親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

76 / 105
香港ヴァーズですわ~。F4がウマ娘化して狂喜乱舞しております。ついでに追込人権が来たので救われましたオルフェに使います。


決戦、香港ヴァーズ

 どんどん近づく香港国際競走。

 俺が出走する香港ヴァーズにも、錚々たるメンツが揃っているようで。

 

「特に注目が集まっとるんはシャーロック……は抜きにしてや。イギリスのウィジャボードが来るらしいで」

「英オークスと愛オークスの覇者、昨年のブリーダーズカップでも1着を取って、カルティエ賞年度代表馬にも選出されましたね……それにしても、ジャパンカップから中1週で来るとは」

「タフな馬やのう。最優先で警戒するんはウィジャボードやな。人気の上ではウェスターナーやけど、怖いんはウィジャボードの方や」

「ウェスターナーはステイヤーですからね。距離が長い方が強いですけど、2400はどうか、ってところですか」

 

 イギリスにおけるJRA賞みたいな奴、カルティエ賞の年度代表馬が来るらしい。

 向こうの年度代表馬ということは、それはもう強い馬に違いない。

 

 あ、カルティエ賞で思い出した。

 そういえば俺、向こうの最優秀古馬に選出されたらしい。たった2回しか走ってないのに。

 

(その2回の勝利が印象的すぎたんだろうな~。わざわざ女王陛下が言及したぐらいだし)

 

 年度代表馬こそなれなかったが、最優秀古馬になれただけでも儲けもの。

 なんならほぼ満場一致だったらしい。異論はなしだったとか。そこまでだとさすがに怖いわ。

 

 それはまぁいいか。

 とにかく、強い相手が欧州からくる。それがちょっと嬉しかったりする。

 

(強い相手がいると燃え上がるからな。これも馬の本能的な奴なのかね?)

 

 どこぞの戦闘民族みたいな思考だが、嬉しいものは仕方がない。

 香港ヴァーズもまた、凄いレースになる。そんな予感を感じていた。

 

 後はアレだな。香港での馬名だな。

 

(俺どういう感じの馬名になるんだろうな? メジロは入りそうな気がするけど)

 

 香港国際競走では、出走する馬にそれぞれ現地の漢字表記が付けられる。

 香港限定の馬名、みたいな奴だな。ここに例外はない。

 

 特に有名なのは、やっぱりステイゴールドだろう。アレは馬生も相まって、あまりにもかっこよすぎる。

 

(黄金旅程……これほどぴったりな馬名もねぇだろ! 俺もそんな感じの馬名希望!)

 

 黄金旅程は殿堂入りだ。カッコいいなんてもんじゃない。

 後有名なのは、キセキの神業とかロードカナロアの龍王とか。こっちもシンプル故にカッコいい。

 

 果たして俺にはどんな感じの名前が付けられるのか。

 

「せや、漢字表記での名前が決まったらしいで」

 

 なんて思っていたら、丁度良く康夫さんが話題に出した。

 

 いいじゃないか。どんな感じの名前が付けられたのか、超気になるぞ。

 

「スティルインラブは【永遠愛】やな。馬名から連想してやろ」

「今でも愛してる、ですからね。シンプルです」

「シックスセンスは【超予感】や。こっちも予想しやすいわな」

 

 ほうほう、スティルさんもセンスもそれっぽいのが付けられてるな。良さげだ。

 

 さて、俺の方は? 俺はどうなったんだ?

 

「それで、シャーロックはどうなったんですか?」

「シャーロックは~、【目白偵探】やな。こっちも連想しやすいんやないか?」

「シャーロック・ホームズ、ですからね。それっぽい名前です」

 

 ……うん。何も言うまい。

 

 

 

 

 

 

香港ヴァーズ

 

 

枠順馬名牡/牝人気

1ノーズダンサー牡58

2リーフスケイプ牡410

3スウィートストリーム牝54

4シャムダラ牝37

5サーターンセン511

6メジロシャーロック牡4
1

7ウィジャボード牝4
3

8ウェスターナー牡6
2

9サマンド牝513

10ウォーサン牡712

11シックスセンス牡39

12チェリーミックス牡46

13ベストギフトセン55

 

