年が明けて古馬2年目に突入。俺の成績で古馬2年目行けるとは思わんかったわ。
(現役無敗の18連勝。内G1を9勝だから、すでにアーモンドアイに並んでるんだよな)
アーモンドアイはまだまだ先の時代なため、俺がトップを独走している。
シンボリルドルフとテイエムオペラオーの記録を抜いたわけだ。ダートまで含めるとちょっとややこしくなるけど。
ぶっちゃけた話、よく現役続行で来たな、ってところがある。
こんな成績の馬、普通に考えたら即種牡馬入りだ。
そうならなかった理由については分からないが、裕二さんにもなにか考えがあるのだろう。
(なんにせよ、今年も頑張りますかね。特に、春天を目指すのであれば、必ずぶち当たる奴がいるし)
おそらくだが、俺の今年の目標はまた天皇賞だろう。
天皇賞の連覇。メジロマックイーンが成し遂げた偉業を俺も達成させる。
それが構想としてあるはず。
親子二代で同じG1レースを連覇となると、それはもう凄いことだ。滅多にお目にかかれない。
そんな偉業に手が届きそうになっている。なんて凄いことか。
もっとも、その上で最大の障害となる相手がいる。
俺と同じ無敗の三冠馬。英雄と呼ばれ親しまれている、鹿毛の競走馬。
ディープインパクト。アイツが、春天で立ちはだかる。
(いつもは近所のガキみたいに扱っているが、レースの実力は本物だ。あまりにも突出している怪物、才能だけで数多の競走馬を蹂躙してきた奴だからな)
最初に断っておくが、別にディープはバカってわけじゃない。むしろ頭は良い方だ。
頭は良いんだが……アイツの場合、走ることに極振りしているからあんまり意味がない。
出遅れるわ、岳さんを振り落としかねないことをするわ、挙句の果てにはゴールを勘違いするわ。
いろいろと、お前本当に頭が良いのか? なんて逸話が残るくらいだ。
ゴールの勘違いについては、馬自身がゴールの場所をしっかり認識しているので、むしろ頭が良い判定なんだけど。
走りたがりの気性が災いしているディープ。
だがその実力に関しては、疑う余地が一ミリもない。日本近代競馬の結晶は、伊達ではないわけだ。
(特に、前世での春天の勝ち方はイカれてる。あんな勝ち方、普通はできねぇ)
第4コーナーで気づけば先頭に立ち、そのまま後続を突き放しての圧勝劇。
最初見た時は、鳥肌が立ったのを憶えている。
映像越しだというのに、次元が違うってよく分かったからだ。
さらにはレースレコード勝利。キタサンブラックが塗り替えるまで、レコードタイムを保持し続けた。
ついにあのディープが相手になる。
この時代を生きていくうえで無視できない障害、俺が勝たなければいけない相手。
ついに、戦う時が来たわけだ。
……まぁ、最近のアイツは大分荒れてるけど。
この前も放牧で会った時。
『シャロさん走ろ! 今度こそアイツを倒すんだ!』
『お前なんかキレてんな。なにがあった』
『とにかく走ろ! よーいドン!』
『お前も俺の話聞かねぇな』
いつも以上に走りたがっていたし。強くなろうという気持ちが強かった。
後から聞いた話だが、有馬記念でハーツに負けたのがよほど堪えたらしい。
悔しそうに勝ち馬を睨みつけ、なんと検量室でも睨むのを止めなかったのだとか。
純真が服を着て歩いているディープにしては、珍しいことだ。
俺はその話をハーツに聞いたんだけどな。
『ふっ、俺があのガキに後れをとるなどありえん。お前に勝つまで、俺は負けんぞ』
なんて言ってた。
うん、間違いなくハーツのせいだなこれ。別にいいけど。
ディープからは走ることをせがまれるわ、ハーツからはドヤ顔で勝利報告されるわ。
なんつーか、アレだな。
(これで帰ってきた、って思うのなんか嫌だな)
もっと平和に帰ってきた、って思いたかった。
クラフトちゃんに癒されたり、アドマイヤジャパンが相変わらずネガってたりしたけど。
ついでに、俺はまた気性難の相手をされそうになってるけど。
(もうそういう因果と思うしかねぇ。というか、そう思わなきゃやってられねぇよ)
気性難矯正装置に本格就職しました。嬉しくねぇ。
話が横道にそれたが、おそらく俺は春天を見据えているはずだ。
ドバイ遠征の話も出てないっぽいし、ほぼ確定だと思う。
そうなると、相手になるのはディープインパクト。
日本競馬でも最強クラスと名高い、衝撃の英雄。
率直に言って、勝っておきたい勝負だ。
(俺のネームバリューがさらに上がること間違いなし! 種牡馬価値さらに爆増……これ以上爆増して嬉しいことあんのか? いや、あればあるだけいいはず!)
