メジロシャーロック様はメジロの寵児と呼ばれ、大切に育てられてきました。
特に可愛がっていたのはラモーヌ様ですね。あの方がシャーロック様に向ける眼差しは慈愛に溢れ、親子のようだ、と揶揄されるほどです。
妹であるアルダン様も、少しばかり嫉妬の感情を向けてしまったのだとか。もう過去のことではありますが。
シャーロック様は幼い頃から頭脳明晰、運動神経抜群。まさしく文武両道の鑑であったと評判です。
レースのイロハはメジロ家お抱えの講師が教えていたのですが、一日の内に吸収し切ったとか。
あぁ、勿論噂程度のことですよ? 実際にどうだったのかは分かりません。
ですが……講師の方々にこのことを聞くと、皆黙ってしまいます。その反応から、大体のことは察せられますね。
また、シャーロック様は誰であろうと慈愛を向けます。
我々の疑問に少しも気を悪くすることなく答え、教え、導く。
指導力もまた素晴らしい。シャーロック様に指導された子は、みるみるうちに成績が向上すると評判ですから。
慈愛に溢れ、微笑で万人を魅了する。優しく、迷える子羊を一切躊躇することなく教え導く。
故に、シャーロック様を慕う方は多い。無論、僕もその一人です。
ただ、そんなシャーロック様でも皆が気になっていることがあります。
それが、ロック様と呼ばれる人物です……あぁ、やはりご存じでしたか。
何故分かるか、ですか? 簡単なことです。シャーロック様……ここではシャロ様のことですね。シャロ様が口にすると思いましたので。
実のところ、ロック様のことについては我々にもよく分からないのです。
シャロ様曰く。
「僕はレースの全てをロックから学びました。ロックのレースは、素晴らしいの一言に尽きます」
「ロックのレースは本当に凄いんです! 皆様も、映像を見ればすぐに理解できます!」
「ロックの描くレースはまさしく芸術! 見る人全てを魅了して、惹きつけてやみません!」
「いずれは僕も、ロックのようなレースを! 人々を感動させることができる芸術を! レースで作り出したいんです!」
とのことらしいです。
事実、ロック様のレースは素晴らしい。見物したことはありますか?
……成程、人からの伝聞程度、と。なら、後で映像をお貸ししましょう。ラモーヌ様達相手に振るったものがありますので。
僕は見たことがあるのか? 勿論、ありますよ。メジロ家のウマ娘ならば、必ず一度は観ますから。
理由? それほど素晴らしいものだからです。あのようなレースの形があるとは、我々には想像できませんでしたから。
っと、この話は貴方の聞きたいことには関係がありませんね。
失礼、話を戻しましょうか。
我々メジロ家も、ロック様のことについてはよく分かっておりません。
シャロ様は彼女のことを姉と慕っている、と聞いていますが。真相は闇の中。
どのような存在であり、またどのような目的があるのか。その全ては謎に包まれております。
ただ、シャロ様が認知していて。シャロ様が最大級の信頼を置く相手。
ならば、こちらから敵対する理由がない。シャロ様が信頼を置くのならば大丈夫。それが我々の共通認識です。
後は害意や敵意もありません。なので、我々はそういうものだと認知しております。近しいもので例えるならば、マンハッタンカフェ様のお友だち、でしょうか。
それに、ロック様について下手なことを言おうものならば、シャロ様は烈火のごとく怒り狂いますから。
それほどまでに大切な存在なのです。シャロ様にとって、ロック様は。
おっと、また話がそれてしまいましたね。申し訳ありません。
それで貴方が……
「ドリームジャーニー様がお聞きしたいことは、ロック様とステイゴールド様の関係について、ですね?」
「はい、シンフォニーさん。ロックと呼ばれる人物とアネゴの接点……そちらについてお聞きしたく、貴方にお尋ねしに来ました」
「でしたら、申し訳ありません。貴方の望みは叶わない。なぜならば、我々にも分からないから、です」
「……そうですか」
望む答えは得られず、ですか。上手くいかないものですね。
空き教室。机を挟んで対面に座るのは、鹿毛の髪を長く伸ばした、一目見て清楚、という印象を抱くウマ娘。
伸ばした前髪で右目を隠しつつも、凛とした視線をこちらに送っている。
彼女はメジロシンフォニー。メジロ家のウマ娘で、私の友人です。
そんな彼女を捕まえて、あることを聞こうとしました。大事な、とても気になることを。
