親愛なるシャーロックへ   作:カニ漁船

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ついに幕開けですわ~


開幕 無敗の神VS衝撃の英雄

 

 

第133回 天皇賞(春)

 

 

枠順番号馬名牡/牝人気

1
1ストラタジェム牡58

2
2マッキーマックス牡64

3
3チャクラ牡611

4
4リンカーン牡5
3

4
5トウカイトリック牡47

5
6アドマイヤモナーク牡59

5
7ディープインパクト牡4
2

6
8ハイフレンドトライ牡612

6
9デルタブルース牡56

7
10アイポッパー牡65

7
11ビッグゴールド牡810

8
12メジロシャーロック牡5
1

8
13ナリタセンチュリー牡413

 

 

 

 

 

 

 4月30日。ついにこの日がやってきた。

 

「メジロシャーロックVSディープインパクト! このマッチアップを、どれだけ待ち望んだことか!」

「三冠馬同士の対決って、ミスターシービーとシンボリルドルフ以来なんだろ? そもそも連続して出ること自体が稀だし」

「そうだな。加えて、前で勝負するメジロシャーロックと、後ろで勝負するディープインパクト……状況がほとんど同じだ」

「ってなると、やっぱメジロシャーロックが有利なのかね。ま、俺はディープを応援するけど」

 

 天皇賞・春。

 4月終わりの大一番に、世紀の対決が待っていた。

 

 2004年度無敗の三冠馬・メジロシャーロック。19戦19勝とここまで無敗。

 2005年度無敗の三冠馬・ディープインパクト。9戦8勝2着1回と一度しか負けていない。

 

 前にも三冠馬同士の対決はあった。

 しかし、無敗の三冠馬同士となると話は変わってくる。

 

 これまでにシンボリルドルフの一例しかなかった偉業。

 それを近い時期、2年連続で現れるなど、どれだけの確率だろうか?

 生きている間に拝めるかどうか。むしろ拝めない確率の方が非常に高い。

 そんな奇跡にも等しい確率で、このマッチアップが実現したのである。

 

「同厩舎の三冠馬同士の対決っ! これは現地で見ないと損だろ!」

「おい押すなって! そんな押したら見えねぇだろうが!」

「こっちの台詞なんですけど! シャーロックが見えないじゃん!」

 

 当然のように、京都競馬場は満員御礼。

 所狭しと観客が立ち並び、我先にと場所を確保しようとしている。

 

「押さないでくださーい! 押さないでくださぁぁぁい!」

「ゆっくりと、ゆっくりと前にお進みください! 列整理のご協力お願いしまーす!」

 

 警備員も、フルタイムで働くことを覚悟している。

 休む時間はなさそうだ、と内心思っていた。

 

 脚の踏み場がないほどの客入り。

 満身創痍になりながらも辿り着いた観客は、ターフへと目を向ける。

 

「まだまだ先だからな~。早くメインレースの時間になって欲しいよ」

「とりま場所の確保おけ! 飯は……飯は、どうする?」

「どうしようもなくない? これ」

 

 なお、現在時刻はまだ第1Rも始まっていない頃である。

 メインレースである天皇賞まで、たっぷりと時間は余っていた。

 

 

 始まるまでの間、しっかりと第1Rから見ていた観客達。

 途中どうにかしてご飯を食べつつ、その時を待ち。

 

 ついに来た。

 

「きたきたー! 頑張れよシャーロックー! マックイーンが空から見守ってるぞー!」

「無敗の三冠馬が連続して登場かよ! 今から待ちきれね~!」

「シャーロックきたー! あ、でも写真NGだった。あぶあぶ」

 

 メインレース、春の天皇賞。

 パドックを終えた競走馬達がターフに姿を現し、決戦が始まることを報せにきた。

 

 高まる会場のボルテージ。

 特に、声援はメジロシャーロックとディープインパクトに向けられている。

 

「無敗の神に挑む若き英雄! この勝負を楽しみにしていたんだ!」

「楽しみ~! シャーロックしか勝たん!」

「どんなレースをしてくれるんだ? 今からワクワクしてきたよ!」

 

 無敗の三冠馬である二頭。

 レース前から話題を独占していたのだ。こうなるのも必然と言える。

 

 他陣営やそのファンからすれば面白くないが、2頭の人気は凄まじい。

 一定仕方ないとして割り切るしかない。

 

《ついにこの日を迎えました。京都競馬場芝3200m、伝統の一戦春の天皇賞です。天候は晴れ、絶好の良馬場日和。競走馬の力を十二分に発揮できる舞台は整いました。後は己の力を出し切るだけ、勝った馬こそが強いと証明するしかありません。注目が集まるのはやはり》