無敗ってのもそうだし、なによりディープに勝ったという功績は大きいはずだ。
俺は先輩三冠馬、向こうは後輩三冠馬。
先輩の意地という意味でも負けられない勝負。是が非でも勝っておきたい。
ネームバリューに関しては……これ以上は上がりようがない気がするが。
ただ、勝つのに問題があるのも事実。
純粋にディープの奴が強いのもそうだし、なによりも……とんでもない問題がある。
(この問題は、俺じゃどうしようもない。つか、防ぎようがないのだ)
その問題とは──騎手の問題だ。
◇
「それじゃ、今日も調教やってくで~……寛君、そないに親の仇みたいな目で成文を睨むなや」
「仕方ないでしょう寛さん。寛さんは一人しかないんですから」
「あっはは……」
調教の時間。
レースが近いので、実践的なものに切り替えているのだが、俺の上に乗っているのは岳さんじゃない。
隈澤さんである。その隈澤さんは、俺の上で渇いた笑い声を出していた。
いや、そりゃ呆れたくもなるわな。
目の前にいる、嫉妬に狂った男の目を見たら。
「クソっ、僕が分身の術を覚えていれば……っ!」
「覚えたところでどうやって検査とか諸々突破すんねん。無理やろ」
「そもそも創作と現実をごっちゃにしないでください。できるわけないでしょあんなこと」
岳さんである。もう決まったことなんだから、大人しく受け入れてくれませんからね。
俺の気性難矯正は馬専門なんですよ。人間には非対応なんです。
岳さんは春天で俺に騎乗しない。これが騎手の問題だ。
理由は至って簡単。ディープの方に騎乗するから。
岳さんの体は1つだけ。どっちを優先するとなった時に、岳さんはディープを優先した。
俺の方が蔑ろに、なんてことはない。蔑ろにしてたら、目の前で嫉妬に狂っていないだろう。
で、優先した理由もこれまた簡単。
「ディープは寛君以外乗りこなせん。やからまぁ、騎乗するならディープやろなぁとは思うとったわ」
「その点、シャーロックは誰が騎乗しても大丈夫ですからね。騎手一年目の新人が騎乗しても勝てる、なんて世間では言われてますし」
「当然でしょう。僕が教え込みましたから」
「なんで威張っとるん?」
ディープの騎乗が難しすぎて、現状だと岳さんしかフルパワーを発揮できないからだ。
能力はバカみたいに高いディープ。普段は大人しいし、気性も穏やか。
一見すると、誰でも騎乗できるなんて思うだろう……そんな考えは、乗った瞬間に消し飛ぶのだが。
ディープはま~走りたがりが凄い。
ちょっとでもミスるとすぐに前に行こうとするし、とんでもないじゃじゃ馬っぷりを発揮する。
制御するには、かなりの技術が必要なのだ、ディープは。それに見合うだけの才能と能力があるんだけども。
岳さんレベルでどうにかなる、だからな。扱いがどれだけ難しいかが分かるだろう。
その点俺は誰でも騎乗ができる。極論、岳さんじゃなくても勝負ができるわけだ。
(まぁ中の人搭載しているようなもんだしな)
なので、岳さんはディープを優先。次のレースと春天では騎乗しないことが決まった。
これは裕二さんも了承済み。ちなみに裕二さんは理由を聞いて苦笑いをしていたらしい。
もっとも、これは春天までの話だ。
春天が終われば、また岳さんが騎乗することになる。
ローテが被らない限り、の話だけど。
これで話はまとまった。平和に終わった……なんてことはない。
理由? 俺の目の前で嫉妬に狂った男がいれば、分かると思う。
「っちゅーか、納得しとったやろ寛君も。なんでそない目を向けてくるねん」
「いえ、僕以外がシャーロックに騎乗しているのが耐えられなくて」
「面倒な男は嫌われるで」
なんだこの人。あんたもあんたで俺のこと大好きか?
そういうのはリョーマだけでいいんだよ。野郎から好かれてもあんまり嬉しくないわ。
「それに、寛さん前に仰っていたじゃないですか。自分とディープのコンビで、シャーロックを倒したいと」
おい待て、なんてこと考えてやがる。
え、ディープとのコンビで俺を倒す? 俺そんな敵ポジとして認識されてんの?
