香港ヴァーズの決着。
圧倒的な強さ。かつての欧州年度代表馬を全く寄せ付けない勝利に、ファンは盛り上がっていた。
「すげぇ、すげぇぜメジロシャーロック! こんなレースが見れるなんて、俺達は幸せだ!」
「来年も香港で走ってー! むしろどこかで走ってー!」
「凄かったぞー! 絶対に応援しに行くからなー!」
芸術とも言うべきレース運び。人馬一体の極致が成せる業。
岳寛とメジロシャーロックは、たった一回の走りで香港のファンを魅了したのだ。
ちなみに、レースを見守っていた生江康夫と柏崎厩務員はというと。
「わ、わっ! やったやった、やりましたよ康夫さっ?」
「ほんっっっまに、ホンマに良かったわぁ。いや、相変わらずの盤石っぷりやけど、それでも気が気でないわ」
「凄い安堵してますね。大仕事を終えた後みたいです」
「事実大仕事の後や! G1やぞG1! しかも招待レース!」
メジロシャーロックが1着を取って心底ホッとしている康夫を、苦笑いで見つめる柏崎。
柏崎の口から漏れ出た言葉に、凄まじい剣幕で康夫は迫る。
「シャーロック見とると麻痺するかもしれんけどな、G1勝つだけでもえらいこっちゃや! アイツなんでか9勝もしとるけどな!」
「さ、さすがに分かってますって、分かってますよ康夫さん落ち着いて!」
「っちゅーか、ホンマに気が休まらんわ……! 来年のローテもどないしよ思うてるし、頭皮の心配をせなあかんわ!」
「あ、あはは……」
G1勝利が凄いことを力説。メジロシャーロックがどれだけ凄いかを語り、今置かれている状況を懇切丁寧に説明し始める。
柏崎もさすがの剣幕に言い返せないのか、黙って聞いていた。その目はダル絡みされてるな、という気持ちが透けて見えていたが。
そんな一幕があったものの、インタビューでは通常運転に戻る。
「えぇ、はい。毎度のことですけど、いつもの通りのことをいつも通りにやっとりますから。勝敗に関してはあんま心配してないっすわ」
「やけども、プレッシャーはやっぱエゲつないですわ。なんせ、この香港ヴァーズで18連勝ですからね。G1級競走も9勝、日本競馬史上初の出来事ですわ」
「次走は、春の天皇賞を見据えてのレース選びになると思いますわ。その後は未定、やけども、どこかで海外遠征はしよ思うてます」
来年の展望を語り、メジロシャーロックが今後どうするかを記者に説明。
現役続行であることが分かり、記者は喜び浮足立った。
気持ちは一つ。
「メジロシャーロックのレースがまだ見れる」
である。
記事にすればするだけ金になる。
そんな金のなる木を、記者が放っておくはずがない。
(それに、日本に戻ればディープインパクトがいる。現役続行は確実だし)
(来年も競馬記事には困らないな)
(がっぽがっぽ稼がせてもらうぜ~)
邪を通り越した、煩悩まみれの考え。
良くも悪くも欲望に忠実な記者達だった。
それは、ファンも同じかもしれない。
「メジロシャーロックのレースがまた見れる」
「次はどのレースを走るんだ」
「早く次のレースが見たい」
現役続行を喜び、次のレースはまだかと迫る。
本来であれば、ただ勝つだけのレースは飽きてしまうだろう。
メジロマックイーンやシンボリルドルフが良い例だ。
あまりにも強い馬は、勝ったレースよりも負けたレースの方が語られることが多い。
勝つだけの馬はいずれ飽きられてしまうものが世の常だった。
しかし、メジロシャーロックはどうか?
