3歳馬と併せをするようになってから1ヶ月ちょっと。
気づけば2回目のレース、新潟2歳ステークスの日がやってきた。
俺にとっての重賞初挑戦である。
とはいえ、レースは2回目。新馬戦の時よりも落ち着いて走ることができた。
《1番人気メジロシャーロックは先行集団に混ざっています。先行集団の先頭にメジロシャーロック、逃げるマリンゴールドとウイングレットを追いかけます。競りかける2番人気ダイワバンディット、後方で機会をうかがうクリスタルヴィオレ》
《非常に落ち着いていますね。スタートも悪くなかったですし、好走が期待できますよ》
騎乗しているのは変わらず岳さん。指示に従って俺は走る。
前回みたいになポカはやらかさない。
頭真っ白になって、とにかくひたすら逃げるなんてことはしない!
現時点で、脳筋戦法はまっぴらごめんだ。今後のためにも、岳さんから学んでおかなければ。
さて、そんな岳さんはというと。
「そうだ、このペースを覚えておくんだシャーロック。このペースが大体12秒。1ハロン12秒がこのペースだよ」
俺に時計のことを教えながら騎乗していた。
実際にこの数字が正確かは分からない。ストップウォッチで測っているわけじゃないし、個人の体感でしかない。
ただ、岳さんの体内時計はかなり精度が高かったはずだ。よく話題に挙げられていたし。
「そろそろ800m通過だね。それじゃ、ここからペースを上げよう」
え、マジですか? まだゴールまで半分過ぎたところですけど。
まだ800mありますよ? 本当に大丈夫なんですか?
なんて考えても、鞭が一発入る。ペースをあげろ、という合図だ。
(……岳さんは俺なんかよりもよっぽどレースを理解ってる。そんな人の合図だ)
信じて突っ走るが正解だろ!
《ここでメジロシャーロックがペースを上げます。じわりじわりと、ペースを上げていくメジロシャーロック。先頭のマリンゴールドとウイングレットに襲い掛かろうとしている》
《800mを通過したばかりですが大丈夫でしょうか? いえ、新馬戦を考えると大丈夫かもしれません!》
《ここでギアを上げるメジロシャーロック。先行集団もつられて上がっていきます。後続を引き連れ先頭へと襲い掛かるメジロシャーロック。逃げ切れるかマリンゴールド、ウイングレット》
周りの音が凄い。
馬の走る音、騎手の声、いろんなものが混ざって聞こえる。
それら全部を無視して、岳さんの指示で走る。
(幸いにも前壁になっていない。外に膨らんだが、むしろ好都合!)
最内を走っていた前の外につけることができた。
最後の直線に入った瞬間。先頭を走っていた馬に追いついた。
《最後の直線に入ります。最後の直線先頭で入ってきたのはマリンゴールド、マリンゴールド先頭だがすぐ外からメジロシャーロックが襲い掛かる! ここできたメジロシャーロックが先頭に変わった!》
周りからは鞭を入れる音が聞こえる。
一発、二発。最後の勝負所だから、気合いを入れているんだろうな。
後は頑張れ。応援の意味を込めているのかもしれない。
俺には、入っていない。ペースを上げる時に使われた一回だけ。
最後の直線に入ってからは一度も振るわれていない。
応援されていない? 違うな。これはきっと、信頼だ。
(岳さんなりの信頼。お前ならこの程度こなせるだろ? って、信頼だ!)
根拠ねぇけどなぁ!
