親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

82 / 105
現在の情勢とかね。


熱狂は留まることを知らず

 世間でのメジロシャーロック人気は凄まじいものとなっていた。

 

「よし、ゲット! いや~、ここまでで大分使っちまったよ」

「ぶっちゃけ、クレーンで使った金よりもゲーセンはしごした金の方が掛かったけどな。つっても、これでシャーロックぬいゲットだぜ!」

「全国どこも品薄だからな~。知ってっか? 暴動まで起きかけたらしいぜ?」

「うわマジかよ!? やっぱすげぇな~、シャーロック人気」

 

 元々、オグリキャップの活躍以降、客は離れていき。

 特に若年層からの関心も引けず、売上は減少傾向にあった。

 

 しかし、今は違う。

 20代はおろか、テレビを通して10代の中高生までもが競馬を見ており、一種のムーブメントを巻き起こしている。

 

 ハイセイコーが作り上げた第一次競馬ブーム。

 オグリキャップによって再来した第二次競馬ブーム。

 そしてメジロシャーロックが生み出した第三次競馬ブーム。

 

 誇張抜きで、現在第三次競馬ブームが巻き起こっている。

 

「思わず応援したくなるような馬だよな~! こう、頑張ってくれ! って!」

「勝ち続けるんだけどさ、勝ち方が毎回予想つかねぇの! 天皇賞なんてあそこから勝つのかよ!? って興奮したね!」

「海外でも活躍してるんだ。応援しない理由がないね!」

 

 若者から年寄りまで、全ての層に人気なメジロシャーロック。

 グッズは飛ぶように売れ、シャーロックがレースに出走するなら現地に、と観光業界にも影響を与えている。

 素晴らしい経済効果を叩き出し、JRAからすればメジロシャーロック様々と拝むほどの活躍だった。

 

 ただ、ハイセイコーやオグリキャップと決定的に違う点がある。

 それが──海外人気。

 メジロシャーロックは海外の競馬ファンにも、素晴らしい人気を誇っていた。

 

「シャーロックのグッズ求めテ、日本までやってきちまったヨ! ドコにあるんだイ?」

「見て、あそこにあるワ! このクレーンで取ればいいのカシラ?」

「なんでもいいヨ! とにかく、グッズをあるだけ集めないト!」

 

 エクリプスステークスとキングジョージ、香港ヴァーズで素晴らしい結果を残したシャーロックは、海外でも高い人気を誇っている。

 中でもイギリスは最大手。そもそもが女王陛下が気に入っているので、国単位でファンと言える。

 

 そんな女王陛下は、繁殖牝馬のセレクトセールに熱心なようで。

 

「『メジロシャーロックのために、素晴らしい繁殖牝馬を購入しないと! 理想のお嫁さんを探すのよ~!』」

 

 特定の馬のために、繁殖牝馬を購入しようとしていた。

 凄い惚れ込みようである。それだけ、キングジョージの一戦が衝撃だったのかもしれない。

 

 香港での人気も言わずもがな高い。

 香港ヴァーズに誘致するため、それはもう熱烈なラブコールを厩舎に送っていた。

 

「『どうかメジロシャーロックを我が国のレースに!』」

「『我が国で走る姿を見たいのです! どうかお願いします!』」

「『メジロシャーロックの素晴らしい走りを香港で! お願いします!』」

 

 ……と、連日のように伝えていたようである。

 

 最終的に生江厩舎側はこれを承諾。香港ヴァーズの出走が叶うことに。

 その際の反応はというと。

 

「『日本の最強馬が香港に来るぞー!』」

「『日本じゃない、世界の最強馬だ! メジロシャーロックが香港で走るんだー!』」

「『楽しみで仕方ない! 今からお祝いの席を用意しなくちゃ!』」

 

 お祭り騒ぎだった。

 オーナーである喜多野裕二にグッズ化の打診をするほどの熱狂っぷり。

 一体どこで情報を、そこまで熱中するほどの熱意を仕入れたのか。疑問を抱かずにはいられないほどの人気である。

 

 日本を超えて世界へと。

 メジロシャーロックの人気は、衰えることを知らない。

 

 となると、生まれ育ったメジロの牧場にも目が向けられる。

 昨今の経営状況に他の馬の成績、シャーロック以外はどうなのか? と。

 

