親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

77 / 77
一年の締めくくり。


香港遠征を終えて

 香港ヴァーズの決着。

 圧倒的な強さ。かつての欧州年度代表馬を全く寄せ付けない勝利に、ファンは盛り上がっていた。

 

「すげぇ、すげぇぜメジロシャーロック! こんなレースが見れるなんて、俺達は幸せだ!」

「来年も香港で走ってー! むしろどこかで走ってー!」

「凄かったぞー! 絶対に応援しに行くからなー!」

 

 芸術とも言うべきレース運び。人馬一体の極致が成せる業。

 岳寛とメジロシャーロックは、たった一回の走りで香港のファンを魅了したのだ。

 

 ちなみに、レースを見守っていた生江康夫と柏崎厩務員はというと。

 

「わ、わっ! やったやった、やりましたよ康夫さっ?」

「ほんっっっまに、ホンマに良かったわぁ。いや、相変わらずの盤石っぷりやけど、それでも気が気でないわ」

「凄い安堵してますね。大仕事を終えた後みたいです」

「事実大仕事の後や! G1やぞG1! しかも招待レース!」

 

 メジロシャーロックが1着を取って心底ホッとしている康夫を、苦笑いで見つめる柏崎。

 柏崎の口から漏れ出た言葉に、凄まじい剣幕で康夫は迫る。

 

「シャーロック見とると麻痺するかもしれんけどな、G1勝つだけでもえらいこっちゃや! アイツなんでか9勝もしとるけどな!」

「さ、さすがに分かってますって、分かってますよ康夫さん落ち着いて!」

「っちゅーか、ホンマに気が休まらんわ……! 来年のローテもどないしよ思うてるし、頭皮の心配をせなあかんわ!」

「あ、あはは……」

 

 G1勝利が凄いことを力説。メジロシャーロックがどれだけ凄いかを語り、今置かれている状況を懇切丁寧に説明し始める。

 柏崎もさすがの剣幕に言い返せないのか、黙って聞いていた。その目はダル絡みされてるな、という気持ちが透けて見えていたが。

 

 そんな一幕があったものの、インタビューでは通常運転に戻る。

 

「えぇ、はい。毎度のことですけど、いつもの通りのことをいつも通りにやっとりますから。勝敗に関してはあんま心配してないっすわ」

「やけども、プレッシャーはやっぱエゲつないですわ。なんせ、この香港ヴァーズで18連勝ですからね。G1級競走も9勝、日本競馬史上初の出来事ですわ」

「次走は、春の天皇賞を見据えてのレース選びになると思いますわ。その後は未定、やけども、どこかで海外遠征はしよ思うてます」

 

 来年の展望を語り、メジロシャーロックが今後どうするかを記者に説明。

 現役続行であることが分かり、記者は喜び浮足立った。

 

 気持ちは一つ。

 

「メジロシャーロックのレースがまだ見れる」

 

 である。

 

 記事にすればするだけ金になる。

 そんな金のなる木を、記者が放っておくはずがない。

 

(それに、日本に戻ればディープインパクトがいる。現役続行は確実だし)

(来年も競馬記事には困らないな)

(がっぽがっぽ稼がせてもらうぜ~)

 

 邪を通り越した、煩悩まみれの考え。

 良くも悪くも欲望に忠実な記者達だった。

 

 それは、ファンも同じかもしれない。

 

「メジロシャーロックのレースがまた見れる」

「次はどのレースを走るんだ」

「早く次のレースが見たい」

 

 現役続行を喜び、次のレースはまだかと迫る。

 

 本来であれば、ただ勝つだけのレースは飽きてしまうだろう。

 メジロマックイーンやシンボリルドルフが良い例だ。

 あまりにも強い馬は、勝ったレースよりも負けたレースの方が語られることが多い。

 勝つだけの馬はいずれ飽きられてしまうものが世の常だった。

 

 しかし、メジロシャーロックはどうか?

