放課後の練習場。
いつものように、ロックからの指導を受けています。
〈周りのペースに飲まれんなよー。自分のペースを貫きつつ、常に最適なポジションを探せー〉
「はい。分かっていますよ、ロック」
〈分かっているなら、ペースを逸脱するなよ。12秒台後半からズレてきてんぞ〉
ロックの指導は、結構スパルタですね。
今も他の皆様と併走をしていますが、容赦なくダメ出しされています。
ペースを逸脱せずに、常に頭を働かせながら周りを俯瞰。
位置を正確に把握しつつ、どこで走るのが正解なのかを導き出す。
〈いざという時は最内を捨てる判断を身につけろ。最内が最良とは限らない。周りの動きを把握して、常に最適な場所を見つけ出すんだ〉
「は、はい。相変わらず、スパルタですね、ロックは」
〈お前が俺と同じくらい強くなりたい、って言ったんだろうが。だったらこれぐらいは基礎の基礎、覚えておいて当然の技術だ〉
とても要求値が高い。僕が相手でも、ロックは容赦なく粗を見つけます。
裏を返せば、それは僕を信頼している、ということ。
僕の才能を認めているからこそ、ロックは厳しく指導する。
そのことが、僕はとても嬉しい。
ロックほどのウマ娘に認めらているのだから。
ロックは素晴らしいウマ娘です。
僕が知る限り、最も美しいレースをするウマ娘。
気づけば心を奪われて、感嘆の息を漏らす。
(ロックのレースを直接見たことはありません。ロックが起きている間、僕は奥底に沈んでいますから)
ですが、映像越しに見たことがあります。ロックが走ったレースを。
その中には勿論、この前ルドルフさん達とやっていたレースもありました。
メジロの使用人にお願いして、こっそりと録画しているんですから。ロックは抜け目がありませんね。
最初に感じたのは──衝撃。
今まで見たどんなレースよりも美しく、見事なレース展開。
周りを支配して、自分の理想通りに事を運ぶ。
まさしく、芸術と呼ぶに相応しいレース。僕が求める、目標にしているものでした。
(ラモーヌさんもよく口にしています。ロックとのレースはとても素晴らしく、体を熱くさせるものだと)
いつかは僕も、ロックのようになりたい。
レースを支配し、観客を魅了するようなレース運びをしたい。
レースとは芸術。そう心に誓って、僕は今も努力を重ねています。
……ただ、少しだけ不安要素があります。
〈おーし、休憩だな。今の内に、併走に付き合ってくれている子達にお礼を言っておけ〉
「勿論です。皆様、本日はありがとうございます。僕の併走に付き合っていただき」
「いやいや! 恐れ多いというか、むしろこっちの方が勉強になるというか!」
「シャーロックさんと併走なんて……ヤバ、こんな機会滅多にないよ!」
「い、生きててよかった~……!」
いえ、僕と併走しているだけで、こんなにもありがたがっている方々ではなく。
(ありがたいのは僕の方なのですが。不思議ですね)
不安要素とは、ロックのことです。
というのも、ロックはあることを忌避しています。
僕に関係する、あることを。
〈後でまた修正すべき箇所は教えておく。お前が寝ているうちに、俺がノートに書きだすから〉
「ロック。まだ、ダメだというんですか?」
〈……何の話だ? とにかくまずは〉
話を逸らそうとするロック。
でも、逸らさせるわけにはいきません。
いつも理由を語ってくれません。
どうしてダメなのか、教えてくれません。
だからこうして、聞くしかない。
ロックが隠そうとしていること。
「まだダメだって言うんですか? 僕が、ロックのようなレースをするのは」
〈何度目だよそれ。前にも言っただろ。憧れるだけならともかく、俺みたいなレースをするのは〉
「どうしてダメなんですか? その理由を、いつも教えてくれないじゃないですか」
ロックみたいなレースをしたらいけない理由を、僕は教えてもらっていません。
僕が最初に憧れた時、ロックに言いました。
「僕もいずれは、ロックみたいなレースをしたい」
子供の頃の話です。
憧れ、素晴らしいものを見て、自分もこうなりたいという必然の感情。
いつかロックのような、芸術的なレースをしたい。僕の根幹でもあります。
ですが、僕の言葉を聞いたロックは、怖い顔で否定しました。
「俺みたいなレースはやめとけ。憧れるもんじゃない」
強い言葉で、自分のようにはなるなと。
そう口にしました。
意味が分かりませんでした。素晴らしいレースをしているのに、憧れるのはダメ?