 他の馬の競走成績に関しては、よくはないだろう。

 シャーロックの活躍でメジロマックイーンの種付け数は激増しているが、まだ出走できる歳に達していない。

 他の産駒もちらほら出走しているが、未勝利戦を勝ち抜けるかどうか怪しいライン。

 一言で片づけるなら、よろしくない、というのがメジロの現状だ。

 

 とはいえ、シャーロックの人気もあり、経営状況は回復傾向にある。

 特に大きいのはグッズ。世界規模で売れていることもあり、かなりの金額となっている。

 メジロマックイーンの種付け料も上がっているので、バカに出来ないくらいには回収できていた。

 

 メジロの総帥、喜多野裕二はこう語っていた。

 

「いや、ね。本当に、みなさんに愛されているみたいで。嬉しい限りです」

 

 また、今後の展望についても。

 

「あの子は職員にも愛されていましてね。シャーロックの産駒の面倒は、何が何でも見る! と気が逸っている職員もいるほどでして」

 

 明るい希望を交えつつ、前向きな回答を残した。

 

「勿論、私自身も同じ気持ちです。あの子の産駒の活躍を見るまでは、牧場は畳むに畳めませんね。下手なことをしようもんなら、天国の美弥さんに怒られてしまいますから。シャーロックを悲しませるとは何事だ、ってね」

 

 笑いながらそう語っていた姿に、インタビューをした記者達もつられて笑みを浮かべた。

 

 

 第三次競馬ブームを巻き起こしているメジロシャーロック。

 第一次は競馬をスポーツとして。第二次はスポーツから大衆娯楽へ。

 そしてこの第三次では、国境の垣根を超えたムーブメントとなっている。

 

 留まることを知らない人気。メジロは安泰かもしれない。

 

 ……しかし、それはあくまで外部の人間に限った話である。

 内部、というよりは対戦相手となる他馬。

 他馬に携わる厩舎と騎手にとっては、最悪も最悪の相手だ。

 

 日本も海外も関係ない。

 対戦相手として見た場合……メジロシャーロックほど対戦したくない馬はいない、と気持ちが一致していた。

 

 理由は明白。強すぎる上に弱点がないから。これに尽きる。

 メジロシャーロックの次走であるダイヤモンドステークス。

 10万人近い観客が集まったが……戦いたくないという気持ちをより強固にするレースっぷりだった。

 出走を決意した陣営は、例外なくそう答えたレースとなったのである。

 

 

 

 

 

 

 東京競馬場。晴れ空広がる中で5頭の馬が疾走する。

 

《先頭でペースを握ります、メジロシャーロック。後続の4頭を引き連れて、メジロシャーロックが悠々と逃げている。最大ハンデも何のその、62キロを背負っても問題なし。新たな鞍上隈澤成文を背に、悠々と逃げておりますメジロシャーロック》

《後続は追いかけるだけでも精一杯、ですかね。楽に逃げています》

《ゴーウィズウィンドが2番手その差は2馬身。トウカイトリック、ダイワキングコンと続いて、最後尾はオペラシチー。2週目の向こう正面、快調に飛ばして逃げていますメジロシャーロック。一度も先頭を譲っておりません》

 

 10万人近い大歓声。およそG3のレースとは思えない客入りは、先頭で走る葦毛の馬が原因だろう。

 

「頑張ってー! シャーロックー!」

「マジ応援! ファイトー!」

「負けないでー!」

 

 ほぼ全てがメジロシャーロックに対する声援。

 他を応援するファンからすれば、肩身が狭い思いをしてそうな雰囲気だった。

 

 そんな中、メジロシャーロックの手綱を握るのは岳寛、ではなく隈澤成文。

 普段は調教でたまに騎乗する隈澤が、本レースの手綱を握っていた。

 

 春天を見据えているため。ぶっつけ本番で別の騎手に乗ってもらうのではなく、前哨戦を使って慣れさせる。

 調教で何度か騎乗しているとはいえ、馬は不安を感じずにはいられない。いつもと違う人間が乗るのだから。

 

 だからこそ、慣れさせる目的での騎乗。

 ダイヤモンドステークス出走の狙いは、慣れにあった。

 

 手綱を握る隈澤。順調に飛ばしている。まるで問題はない。

 問題はないが、隈澤は──恐怖を覚えていた。

 

(寛君……君は、なんて馬を育て上げたんだ)

 