 18回もレースを走って、一度の敗北もない。勝ち続けている。

 本来であれば飽きられているはずだ。興味を失われているはずだ。

 

 だというのに、飽きられていない。

 今もなお人を魅了し、笑顔を作り、期待を抱かせている。

 

 その理由の一因となっているのは……やはり、境遇なのだろう。

 今年だけでも、担当厩務員だった草薙厩務員の大事故に、育ての親だったメジロラモーヌの老衰死があった。

 波乱万丈の馬生。順風満帆なレース成績とは裏腹に、それ以外のことが恵まれていない。

 

 思わず応援したくなる。

 せめてレースくらいは、と同情を引いてしまう。

 

 また、それを抜きにしても勝ち方が目を惹く。

 葦毛の逃げ馬。なおかつ力を見せつける勝ち方だ。

 逃げというだけでも目立つのに、それでしっかりと勝ち切る力を持っている。

 魅了されるのも仕方がない。というか、魅了される要素しかない。

 

 とにかく、今言えることは一つ。

 

「頑張ってくれメジロシャーロック! 次走も日本か? 応援しにいかないと!」

「発表されるその時が楽しみ~! 日本だとグッズもあるんでしょ? お金、貯めないと!」

「こっちでも走ってほしいけどな~!」

 

 メジロシャーロックの人気は衰えることを知らず。

 むしろ範囲を世界に拡大しそうなほどに伸びている、ということだ。

 

 もっとも、それはファンに限った話。

 対戦相手となる騎手達は、全くもって面白くない。

 

「いくらなんでも強すぎル……あれで海外遠征も視野なのダロウ? 日本に籠っててほしいヨ」

「キングジョージで対戦したことあるけド、あの時以上に厄介になってるネ。攻略法、もうなさそうダ」

「タケが羨ましいナ~。オレも、シャーロックに乗せてくれないカナ~?」

 

 一部変なことを企てている、チェリーミックスに騎乗していた騎手もいるが、反応は概ね負の側面が目立つ。

 

 その反応も当然で。勝てない勝負を強いられて面白い人間などいないだろう。

 

 同じレースに出走すれば嫌でも痛感させられる。あのコンビの無敵さを。

 テンも中も終いも隙が無い。マークも意味をなさない。戦っていて、ただ絶望を見せつけられる。

 ゲームの負けイベントのようなものだ。そんな勝負を強いられて、面白いとは思わない。

 

 観客はいいだろう。どうせ外部の人間だ。

 推しであるメジロシャーロックが勝って嬉しいだろう。差を見せつけるように勝って楽しいに違いない。

 

 だが、対戦する側は最悪だ。

 勝たなきゃいけないのに、勝つために出走しているのに。

 圧倒的な差を見せつけられて、敗北させられる。

 

 楽しいことなんか、何一つとしてありはしない。

 

「うぅむ……さすがに、これは」

「ウィジャボードでも全く歯が立ちませんか。ケガ続きかつ、ジャパンカップから中1週でよくやりました、が」

「ウェスターナーがなす術もなくやられた。これはもう、どうしようもないな」

 

 他陣営の目に諦めが出てくるのも、仕方ないことだった。

 

 

 この先、メジロシャーロックがどのようなレース選びをするのかは分からない。

 

 ただ一つ、確実に言えることがある。

 

「メジロシャーロックのレースが楽しみで仕方ない」

 

 ファンの心理と。

 

「もはや戦うことを回避することが常になる、か」

 

 対戦相手となる他陣営の心理は、違う方向へと向いていることだ。

 

 この先メジロシャーロックがどのようなレースを走るのか……あらゆる意味で注目が集まることになる。

 

 

 

 

 

 

 香港ヴァーズの後も順調にレースプログラムは進んだ。

 特に大きな事故もなく、無事に開催を終えることになる。

 

 日本勢の結果はというと。

 

《ハットトリックが押し切った! 香港マイルを勝ったのは日本のハットトリックだ! 大外から豪快な差し切り勝ち! ハットトリックが香港マイルを制しました!》

 

 香港マイルをハットトリックが勝ち。

 

《す、スティルインラブだスティルインラブだ! 豪快な大外一気、凄まじい速度で撫で切った! 香港カップを勝ったのはスティルインラブだぁぁぁ! 秋華賞以来となるG1勝利! 長く暗い道は、香港で夜明けを迎えました久しぶりのG1勝利だ! スティルインラブ御幸秀昭、香港カップを制しました!》

 

 香港カップをスティルインラブが勝った。

 香港ヴァーズを勝ったメジロシャーロックも合わせ、4レース中3レースを日本馬が勝利。

 2001年以来となる快挙だ*1

 