グイグイ進んで新潟競馬場を駆け抜ける。
《メジロシャーロック抜け出した! メジロシャーロック完全に抜け出した! これはもうモノが違う、モノが違うぞメジロシャーロック! 後続をグングン突き放す!》
《やはりこの超前傾姿勢は圧巻ですね! 後ろからダイワバンディットが来ていますが、これは届くか!?》
《っいや、縮まらない縮まらない! ダイワバンディット差を縮められない! メジロシャーロックが抜けた抜けた! その差を3馬身、4馬身と広げる!》
道中ずっと聞こえていた足音は遠ざかるばかり。一向に近づいてこない。
レース中なのに理解する。
あぁ、差を広げているんだなって。
どんどん遠ざかる足音を背に。俺の体がゴール板を通過する。
《メジロシャーロック完勝です! メジロシャーロックが新潟2歳ステークスを制しました! 先行策からの横綱相撲、こういう競馬もできるのだと差を見せつけたぁ!》
《これは、強いですねぇ。まさに文句なしの圧勝です》
《逃げるだけではないのだと、王道の先行策で強さを見せつけての勝利! 次が期待できる強さです!》
新潟2歳ステークスを、初の重賞を。危なげなく勝った。
徐々に減速しつつ、最後には一時停止。
観客の言葉に耳を傾ける。さてさて、評判のほどはっと。
「やっぱお前に賭けてよかったわシャーロック! 次も頼むでー!」
「馬券的にはまず味やけどなー! 倍率1倍台やしー!」
「これからも応援してるからなー!」
応援されてんのかされてないのかよく分からん歓声だなおい。その気持ちは分かるけど。
で、だ。今回のレースはしっかりと走れたな。
(頭真っ白にならなかったし、岳さんの指示通りに走れた。これはプラス要素だな)
とはいえ、コーナーでちょっと膨らんだのはよくないな。コーナリングが課題か。
まぁ俺の課題とかはいい。後々改善すればいいから。
気になるのは、レース中の岳さんだ。逐一俺にタイムを報告していたんだ。
(ハロンごとのタイムを教えてくれた。まだまだ感覚として掴めてはいないけど、この調子ならば覚えられる、はず)
にしたって、なんで俺にそんなこと教えてるのか。
……もしかして、俺が調教中にやってること、バレてる?
(いやいや、さすがにバレて……いや、多分バレてるわ)
「どうかな? シャーロック。今日のタイムは、君のお気に召したかな?」
からかうように笑ってる岳さん。俺を撫でつつ、意図をちゃんと分かってますよみたいな口ぶりをしてる。
あ、はい。そんな笑顔見せられたら察するわ。これもうバレてるわ。
(やっぱり分かっちゃうもんなのかね。隠してるわけじゃないんだけど)
とりあえず岳さんの洞察力は凄い、ってことだな。注意しておかないと。
その後のウィナーズサークルでのインタビュー。
大興奮の報道陣を前に、岳さんは上機嫌だった。
「今回は王道の先行策でした。素晴らしいレースでしたね、岳騎手」
「はい。とはいえ、まだまだ上を目指せる馬ですから。今後もレースについてみっちり教える予定です」
岳さん程の騎手から直々に教えられる。俺、派手に凄い経験をしてるな。
今後もしっかり学ばせてもらいます。足りないものが多すぎるので。
ついでに、このインタビューで次走についても触れられる。
「次のレースはどのようにお考えでしょうか、生江調教師?」
「次はデイリー杯の予定です。デイリー杯を走って、年末の朝日杯に出走しよう考えとります」
次走はデイリー杯2歳ステークス。鉄板と言えば鉄板だな。
デイリー杯の後は朝日杯。2歳王者を決める戦いに出走することになる。
今のところ順調そのものだ。
重賞で5馬身差をつけての勝利。そりゃもうウッキウキですよ。
挑戦するだけで上澄みも上澄み。勝ったらトップ層の仲間入りだ。嬉しくないわけがない。
だが、順調だからこそ、足元を掬われないようにしないとな。
油断して負けたらかっこ悪いし。万が一にも負けないようにしないと。
初重賞の新潟2歳ステークスは5馬身差勝利。次のデイリー杯に向けて、弾みがついた内容だった。
◇
新潟2歳ステークスが明けて数日。栗東に戻ってきた。
特に疲労を残していなかったので調教再開。
最初の1週間は軽めに。疲労が完全に抜けてきた2週間目には、本格的な調教へと移った。
で、肝心の調教内容なのだが。これが3歳馬との併せである。
(また3歳馬とトレーニングですかそーですか)
強くなれるからいいけどさ。
さてさて、今回はどなたさんになるのやら。
「世戸口さん。今日はホンマにええんですか?」
「はい、康夫さん。元々キツめの調教はできませんし、それなら2歳馬との併せでも問題ありませんから」
「だとしても……いや、こんな機会は滅多にありません。ありがとうございます、世戸口さん」
なんだ? 康夫さんと俊之さんがいつも以上に確認してるな。
いつもなら一言二言ぐらいしか交わさないのに、今回は念入りだ。
一度も見たことがない態度。どんな相手なんだ?
すでにお相手の馬はいるみたいだな。黒っぽい茶色、鹿毛の馬。
側にいるのは調教助手さん。いつもの人だな。
で、肝心の馬の方は。
『──観測。オールグリーン』
『はい?』
『きみが、ぼくの相手?』
なんだ、今までに会ったことがないタイプだ。
ジッとこっちを見ている。蹴りかかろうとか、威嚇の意志は感じられない。
俺を観察している? なにか、試している? 分からん。
『新たな星の観測。対話を“試みる”、する』
電波系? 何考えているのか分からない。
いやでも、なんか覚えがあるぞ。どことなく既視感が。
必死に記憶を掘り起こす。どっかで見たことがあるような。
「こない機会は滅多にない。お願いしますわ、世戸口さん──二冠馬ネオユニヴァースとの併せ」
え。
「はい、こちらこそ。ただ、次走の調整が主になるので、あまり攻めません。そこはご了承いただけると」
「何を言っていますか。一緒に調教の機会を設けてくださっただけでもありがたいです。お前も運があるな、シャーロック」
いや、ちょい待ち。今何と仰いました?