 恐怖の対象はメジロシャーロック。そして主戦騎手を務めていた岳寛。

 一頭と一人のコンビに向けられる。

 余裕な走りをしているが、その実恐れを抱いていた。

 

 なぜか? その理由は、メジロシャーロックの走りにある。

 隈澤は……ここまで一度も、ペースの指示や進路取りをしていない。

 

 この小頭数では位置取り争いは意味をなさない。馬のやりたいようにやらせるのが一番だ。

 飛ばし過ぎなようなら自分が抑える。不安を感じているはずだから、どこかでペースを逸脱するはずだ。

 その時は無理しない程度に抑える。大丈夫だ、不安に感じる必要はないと、教えるつもりだった。

 

 だが、現実は。

 そんな心配は、微塵もいらなかった。

 

(ここまで私は手綱を握っているだけ。ペースの維持も、最内の経済コースのコーナリングも、全てメジロシャーロックが単独で行っている)

「単独で行っている上で……完璧としか言いようがないレースを展開しているっ」

 

 隈澤は元々、馬のやりたいように走らせる主義だ。

 決して無理はさせず、馬が走ることが嫌にならないように努める。

 

 なにより今回は代役。

 できる限り、主戦である岳寛にそのままのメジロシャーロックを渡したい。

 そんな思いがあったからこそ、出来る限り無茶なことはさせないようにしよう。

 レース前は、そんなことを考えていたのだ。

 

 ただ、レース前。

 最終追い切りの日。岳からこう言われていた。

 

「シャーロックならなにも心配はいりませんよ。彼は、自分でレースができますから」

「……はい? それは、どういうことかな、寛君」

「言葉通りの意味です。シャーロックは自分でレースを作れますよ」

 

 断言。シャーロックは心配ないと、断言していた。

 

 あの時は、シャーロックに対する信頼だと思っていた。本気にしていなかった。

 その判断が間違いであったと、レースで思い知らされた。

 

 何もしなくても勝てる。メジロシャーロックだけで自己完結している。

 

(完璧なペース配分に間違えないコース取り。敵として対峙した時もそうだったが……)

 

 味方でも恐ろしい。そう思わざるを得なかった。

 

《最後の直線、メジロシャーロックが先頭で入ってきました。メジロシャーロックが先頭、東京競馬場は割れんばかりの大歓声! 後続を突き放して、メジロシャーロックが先頭を突き進みます!》

 

 かつて、調教助手の俊之が口にしていた言葉が頭によぎる。

 インタビュー記事でも書かれていたこと。

 

「シャーロックなら騎手一年目の新人が騎乗しても勝てる」

 

 ふと、その言葉を思い出した。

 

 あぁ、確かに勝てるかもしれない。

 なにせ一頭で完結しているのだ。なにもしなくても勝てる。

 

 しかし……隈澤の考えは違う。

 

(この子に新人を乗せたらダメだ。確実に、将来ダメになる)

 

 新人はおろか、若手すらも乗せてはいけない。

 メジロシャーロックに騎乗してもいいのはベテラン、それなりに数をこなした騎手でなければならない。

 でなければ……有望な芽を潰してしまう。それほどの強さを、メジロシャーロックは持っている。

 

《隈澤成文手綱は持ったまま! 騎手が変わっても全く問題なし! 後続に今6馬身差を叩きつけ! メジロシャーロックがダイヤモンドステークスを制しました! これは凄い、最初から最後まで圧倒し続けた! メジロシャーロックの強さに陰りなし!》

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 

 レース後インタビューにて。

 

「いや~それにしても、盤石の強さでしたね! 今のお気持ちは?」

「本当に強い馬ですね。寛君が教え込んだだけあって、私はただ乗っていただけでした。乗っていただけで勝てるんですから、凄い馬ですよ」

「成程成程。確か、巷では新人騎手が騎乗しても勝てるとかどうとか。いや~、それはさすがに」

「勝てますよ。確実に」

 

 その話題が出て。

 隈澤は思わず口を滑らせてしまう。

 メジロシャーロックが抱える危険性を、口にしそうになった。

 

 とはいえ、そこから先は口をつぐむ。

 

「……失礼。さすがに難しいとは思いますが、勝ち負けには絡めると思います。ちょっと言葉足らずでしたね」

「い、いや、先ほど確実に勝てると」

「言い間違いですよ、言い間違い。申し訳ありません、ちょっとメジロシャーロックの強さに興奮してまして」

 