それが、アネゴのことです。シャーロックさんとアネゴの関係について。最初に語っていた、シャーロックさんについて、はついでですね。なんとなく気になったのと、友人なので他愛のない雑談で盛り上がりたかった。それだけです。
「ステイゴールド様が度々メジロ家を訪れていることは存じ上げております。そして、ロック様にお会いしていることも。これについては、ドリームジャーニー様もご存じの情報です」
「えぇ、すぐに集まりました。目撃情報が大変多かったですから……けれども、彼女らが会う理由が、私には分かりません。ですから」
「僕を訪ねてきた。僕を訪ねてきたのは、僕がシャーロック様に最も精通しているから、ですか?」
「いえいえ、貴方が私にとって、かけがえのないご友人だからですよ。一番聞きやすかった相手ですから」
「光栄です……何故だか、貴方の妹様には嫌われておりますが」
ロックさんとアネゴには、どういう接点や関わりがあるのか。
そのことを聞くために、シンフォニーさんを呼び止めました。
「オルにも悪気があるわけではありません。そのことはどうか、ご容赦いただけると」
「別に気にしてはいませんので、大丈夫ですよ。ただ、次の併走では負けない……そうお伝えください」
「分かりました。では、そのようにオルにお伝えしますね」
ただ、いけませんね。
気になることはありますが、それはそれとして話を横道に逸らしてしまいます。
彼女との歓談は、とても安らぐものですから。
よし、この程度にしておきましょう。
本題に入らなければ……さもなくば、もう一人のウマ娘が癇癪を起こしてしまいますので。
「ねーシンフォニー! まーだー!?」
シンフォニーさんの名前を不機嫌そうに呼ぶウマ娘。
スイープさんのような帽子を被り、気の強そうな、キツそうな印象を抱かせるショートカットのウマ娘。
「セレナーデ。僕はドリームジャーニー様との話があるから、先に行っておいてくださいと申したでしょう? わざわざ待たなくても」
「いいじゃない、暇だったんだから。それに、シンフォニーがいないとどうせ始まらないじゃないの」
「先にプレリュードも、フェルマータもいるでしょう? 一人ではありませんよ」
「バカとアホじゃない! 相手する方が疲れるわよ!」
メジロセレナーデ。彼女もまた、メジロ家のウマ娘。
そして、シャーロックさんを慕うウマ娘の一人。
(シンフォニーさんもシャーロックさんを慕っている……先程の話は、嘘ではないのでしょう)
おそらくですが、シャーロックさんを慕わないウマ娘はいない。
そう思わせるくらいには、あの方はメジロ家の方々に好かれている。
おっと、これは本題には関係ありませんね。
「セレナーデさんもお待たせしているようですし、手短に済ませましょうか。シンフォニーさん、アネゴとロックさんの接点についてなにかご存じのことはありますか?」
「……」
「どんな些細なことでも構いません。本当に、小さなことでも構わないのです。聞いてくださったのでしょう? わざわざ」
「それは、そうですが……相変わらず、貴方には隠し事ができませんね」
「お互い様です。私も、貴方には隠し事ができませんので」
こちらの質問はたった一つ。アネゴとロックさんの接点です。
どうしてアネゴはロックさんのことを気にかけているのか? どうして特別視しているのか?
その理由を教えてもらうために、この場を設けた。
結果は……シンフォニーさんが首を横に振ったことで、察しました。
「申し訳ありません。大変心苦しいのですが、シャロ様はお教えくださいませんでした……というよりも、シャロ様もご存じないみたいなのです」
「……シャロさんも?」
「はい。どうも、よく会っていることすら知らないようでして。一応、ステイゴールド様にもお聞きしたのですが」
言いにくそうな表情と一緒に、シンフォニーさんは。
「余計な詮索は止めた方がいい。その一言だけ告げて、何も教えてくださりませんでした」
「……ありがとうございます、シンフォニーさん。わざわざアネゴにも聞いてくださり」
「いえ、友人の力にはなりたいですから」
力になれなかったことを、私に詫びました。
気にする必要はないというのに、律儀な方だ。
それにしても、アネゴ。
(私の時と同じ答え。余程、アネゴにとって答えたくないことなんですね)
アネゴとロックの接点。それは、アネゴにとって触れられたくない禁忌。
一体、どんな会話をしているのか? どのような事情があるのか?