勘弁してくれませんか。日本近代競馬の結晶に、日本史上最高峰の騎手がコンビで襲ってくんの? 怖すぎなんだが。
どうか嘘だと言ってくれ。冗談だと言ってくれ。
「それはそうですが……やはり、実際に目の当たりにすると、どうしても我慢が」
嘘じゃねぇのかよ。嘘だと言ってくれよ。
てか冷静に考えればそうだ。
岳さんが俺に騎乗しないってことは、俺の敵になるってこと。
俺のことを誰よりも熟知している騎手が、日本で最高レベルの騎乗技術を持つ人が、俺の敵になるってことだ。
(い、い、嫌すぎる~!? ふざけんな、とんでもねぇことしやがって! つかなんだ俺に勝ちたいって! 俺そんな悪いことした!?)
岳さんにはやってないだろうが! トラウマほじくり返したぐらい……いや、結構あるな。
しまった、なんも反論ができないことをやってたわ。大逃げかますとかいうやべーことやってたわ。
原因、分かっちゃったな。分かりたくなかったけど。
なんにせよ、次のレースでは岳さんとディープのコンビが相手になる。
「……まぁ勝ちに行きますよ。複雑ですけど。複雑ですけど!」
「だから、そんなに嫉妬の籠った目を向けないでくれるかな。私にだってどうしようもないんだから」
骨が折れるどころの話じゃないな、これ。
今から不安で仕方ないわ。
春天で岳さんとディープのコンビが相手になることは分かった。
ここで気になるのは、俺のローテである。
「ディープは阪神大賞典をステップレースにして、春天やな。王道のローテで行くわ」
「去年シャーロックが選んだローテですね。まぁ無難かと」
ディープは阪神大賞典へ。
じゃあ俺はどこに出走するのかというと。
「シャーロックはダイヤモンドステークスやな。東京の3400mや」
「こちらも悪くはないかと。ただ、東京からの京都が懸念ですね」
「問題ないやろ。シャーロックやで?」
「それで納得できるのが、シャーロックの凄さですね」
2月開催のダイヤモンドステークスである。芝の長距離レースだな。
春天で対決が予定されるものの、出来る限り同厩舎での戦いは避けたい。
しかも前哨戦だ。悪影響が出ても困る。
なので、俺とディープは別のレースに出走。これが主な流れだ。
ダイヤモンドステークスからの春天。別に悪くはないレース選びである。
しいて挙げる懸念点は、東京からの京都競馬場、ってところか。
(コースとか諸々が違うからな~。なんでか大丈夫認定されてるけど)
俊之さんも納得しないで欲しいわ。納得できる要素しかないんだろうけど。
春天までのローテはこんな感じだ。
じゃあ一年を通してのローテはというと……実は決まっている。
「春天が終われば、また海外遠征やな。宝塚をパスして、エクリプスステークスとキングジョージに出走予定や」
「昨年と同じローテ、ですね。それにしてもどうしてですか? 宝塚記念も悪くないと思いますが」
「いや、それがな……」
夏はまたイギリスだ。昨年と全く同じローテ、エクリプスステークスとキングジョージに出走する。
その理由というのが。
「その、やな。女王陛下からまたイギリスのレースに来てくれっちゅうオファーが、あってな……熱烈なラブコールを受けてんねん」
「あぁ……はい。すみませんテキ、俺が悪かったです」
「えぇねん俊之。お前の今の気持ち、よう分かるから……」
女王陛下が俺のレースを見たいと、ラブコールを送っているからである……恐れ多すぎるわ!
(俺の胃が爆発四散するわ! 見てみろ康夫さんの憔悴しきった顔! 全てを諦めて受け入れてるぞこの人!)
俺だって同じ立場なら憔悴する。
なんでこんなことに。やはり去年の影響か?