 これには日本のファンも大盛り上がり。

 特にスティルインラブはこれがラストラン。

 有終の美で締めくくることができて、一部のファンは盛り上がっていた。

 

 ……まぁ、メジロシャーロックのせいで少し埋もれているところはあったがそれはそれ。

 ラストランで勝つだけでも嬉しいことだ。

 レース後のインタビューでも、鞍上を務めた御幸騎手の目には涙が。

 

「本当にっ、本当に嬉しいですっ。最後の最後にG1を勝つことができて、嬉しくて仕方がないですっ。長いトンネルを抜けたような、その手助けを、メジロシャーロックがしてくれてっ。本当に、感謝しかありませんっ」

 

 実際に泣いており、香港遠征の案を出してくれた陣営と、帯同を許してくれた生江厩舎に感謝の言葉を述べていた。

 

 

 そんな香港遠征も全日程が終わり。

 

『もう日本に帰るのか……今から怖いんだけど俺』

『まぁ、シャーロックさんの場合いろいろといますもんね。主にディープとかディープとかディープとか』

『あのこわァい女王様もいるものねェ……ウフフ』

『あんたが喧嘩売らなきゃ普通なんですよあの方は』

『喧嘩売らなくても変わらないような、ってツッコミはなしっすか?』

 

 メジロシャーロック達も日本へ帰国。

 検疫厩舎での日々も終わり、すでに栗東へと戻ってきた。

 

 で、帰ってきたメジロシャーロックはというと。

 

『シャロさん走ろ、走ろ! 久しぶりだから走ろ!』

『分かったから顔を舐めるんじゃねぇお前は!』

 

 相変わらずディープインパクトに絡まれていた。

 

 

 

 

 

 

 香港遠征が終わって、日本に帰ってきた。

 検疫厩舎での退屈な日々も終わり、やっとこさ栗東に帰ってきたわけだよ。

 

 で、帰ってきた俺を待っていたのは。

 

『わーい! シャロさんと競走だー!』

『俺もレースあるから本気では走れんからな』

『えー!?』

 

 ディープである。本当にコイツ俺に懐いてんな。

 

 俺の姿を見るなり、全速力で駆けつけてきた。

 そりゃもう嬉しそうに。他の馬になんて目もくれず。

 一目散に俺のところへと走ってきたのだ。

 

 ぶっちゃけ嬉しい。そんだけ好かれてるってわけだから、嬉しくないはずがない。

 でも、コイツの第一声が。

 

『走ろうシャロさん!』

 

 である。走り屋かお前はよ。走り屋だよ。

 

(コイツ別に他の馬に嫌われてるとか、そういうわけでもないのに。なんで俺の方にばっか寄ってくるのやら)

 

 そう思わずにはいられん、が。

 これに関する回答は、ハーツの奴から教えられたことがある。

 

(ディープと同じくらい強いから、だったか? いや、それにしたってなぁ)

『シャロさんもっと走ろう!』

『あーはいはい、分かった分かった。走ってやるから、そんなに興奮するな』

 

 俺の才能がディープに比肩する、ないしはディープ以上だから、というもの。

 

 言わんとしたいことは分かるが、果たしてそれだけが理由なのだろうか?

 う~ん、疑問が尽きない。どうしてディープは俺にやたら懐いているのか。

 

 ……てか、冷静に考えてみれば。

 

(目の前にいるんだから、ディープに聞けばいいじゃねぇか。なんで今まで聞かなかったんだ? 俺)

 

 ディープに聞けばよかったわ。

 コイツと放牧の時間一緒だし、目の前にいるんだから聞けばいいわ。

 天才か? 俺。どっちかというと今まで気づかなかったんだからバカだろ。

 

 まぁいい。

 

『ディープ、お前ってさ』

『なーにー? シャロさん』

『なんで俺にそんな懐いてるわけ? 今日だって、俺の姿が見えたら一目散に駆け寄ってきたじゃねぇか。他の奴には目もくれず』

 

 聞いてみるか。ここにいるわけだし。

 

 目の前のディープは、きょとんとしている。

 俺がなにを言っているのかよく分かってない、みたいな感じだ。んなことある?