18回もレースを走って、一度の敗北もない。勝ち続けている。
本来であれば飽きられているはずだ。興味を失われているはずだ。
だというのに、飽きられていない。
今もなお人を魅了し、笑顔を作り、期待を抱かせている。
その理由の一因となっているのは……やはり、境遇なのだろう。
今年だけでも、担当厩務員だった草薙厩務員の大事故に、育ての親だったメジロラモーヌの老衰死があった。
波乱万丈の馬生。順風満帆なレース成績とは裏腹に、それ以外のことが恵まれていない。
思わず応援したくなる。
せめてレースくらいは、と同情を引いてしまう。
また、それを抜きにしても勝ち方が目を惹く。
葦毛の逃げ馬。なおかつ力を見せつける勝ち方だ。
逃げというだけでも目立つのに、それでしっかりと勝ち切る力を持っている。
魅了されるのも仕方がない。というか、魅了される要素しかない。
とにかく、今言えることは一つ。
「頑張ってくれメジロシャーロック! 次走も日本か? 応援しにいかないと!」
「発表されるその時が楽しみ~! 日本だとグッズもあるんでしょ? お金、貯めないと!」
「こっちでも走ってほしいけどな~!」
メジロシャーロックの人気は衰えることを知らず。
むしろ範囲を世界に拡大しそうなほどに伸びている、ということだ。
もっとも、それはファンに限った話。
対戦相手となる騎手達は、全くもって面白くない。
「いくらなんでも強すぎル……あれで海外遠征も視野なのダロウ? 日本に籠っててほしいヨ」
「キングジョージで対戦したことあるけド、あの時以上に厄介になってるネ。攻略法、もうなさそうダ」
「タケが羨ましいナ~。オレも、シャーロックに乗せてくれないカナ~?」
一部変なことを企てている、チェリーミックスに騎乗していた騎手もいるが、反応は概ね負の側面が目立つ。
その反応も当然で。勝てない勝負を強いられて面白い人間などいないだろう。
同じレースに出走すれば嫌でも痛感させられる。あのコンビの無敵さを。
テンも中も終いも隙が無い。マークも意味をなさない。戦っていて、ただ絶望を見せつけられる。
ゲームの負けイベントのようなものだ。そんな勝負を強いられて、面白いとは思わない。
観客はいいだろう。どうせ外部の人間だ。
推しであるメジロシャーロックが勝って嬉しいだろう。差を見せつけるように勝って楽しいに違いない。
だが、対戦する側は最悪だ。
勝たなきゃいけないのに、勝つために出走しているのに。
圧倒的な差を見せつけられて、敗北させられる。
楽しいことなんか、何一つとしてありはしない。
「うぅむ……さすがに、これは」
「ウィジャボードでも全く歯が立ちませんか。ケガ続きかつ、ジャパンカップから中1週でよくやりました、が」
「ウェスターナーがなす術もなくやられた。これはもう、どうしようもないな」
他陣営の目に諦めが出てくるのも、仕方ないことだった。
この先、メジロシャーロックがどのようなレース選びをするのかは分からない。
ただ一つ、確実に言えることがある。
「メジロシャーロックのレースが楽しみで仕方ない」
ファンの心理と。
「もはや戦うことを回避することが常になる、か」
対戦相手となる他陣営の心理は、違う方向へと向いていることだ。
この先メジロシャーロックがどのようなレースを走るのか……あらゆる意味で注目が集まることになる。
◇
香港ヴァーズの後も順調にレースプログラムは進んだ。
特に大きな事故もなく、無事に開催を終えることになる。
日本勢の結果はというと。
《ハットトリックが押し切った! 香港マイルを勝ったのは日本のハットトリックだ! 大外から豪快な差し切り勝ち! ハットトリックが香港マイルを制しました!》
香港マイルをハットトリックが勝ち。
《す、スティルインラブだスティルインラブだ! 豪快な大外一気、凄まじい速度で撫で切った! 香港カップを勝ったのはスティルインラブだぁぁぁ! 秋華賞以来となるG1勝利! 長く暗い道は、香港で夜明けを迎えました久しぶりのG1勝利だ! スティルインラブ御幸秀昭、香港カップを制しました!》
香港カップをスティルインラブが勝った。
香港ヴァーズを勝ったメジロシャーロックも合わせ、4レース中3レースを日本馬が勝利。
2001年以来となる快挙だ*1。
これには日本のファンも大盛り上がり。
特にスティルインラブはこれがラストラン。
有終の美で締めくくることができて、一部のファンは盛り上がっていた。
……まぁ、メジロシャーロックのせいで少し埋もれているところはあったがそれはそれ。
ラストランで勝つだけでも嬉しいことだ。
レース後のインタビューでも、鞍上を務めた御幸騎手の目には涙が。
「本当にっ、本当に嬉しいですっ。最後の最後にG1を勝つことができて、嬉しくて仕方がないですっ。長いトンネルを抜けたような、その手助けを、メジロシャーロックがしてくれてっ。本当に、感謝しかありませんっ」
