曇らせ「( ^ω^)」
現役時代は【名優】として呼び親しまれ、現在ではメジロシャーロックの父として幅広く知られていた元競走馬、メジロマックイーン。
そんな彼の訃報が、世間へと広まった。
「マックイーンって、確かまだ種牡馬やってたよな? 種付け頭数も増えてたって」
「あぁ。シャーロックの活躍で子孫が増えるかもしれない、って時だったのに」
「19……それなりの年齢だけど、まだ早いだろっ」
今年も種付けシーズンが始まり、3頭目の種付けを終えたばかりのことだそうだ。
心不全。メジロマックイーンの心臓は活動を停止し、息を引き取った。
引退後の予定も計画されていた矢先の出来事。メジロにとって、不幸なニュースである。
メジロマックイーンの死亡。これにより……メジロシャーロックは、母と父を亡くしたことになる。
「目の前で母親を亡くして、去年の京都大賞典前に育ての母を亡くしてよ」
「今度は天皇賞っていう大一番で、父親を亡くすのかよっ。あんまりすぎるじゃねぇか!」
「シャーロックかわいそう……」
産みの母親を亡くした。
育ての母親を亡くした。
そして今度は、自分の父親が亡くなった。
ファンは、メジロシャーロックの境遇に同情する。
「メジロシャーロックがなにかしたっていうのかよ!? いくらなんでもあんまりじゃねぇか!」
「クソ、苦難に負けるなシャーロック! 俺達も、出来る限り応援しないと!」
「まけないでしゃーろっく……できたー!」
間近に控えた大一番。春の天皇賞を前にしての出来事。
亡き父の思いを背負い、どうか勝ってくれ、頑張ってくれと心から願う。
シンザンの記録を超えることは二の次。
亡くなってしまった父のために、メジロマックイーンに捧げる勝利を。
その一心で、ファンは自分達にできることをやっていた。
そんな中、生江厩舎というと。
「康夫さん。どうしますか? 今回のニュース」
「……前回の例もある。ファンの人達が自重するとは思えへんし、それやったらいっそ報せた方がマシや」
「前回は我々の責任でもありましたからね。とはいえ、直接伝えるというよりは」
「話題として挙げる。これでええやろ」
今回のニュースを、メジロシャーロックの前で話すかどうかを考えていた。
結果は、話題として出すことを決断。
前回のメジロラモーヌの一件もあって、隠し通すのは無理だと判断してのことである。
どうせ止められないのならば、いっそのこと自分達で報せた方がいい。
早めに知っておいた方が、いざ本番となった時に、調子を崩さず済むかもしれない。
様々なリスクを考慮しての判断だった。
「え~っと、今日はアドマイヤムーン、やったな?」
「はい。アドマイヤムーンの皐月賞が近いので、調整をお願いします、と」
「それやったら、調教後に話題に出すんがええやろ。明日以降は軽めの調整やし」
「明日はフサイチパンドラですけどね。もし影響が出ているようでしたら、先方にお話しして」
今後のことを話し合う康夫と俊之。
2人の胸中にあるのは不安。
果たしてシャーロックにどんな影響があるのか?
(言うても、会うたことないやろうしなぁ。父親っちゅうことも知らなそうやし)
(過敏になっているけど、そもそもシャーロックはマックイーンのことを知っているのだろうか?)
「俊之。俺思うたんやけど、シャーロックって自分の父親がマックイーンやって知っとるんやろうか?」
「奇遇ですね、テキ。俺も同じことを思っていました。その上で、知らないのではないでしょうか?」
「ラモーヌと違うて、会うたこともないやろしなぁ。俺らの心配しすぎやと思うけど」
もっとも、その不安も杞憂に終わるんじゃないか?
そう思う2人だった。
結果は、2人の予想通りとなる。
「今日はフサイチパンドラとの併せやけど……シャーロックは問題あらへんな?」
「はい、テキ。放牧でも普通に過ごしていた、と」
「やっぱ俺らの心配しすぎやったか」
メジロシャーロックはいつも通りだった。
不安はただの杞憂で終わったのである。
で、当のメジロシャーロックはというと。
(……やっぱ亡くなってたんだな、マックイーン。これは、変わらないのか)
少しばかり、ダメージを受けていた。
いや、少しどころではない。
(前世の推しウマ娘、メジロの最高傑作……ここだとどうなってるか知らんけど。推しが亡くなるのはやっぱり悲しいぃぃぃ!)
