メジロシャーロックの新馬戦が終わった翌日は凄かった。
「ついにメジロマックイーンから大物が出たぞ!」
「メジロって、メジロブライト以降あんまパッとしなかったけど、これはすげぇのが出たな!」
「メジロシャーロック……これはクラシック狙えるぞ!」
競馬ファンの間では、阪神競馬場で開催された2歳新馬戦の話題で持ち切り。誰もが興奮気味に、鼻息荒く勝ち馬の名前を口にする。
今までパッとしない印象だったメジロマックイーンの産駒。重賞を制した馬はいるが、海外種牡馬と比べると見劣りしてしまう。
種付け頭数はそれなりだが、通算成績を考えると微妙。活躍馬が出ないまま、種牡馬生活を終える可能性があった。
かつて一世を風靡したターフの名優の血は、ここで途切れてしまうかもしれない。そんな未来さえも浮かんでいた。
そこに現れたのがメジロシャーロック。新馬戦を大差で圧勝した、葦毛の競走馬。
最初から最後まで逃げ続け、後続を突き放す圧倒っぷり。
さらには走行フォームも母父であるオグリキャップにそっくりであり、話題にならない方が難しい勝ち方を収めた。
こんなのもう話題にするしかない。
【名優】メジロマックイーンの産駒から、ついに大物になるかもしれない牡馬が出てきた。
その牡馬は、新馬戦をメジロラモーヌのように大差勝ちした。
それも、走行フォームがオグリキャップのような超前傾姿勢だった。
さらには、近年低迷傾向にあるメジロのオーナーブリーダー、喜多野裕二所有の馬だった。
1つだけでも凄いことなのに、3つも4つも凄いことが重なれば話題を独占するに決まっている。
おまけに騎手を務めた岳寛の言葉だ。
「とにかく凄い馬です。今日はちょっと掛かっちゃってたけど、賢いから次は修正してくれます」
「つまり、まだまだ先があると?」
「はい。今後もっと伸びますよ、メジロシャーロックは。覚えておいて絶対に損はさせません。期待に応えてくれると思います」
中央競馬の第一線で活躍する騎手のお墨付き。以降も絶対に活躍してくれると、断言し切るほどの素質馬。
これは岳だけではなく、調教師の生江康夫も、馬主の喜多野も似たような言葉を残していた。
「まだ新馬戦勝っただけですけど、これは覚えておいて損はさせませんよ。間違いなく、今後の日本競馬を牽引してくれる馬ですわ」
「メジロマックイーン二世になれる、と生江調教師はよく言ってましたね。その言葉が嘘じゃなくなるな、と思っています。下手したら超えちゃうかもしれませんね」
口から出てくるわ出てくるわのビッグマウス。賞賛しかしていない。
果たして、これで今後活躍できなかったらどうするのか? レベルのことを口にしている。
もっとも、マスコミにはそんなこと関係ない。話題になることならバンバン取り上げるのが彼らだ。
「近年は低迷気味だからな。ついにスターホースが現れたかもしれんぞ!」
「メジロ牧場の低迷を救う救世主になるか? 新馬戦大差勝ちのメジロシャーロック! 見出しはこれで決まりだ!」
「いや~、この血統で勝ち上がる時点で話題になること間違いなしだろ。今後も活躍してくれよ」
牧場側にアポを取り付け、取材を申し込もうとしている記者もいるほど。
有名になりそうな馬にいち早く取り入るため。魚と情報のネタは早いうちに。
【阪神新馬戦で伝説誕生!大差勝ちのメジロシャーロック!】
【ついに現れた大物産駒!圧倒的な強さを発揮してメジロシャーロック圧勝!】
【オグリキャップの再来!走行フォームがうり二つの葦毛馬!】
まだ新馬戦を勝ったばかりだというのに、えらい盛り上がりようだった。
近年は競馬業界の売り上げが低迷気味なのもあって、仕方ないのかもしれないが。
話題沸騰中のメジロシャーロック。彼は今何をしているのか。
レース明けということで放牧に出され、つい先日厩舎に戻ってきた。
馬房でのんびりしている、ように見えるが。
『あ~、やっべ。大差勝ちは嬉しいけど大分やらかしてんな本当。でもな~、話題になる勝ち方しちゃったな~!』
大分愉快な思考をしていたのであった。
◇
新馬戦を終えた俺は、少しの休息を取った後栗東へ。
またトレーニング漬けの日々が始まることだろう。
正直そんな疲れてないし、すぐにでも再開はできる。
とはいえ、だ。新馬戦を勝ち上がったのはやっぱ嬉しいな。
(ゲームとかだとポンポン勝てる印象があるけど、本来新馬戦を勝つだけでも凄いからな。それが中央、日本競馬のトップともなれば価値は倍だ)
ひとまずホっとした。何をするにしても、新馬戦を抜けなきゃ何も始まらない。
目標云々抜きにしても、早めに勝ち上がっておいて損はない。レースの選択肢が増えるからだ。
今頃喜多野さん達は、俺の次走を話し合っている頃だろう。
(条件戦か、重賞挑戦か。どっちにしても勝たなきゃな)
目標に向かって大きな一歩を踏み出せた。そう実感できる。
だが、今回は反省点が多いのも事実だ。
(レース始まった瞬間頭真っ白になって逃げて。勝ったからいいものの、負けたらいい笑いもんだったぞアレ!)