嘘だろ。俺の前にいるこのお馬さん。
『よろしく。“お友達”』
あのネオユニヴァースかよぉぉぉ!?
いや、あの、え、ちょ、は? 嘘だろ?
まさかこんなところで会う、というかそもそも会えるとは思ってなかったんですが?
まさかのネオユニヴァースかよ今日の相手。むしろ俺でいいのかよ。
(確かに栗東寮だったけどさぁ、どういう偶然だよ!? なんの巡り合わせで俺が調整相手に選ばれてんだよ!)
嬉しいよ? 嬉しいけど困惑の方が勝つよこんなん。
まさかネオユニヴァースの調整相手になるとは思わんやん。やるならやるって言ってくれや。
「シャーロックはちょっと緊張してますかね。大丈夫だぞシャーロック、怖い馬じゃないぞ」
「逆にネオユニヴァースは興味深そうに見てますね。最初は大体そうですけど」
緊張しないわけがないだろ。相手はネオユニヴァースだぞお前。
ウマ娘だとかなり意思疎通が難しい相手、だったのだが。こっちだとまだマシ、か?
(少なくとも、俺に興味を持っていることは伝わるな)
『あ、その、よろしくお願いしますっ!』
『ん』
プイっとあっち向いちゃった。
まぁいい。俺も後を着いていく。
それにしてもなぁ。
(凄い運を使った気がする)
ウマ娘に実装された、ということを抜きにしても、ネオユニヴァースは二冠馬だ。
今年の皐月賞、日本ダービーを制した馬。そんな相手の調整を務めることができるなんて、絶好の機会だ。
やれるだけのことはやるぞ、俺! 頼みました俊之さん!
なお、結果。
『ヒィ、ヒィ……さすがにキツい……』
ついていくだけで精一杯でしたとさ。そりゃそうだよ、他の3歳馬でもいっぱいいっぱいなのに。
なんか、ワンチャン余裕でついていけるんじゃね? みたいな甘い感想を抱いていたわ。過去の俺をぶん殴ってやりたい。
「相変わらず凄い馬ですね。ちゃんと最後まで食らいついてくるなんて」
「やけど、さすがにヘトヘトですわ。明日の調教は軽めにせんと」
「よしよし、よく頑張ったなシャーロック。偉いぞ」
俊之さんのナデナデが効くわ~。
にしても、気になるのはネオユニヴァースさんの反応だ。
失望されたりしてないかな?
調整相手のこの様を見て、がっかりさせなかっただろうか?
肝心のネオユニヴァースさんはというと。相変わらず俺をジッと見ていた。
なにを考えているのかは分からない。
ただ、悪くはなかったみたいだ。
『中々だった。これからも“ヨロー”』
よろー? えーっと、多分よろしく、ってことか?
『あ、はい。よろしくです。俺なんかでよければ』
『うん。“交信”、期待。それじゃあね、“お友達”』
凄い繋がりができたもんだ。
完全に予想外の方向からできた繋がり。感謝しなければならない。
調教終わりの去り際。
「うわっ!?」
世戸口さんとこの調教助手さんの叫び声が聞こえた。
何事かと振り向くと……ネオユニヴァースさんが立ち上がっていた。
『びっぐばん』
なにやってんだあの人、じゃない馬。調教助手さんびっくりしてますよ。
「お、今日は調子が良かったみたいですね。ネオユニヴァースが立ち上がるなんて」
「あ~、そういう癖、やったっけ?」
「はい。それにしても、今日は特に勢いよく立ち上がったなぁ。それだけ調子が良かったのかもしれません」
世戸口さんは特に気にしてない様子。あ、これいつものことなんすね。
「相性がいいかもしれませんし、もしかしたら今後もお願いするかもしれません。どうですか、康夫さん?」
「こっちからお願いしたいくらいです! そん時は是非、声掛けてください!」
そんな情報、確かにあった……か? いかんせん覚えてない。
調教でネオユニヴァースさんと出会った。今後も機会があればいいな。
ちょっとマイルドにしているネオユニ語。