結構ダメージを受けていた。
なにせ推しが亡くなったのだ。
悲しくなるのが当然、場所が場所なら一日中泣き続けたいほどの出来事である。
だが、そういうわけにはいかない。
(これで体調を崩しでもしたら、康夫さん達は心配する。やっぱり影響があったじゃないか、天皇賞の出走は取りやめた方がいいんじゃないか。そう思うようになる)
『それだけはごめんだ。悲しいけども、前に進まなきゃいけない』
待ってくれるファンがいる。
期待しているみんながいる。
彼ら彼女らのことを考えたら、歩みを止めるわけにはいかなかった。
(それに、目の前で母さんを亡くした。親しい人間、リョーマが生死の境をさまよった。ラモーヌさんは去年亡くなった……慣れるものじゃないけど、ダメージは幾分かマシになってる)
『ディープとも約束したしな。天皇賞は全力で戦う、って。そっちの約束も、破るわけにはいかない』
背負った期待のために、心配をさせないために。
止まるわけにはいかない。
愚直に、真面目に。メジロシャーロックは進み続ける。
そう、止まらない。
「おし、やったら調教始めるで。白猪さん、よろしゅう頼みます」
「こちらこそよろしく。いや~、現役の世界最強馬に稽古をつけてもらえるなんて、とんでもないことです!」
「せやろ? シャーロックは凄い馬でな~!」
「テキ、調子に乗らないでください。それじゃあ隈澤さん、よろしくお願いします」
『相変わらずだな康夫さん。まぁいいけど』
天皇賞連覇に向けて。
メジロシャーロックは今日も頑張る。
メジロシャーロック陣営は表面上問題なし。
後の問題として、出走メンバーがどうなるか? というものがあった。
ただでさえ最近避けられている。
メジロシャーロックが出走するならば、回避する陣営が出ているのだ。
今回も頭数が集まるか、不安視されていた。
結果はというと……事前登録の段階で13頭。
問題なく、出走するだけのメンバーが集まっている。
こちらの心配も、杞憂に終わった。
油断はできない。
ここからやっぱり出走を止めた、する陣営が出るかもしれない。
本番の日までどうなるか分からない。祈っておく必要があるだろう。
しかし、他陣営に避ける選択肢は今のところない。
理由が、今回の出走馬にいるディープインパクトだ。
「ディープインパクトは強い。彼ならばあるいは」
「ディープならシャーロックに勝てるかもしれない。あの馬の才能は非凡だ」
「1着と2着が決まっているようなもんだけど……それでもチャンスはある。漁夫の利が」
ディープインパクトの強さは誰もが知っている。
比肩する才能を持ち、無敗の三冠馬として同世代を圧倒した牡馬。
ディープならばシャーロックに勝てるのではないか? そう口にするファンと関係者は多い。
事実、ディープは前哨戦の阪神大賞典を圧勝した。
2着に7馬身差をつける大楽勝。出走馬の中にはデルタブルースもおり、粒揃いのメンバーが揃っていた。
それでもなお、実力を見せつけた。ディープインパクト強し、というレースをしたのである。
だが、ここで頭に出てくるのは有馬記念の敗北。
ディープは一度負けているのである。メジロシャーロックの同期である、ハーツクライに。
ハーツクライはメジロシャーロックに一度も勝てていない。
そんな相手に、ディープは負けてしまった。
これがやはり響く。一度敗北を刻まれた馬と、一度も敗北を刻まれていない馬。
どちらがより強そうなのかは、火を見るよりも明らかだ。
「ディープも強いですが、さすがにシャーロックに軍配が上がるでしょう。あの馬の強さは異次元です」
「理想通りの競馬をしてくる相手なら、ディープインパクトは厳しい勝負を強いられると見ていい。メジロシャーロックには勝てませんよ」
「メジロシャーロックの賢さならば、ディープインパクトの弱点を容赦なく突いてくるでしょう。それに、騎乗するのも隈澤騎手ですから。勝つのは難しいでしょうね」
有識者の間でも、メジロシャーロック有利という論調が広がっている。
「メジロシャーロックは逃げ。それも自分でペースを作れる逃げです。後方で勝負するディープインパクトでは、やはり厳しいでしょう」
「やはりですか? 岡戸さん」
「はい。メジロシャーロックは、ルドルフのようにレースの全てを知り尽くしている。あの馬に勝つのは、至難の業ですよ」