《メジロシャーロックとディープインパクトを置いて他にはいないでしょう! 三冠馬同士の対決はルドルフとシービー以来、無敗の三冠馬同士の対決は初ですからね! これは注目しないわけにはいかないでしょう!》

《1番人気は8枠12番、今日は大外枠を引きましたメジロシャーロック。日本のみならず、世界に範囲を広げても現役最強の競走馬。19戦19勝、重賞18連勝という前人未踏の大記録を引っ提げての登場! つい先日、虹の橋を渡った父メジロマックイーンに、勝利の凱歌を届けることができるのか? 成すことができるかシンザン超え!》

《やはり、1番人気はこの馬ですよね! とはいえ、2番人気も差はありませんよ》

《2番人気は5枠7番、こちらも無敗の三冠馬ディープインパクト。後方から飛ぶような末脚を炸裂させる英雄、ここまで負けたのは一回のみ、素晴らしい戦績です! 先輩を超えて、時代の移り変わりを報せることになるのか? 無敗の神を超えるため、今英雄が出陣します!》

 

 欲しいのは勝利だけ。

 天皇賞の盾を賜るために来た。人気取りに来たわけではない。

 心の中で繰り返し、言い聞かせる。

 

(マークは……メジロシャーロックだ。ペースを崩さないからうってつけでもある)

(後方警戒。ディープインパクトの追い上げに気をつけないとだな)

 

 今回の作戦も、反芻しながら。

 

 そんな中、ディープインパクトに騎乗する岳寛は。

 

「……さて、と。どうしたものかな?」

 

 視線の先にメジロシャーロックと、隈澤成文を捉える。

 

 注意深く観察している、というよりは、自然と視線が向いていた。

 

(このレースで警戒すべきはシャーロックただ一頭。シャーロックを攻略することが、天皇賞制覇に繋がる)

「どんな作戦で来るか……僕が教え込んだから、察することは難しくない。ただ、隈澤さんがどうするか、だね。あんまり邪魔はしなさそうだけど」

 

 警戒しているからこそ。

 このレースのキーとなる相手だからこそ、自然と視線を送っていた。

 

 万能脚質の天才。どこからでも勝負ができる怪物。

 競走馬にとっての理想形。まさしく神と呼ぶに相応しい強さ。

 

(シャーロックの神話を崩すことは、かなり難しい。はぁ、本当に)

「やりすぎたかな? いやでも、吸収していくのが楽しかったからな~。僕は悪くない、うん」

 

 それでも、勝つためにディープインパクトを選んだ。

 相棒として乗るのではなく、挑戦者として戦うために。

 メジロシャーロックに勝てるかもしれない、比肩する才能を持つ馬、ディープインパクトに騎乗して。

 

(シャーロックとディープは、僕の見立てでは互角だ。互角だけど……決定的に違う差がある)

「その差はどうしても、ね。とにかく、頑張ろうかディープ。君の尊敬するシャーロックに、勝とう」

 

 跨る相棒の首元を撫でる。

 ディープのやる気は、十分とばかりに滾っていた。

 

 入れ込んでいるわけではない。

 尻っぱねもしていない。

 闘志だけを漲らせて、レースに挑もうとしている。

 

 状態は完璧だ。

 ディープインパクトは、絶好調で天皇賞に臨んできた。

 

 もっともそれは──メジロシャーロックも同じ。

 

(負けられねぇ。天皇賞連覇を成し遂げる、ってだけじゃない。メジロマックイーンに捧げるためにも)

『いや、会ったことはないけど。でも推しのために勝つぞ俺は! 絶対に勝つぞ!』

 

 やる気十分、気合十分。

 絶好調の状態で、天皇賞へと乗り込んできている。

 他陣営からすれば、絶望的すぎる情報だ。

 

 背に跨る隈澤も驚いている。

 

(凄いなっ。彼の気迫が、背中越しに伝わってきている。余程、このレースにかけているのだろう)

 

 メジロシャーロックの気合が、熱が伝わって。

 隈澤自身も昂る。是が非でも勝ちたいと考えていた。

 

 ただ、ここは熟練の騎手。

 

「ただ、レースは落ち着いてだ、シャーロック。気合いを入れすぎて、出遅れないようにしないとな?」

「ヒヒン(おうよ!)」

 

 落ち着くことも忘れずに。

 思考はしっかりと正常に戻していた。

 

 