 愛想笑いを浮かべてお茶を濁す。

 これ以上追及されたらまずい。そう思いつつも。

 

(シャーロックが孕んでいる危険性……それは、新人の芽を潰しかねないものだ)

 

 頭の中ではシャーロックの危険性のことでいっぱいだった。

 

 確かに、メジロシャーロックは一頭で自己完結している。

 乗っているだけで勝った自分がいるのだ。間違いなく新人だろうが、下手したらその辺の人を捕まえても勝てる。

 それだけの確信があった。

 

 だがそれは……騎手を生業にする人間にとっては、甘い蜜で毒だ。

 

(シャーロックだけでどうにかなってしまう、誰が騎乗しようが関係ない……下手したら、勘違いしてしまう)

 

 馬だけでどうにかなるのであれば、騎手が技術を磨く余地がない。

 それだけならまだマシだが、最悪の場合勘違いを起こしてしまう可能性がある。よくない成功体験を覚えてしまう。

 結果、シャーロックでやった騎乗を、他の馬でもやりかねない。

 

 他の馬にシャーロックレベルのことを求めるのは酷。というか無理。

 しかし、勘違いして天狗になる場合がある。

 

 本来であれば、いろんな馬に騎乗し、試行錯誤して、自分なりの騎乗スタイルを身に着ける。

 この馬ならこの乗り方を。気性の激しい子にはどういう風に乗ればいいのか? 自分ならどう騎乗するか?

 本来であれば、自身の経験から学び活かして、模索していくものだ。積み重ねが非常に大事になる。

 

 そんな新人や若手の時に、シャーロックのような完璧な馬に騎乗した場合どうなるか?

 騎手が成長する可能性を、潰してしまうかもしれない。

 試行錯誤する手間がいらないのだから当然だ。だって、シャーロックに任せれば勝てるのだから。

 楽を覚えてしまう。それが一番怖い。

 

 恐ろしい。強いとか美しいとか、賢いとかいう次元ではない。

 ただ、恐ろしい。たった一頭で自己完結する馬がいるのかと、恐怖を覚えた。

 

 ……もっとも、それはあくまでレース面での話。

 それ以外となると、話は別だ。

 

(けれども、シャーロックもシャーロックなりに、出来る限りのことをやろうとしているんだ。怖さを覚えるのは違う話、か)

 

 調教で関わっているから知っている。

 それ以外の時間でも、シャーロックと会ったことがある。

 だから知っている。シャーロックの優しさを。

 

 自分の欲求よりも他を優先する。

 他馬に併せ、他を立てることを苦に思わない。

 たまにこちらを労うように、顔を舐めてくれる。

 そんな、優しい馬だ。

 

 確かに、レースでは怖いかもしれない。

 だが、普段の彼は優しくて聡い子だ。

 何もかもが怖いわけではない。

 

(……いけないな。あまりの強さに、恐怖してしまった。彼に謝らないといけない)

 

 己の過ちを後悔しつつ、後でシャーロックに頭を下げよう。

 インタビュー中にも関わらず、隈澤はそんなことを考えていた。

 

「あの~隈澤騎手? 質問の方ですがよろしいですか?」

「……え? あ、あぁすみません! なんでしょうか!」

 

 ただ、幸いにも記者はそれ以上追及することなく。

 質問に懇切丁寧に答え、無事にインタビューを終えた。

 

 

 そして、インタビュー後。

 

「すまない、シャーロック。君に怖さを覚えてしまった。優しい君を、怖がってしまった。申し訳ない」

 

 隈澤は、本当にメジロシャーロックに頭を下げた。

 生江康夫も驚いているし、柏崎厩務員も目を見開いている。

 

 当のメジロシャーロックはというと。

 

(え、なに? 俺が怖かった? いや、まぁ確かに、騎乗している隈澤さんからそんな気持ちは感じてたけど)

『別に気にする必要ないのに。律儀な人だなぁ』

 

 のほほんとしていた。

 特に気にしておらず、むしろ慰めるように。

 

「わっと。あはは、本当にすまないね、シャーロック。次からは気をつけるよ」

「ヒヒン(気にしないでくれ)」

 

 隈澤の顔を舐めた。

 これにて一件落着である。




実際新人がシャーロックに騎乗したら勘違いしかねないかもしれない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。