俺がやってたことはがむしゃらに逃げてただけだ。作戦もへったくれもない、能力に任せた逃げ。
率直に言ってダメダメだ。今後のことを考えたら、間違いなくマイナスにしか働かない。
(あ~あ、次はちゃんと気を付けて走らんとな。メジロ再興のためにも勝たなきゃいかんし、冷静になって走らんと)
てか岳さんもよう俺を抑えなかったわ。なんであのまま行かせようとしたのか不思議で仕方ない。
何かあるのかね? 俺は岳さんじゃないから、考えなんて分からないけど。
次走以降はしっかり考えて走らないとな。反省しなければ。
「シャロ~。今日のご飯を持ってきたぞー」
お、リョーマだ。飼葉を抱えての登場だ。
ちなみにリョーマ。俺が勝ったのでニコニコ笑顔のご機嫌である。
もう数日経ったんだから、いい加減戻ってもいいものなのに。
「やっぱ凄いな~シャロは。お前の勝ち方、世間でもかなり話題になってるぞ」
え、マジで? 俺話題になってるの?
って、当たり前か。新馬戦大差勝ちなんて話題になって当然だわ。
しかもそれがメジロの馬だぞ。どこもかしこも取り上げるわ。
(……冷静に考えて、話題にならない要素の方がないな)
「どこの新聞も、お前のことで話題が持ちきりでな。お前が話題になってて俺も嬉しくてな~!」
リョーマに撫でられる。それはもうわしゃわしゃと。
ここまで続くニコニコ笑顔。裏表なんてない、心の底から喜んでいる。
「それに、ちゃんと無事に帰ってきてくれたからな。次も頑張って、無事に帰ってきてくれよ!」
勝ったからだけじゃない。俺が無事に帰ってきて、俺の活躍が嬉しくて堪らない。
こんなに喜んでくれるなんてね。嬉しいじゃねぇかリョーマ。
「餌も奮発してやるからな! ほら、たくさん食べるんだぞ!」
でも餌の量は抑えてくれリョーマ。絞るの大変なんだから。食べるけどさ。
俺の新馬戦は終わった。
終わったらどうなる?
「シャーロックの次走が決まったで寛君。新潟2歳ステークスや」
「次は新潟、ですか」
「せや。いろんな競馬場で試したい、っちゅうことらしい。ゆくゆくは朝日杯の出走も考えるっちゅうことでまとまったわ」
次走だ。俺の次走は、どうやら重賞になったらしい。
新潟2歳ステークスか。名前の通り、新潟競馬場で開催されるレースだな。
(確か、9月開催だったか。大体2か月後か)
腕が鳴るぜ。次もしっかりと勝たないとだからな。
これで負けでもしてみろ。負けたら、負けたら……。
(普通に話題になりそうな気がするな。あんま心配はいらなさそうだ)
負けたところで取り上げられない、なんてことにはならなそう。
リョーマ曰く、他のどんなレースよりも俺の新馬戦が注目されてたらしいし。
連敗ならともかく、1回負けたぐらいで見放される、なんてことはないだろう。多分。
それでも勝ちに行く。無敗の三冠もそうだし、出来るだけ強いって印象をつけられたいしな。
というわけで、勝つためにトレーニングだ。
いつもと同じでタイドと一緒、かと思ったんだが。
「今日はちょっと別の馬とやろう思うてな。ブラックタイドはお休みや」
「あれ、そうなんですか?」
「あぁ。さすがにブラックタイドだけやとキツそうでな。そもそも、他の2歳馬と比べても異常やし」
タイドじゃないらしい。
理由は他の馬とも併せられるようになっておく、とのこと。別にネガティブな理由じゃないな。
てか待ってくれ。俺はすでに2歳馬の範疇に収まらないのか? んなことある?