 

『他と仲良くやれてるのか? 俺だけに、ってのはあまりよくないぞ。友達は多い方がいいからな』

『ん~……でもな~、シャロさんのこと好きだし』

 

 やめろ俺にそっちの気はないぞ。

 

『なんというかね、シャロさんと一緒だと、落ち着くんだ。それに、ぼくと走ってくれるし、なんだかんだ付き合ってくれるし!』

『あぁ、そういうことね。焦ったわ』

『なんで? だってね、シャロさんはぼくと走ってくれるもん。いつでも、どこまでも! だから楽しくて仕方ないんだ~!』

 

 ……アレだな。親戚のガキに優しくしたら懐かれた、みたいな感じか。

 そういうことにしておこう。コイツに関しては、初対面から好かれていたような気がするが、無視だ無視。

 

 それに。

 

『だから走ろうシャロさん! もっともっと、どこまでも走ろうよ! 楽しいから!』

『はいはい。付き合ってやるよ』

『やったー! シャロさん大好きー!』

 

 好かれて悪い気はしないのは本当だ。

 それに、可愛いから癒される。セラピー効果があるかもしれん。

 本当に親戚のガキだな、扱いが。

 

 いずれ戦うことになるかもしれない、後輩の無敗の三冠馬。

 勝敗が俺達の関係に、どういう影響を与えるかは分からない。そもそも戦うかどうかすらも分からない。

 

 けど、今は。

 

『楽しいな楽しいな! シャロさんと走るの楽しいな~!』

『あんまり興奮しすぎんなよ~? ただでさえお前脚元不安があるんだから』

『だいじょーぶ! 問題ないよー!』

 

 この時間を楽しもうじゃねぇか。

 

 

 古馬2年目。現役続行。

 メジロの経営は悪くない。少しずつ回復しているようだ。この前嬉しそうに話しているのを聞いた。

 俺のファン人気も高まり続けている。世界中で人気みたいで、夏はまた海外遠征が予定されているようだ。

 

 果たして俺は……どうなるのやら。

*1
地味に香港マイルのエイシンプレストン、香港カップのアグネスデジタル、香港ヴァーズのステイゴールドと勝ち鞍が同じ




次回はウマ娘編です(秋天の時に2話ほど超過したため)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

星旗牝系の夢(作者:久保田紅葉)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

もしもゴールドシップに全姉がいたら……というロマンとかいうのを詰め込んだ怪文書


総合評価:766/評価:7.82/連載:11話/更新日時:2026年07月20日(月) 21:13 小説情報

覇王伝説第二章(作者:ノワールキャット)(オリジナル現代/スポーツ)

20世紀末。▼8戦8勝の年間無敗、史上最多の年間GI5勝。▼2000年に降臨した絶対王者、世紀末覇王と称されたとある馬の後継者。▼これは、かつての相棒と駆ける覇王伝説の第2章である。▼─────▼ある騎手が引退することなので、書いてみました。▼執筆者はにわかな部分が多いです。かなり優遇していますので、史実改変が嫌という方はここでブラウザバックしよう。▼初めて…


総合評価:3507/評価:8.97/連載:41話/更新日時:2026年08月15日(土) 17:30 小説情報

ステイゴールドになったけど(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

気づいたらステイゴールド。▼っても、既にいろんなステゴの記憶がある彼女。その中に一人、おっさんが混じってもまぁそれはステゴ。▼19話からは蛇足編です。おっさんステゴの旅路をご覧になりたい方は、是非。


総合評価:2286/評価:8.58/完結:48話/更新日時:2026年06月29日(月) 21:00 小説情報

競馬ミリしらウマ娘ファンがウマ娘化されていないモブ(?)ウマ娘に転生したので、頑張って百合ハーレムを作ろうとする話(作者:雅媛)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

 ウマ娘に転生したから百合ハーレムを築きたい競馬ミリしら民のお話。▼ なお、名前はディープインパクトという。


総合評価:2358/評価:7.84/未完:20話/更新日時:2026年04月04日(土) 11:39 小説情報

癒しのヘッドスパ(作者:灯火011)(原作:ウマ娘プリティーダービー)

ウマ娘のトレーナーが、ヘッドスパの才能があった世界線です。▼ウマ娘の耳周りとかすんげぇ凝ってると思うんですよね。ええ。▼※2026/04/15、連載に変更しております。▼※2026/05/06、完結いたしました。ご覧いただき感謝感激。


総合評価:3809/評価:8.49/完結:32話/更新日時:2026年05月06日(水) 19:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>