親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

67 / 67
ありったけの愛を貴方に

 小白に初めて会った時、寂しそうな子と思ったわ。

 

『……貴方は?』

『よ、よろしくお願いします。ここで、お世話になる予定です』

 

 産まれてすぐに母を亡くし、寂しくないようにと、私にあてがわれた仔。

 遠慮がちに、おずおずとしているあの子は、可愛らしく見えて。

 

『そんなに畏まらなくてもいいわ。しっかりと、着いてきなさい』

『あ、はい』

 

 打ち解けるまで、そんなに時間はかからなかった。

 

 私は小白のことを気に入っていたし、優しくする私には小白も心を開いた。

 

『今日も走りましょうか。コツ、教えてあげるわ』

『お願いします。まだ四足の走り方、慣れなくて』

『それ以外には慣れてるみたいな言い方ね。構わないけれど』

 

 とはいっても、あの子はあんまり甘えなかったけれど。

 甘えるのが下手なのよ、小白は。

 どうしても遠慮がちになってしまうし、数少ない甘える時間でも、あの子は申し訳なさを覚えてしまう。

 

 本当の母親に申し訳ない、とでも思っているのかしら?

 小白は真面目だから、そう思っていそうね。

 

『もっと甘えてもいいのよ? ほら、お腹も減ってるでしょう?』

『いや、大丈夫なんで。大丈夫なんで乳を押し付けないでもらえるとありがたいです』

 

 なんで分かるのかは簡単。私はあの子の親代わりだから。それに尽きるわ。

 だから私は遠慮しない。壁を作ろうとする小白を目一杯甘やかして、寂しくならないようにする。

 なんというか、放っておけないから。

 

(本当に、どうしてかしら? 今までいろんな子を見てきたけど、小白みたいな子はいなかった)

 

 甘え下手で、他ともあまり馴染まない。

 優しくて真面目。自分の本心を決して話そうとはしない。

 だからこそ……あの子はとても寂しそうに見えた。

 

 

 あの子が別の場所に隔離された後も、心配でならなかった。

 

(あの子、大丈夫かしら? 他の子と、仲良くやれているのかしら?)

「ブルル……」

「メジロラモーヌ、今日はちょっとナイーブなのかな? そろそろ種付けの時期だし、注意しておかないと」

 

 他の子達の輪に入れているか? いじめられてたりはしないか?

 毎日きちんとご飯を食べているか? 人間を困らせては……なさそうね。聡い子だから。

 

 叶うならば様子を見に行きたい。

 柵を超えて、あの子に会いに行きたい。

 考えた回数は多い。実行に移そうともした。

 

(でも、ダメね。迷惑がかかるし、何より)

 

 体力的な問題と、運動能力の点から断念した。

 自分の体のことは、自分がよく分かっている。

 年々衰えていくのが。少しずつ弱くなっていってるのが、嫌でも分かってしまう。

 

 心配する気持ちから、鳴いてしまう日もあった。

 その結果、人間を心配させてしまうことも。

 

「ラモーヌ、子離れはいつもあっさりとしているのに」

「小白だけは別だな。なにか、感じ取るものがあるのかもしれない」

 

 小白のことを考えなかった日は、一日もないわね。

 しっかりやれているか心配で、気が気でなかった。

 

『……仕方ないわ。それに、小白は優しい子だから。きっと大丈夫よ』

 

 だから、自分に言い聞かせて。

 小白は問題ない。元気に過ごしていると決めつけて。

 私は、放牧地でゆっくりし続けていた。

 

 

 その後、小白には二度会う機会があった。

 一度もなくてもおかしくないのに、人間の計らいで二度も会うことができた。

 

 一度目は、去年の夏。

 久しぶりに会ったあの子は、すっかり色が抜け落ちていて。

 傍目には別の馬なんじゃないか? って思うくらい、変わっていたわ。

 

 でも、すぐに分かった。

 あの子は小白だって。私が愛を向けた小白に間違いないって、確信できた。

 

『あら、小白! 随分と久しぶりね』

『なんで即バレしたんですか。あの頃から大分白くなったのに』

『私が小白のことを分からないなんて、あるわけないでしょう? ここには休暇? なら、ゆっくりしていくのよ。走ることを忘れて、たくさん甘えて頂戴ね?』

『この大きさで甘えるのはちょっと』

 

