歓声沸き上がる京都競馬場。
天皇賞・春。無敗の三冠馬対決という世紀の一戦。
生きているうちに二度拝めるかも分からない戦い。
制したのは──メジロの寵児。メジロシャーロックだった。
《そして今回のレースはレコード決着! 当然とばかりにレコードで駆け抜けた2頭、レコード決着だタイムは3:12:8! やはりこの2頭が強かった天皇賞、勝ったのはメジロシャーロックです!》
《いや~、やっぱり強いですね、メジロシャーロックは! あのディープでさえも完封してしまうとは!》
《先輩の三冠馬として、負けられない意地があったでしょう。もしかしたら、自分よりもディープインパクトを選んだ岳寛に、それみたことかと笑っているかもしれません! メジロシャーロック完勝です!》
世代戦を圧倒的な強さで制したディープインパクト。
そんな相手を前にして、メジロシャーロックは3馬身差を叩きつけて勝利した。
先輩の意地を、プライドを守り通したのだ。
応援していた観客は、割れんばかりの大歓声と拍手を送る。
「やっぱりお前が最強だシャーロックー! 信じていたぞー!」
「ヤバ、シャーロック神過ぎっしょ!? こんなん無限に好きになるって!」
「シャーロック最強! シャーロックさいきょぉぉぉう!」
今をときめくサンデーサイレンス産駒の最高傑作と、すでに終わった血とみなされていたパーソロン系の馬。
今なお隆盛を極める生産牧場と、没落の危機にあった元名門。
順風満帆に育てられてきた鹿毛の馬と、波乱万丈の馬生を送っている葦毛の馬。
何もかもが対称的な2頭。
そんな2頭の戦いは、人々の心に深く刻み込まれる。
世紀の一戦に違わぬ勝負であったと。生きているうちにこの戦いを見れてよかったと口にする。
「最高の勝負だったよ……! やっぱり、凄いぜ競馬って!」
「俺も、俺も競馬に携わるような仕事に就きたい!」
「最高だった! もうそれしか言えねぇ! ありがとーう!」
勝者であるシャーロックをいつまでもずっと、讃えていた。
走り終えたディープを撫でながら、岳はメジロシャーロックを見つめる。
胸中にあるのは──誇らしさ。
(君にはお見通しだったか。本当に、僕を相手にしているような気分だったよ)
メジロシャーロックの成長を、心の底から喜んでいた。
新馬の頃から教えてきた。
体内時計にレースでの位置取り。常に泰然自若に構えること、揺らがないメンタルを身に着けること。
それはもういろんなことを教えてきた。絶対に余計なことまでだ。
負けはしたが、どこか誇らしさを感じる。
シャーロックの成長を喜んでいた。
「……いや、でも騎手が隈澤さんなのがな。いや、隈澤さんが悪いとかじゃなくて、僕じゃないというのがダメであって」
なお、それと同じくらい、嫉妬の感情を向けている。
成長は嬉しいがそれはそれ、これはこれ。
自分が騎乗していないこと、自分の代わりに乗っている隈澤騎手に醜い嫉妬を向けていた。
「やっぱり分身出来ないかな? そうしたらディープとシャーロック一緒に乗れるし。いや、普通に検査が通らなさそうだしな……」
そして、まだ分身の夢を捨てていないようである。
諦めの悪い男だった。
そんな岳のことは知らないとばかりに、ディープインパクトは走り出す。
目的はメジロシャーロック。一秒でも早くとばかりに、メジロシャーロックへ一直線に向かった。
『シャロさんシャロさん!』
『あん? どしたよディープ』
シャーロックに近づいて──いつもみたいに顔を舐め始めた。
『やっぱシャロさん凄い! シャロさんは強いなぁ! 負けちゃって、悔しいなぁ!』
『……負けて気落ちしてるかと思った俺の同情を返せ。後、顔を舐めるなお前は』
『どうやったらシャロさんみたいに強くなれるの? 教えて教えて!』
いつも通りだ。
栗東の放牧地ではありふれた光景。めちゃくちゃシャーロックに懐いている、ディープインパクトの姿。
どうして顔を舐めるのかは不明。シャーロックはもはや諦めているのか、適当にあしらっているのみだ。
だが、顔を舐める姿はこれが本邦初公開。
ファンは見たことがないのだ。この2頭のじゃれ合いを。
初めて見るのだ。2頭のスキンシップを。
ディープ側が無理やりやっているだけだが、そんなことファンは知らない。