かつてシンボリルドルフに騎乗したこともある元騎手、岡戸幸男も、メジロシャーロックが勝つだろうと口にした。
世間での認識はメジロシャーロック有利である。
ただ、だからこそ。
「けどよ、ここでディープが勝ったら熱いよな」
「無敗の馬に初めての傷をつけるのは、後輩の三冠馬! それもロマンがあるだろ!」
「それに、ディープインパクトの強さならもしもがあるかもしれねぇ! 騎乗するのも岳寛だしな!」
期待せずにはいられない。
ディープインパクトの強さならば、メジロシャーロックに勝てるかもしれないと。
さらに騎乗するのが、メジロシャーロックを誰よりも知る岳寛。
もしもがあるかもしれないと、期待してしまうのが人の性だ。
ディープインパクトならやってくれる。
それでもメジロシャーロックが勝つ。
お互いの主張はヒートアップしていく。
クラシック戦が始まっているというのに、話題はすでに天皇賞が独占していた。
記者も煽る。
互いの主張を、金になりそうだからと。
【近代競馬の結晶VS現代競馬の最高到達点!決着はいかに!?】
【無敗の神VS英雄!前評判はメジロシャーロックか!】
【興奮冷めやらぬ論争!神の試練に英雄が挑む!】
それはもう興味を惹きそうな見出しを書こうと、若干厨二臭い記事まで書く始末だった。
ちなみに売れた。刺さる層には刺さったようである。大体はメジロシャーロックの記事だから、という理由だが。
果たしてどちらが勝つのか?
ファンの間では、今も議論が白熱していた。
そんな状況の中、ディープインパクトに騎乗予定の岳はというと。
「さて、と。どうしたものかな? どうやって、シャーロックに勝とうか?」
メジロシャーロックに勝つ方法を模索していた。
世間の声なんて知ったこっちゃないとばかりに、ひたすらに考えこんでいるようである。
メジロシャーロックの主戦騎手を務めていた岳。
強みと弱みは当然知っている。
(シャーロックは瞬発力がない。本格化を迎えても、こればかりはどうしようもなかった)
「だから理想としては、瞬発力勝負に持ち込むことなんだけど……無理なんだよね。シャーロックも分かってるから、絶対にそんな勝負に持ち込ませないし」
知っている上で、答えを出せないでいた。
岳寛ほどの騎手が、メジロシャーロックの攻略法を生み出せないでいる。
「いや~、本当に強くなったね、シャーロック。さすが僕が教え込んだだけあるよ」
挙句の果てには、シャーロックの師匠面したりしていた。事実師匠ではあるのだが。
「どうするかな~。一応、勝てる土俵を整えることは出来るんだけど……どうしたものか」
ついでに、さらっと、なんでもないように勝てる作戦を考えついていた。
あまり勝算が高いものではないのか、渋面を作っていたが。
「……元々ディープでは、やれることが限られているしね。割り切って走るしかない、か」
どうやら決めたようである。
対メジロシャーロック用の作戦を。
どうやって勝つのか、そのビジョンが明確になった。
「これは勝負だよ、シャーロック。僕とディープのコンビで、君に……君達に勝つ」
握り拳を作り、決意を固めて。
岳寛は天皇賞に臨む覚悟を決めた。
自分が惚れ込んだ馬の一頭、メジロシャーロックに勝つことを。
「後、僕以外の鞍上で勝つのはダイヤモンドステークスっきりにしてほしいしね。僕が鞍の時に勝ちたいし」
ついでに、大変醜い嫉妬の感情を向けていた。
ディープに騎乗すると決めたのは自分なのに、理不尽な男である。
刻一刻と迫る春の天皇賞。
現在の情勢はメジロシャーロック有利。
というよりは、ほとんどがメジロシャーロックの勝利を願っていた。
ディープインパクトも人気とはいえ、メジロシャーロックよりははるかに劣る。
否、メジロシャーロックの人気がおかしいだけだ。
日本はおろか、世界中の人々から応援される競走馬。
オグリキャップに並ぶか、それ以上の人気を集めている。
しかし、0ではない。
ディープインパクトの勝利を。勿論他の馬の勝利を願うファンはいる。
神話の継続か
英雄が神を打ち倒すか
まだ見ぬ伏兵が英雄と神を下すか
天皇賞がどういう結末を迎えるのか。
心待ちにする人々。時間が過ぎるのが遅く感じるほどの感情に駆られながらも。
天皇賞当日を迎えた。
次回 天皇賞・春