 

 

 

 

 

 香港のシャティン競馬場。

 世界中から集った強豪馬を前にして、観客は興奮に震えていた。

 

 いや、彼らの興味は一頭に集中している。

 

「あの葦毛の馬がっ! ついに、ついに来てくれたんだな!」

「メジロシャーロック……! 神々しいオーラが見えている!」

「頑張ってー! シャーロックー!」

 

 香港ヴァーズに出走する馬、メジロシャーロック。

 

 現在、世界を最も賑わせていると言っても過言ではない。

 17戦17勝。無敗にして最強の現役馬。

 クラシック三冠に加え、欧州の大レースを2つも制し、イギリスの女王陛下と日本の天皇陛下を魅了した葦毛の競走馬。

 

 そんな馬が、自分達の目の前にいるのだ。

 感動に打ち震えるのも仕方ない。光栄、なんてレベルではないのだから。

 

 香港の競馬ファンの心は一つ。

 

「招待を受けてくれてありがとう」

 

 である。

 

 

 香港ヴァーズの時間はすぐにやってきた。

 香港の、世界中の競馬ファンが待ち望んだ勝負が、気づけば来ていた。

 

《シャティン競馬場第3R、芝2400m香港ヴァーズの時間が来ました。芝の状態は堅良、走るのには問題がないコンディションです。また、今回最も注目されているレースと言ってもいいでしょう。その理由は一つ!》

 

 実況の声も興奮している。

 その馬が登場するだけで、歓声が沸き上がる。

 他の出走する馬の騎手の視線が、集中する。

 

《日本のトップジョッキー岳寛を背に、登場しましたメジロシャーロック! 17戦17勝、無敗街道を突き進む現役最強馬が香港にやってきました! 調整は問題なし、最高の状態で送り出せたと調教師は太鼓判。好走が期待できます!》

 

 メジロシャーロック。最も警戒すべき相手、最強へと視線が注がれていた。

 

 視線を受けて、何か変わるわけではない。

 メジロシャーロックも岳寛も、悠然と歩を進めるだけ。

 

「それじゃあシャーロック。今日も落ち着いていこう。焦らない君は、僕達は。無敵だ」

 

 そう語る岳に対し、シャーロックは一度鼻を鳴らして。

 

当然だろ

 

 そう言わんばかりに鳴いた。

 

 気合は十分、調子も問題なし。

 悟った他の騎手は。

 

「楽じゃない勝負になるな」

 

 覚悟を決めた。

 

 

 ゲート入りの時間が来る。

 一頭、また一頭とゲートに入り、勝負の幕が上がることを感じさせる。

 

《今最後に、ベストギフトがゲートに入りました。香港国際競走の一戦香港ヴァーズ、態勢が整いました》

 

 ヒリつく空気。静寂を切り裂いて──ゲートが開いた。

 

《態勢が整って今ッ、スタートしました! 香港ヴァーズが始まりました、揃って綺麗なスタート。ハナを取ろうと果敢に上がりますメジロシャーロック。葦毛の馬体が先頭へ向かっている。そうはさせないと外からチェリーミックス、そしてウォーサン。内からはウィジャボードだ。やはりマークする構えを見せている。メジロシャーロックにマークが集中しそうだ》

 

 出遅れはなし。香港ヴァーズが始まった。

 

 

 

 

 

 

 香港ヴァーズはやはりというか、メジロシャーロックが他馬からマークされる形で展開されている。

 ほぼ全ての馬からのマークを受け、やりにくくて仕方がないと思うような展開。

 

 しかし、マークが集中するのは仕方がない。

 なにせ現役無敗の怪物なのだ。レースで勝つためには、まずメジロシャーロックをどうにかしなければならない。

 他馬よりもなによりも、まず優先すべきはメジロシャーロック。そう認識しているからこそ、マークが集中する。

 

 事実、勝ち方を考えればメジロシャーロックをマークすることが最適解だと気付ける。

 逃げを選んでいるが、抜かれたことがほとんどない。

 先頭を一度奪えば、そこから抜かれることはないのだ。

 つまるところ、シャーロックさえ抜かせば何とかなる。そういうレース運びをすればいい。

 

 だからこそ、選ぶのは最後に抜き去るという作戦。

 道中はシャーロックのペースに合わせ、最後の直線かもしくは途中で追い抜かす。

 それこそが最適かつ勝つための最善。誰でも気づける答えだ。

 

 そして今回は、前走の秋天であることに気づいていた。

 

(今まで競り合いにならなかったから気づかなかった。メジロシャーロックは……競り合いでも強い!)