馬同士のじゃれ合いを見て、観客はというと。
「お、おい、ディープインパクトがっ」
「しゃ、シャーロックの顔を舐めてる!? う、羨ましい!」
「めっちゃ仲良いじゃん! いや、マジで伝説の一戦だよこんなん! 未来永劫語り継がれるべきだ!」
レースでは大激戦を繰り広げた2頭。
終わったら、後輩が先輩にじゃれつきに行く尊い光景。
現地で見れてよかった。中には拝むファンまで現れる始末。
周りの騎手も、負けた絶望を今は飲み込んで。
2頭のじゃれ合いを、微笑ましい目で見ていた。
……渦中のシャーロックはというと。
『お前本当に俺を舐めるの好きだな。そんなに美味いのか? 俺』
『美味い? よく分からないけど、楽しいよ!』
『やってる側のお前からしたらそうだろうな』
虚無の表情で、抵抗するのも面倒だからとされるがままだった。
第133回天皇賞(春)、メジロシャーロック勝利。連勝数を20に伸ばす。
◇
| 【これで無傷の20連勝!天皇盾は譲らないメジロシャーロックが3馬身差V!】
4月30日に京都競馬場で開催された天皇賞・春(4歳以上G1、芝3200m)。始まる前から三冠馬対決として注目を浴びていた伝説の一戦は、先輩無敗の三冠馬であるメジロシャーロック(鞍上:隈澤重文)が後輩のディープインパクト(鞍上:岳寛)を下した。3馬身差の快勝である。
メジロシャーロックは事前の予告通り、ダイヤモンドステークスで騎乗していた隈澤重文が鞍を継続。今まで主戦を務めていた岳寛はディープインパクトを選んだ。 これについて岳寛は「メジロシャーロックに勝つならばディープインパクトしかいないと思っていた。この先対戦する機会は限られているので、最初で最後のチャンスだと思い騎乗した」と語っている。どうやら、自らの相棒であるメジロシャーロックに土をつけるため、ディープインパクトを選んだようである。 結果については、メジロシャーロックに完敗を喫したと言っても過言ではない。ディープインパクトをもってしても、メジロシャーロックに勝つことは叶わなかった。 敗因について岳寛は「後ろから競馬をすることの悪い点が集約したレースだった。こっちの手の内もバレてたみたいだから、やっぱり厳しかったね」と語っている。
さて、メジロシャーロックといえば、今回のレースの前に父であるメジロマックイーンが亡くなっていた。19歳だった。 生まれた時に母を亡くし、昨年には育ての母親であるメジロラモーヌも死去(22歳没)。父親も母親も亡くしてしまったことになる。 競走馬にとって、父とその産駒はほとんど関わることはないと言ってもいいだろう。メジロシャーロックとメジロマックイーンに関しても、会ったことも聞いたこともないはずだ。 それでも、同情してしまうのが人の性。特にメジロシャーロックは、これまで数多くの悲劇に見舞われており、呪われているのではないか?と噂されることも多い。レースに影響が出たこともある。 今回も大丈夫か?とファンの間で話題になっていたが、その心配は杞憂に終わった。蓋を開けてみれば、ディープインパクトを3馬身差で退ける圧巻の強さ。問題なしとばかりに、ファンの前で強さを見せつけたのだ。
盤石のレースっぷりにファンは歓喜。やはりメジロシャーロック強しと、誰もが口にしたはずだ。 4月の初めに虹の橋を渡った父メジロマックイーンに捧げる勝利。父と同じ天皇賞・春二連覇の偉業を成し遂げた姿に、メジロマックイーンも雲の上で笑っていることだろう。 また、今回も記録づくめのレースだった。タイムは天皇賞・春のレコードタイム3分12秒8。従来のレコードタイムはマヤノトップガンの3分14秒4であるため、2秒近くタイムを縮めた。 連勝もデビューから負けなしの20連勝に加え、重賞も海外勝利を含めて19連勝。無敵と呼ぶに相応しい強さ、世界最強馬の名に恥じない戦績だ。 さらには親子二代での同一G1連覇記録。天皇賞は父すらも超える三連覇。もはや国内敵なし、世界を相手取っても敵なしと呼ぶに相応しい。