 返し馬が終わり、ファンファーレが京都競馬場に響き渡る。

 ついにゲートインの時間がやってきた。

 係の誘導で、一頭ずつゲートへと入っていく。

 

 そして、あれほど沸いていた京都競馬場も。

 ゲート入りの時間が来た瞬間、ぴたりと歓声が止んだ。

 静かに見守り、ゲートが開くその時を待つ。

 

《ゲート入りは順調。選ばれた優駿達が集うこの舞台、どういうレース展開になるのか予想がつきません。無敗の神の牙城を崩すことができるのか? 英雄の羽ばたきを止めることができるのか。まだ見ぬ伏兵の存在にも注目したいところです》

 

 最後の馬がゲートに入る。

 

 一瞬の静寂が訪れ、人がいることすらも忘れそうになるほどの静けさ。

 その空気を切り裂いて──ゲートが開き、馬が一斉に駆け出した。

 

《大外枠のナリタセンチュリーが収まりました。全馬ゲートイン完了。第133回春の天皇賞が今ッ、スタートしました! さぁ揃って綺麗っ、いやディープインパクトが出遅れました。ディープインパクトが出遅れ、それ以外は揃って綺麗なスタート。外からぐいぐい上がってきますメジロシャーロック、まず迎えるのは淀の坂だ》

 

 沸き上がる歓声。

 レースの始まりを告げるように、ファンは一斉に声を出した。

 

「いけー! 頑張れー!」

「がんばってー、しゃーろっくー!」

「お前が伝説を作るんだディープー!」

 

 天皇賞・春。伝統の一戦の幕が上がる。

 

 

 

 

 

 

 立ち上がりは静かだった。

 

《先頭を走ります、メジロシャーロックが先頭。やはりこの馬がペースを握るか。淀の下り坂、第4コーナーを走る各馬、メジロシャーロックが先頭に立ちました》

《ペースメーカーとしても非常に優秀ですからね。崩れないかつ正確な体内時計。これを崩すことこそが、メジロシャーロック攻略の鍵になります》

《ペースを崩さんと迫るのはトウカイトリック、そしてビッグゴールド。この2頭がすぐ後ろにつけています。メジロシャーロックのすぐ後ろ、トウカイトリックとビッグゴールドの2頭だ。続いて》

 

 長丁場のレース。

 無理をする段階ではない。とにかく無意味な消耗は抑える。

 メジロシャーロックを先頭で走らせ、マークしつつ機会を窺う。

 少しの動き出しも見逃さないように、目を光らせていた。

 

 1番人気は先頭で。

 2番人気はというと、最後方からのスタートだった。出遅れたので当然と言えば当然だ。

 

《ディープインパクトは変わらず後方からのスタート。そこまで差は開いていません、前のチャクラとの差は1馬身もないほどだ》

《まだ固まっていますね。ぎゅっと固まってスタンド前を迎えそうです》

《位置取り争いは緩やかに、まもなく先頭メジロシャーロックがスタンド前を走ります。大歓声の京都競馬場。大歓声に迎えられ、メジロシャーロックが今1週目の直線に入りました!》

 

 ただ、まだ序盤も序盤。

 慌てるような段階ではない。

 現に岳寛も、微塵も慌てず手綱を動かしている。

 

 その目に見据えるのはずっと先──先頭を走っているであろう葦毛の馬だ。

 

(ペースメーカーはシャーロック。これは間違いない。他の馬のペースがそれほど乱れていないのは、優秀なペースメーカーがいる証拠だ)

 

 レースの展開をある程度予測。

 その中で最善の選択肢を選び取るつもりで動く。

 

(焦りは禁物だ。相手にしているのは、もう一人の自分と思え)

 

 相手が強大だからこそ、一瞬の判断ミスが命取りになる。

 完璧な回答を導き出す。それでようやく五分の勝負ができる。

 自分達が相手にしているのは……そんな競走馬だ。

 

《スタンド前を走ります。先頭は変わらずメジロシャーロック。ここで隊列が少しずつ開き始めてきたか? トウカイトリックとビッグゴールドはメジロシャーロックをマークしています》

《ディープインパクトは少し前目につけていますね。行きたがる素振りを見せていますが、ここは岳騎手がしっかりと手綱を握ります》

《ビッグゴールドの後ろ、1馬身離れた位置にリンカーンとアイポッパー。リンカーン、ハイフレンドフライ、デルタブルースと続いている。少しずつ差が開こうとしている天皇賞、先頭はメジロシャーロック変わりません》

 

 全神経を尖らせて。

 メジロシャーロックに勝つために。前を向いていた。

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