疑問は尽きない。何故、どうしてが溢れる。
けれども、それらを確かめる術は存在しない。
(ロックさんとアネゴがどこで会うのかは、私には分からない。唯一、分かる人がいるみたいですが)
「アネゴのトレーナーさんも、教えてくださりませんからね。本当に、あの2人はどんな会話をしているのか」
「……分かりません。ロック様は、多くを語らない方ですから」
真相は全て闇の中、ですか。
さて、と。
「セレナーデさんもお待ちしているようですし、この辺にしましょうか。申し訳ありませんでした、セレナーデさん。シンフォニーさんを長い間引き止めてしまい」
謝罪の意を込めて頭を下げますが、セレナーデさんは。
「別にいいわよ。暇だったのは確かだけど、中々面白い話をしてたみたいだから」
少しも怒っていませんでした。
先程の癇癪を起こしていた姿からは想像もできない、こちらに理解を示しているような、そんな表情。
「それにしても、シャーロック様ね~。確かに謎が多いわよね、ロック様のこととか」
「そうですね、セレナーデ。シャロ様はともかくとして、ロック様の方は」
「えぇ。ロック様はいっちばん謎が多いわ。アタシのセンサーがビンビンしているもの!」
帽子から突き出たアホ毛が何かに反応していますね。どういう機能なのでしょうか?
それからセレナーデさんとシンフォニーさんは部屋を退出しました。
「それでは、僕はこの辺りで。ラインクラフト様をお待たせしていますし、すぐにでも向かわなければなりません」
「その辺は大丈夫じゃないかしら? クラフトさんのことだから、きっとパンドラさんと日向ぼっこしてるわよ」
「ふふ、そうかもしれませんね。ですが、どの道急がなければなりません……ドリームジャーニー様。重ねて、申し訳ありませんでした。お力になれず」
「いいえ、構いません。十分すぎるほどお力をいただきました。大切なクラフトさんとのお茶会、楽しんできてください」
「……はい」
退出する時のシンフォニーさんは、とても嬉しそうにはにかんでいて。
それだけで、シンフォニーさんにとってクラフトさんが大切な方、というのが分かります。
(私にとってのアネゴ、セレナーデさんにとってのスイープさん、なのでしょうね)
とても微笑ましいものが見れました。
さて、と。
「アネゴがそこまでして隠したい真実……それを白日の下に晒すというのは、あまりにも無粋、ですか」
調査は打ち切りとしましょうか。
確かに気にはなりますが、ここまで語らないのです。
ならば、それ相応の理由がある。アネゴにとって、譲れない一線なのかもしれません。
それを超えた場合……アネゴの逆鱗に触れる可能性がある。
(なら、現状維持で構いません。元々、好奇心のようなものですから)
「それにしても気になりますね。どうしてアネゴは、シャーロックさんを……ロックさんを気にしているのか?」
アネゴが気にしているのはメジロシャーロック個人ではありません。
メジロシャーロックさんの人格、ロックさんの方を気にかけています。
その理由は、分からずじまい。
「……まぁいいでしょう。今はとにかく、オルとノクターンさんを迎えに行かなくては」
真相は闇の中、です。
◇
「知ってるか? 最近、私らの関係を嗅ぎまわっているやつがいるらしい」
「んだそりゃ。俺らの関係なんか知ったところで何がしたいんだよ?」
「さぁな~。でも、ジャーニーとシンフォニーが気にしていた。よりにもよってあの2人が、な」
いつも通りのこと。ヴァイオリンを弾いていたらステゴが現れて。ステゴがハーモニカを演奏して、いつものデュオを奏でていた。
そのデュオは今しがた終わって。他愛もない雑談をしているのだが。
振られた話題がまさかの俺らの関係である。なんだそれは。
しかし、よりにもよってジャーニーとシンフォニーか……大分アレな組み合わせだ。
「特に情報に精通している2人じゃねぇか。大丈夫なのか?」
メジロシンフォニー。メジロ家のウマ娘の一人で、まとめ役になることが多い子だ。
ジャーニーと仲が良く、2人して情報を集めていることが多い。ついでだが俺、というかシャロのことを慕っている。