というわけで、俺の夏はまたも海外遠征だ。
キングジョージは権威のあるレースだし、連覇ともなれば箔がつく。
エクリプスステークスはステップレースだ。同じコースだし、勝手を知っている。こっちを二連覇でも凄いことだ。
(検疫さえなければな~。プリンスオブウェールズにも出走できたんだろうけど)
……それはそれで胃が死にそうだ。主に女王陛下に関してと、検疫ルールで。
と、上半期はこんな感じ。
下半期はどうなるか? これについては、上半期の結果次第だ。
「凱旋門賞と秋天、どっちも外せんからな~。どちらにせよ、キングジョージの後、一回帰国するんは確かやな」
「昨年と同じローテを突き進むか、それとも未踏の頂に手を伸ばすか。裕二さんがどんな選択をするか、ですね」
「やな。ディープに関しても、春の結果次第や言うとる。どうなるかはまだ分からん」
良い結果を出せれば凱旋門賞、望むような結果じゃなければ秋天になる、ってとこだな。
おそらくだが、春天を指標にするはずだ。
(俺がディープに勝てば俺が凱旋門賞に、逆にディープが勝てばディープが凱旋門賞に、ってところか)
どっちも、って線もあり得るが、これが濃厚。
春天で、俺の未来のローテが決まる。
俄然気合が出てきた、のだが。
「ですがテキ。最近の情勢を考えると……」
「しっ! 黙っとき俊之。ここで話すことやない」
「……すみません。ではこの後」
「分かっとる。俺かて、無視できひん問題やと思うてるからな」
康夫さんと俊之さんが気になる話をしていたが。
(無視できない問題? なにかあんのかね?)
俺には何が何だか分からなかった。
◇
調教後。メジロシャーロックのいない場所、事務室で生江康夫と俊之が向かい合っている。
「テキ、最近のシャーロックに関してですが」
そう切り出す俊之。
先ほど調教の場で言いそうになったことを、この場で改めて問おうとしていた。
康夫はというと、厳しい表情を浮かべている。
その表情から、ある程度のことを察することができた。
「相変わらずファン人気は高いままや。っちゅーか、さらに伸びとる」
「テレビや雑誌での取材が殺到していますからね。最近では、今まで以上にマスコミ対応に追われる始末です」
「そうやな。やけど俊之、お前が聞きたいんは、そういうことやないやろ?」
射抜くような視線。俊之は、頷いた。
深い溜息を吐く康夫。一枚の紙を取り出し、眺め……もう一度、溜息を吐いた。
溜息の原因。康夫の口から出てきたのは。
「シャーロックの次走、ダイヤモンドステークスの出走馬一覧。今んとこ登録しとるんは5頭のみや」
シャーロックの次走に決めているレースが、出走頭数ギリギリであることだった。
察していたのか、俊之はやはりか、という表情を浮かべている。
康夫もまた、消沈しつつもある種納得した表情だった。
どうして納得しているのか? 理由は明白だ。
「シャーロックを相手にするんは、堪えるわな。騎手が変わるとはいえ」
「馬自身の素質が飛び抜けている。勝てない勝負に挑むくらいなら、まだ勝てる勝負に挑んだ方がいい」
「そういうこっちゃ。悲しいけど、やるせへんけど。強い馬の性っちゅうことや」
メジロシャーロックが強すぎるから。これ以上の理由などない。
18戦18勝。G1を9勝。その上ほぼ全部のレースで、隙のない勝ち方をしてきた。
挑む方がバカらしくなる。どうせ勝てないなら、まだ勝ち目のあるレースに出走する。
それが、他陣営の考えなのだろう。メジロシャーロックが出走するならと、露骨に避けるようになった。
「5頭集まっただけでも奇跡や。おそらくやけど、乗り替わりで隙があるんやないか、っちゅう考えやな」
「ですが……それでも5頭。ギリギリの数です」
「そんだけやねん、シャーロックはな」
もしもこの先も同じような事態になれば。そう思わずにはいられない。
下手をすればG1でも似たようなことが起こりうる……メジロシャーロックは、そこまで来ていた。
「ホンマやったら、裕二さんは天皇賞三連覇を目標にしとった。やけども、こないなことになってもうたらな」
「さすがに、今年いっぱいが限界でしょう」
「せや。裕二さんも同じ考えやった。シャーロックは今年いっぱいやって」
「戦う相手がいなくなったから引退……ですか」
「ホンマやったら凄いことなんやけどな。けど、なんちゅうか」
窓の方を見て、黄昏る康夫。
その目には、寂しさと悲しさが見えた。
「少しだけ、シャーロックが可哀想になってくるわ」
「……仕方ない、で割り切れませんからね。ですが他陣営も、責めることは出来ません」
「同じ立場やったら、俺かて同じことするかもしれんからな。シャーロックは、ホンマに強い」
ダイヤモンドステークスの日は、刻一刻と迫っている。
上半期は同じ。下半期は秋天と凱旋門賞の両睨みで上半期の結果次第。大体こんな感じの認識でおけです。