間には、細くとも確かな縁があるって。それに、お嬢さんとの繋がりもあるしな」
「まぁな。それにしたって多い気がするって思うが」
「嫌か? 私と話すのは」
「まさか」
慣れたものだ。ステゴとの会話にも。
いつも通り、お互いに適当な話題を挟む予定、だったのだが。
どうも、ステゴの方は違うみたいだ。
「なぁ、シャーロックはどうしてヴァイオリンを始めたんだ?」
「あん? 何のことだ?」
「気になったんだよ。マックイーンからの話を聞いて、な」
真剣な眼差しでこっちを見ている。
俺の真意を、嘘を見抜こうとしている。
「メジロ家は教育の過程で、全員が主要な楽器を演奏するように育てられる。ただ、あんたは違ったそうじゃないか?」
「なにがだ? 別に、俺はヴァイオリン以外も演奏できるぞ。ピアノとかチェロとか」
「とぼけなくてもいい。あんたはわざわざ、ヴァイオリンを指定したそうじゃないか。数ある楽器の中で、ヴァイオリンを真っ先に教えてくれ、ってな」
……教えられていたのか。
ステゴの言う通り、俺は楽器の教育をされる過程で、真っ先にヴァイオリンを選んだ。
たくさんの楽器がある中で、これだと言わんばかりに。
無数の楽器から、ヴァイオリンを選んだ。何かに導かれるように。
別に隠すことでもないんだが、ちょいと厄介、か。
「一体どうしてだろうな? なんであんたは、ヴァイオリンを教えてくれなんて」
「落ち着くからだよ。それ以上の理由なんてもんはねぇ」
「……」
ステゴの言葉を遮り、答える。
アイツの知りたがっている答えを、俺がヴァイオリンを選んだ理由を。
「カッコいいとか、憧れとかそういうもんじゃねぇ。ただ。落ち着くんだ。ヴァイオリンはな」
「へぇ。音の話か?」
「それもある。が、もっと根本的な部分だ。どうも俺は、ヴァイオリンの音色が好きらしい」
その理由は単純。落ち着くからだ。
どうしてかは分からない。
ただ、ヴァイオリンの音を聞いていると凄く落ち着く。
心が安らぐんだ。詳細は不明だがな。
厄介、ってのはこれが絡んでくる。
俺にも理由が分からないからだ。
数ある楽器の中で、ヴァイオリンだけが特別扱いされる理由が。
「ただ、その理由が分からなくてな。見ると安らぐし、音も好きなんだが、その理由が分からんときた。だから、お前が望むような答えは得られない」
「……そっか。悪かったな、変なこと聞いて」
「構わねぇよ、別に」
申し訳なさそうにするステゴだが、別に言いたくないことを言わされたわけじゃない。
気にする必要はないと、身振り手振りのジェスチャーで伝える。
聞きたかったことはそれだけだったらしい。
後の時間は、他愛もない雑談に変わる。
「そういえば、ゴルシがまたなにか面白いことをやったみたいだな? マックイーンが怒ってたぞ」
「あ~……確か、金色の船を探す旅に巻き込まれた、って言ってたな。結局見つからんかったらしい」
「そりゃそうだ。どれだけのお金がかかるのやら」
「そもそも、どんだけの金が必要だって話だよな」
この時間もまた、俺にとっては心地の良い安らぎだ。
ステゴサァンと仲がよいロックであった。