そんなメジロシャーロックの次走だが、予定通りイギリスG1のエクリプスステークスが予定されている。6月の下旬に向こうに渡る予定だと、生江康夫調教師は明かした。 ローテに関しては昨年と同じレースを予定。エクリプスステークスからのキングジョージ6世&クイーンエリザベス・ダイヤモンドステークスに出走予定だそうだ。 昨年も制したこのレース。メジロシャーロックならば問題はないと、陣営もどっしりと構えている。二度目となるイギリス遠征、ノウハウもしっかりとある。 帯同馬にはハーツクライが着いていくと明かした。同馬もキングジョージ6世&クイーンエリザベス・ダイヤモンドステークスに出走することが舎台から明かされている。 同世代で鎬を削ってきた2頭。そんな2頭も普段では仲良しなようで、きっとリラックスしてくれるだろうと舎台側も安心しているようだ。
仲良しで思い出したが、天皇賞・春はレース後になんとも微笑ましい一幕があった。レース後、メジロシャーロックにおもむろに近づいたディープインパクトが、なんとメジロシャーロックにグルーミングをしたのである。 メジロシャーロックとディープインパクトは同厩舎の先輩と後輩。馬房も隣同士で、調教パートナーして併せる機会も多かったそうだ。放牧でも常に一緒に行動しており、走っている光景が見られるのだとか。どうやら後輩三冠馬の走りは、先輩三冠馬と走ることによって鍛えられたようである。 気性が大人しく、優しくて社交的なメジロシャーロックにはディープインパクトも懐いており、見かけたら一目散に駆け寄っていくのだとか。なんとも微笑ましい光景だが、カメラに収めることができないのが残念だ。
元々、サンデーサイレンスの産駒に好かれる傾向にあったメジロシャーロック。これまでもアドマイヤグルーヴにスティルインラブ、ネオユニヴァースといった2003年クラシック世代のメンバーに加え、デュランダルやハーツクライとも仲が良いことが関係者の証言から分かっている。 どうして好かれているのか?その答えは、サンデーサイレンスとメジロマックイーンの関係性にあると睨んでいる。 サンデーサイレンスはメジロマックイーンを気に入っており、「恋人」と称されるほどには仲が良かったそうだ。血は争えない、ということだろう。メジロマックイーンの仔であるメジロシャーロックが、サンデーサイレンスの仔らに気に入られるのは、その血の宿命なのだ。
レースだけではなく、プライベートのことでも人気になるメジロシャーロック。今後のレースではどのような強さを見せつけるのか?無敗記録を継続することができるのか?注目したいところだ。
レース後陣営のコメント
隈澤成文騎手「やっぱり強いですね。今回も私は乗っていただけでした。重石ですね、重石(笑) とにかく強いし賢い。こんな馬は見たことがありません。騎乗していた岳騎手の教えが良かったんでしょう。末脚もディープインパクトに匹敵しますし、弱点なんて末脚の切れ味くらいです。 叶うことならばずっと騎乗していたいですが、ワガママは言えませんからね。勿論、主戦騎手である岳騎手にお返ししますよ。そのために、余計な癖をつけさせないように騎乗していましたから。 それに、岳騎手とメジロシャーロックのコンビは絵になりますから。私自身も大ファンですからね(笑)。次はローテが被らないといいですね、岳騎手」
生江康夫調教師「本当に強いレースをしてくれましたわ。まさかディープインパクトを相手に3馬身も差をつけるとは思いませんでした。 今回のレースでよう分かりました。ディープインパクトはメジロシャーロックにない切れ味があるけど、シャーロックはディープ以上に末脚の持続とスタミナがヤバいですわ。ずっと先頭を走っとったのに、ディープと同等の末脚を繰り出しとるんですよ?んなアホな!って思わず口にしましたわ。 これで20連勝。ホンマにえらい馬ですわ。管理している側として、えらい誇らしい気持ちですわ。この調子を維持して、イギリス遠征も大成功にしたいすね」
喜多野裕二オーナー「メジロマックイーンと親子で春の天皇賞を二連覇してくれて、本当に凄い馬です。美弥さんに良い報告ができます。 次のレースはイギリス。向こうの国でも大人気ですからね、シャーロックは。とにかく体調を崩さないようにと、あの子が寂しがらないように気を配るつもりです。あの子、あぁ見えて寂しがりなので。安心できる環境を整えるつもりです」
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