理解ができません。子供ながらの憧れを、夢を否定したのですから。
勿論、ロックにも相応の理由があるんだと思います。
憧れるべきではない、それだけの理由が込められている。
でも、教えてくれない。
いっつもはぐらかして、とにかく自分みたいにはなるなとだけ口にします。
決まり文句のように。
「俺に憧れるのは勝手だが、俺みたいになるってのはやめとけ。絶対にな」
絶対にやめろと、僕に言い聞かせる。
その時の表情は、決まって怖い顔でした。
絶対にやめろ。子供に叱りつける親のような、やってはいけないことだと言わんばかりに。
ロックは恐れている。僕が、ロックみたいになることに。
やめろと言われたら、理由を聞きたくなります。
何度聞いても教えてくれないことを。
「教えてくれてもいいじゃないですか。どうして、ロックみたいなレースをするのはダメなのか?」
ロックは、憮然とした顔。
少なくとも良い気分ではなさそうです。僕にしか見えていませんが。
周りの不思議そうな表情も気にせずに、僕は問い質します。
ずっと隠していることを、ロックの秘密を。
「教えてください。でなければ、僕は勝手にしますよ? 勝手に、ロックみたいなレースをします」
〈変なとこで頑固だねぇ、お前は。誰に似たんだか〉
「言わないロックが悪いんです。ロックがやめろと言っても、僕はやめません。ロックのレースは素晴らしいものですから」
この機会に、暴いてみせます。
そもそも、ロックはいろいろと秘密を持ち過ぎです。
僕になんも話してくれません。知らない方がいいから、って。
(そんなの、寂しいじゃないですか。のけ者にされているみたいで)
僕とロックは運命共同体なのに。
秘密にされていることがありすぎて、怒りが湧きます。
これはオコです。激オコというやつです。
意味はこの前、パーマーさんに教えてもらいました。
とても怒っている時に使う言葉、だと。
「オコです。僕はオコですよロック! キリキリ吐き出してください!」
〈お前怒ってる時も無駄に可愛いな。いや、俺と同じ顔だけどさ〉
「そんな言葉じゃ騙されませんよ! 早く教えてください!」
大体、怒っているのに可愛いってなんですか!
ロックやラモーヌさんが怒っている時は怖い、って言われてるのに。
どうして僕が怒っている時は可愛いなんですか!
「シャーロックさん、何があったから分からないけど……か、可愛い」
「怒ってる姿、滅多に見れないもんね。猫の威嚇みたい」
「あ~、なんか既視感あると思ったらそれか! 確かに可愛い!」
周りの声なんて聞こえません。
とにかく、ロックに尋問です尋問。
話してくれるまで、僕の怒りは収まりませんよ。
〈って、言われてもなぁ……下らねぇ理由だぞ? マジで〉
「下らなくてもいいです。というより、ロックの抱える理由に下らないものはありません」
〈なんだその俺に対する厚い信頼は。つってもなぁ〉
言いにくそうにしているロック。
それほどまでに重大なことなのか、一向に教えようとしていません。
もっとも、教えないなら教えないでこちらにも考えがあります。
(ロックの大好物でもあるアップルパイ、僕が独り占めします!)
ロックは僕と同じ。リンゴに目がありません。アップルパイとなれば尚更。
そのアップルパイを人質にとれば、ロックとて喋らざるを得ないはずです。
ふっふっふ、なんと完璧な作戦でしょうか。これならば、ロックも話してくれるでしょう。
待って、ここでアップルパイというカードを切ろうとした、その時でした。
〈抱える手札は多い方がいいからだよ〉
あっさりと、アップルパイを切るまでもなく。
ロックは素直に話してくれました。
あんなに口にしなかったのが嘘みたいに。
えっと、手札、ですか。
トランプやカードゲームで用いられるような、そんな意味合い。
「まぁ、確かに。カードゲームでは手札が重要、とも言われてますが」
〈その通り。手札ってのは多ければ多いほどいい。その分だけ、選択肢が広がるってことだからな〉
ババ抜きとかだとそうでもねぇけど、と前置きするロック。
〈俺のレースに憧れるのは勝手だ。俺みたいになりたいってのも好きにしろ。ただ、それで選択肢を狭めてほしくねぇんだよ、俺は〉
なんというか、今まで教えてこなかった割には。
〈俺の手札が間違っていることだってある。その時、俺の手札しかなかったら、困るのはお前だ。手詰まりになるからな〉
随分と拍子抜け、のような?