実際に泣いており、香港遠征の案を出してくれた陣営と、帯同を許してくれた生江厩舎に感謝の言葉を述べていた。
そんな香港遠征も全日程が終わり。
『もう日本に帰るのか……今から怖いんだけど俺』
『まぁ、シャーロックさんの場合いろいろといますもんね。主にディープとかディープとかディープとか』
『あのこわァい女王様もいるものねェ……ウフフ』
『あんたが喧嘩売らなきゃ普通なんですよあの方は』
『喧嘩売らなくても変わらないような、ってツッコミはなしっすか?』
メジロシャーロック達も日本へ帰国。
検疫厩舎での日々も終わり、すでに栗東へと戻ってきた。
で、帰ってきたメジロシャーロックはというと。
『シャロさん走ろ、走ろ! 久しぶりだから走ろ!』
『分かったから顔を舐めるんじゃねぇお前は!』
相変わらずディープインパクトに絡まれていた。
◇
香港遠征が終わって、日本に帰ってきた。
検疫厩舎での退屈な日々も終わり、やっとこさ栗東に帰ってきたわけだよ。
で、帰ってきた俺を待っていたのは。
『わーい! シャロさんと競走だー!』
『俺もレースあるから本気では走れんからな』
『えー!?』
ディープである。本当にコイツ俺に懐いてんな。
俺の姿を見るなり、全速力で駆けつけてきた。
そりゃもう嬉しそうに。他の馬になんて目もくれず。
一目散に俺のところへと走ってきたのだ。
ぶっちゃけ嬉しい。そんだけ好かれてるってわけだから、嬉しくないはずがない。
でも、コイツの第一声が。
『走ろうシャロさん!』
である。走り屋かお前はよ。走り屋だよ。
(コイツ別に他の馬に嫌われてるとか、そういうわけでもないのに。なんで俺の方にばっか寄ってくるのやら)
そう思わずにはいられん、が。
これに関する回答は、ハーツの奴から教えられたことがある。
(ディープと同じくらい強いから、だったか? いや、それにしたってなぁ)
『シャロさんもっと走ろう!』
『あーはいはい、分かった分かった。走ってやるから、そんなに興奮するな』
俺の才能がディープに比肩する、ないしはディープ以上だから、というもの。
言わんとしたいことは分かるが、果たしてそれだけが理由なのだろうか?
う~ん、疑問が尽きない。どうしてディープは俺にやたら懐いているのか。
……てか、冷静に考えてみれば。
(目の前にいるんだから、ディープに聞けばいいじゃねぇか。なんで今まで聞かなかったんだ? 俺)
ディープに聞けばよかったわ。
コイツと放牧の時間一緒だし、目の前にいるんだから聞けばいいわ。
天才か? 俺。どっちかというと今まで気づかなかったんだからバカだろ。
まぁいい。
『ディープ、お前ってさ』
『なーにー? シャロさん』
『なんで俺にそんな懐いてるわけ? 今日だって、俺の姿が見えたら一目散に駆け寄ってきたじゃねぇか。他の奴には目もくれず』
聞いてみるか。ここにいるわけだし。
目の前のディープは、きょとんとしている。
俺がなにを言っているのかよく分かってない、みたいな感じだ。んなことある?
『他と仲良くやれてるのか? 俺だけに、ってのはあまりよくないぞ。友達は多い方がいいからな』
『ん~……でもな~、シャロさんのこと好きだし』
やめろ俺にそっちの気はないぞ。
『なんというかね、シャロさんと一緒だと、落ち着くんだ。それに、ぼくと走ってくれるし、なんだかんだ付き合ってくれるし!』
『あぁ、そういうことね。焦ったわ』
『なんで? だってね、シャロさんはぼくと走ってくれるもん。いつでも、どこまでも! だから楽しくて仕方ないんだ~!』
……アレだな。親戚のガキに優しくしたら懐かれた、みたいな感じか。
そういうことにしておこう。コイツに関しては、初対面から好かれていたような気がするが、無視だ無視。
それに。
『だから走ろうシャロさん! もっともっと、どこまでも走ろうよ! 楽しいから!』
『はいはい。付き合ってやるよ』
『やったー! シャロさん大好きー!』
好かれて悪い気はしないのは本当だ。
それに、可愛いから癒される。セラピー効果があるかもしれん。
本当に親戚のガキだな、扱いが。
いずれ戦うことになるかもしれない、後輩の無敗の三冠馬。
勝敗が俺達の関係に、どういう影響を与えるかは分からない。そもそも戦うかどうかすらも分からない。
けど、今は。
『楽しいな楽しいな! シャロさんと走るの楽しいな~!』
『あんまり興奮しすぎんなよ~? ただでさえお前脚元不安があるんだから』
『だいじょーぶ! 問題ないよー!』
この時間を楽しもうじゃねぇか。
古馬2年目。現役続行。
メジロの経営は悪くない。少しずつ回復しているようだ。この前嬉しそうに話しているのを聞いた。
俺のファン人気も高まり続けている。世界中で人気みたいで、夏はまた海外遠征が予定されているようだ。
果たして俺は……どうなるのやら。
次回はウマ娘編です(秋天の時に2話ほど超過したため)