(本当に隙が無い強さをしている。ただ、競り合いに強いならば、そもそも競り合いに持ち込まなければいい!)

(意識外からの急襲、それこそが最善手!)

 

 騎手はメジロシャーロックの全レースを見直した。その結果、前走の秋天で気づかされた。

 逃げで走るメジロシャーロックは、競り合いでも鬼のように強いことを。

 最後の粘りが異次元レベル。抜かすことは容易ではない。

 

 研究の果てに、選んだのは一つの道。というより、この道しか残っていないともいえる。

 道中はシャーロックに着いていき、最後の最後は意識外から抜き去ること。

 勝つためにはこれしかないと、歴戦の騎手達は判断した。

 

 ……もっとも、その難易度はありえないほどに高いのだが。

 

《向こう正面を走ります各馬。先頭で走るのはウォーサンだ、ウォーサンが先頭で逃げている。その1馬身ほど後ろ、メジロシャーロックが後続を引き連れて走ります。真ん中を悠々と走るメジロシャーロック、外にチェリーミックス、内にウィジャボードがいますが、真ん中を悠々と進みます》

 

 まず、ステイヤーであるメジロシャーロックのペースで走ることが難しい。

 着いていくだけでもいっぱいなことが多く、勝ちを捨てでもしなければマークし続けることは不可能に近い。

 スピードの値も高く、スタミナも豊富。下手な馬では、マークすることすら叶わない。

 

 仮にマークできたとしても、今度はどうやって意識外から急襲するか? という問題が立ちはだかる。

 現在囲まれないために真ん中を走るシャーロック。少しでも妙な動きをすれば、すぐさま勘づくだろう。

 勘づかれたら、意識外からの急襲など夢のまた夢。実現不可能である。

 

 もし仮に、全ての条件をクリアしたとしよう。

 シャーロックのペースに着いていくことができて、なおかつ意識外から襲い掛かることに成功したとしよう。

 ……そこからどうやって、シャーロック以上のスピードを叩き出すか? それが最後の問題として出てくる。

 

《ウィジャボードの後ろにはシックスセンス、シックスセンスが様子を窺っている。長い隊列、シックスセンスと同じ位置にウェスターナーっ、ですがここでウェスターナーが動きます。シックスセンスの前に出て、チェリーミックスのさらに外から飛び出す。後は変わりません、7番手の位置にノーズダンサーと続きます》

 

 これまで語ったことは、ある一つの前提条件が必要になってくる。

 シャーロック以上にスタミナと脚を残す必要がある、ということだ。スタミナは最悪なくてもいいかもしれないが、シャーロックより速く駆け抜けなければならない。

 それの、なんと難しいことか。

 

(ペースを崩さない馬よりも、スタミナを残しておく必要がある……!ウェスターナーなら何とかなるかもしれないがっ)

(ふざけやがって! ウィジャボードですらどうしようもならないじゃないか! どう勝てばいいんだ!?)

(考えろ、考えろ……どうするのが正解だ!?)

 

 そもそもの話だが、騎手はレースの勝ち方を分かっているかもしれない。

 だが、騎手がレースを走るわけではない。走るのはあくまで馬の方だ。

 馬との呼吸を合わせなければ話にならない。少しでも呼吸が乱れれば、たちまち不利になる。

 

 その点、メジロシャーロックと岳寛のコンビに死角はない。

 

ペースを上げるよシャーロック

りょーかい

 

 以心伝心とも言うべき伝達速度。お互いの考えが分かっているかのように、呼吸に乱れがない。

 騎手の指示に馬が逆らわないどころか、考えが一致しているかのごとく動くのだ。

 これほど楽な騎乗もない。自分の手足のように動いてくれるのだから。

 