これがかなり厄介だ。ジャーニーとシンフォニーの2人にかかれば、大抵のことは明るみになるからな。
まぁ、俺とステゴの関係なんて隠すようなこと別にないけど。
「その辺は心配しなくていいさ。シンフォニーを通して、ジャーニーにも釘を刺した。深入りしない方がいいってな」
「あ、そうなん? まぁお前がそれでいいならいいけどよ」
なお、ステゴは隠すと決めたらしい。なんでかは知らん。
「私とあんたの関係は秘密の方がいいだろ? 誰にも知られてはいけない秘密……ワクワクするじゃないか」
「別に隠すことねぇだろ。一部を除いて」
「なんだノリ悪いな。まー確かに、一部を除いて隠すことはないな。その一部がかなり大きいわけだが」
隠すと決めたのであれば、それはそれでいい。
別に問題があるわけじゃない。ステゴから言われたら、ジャーニーも大人しく退くだろう。
これで一件落着だな。問題起きてすらいねぇけど。
それで、いつものごとくステゴとの会話を楽しんでいるのだが。
「そういやさ、あんたはなんて呼ばれてたんだ?」
唐突に変なことを言われた。
「……なにが? 普通にシャーロックって呼ばれてたけど」
逆にそれ以外で呼ばれることあるか? 俺の名前。
しかし、聞きたいことは違ったようで。
俺の言葉にステゴは首を横に振った。
「あー悪い。そういうことじゃない。ほら、ルドルフの皇帝とか、ブライアンの怪物とか。そういうのだよ」
「あぁそういうこと。二つ名的な何かね」
「そういうこと」
どうやら聞きたかったのは、二つ名的なものらしい。
ステゴで言うグリマルキンキラーとか。これ二つ名なのか? まぁ二つ名だろ。黄金旅程があまりにも有名すぎるけど。
二つ名、ね。
「あんたほどの強さなら、いくらでもありそうなもんだ。だから気になったんだ。あんたがなんて呼ばれていたのか」
「ま~いろいろ呼ばれてたぞ。それこそメジロの寵児なんかもそうだし」
「アレって二つ名だったんだな。で? その中で特に有名なのは?」
興味津々のステゴ。小さい体を乗り出して、俺の方へと寄ってくる。
ステゴは142cm、俺は172cm。実に30cm差である。娘と父親だろもう。今の俺女だけど。
特に有名だった二つ名、ねぇ。
「……PQoG、とはよく呼ばれていたな」
「PQoG? なんだそりゃ」
「後は神に愛された……いや、こっちだとこうだな」
2つある。俺がよく呼ばれていた通称は。
「神に愛されたウマ娘、って呼ばれていたよ。いろいろと持っていた俺は、よくそう呼ばれていた」
「なるほどなぁ。ま、確かにあんたはいろいろと持ってるな。才能とか、身長とか」
「フハハ。そうだろうそうだろう」
その2つだ。
なんか懐かしいわ、うん。
懐かしすぎて……反吐が出る。
「ちなみにPQoGはなんなんだ? 教えてくれよ」
「ではここで問題。果たしてPQoGとはどのような意味でしょ~か!」
「うわっ、ここで問題かよ! 景品は?」
「最近面白い旅スポットを見つけたんだ。そこ行こうぜ」
「乗った。さてさて、どんな意味かな~?」
ま、楽しい思い出もあったんだ。
「もしかして……か?」
「お、ピンポンピンポ~ン! だいせいか~い! ちなみになんで分かった?」
「お~、あてずっぽうでも当たるもんだな」
「あてずっぽうかよ! それで当てるのも大概すげぇなお前」
今は、それでいい。
メジロシンフォニー 長い鹿毛の前髪で右目を隠したメカクレ系ウマ娘。身長は160前半のロングヘアー。アルダンみを感じるお清楚。オルフェーヴルからはライバル視されており、シンフォニーもまたオルフェをライバルとして見ている。当然、ウインバリアシオンも良きライバルとして接している。ラインクラフトと仲が良い。ハーフパンツ。
メジロセレナーデ 鹿毛のショートヘアでスイープトウショウのような帽子を被っている150後半のウマ娘。つり目でぱっと見は性格がキツそうな感じだが、実際は融通が利くタイプ。話せば分かってくれるし、普通に話が通じる。なお、アホ毛が帽子を貫通している上に感情の機微で動く。原理は不明。ハーフパンツ。
メジロセレナーデのお名前はSimca V様からアイディアを頂きました! 本当にありがとうございます!