 相変わらず小白は遠慮がちだったけど。

 久しぶりに会えて嬉しかった。元気にしているみたいで、ホッとした。

 

 ただ……あの子は相変わらず真面目だったわ。

 休暇で戻ってきたはずなのに、次のレースがあるからとほとんどの時間を走り回っていた。

 

 全くもう、休暇の意味を分かっているのかしら? あの子は。

 

『小白、ずっと走りっぱなしじゃない。少しは休憩しなさいな』

『あ~……でも、次のレースが』

『私が休憩しなさい、と言っているのよ。休憩しなさい』

『……あい』

 

 しゅんとする姿は可愛いけれど、申し訳ないと思うけど。

 休暇なのだからしっかり休んで欲しい。

 心を鬼にして叱った。効果があったのか、その後はしっかり休憩をとるようになったわね。良かったわ。

 

 二度目は、今年の5月。

 海外遠征をするから、その前に休暇ってことで、あの子はこっちに戻ってきた。

 

『お久しぶりです、ラモーヌさん』

『久しぶりね、小白。ゆっくりしていくのよ』

『勿論そのつもりで。またラモーヌさんに怒られたくないので』

 

 活躍はこっちでも耳に入ってきていたわ。

 大きいレースをたくさん勝って、いまだに誰にも負けていない。

 現役最強で、だからこそ遠い異国の地に目を向けたって。

 

 誇らしい気持ちだった。

 あの子の良さを分かってくれる人間がたくさんいて、たくさんたくさん褒められて。

 

『トレセンではグルーヴさんと仲が良くてですね~』

『そう……ところで、その子はオスかしら? メスかしら? もしメスだとしたら、私の前に連れてきなさい。見定めてあげるから』

『何を見定める気ですかラモーヌさん。つか無理ですよ』

 

 仲の良い子もたくさんいるみたいで、本当に安心したわ。

 

 ……だからこそ、なのでしょうね。

 

(最近は、体を動かすのも億劫になってきた。前みたいに、動けなくなってきた)

 

 もういいのかもしれない、なんて思うようになったのは。

 

 本当はもっと生きていたい。生きて、小白の活躍を耳にしたい。

 あの子と一緒に暮らしたい。寂しがり屋のあの子が、寂しくならないためにも。

 

 でも、意志や思いとは裏腹に、私の体は少しずつ動かなくなっていく。

 昨日できたことが今日はできなくなり。

 今までは問題なかった餌の量も、食べられなくなってきた。

 

 嫌でも分かってしまう。

 

(私は、ここまでなのね)

 

 自分の死期が近いことを。

 

 病気やケガじゃない。

 生きたいと思えば、生きれるのかもしれない。

 けれども……体は少しずつ、動かなくなっていく。

 

『それじゃあ小白。あんまり離れたところに行っちゃダメよ? 私はもう少しゆっくりしておくから』

『あ、はい。ラモーヌさんもごゆっくり』

 

 一緒に走ることも難しくなった。

 寝るふりをしつつ、走る小白を見つめる。

 

(……綺麗ね)

 

 白くなったあの子が走る姿が、目に焼きついて。

 いつまでも見つめていたい、なんて気持ちが湧いてくる。

 人間が虜になる理由が、よく分かる。

 

(あの子はよく、私のことを魔性なんて言ってるけど)

『貴方も十分、人間を惹きつける魔性の魅力を持っているわ、小白』

 

 私の血を、継いでいるのね……貴方は。

 

 

 それからまた、月日は流れて。

 もう、今が何時なのかも分からなくなった。

 正確には、考えることもなくなった。

 

 体が動かせない。動かしたくても、動かせない。

 少しずつ、瞼が重くなっていく。世界が暗闇に落ちていく。

 

 眠る……のではない。

 これはきっと、迎えが来たということ。

 

 薄れゆく視界と意識の中で浮かんできたのは……小白のこと。

 

(小白……貴方はきっと、これからもたくさんの人間を魅了していくのね)

 

 真面目で優しい子。

 甘えるのが下手で、誰にでも遠慮してしまう子。

 

(きっと、たくさん愛される。愛されるでしょうけど。そこに私はいない。それが、どうしても寂しくて、悔しい)

『私ももっと、貴方に愛を与えたかったわ』

 

 できる限りの愛を与えてきたつもり。

 でも、全然足りない。もっともっと、小白に愛を教えてあげたかった。

 

 なんでこんなに気に入っているのか?