「量が異常やし、かといって抑えるわけにはいかんし。こうなったら思い切って、3歳馬とトレーニングさせよ思うてるわ」
なにさらっと3歳馬とトレーニングさせようとしてんだ。
もうちょっと様子見ようと思ってくださいお願いします。
嫌じゃない、嫌じゃないけどさ。絶対に量多くなるじゃん。今までよりヤバいじゃん。
もっとも、抗議しようにも言葉が通じないためどうにもならず。
「その方がいいと思います、テキ。目星はつけてあるんですか?」
「世戸口さんとこの3歳馬と併せる予定や。早速今日からやな」
「向こうも待っていると思いますし、移動しましょうか」
決定は覆らなかった。てか、康夫さんどころか俊之さんも岳さんも乗り気である。
まさしく四面楚歌。俺の味方は誰もいない。悲しいね。
もう3歳馬と併せか……そっかぁ。
(強くなった、とプラスに考えよう。うん)
実際どこまでのレベルなのやら。俺は耐えられるのか。
なお道中。康夫さん達は機嫌良さそうに俺のことを話していた。
「いや~、新馬戦大差勝ちするなんてな~。しかも逃げてあれだけの差やで? こら、来年のクラシックの主役間違いナシやな!」
「気が早いですよテキ。そうなったら嬉しいですけど、ケガなく走らせることが俺達の使命です」
「分かっとる分かっとる。お前も、もうちょいシャーロックのこと褒めたれ!」
「どこかの誰かが緩んでいるから、俺が締めないとダメでしょうが」
なんだこの人。俺のこと本当に大好きだな。
ベタ惚れじゃん。恋人というか、運命の相手みたいに褒めちぎるじゃん。
ここまでくるといっそ怖いわ。
「やっぱり嬉しいですよね、康夫さん。メジロマックイーンの子なのも大きいですか?」
「そうや、寛君! 俺にとって転機とも言える馬やったからなぁ。そんな馬の大物になりえる子、嬉しくてしゃあないわ!」
「はぁ……とにかく、調教はしっかりと頼みますよ、テキ」
「分ーかっとる、分かっとる!」
ちょっとした不安を抱えたままトレーニングへ。無事に済むといいなぁ。
◇
結論。無事だった。
「あの、康夫さん。メジロシャーロックは本当に2歳馬ですか?」
「合っとるで。どうや? ごっついやろ~」
「3歳馬のトレーニングについていけるのは、これまた」
正確には超キツいけど、なんとかこなせるだけの量ではあった。
なんて言えばいいんだろう。体力枯渇寸前みたいな? そんな状態だけどちゃんとトレーニング出来てる、みたいな。
この結果には、向こうの調教師である世戸口さんもびっくりしたみたいで。口をあんぐり開けて固まっていた。
「いや、いや……これ、同じ世代の子が可哀想になるレベルですね。2歳の7月でこれですよ? この先も成長するって考えたら」
「ま~どえらい馬になるわな。ちゅうても、鍛えるべき時に鍛えておかんと。ケガでもしたら洒落にならんし」
「後はレースのことも教えないとですね。新馬戦は大差勝ちしましたけど、良い内容とは言えませんでしたし」
「いや~……岳さんがレースのこと教えるってなったら、将来手がつけられない馬になりそうですね」
ついでに俺のことメッチャ評価してくれていた。目に怯えが混じっていた気がするのは無視しよう。
「本当にどこまで成長するんでしょうね、メジロシャーロックは」
「当然、天皇賞を連覇してくれる馬になるわ! もしかしたら、マックイーンが出来んかった三連覇もしてくれるかもしれんし!」
「全くテキは……すみません世戸口さん。康夫調教師はシャーロックをいたく気に入ってまして」
「栗東どころか美浦でも有名だからね。特に気にしてないよ」
どうやら、康夫さんが俺に惚れ込んでいる話は全国規模で有名らしい。知りたくなかったわそんなこと。
つか三連覇ってそれは言い過ぎだろ。どんだけ俺に期待込めてるんだよ。嫌いじゃないけど。
「次も、シャーロックは凄いレースをしてくれますよ。僕がそうさせますから」
「寛君もか。君まで言うほどだし、今後はメジロシャーロックには気をつけないといけないな?」
「えぇ。十分に気を付けてください?」
「ははは! 惚れ込んでるねぇ」
岳さんも何言ってんだよ。世戸口さんは笑って受け流してるけど、まさか本気じゃねぇよな?
なんだ? メジロラモーヌみたいに、俺も魔性の葦毛とでも名乗るか? 人を狂わす魔性の葦毛、ってか。
……ないな。
「本日はホンマありがとうございました! また機会があれば、よろしくお願いします!」
「えぇ、こちらこそ。メジロシャーロックほどの馬となれば、こちらから伺いたいほどですから」
「ありがとうございました、世戸口さん。シャーロック、帰ろうか」
調教が終わったので解散。それにしても、この溺愛っぷりはどうにかならんものか。嬉しいけどさ。
陣営からめっちゃ愛されてるシャーロック君、不安になる。