《第3コーナーを待たずしてメジロシャーロックが仕掛けます! メジロシャーロックが進出開始、メジロシャーロックが動いた! これを見てウィジャボードも動く! 最内ウィジャボード、外のチェリーミックスも併せに行く! チェリーミックス併せに行く、メジロシャーロックは意に介さない! 進路を奪い取って、メジロシャーロックが十分に空いた進路を突き進みます! 逃げ粘るウォーサン、逃げ切れるかウォーサン!》

 

 これが岳寛とメジロシャーロックのコンビが誇る、一番厄介な点。

 自分達の思い通りにレースを支配することだ。対戦相手を自分達のペースに巻き込み、支配する。

 このコンビにしかできない離れ業。人の理解を超えた技術。

 

 岳寛は、メジロシャーロックが2歳馬の頃から自らのレース観を叩きこんだ。

 ペースを教え、体内時計を鍛え、焦っても落ち着く術を身につけさせた。

 相手の策に嵌められない強さを、どんな時でも自分のレースを貫く精神力を覚えさせた。

 

 その果てに辿り着いたのが──この極致。人馬一体とも言うべき、狂わない人馬の呼吸。

 岳寛が2人いるようなものだ。恐ろしいことこの上ない。

 なお質が悪いことに、どちらかが焦ってもどちらかが冷静でいることが多い。

 

 つまるところ、崩すことが不可能に近いのである。

 

《第4コーナーに入る前にメジロシャーロックがウォーサンを躱した! メジロシャーロックが先頭、メジロシャーロックが先頭! ウィジャボードが内から、外からはチェリーミックスさらにウェスターナー! シックスセンスもここで上がってきた! 全体のペースが上がります、香港ヴァーズはいよいよ大詰めだ!》

 

 そんな人馬を相手にしなければならないのだ。

 対戦相手からすれば地獄でしかない。あまりにも絶望的すぎる勝ち筋を見出さなければならないのだから。

 それでも、どうにか勝ちをもぎ取るために走る。

 相手がどれほど強大でも、勝つと信じて走るしかないのだから。

 

 

 対戦相手からすれば絶望の象徴。

 では、ファンからしたらどうか?

 

 その答えは──口をつぐむファンが大多数であることから、察することができる。

 

「すっげぇ……」

「これが生で見る、メジロシャーロックのレースっ」

 

 見惚れ、思わず息を吐く。

 

 白熱するようなレース、ではない。

 一方的な強者による蹂躙、でもない。

 

 一言。たった一言で今の気持ちを表すのだとしたら。

 

「美しいっ」

 

 この一言に尽きる。

 

 現地で見ることで、初めて理解できた。

 メジロシャーロックのレースを見たファンが言ったこと。

 彼のレースは芸術である、という言葉が。

 

《最後の直線に入りました、先頭で入ってきたのはメジロシャーロックだ! メジロシャーロックが先頭、メジロシャーロックが先頭! ウィジャボードが必死に食らいつく、ウェスターナーが追い上げてきている! シックスセンスも来ているぞ、日本のシックスセンスも来ている!》

 

 周りからマークされていることを逆手にとって、自分のペースに引きずり込む。

 即ち、相手を自分の思い通りに動かす。

 

《メジロシャーロックがリードを2馬身に広げる! リードを2馬身に広げて残り200m! まだ開くか? まだ開くか!? ウィジャボードが食らいつくがこれは厳しい! シックスセンスがウェスターナーに並ぶ並ぶ! チェリーミックスは追い上げ厳しい! 先頭はメジロシャーロックだ!》

 

 支配的なゲームメイク。あまりにも見事な技術、腕前。

 相手は動いているのではなく、動かされている。メジロシャーロックと岳寛が描く展開に。

 

《メジロシャーロックが近づかせない! メジロシャーロックが2馬身から先を縮ませない! これが強さ! これがメジロシャーロックの強さだ!》

 

 それは、まさしく。

 

《メジロシャーロック突き抜けたぁぁぁ! メジロシャーロックが盤石のレースを発揮して! メジロシャーロックが2馬身差で香港ヴァーズを制しました! 2着はウィジャボード、3着はシックスセンス!》

 

 芸術と呼ぶに相応しいレースだった。




あらやだおつよい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。