 自分の子でもないのに、どうして愛を向けるのか?

 その理由はない。

 ないけれど……そもそも愛するのに理由なんていらない。

 

 ちょっとした後悔。もっと小白を愛したかった。

 そんな小白に、ありったけの思いを込めて。

 

『これからも頑張るのよ……小白。私の可愛い可愛い、息子……。どこにいようとも、私は貴方を応援している。強く、逞しく、永く生きてねっ』

 

 愛しているわ、小白──

 

 

 

 

 

 

 9月某日。

 とある一本のニュースが、競馬界に広まった。

 

【メジロラモーヌ死去。死因は老衰】

 

 かつての三冠牝馬メジロラモーヌ。

 ファンを魅了した魔性の青鹿毛が、メジロの牧場で亡くなったというニュースだ。

 

「22歳……まだまだ長生きしてほしかったけど」

「老衰、か。どうしようもねぇよな」

「うおおぉん……メジロラモーヌ~っ」

 

 一世を風靡した名馬の死に、ファンは悲しみに暮れた。

 

 そしてこのニュースは、栗東トレセンにいる生江康夫の耳にも入る。

 

「メジロラモーヌが、か」

「ニュース、見ましたか」

 

 深い関わりがあったわけではない。

 調教師として携わったわけではない。

 

 ただ、無視できない要素が1つ。

 シャーロックの存在だ。

 

「確か、メジロラモーヌはシャーロックの母親代わり、やったよな?」

「……はい。裕二さんからそう聞いていました」

 

 浮かない表情、震える声で答える俊之。

 康夫と考えていることは、同じだった。

 

 ラモーヌはシャーロックの母親代わりだった。

 たくさんの愛情を注いでいたことも、シャーロックもまた懐いていたことも聞かされている。

 

「シャーロックはラモーヌに気を許しとった。ラモーヌもまた、シャーロックをかわいがっとった」

「ですね。放牧の時も、わざわざ2頭を一緒の放牧地にしていたと」

「気が安らぐんやろうな。特例措置として許しとった。そんだけ、2頭の仲は良かったんや」

 

 聞かされているからこそ、やるせなさに怒りを覚える。

 

「ホンマに……ホンマにっ! シャーロックがなにしたって言うんや!?」

「……テキ。あまり大声は」

「生みの親を生まれた時に亡くして! 今度は育ての母親が亡くなったんやぞ!? 神さんはどんだけシャーロックのことが嫌いなんや!? なぁ!!」

 

 その怒りをぶつける先がどこにもないことに、無力感を覚える。

 振り下ろそうとしている拳は宙をさまよい、今にも机に叩きつけそうになっている。

 

「あぁそうやな、ラモーヌもえぇ歳やったかもしれん! やけど、やけども……っ!」

「っ、テキ」

「まだ連れて行くんは早すぎるやろうが……っ!」

 

 しかし、その拳が振り下ろされることはなく。

 どうしようもない現実に、諦める他ないことを突きつけられ。

 力なく、机に置かれた。

 

 あまりにも無情な現実。

 生みの親に続いて、育ての親も亡くしてしまった。

 兄弟はいない。メジロコナンが遺した仔はシャーロックのみ。

 シャーロックの孤独は、さらに深くなってしまった。

 

 同じ境遇の馬は、他に探せばいるかもしれない。

 別に、メジロシャーロックだけではないのかもしれない。

 

 だとしても、やるせなさを覚えるのが人だ。

 

「ホンマのホンマに……シャーロックが、可哀想やんか……」

 

 康夫の力ない呟きに、声にこそ出さないが俊之も同じ気持ちを抱いていた。

 

 涙を浮かべる康夫。

 ただ、悲しんでばかりはいられない。

 やれることを、やらないといけない。

 

「……俊之。ラモーヌの死は絶対に口にしたらアカン。周りのスタッフにもよう言い聞かせとけ」

「当然です。テキの口からも」

「俺からも周知させとくわ。他の調教師にもお願いして、徹底的に隠す」

 

 特に、メジロシャーロックに知られるわけにはいかないと。

 絶対に隠すべきだと、そう考えていた。

 

「シャーロックは賢い。やから絶対、ラモーヌの死を知ったら悲しむ」

「ストレスで悪い影響が出る。そうならないためにも、隠さなければいけない」

「その通りや。レース前やとか、そんなこと関係あらへん。これ以上シャーロックが気負い過ぎひんよう、最善を尽くすべきや」

 

 賢いからこそ理解してしまう。

 ラモーヌの訃報を聞いて、ストレスを抱えて。

 また、春天の時のようになるかもしれない。

 そう考えたら、隠すことが最善だと判断した。

 

「とにかく、今すぐにでも共有するで。場所にも気をつけるんや。どこでシャーロックが聞いとるか分からんからな」

「勿論。テキこそ気をつけてください。やらかすとしたらテキの方です」

「じゃかあしいわアホ! やらかすかい!」

 

 俊之のからかいに少しだけ気を楽にしつつも、早めの周知を心掛けた。

 

 幸いにも、他の調教師達も協力してくれた。

 メジロラモーヌのことは、調教の際には口外しないと。

 できる限り話題にしないと、そう約束してくれた。

 

 また、調教師から騎手にも伝えられる。

 絶対に口にしてはいけない、と。

 騎手側も了承。全面的に協力してくれた。

 おかげで京都大賞典を目前に控えた今日も、メジロシャーロックはいつも通りの状態をキープしている。

 

「協力的で助かるわ、ホンマに」

「調教でお世話になっているから、ですか。ありがたい限りです」

 

 繋がりに感謝する2人だった。

 

 

 ……だが所詮。それはトレセン、ひいては調教師や騎手、競馬に携わる人間での約束事。

 

「頑張れよシャーロックー! 天国でメジロラモーヌが見守っているぞー!」

「あ」

 

 京都大賞典当日。

 人間からの、ファンからの声援は。

 止めようがなかった。




やるかやらないかで言われたらまぁ絶対やる人はいる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

星旗牝系の夢(作者:久保田紅葉)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

もしもゴールドシップに全姉がいたら……というロマンとかいうのを詰め込んだ怪文書


総合評価:754/評価:7.82/連載:11話/更新日時:2026年07月20日(月) 21:13 小説情報

覇王伝説第二章(作者:ノワールキャット)(オリジナル現代/スポーツ)

20世紀末。▼8戦8勝の年間無敗、史上最多の年間GI5勝。▼2000年に降臨した絶対王者、世紀末覇王と称されたとある馬の後継者。▼これは、かつての相棒と駆ける覇王伝説の第2章である。▼─────▼ある騎手が引退することなので、書いてみました。▼執筆者はにわかな部分が多いです。かなり優遇していますので、史実改変が嫌という方はここでブラウザバックしよう。▼初めて…


総合評価:3464/評価:8.97/連載:40話/更新日時:2026年08月13日(木) 12:00 小説情報

ステイゴールドになったけど(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

気づいたらステイゴールド。▼っても、既にいろんなステゴの記憶がある彼女。その中に一人、おっさんが混じってもまぁそれはステゴ。▼19話からは蛇足編です。おっさんステゴの旅路をご覧になりたい方は、是非。


総合評価:2197/評価:8.51/完結:48話/更新日時:2026年06月29日(月) 21:00 小説情報

競馬ミリしらウマ娘ファンがウマ娘化されていないモブ(?)ウマ娘に転生したので、頑張って百合ハーレムを作ろうとする話(作者:雅媛)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

 ウマ娘に転生したから百合ハーレムを築きたい競馬ミリしら民のお話。▼ なお、名前はディープインパクトという。


総合評価:2347/評価:7.84/連載:20話/更新日時:2026年04月04日(土) 11:39 小説情報

癒しのヘッドスパ(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ウマ娘のトレーナーが、ヘッドスパの才能があった世界線です。▼ウマ娘の耳周りとかすんげぇ凝ってると思うんですよね。ええ。▼※2026/04/15、連載に変更しております。▼※2026/05/06、完結いたしました。ご覧いただき感謝感激。


総合評価:3780/評価:8.49/完結:32話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>