〈後アレだ。俺とキャラ被りすることになったら嫌だ〉
今まで教えてこなかった理由が分からないくらい、普通の理由ですね。
というか、なんですかキャラ被りって。
「性格がまるっきり違うではありませんか。キャラ被りなんてことにはならないと思いますけど」
〈いーや、なるね。ただでさえ俺と同じ見た目なのに、レーススタイルまで似るのはちょっとな〉
絶対にそんなことにならないでしょう。
こんなにも違うのですから。
全く。今まで教えてこなかったのに。
「黙っていたのが不思議なくらい、普通の理由ではないですか。どうして教えてくれなかったんですか?」
〈どこが普通だ! 下手すりゃ俺のアイデンティティが崩壊するだろうが!〉
「そんなことにはなりませんよ。全く……変に心配性ですね、ロックは」
ロックの言った通りでしたね。気にすることのない理由でした。
まぁ、一理あります。
切れる手札は多い方がいい。ロックも、いつもそう言ってますから。
とはいえ、なんというか。
キャラ被りの方をやたら心配していますね。僕と同じなのに。
〈いいから、俺に憧れるのはやめとけ! 俺のアイデンティティがなくなる!〉
「はいはい、分かりましたよロック。全く……変な心配、しなくてもいいのに」
本当に、変なロック。
思わず笑ってしまいます。
「ふふ」
〈笑うなや!〉
「ご、ごめんなさい。でも、なんだかロックが面白くて……ふふっ」
その後は、いつものようにトレーニングを終えました。
ロックのことを知れたみたいで、凄く良かったです。
◇
夜の学園。
門限ギリギリの時間を、いつもみたいにぶらぶらと出歩く。
右へ左へ。あてもなく。
練習場に足を運んだ時、そいつはいた。
「よぉ、シャーロック。奇遇だな」
「ステゴか。何してんだこんなところで?」
「お互い様だろ? 私は散歩だ」
メジロシャーロック。マックイーンによく似たウマ娘だ。
もっとも、似ているのは顔立ちぐらい。
背格好や見た目は、似ても似つかないな。
適当に挨拶を交わした後、私達はいつものように会話をする。
話題はなんだって構わない。
今日起きた出来事でもいいし、昨日のことだっていい。
明日起きるかもしれないこと、本当にくだらないことまで。
無駄な会話を楽しむんだ。
とはいえ、今回に限っては違うな。
「昼間のやつ、見てたぞ。シャロを随分と怒らせていたみたいじゃないか」
「俺の姿は見えてねぇだろ。なんで俺が怒らせたって分かるんだよ?」
「分かるさ。シャロの怒りの沸点はかなり高い。そのシャロが怒っているということは、十中八九あんた絡みだ。違うか?」
「……まぁそうだけどよ」
話題は一つ。昼間のトレーニングのことだ。
どうも、ロックはシャロを怒らせていたらしい。
その時の会話内容から察するに、ロックには隠していることがある、というもの。
「あんた、何を隠しているんだ? 早く話した方が、罪は軽くなるぞ~?」
「何の罪だよ。つか、あの場にいたなら聞こえてたんだろ? もう終わった」
「本当か? 私に誓えるか?」
「なんでお前なんだよ。まぁ誓ってもいい」
……もっとも、話す気はさらさらなさそうだけど、な。
私の推察になるが、ロックは適当なことを言ってはぐらかしたんだろう。
あの時、シャロが話していたことは全部聞こえていた。キャラ被りがどうとか、までな。
ロックのレースは確かに芸術だ。
あれほど美しいレース捌きは見たことがない。
併走でさえも感じるんだ。本番のレースともなれば、さらに凄い光景を目にすることになるんだろう。
憧れるのは理解できる。そりゃ、自分もそうなりたいとは思うはずだ。
しかし、ロックが叩きつけたのは……自分に憧れるな、というもの。
「嘘だな。自分に憧れるな、という疑問に対して、キャラが被るから、というのは嘘。本当はもっと別の理由がある」
「だからなんだ? 俺のアイデンティティが」
「そもそもキャラ被りとか、アイデンティティがどうとか。そんなの気にするなら、最初から教えなきゃいい話だろ? 違うか?」
その理由は、断じてキャラが被るからなんて理由じゃない。
「今更そんなこと気にするようなウマ娘じゃない。あんたのことは、これでもよく知っているからな。それくらい分かる」
「そうかい。よくご存じなことで」
「で、今言ったように、アイデンティティが崩壊するって言うんなら、シャロにレースのことを教えなきゃいいんだ。私ならそうする」
ロックは何も話していない……シャロに隠している。
重要な何かを。自分に憧れるなという、本当の理由を。
「手札……に関しては、分からないから一旦保留だ。だが、私はそれすらもブラフだと思っている」
「ふ~ん」
「本当に隠しておきたいことのブラフ。思考を誘導するための言葉……そんなところか」
シャロは納得したみたいだが、それはロックのことを信頼しているからだ。
信頼しているから、深く追求しない。きっとそうだと心の中でケリをつけた。
「なぁ、シャーロック。あんたは一体、何を隠しているんだ?」
「……」
鋭い目で睨んでくるロック。
それだと、何かありますって言ってるようなものだ。
私の勘は、当たっていたわけだな。
風の音が聞こえるほど静かだ。
周りには誰もいない。ここにいるのは、私とロックだけ。
話してくれるのか? 話してくれないなら、それはそれで構わないんだが。
(無理に聞き出そうとは思わない。それだけ、話したくない理由があるんだろう)
怒らせるようなことになったら、謝罪の言葉と一緒に
「なぁ、ステゴ。お前は、違う世界のレースについてどう思っている?」
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。お前が語る別世界のステイゴールド。その生涯を、レースを。楽しめているか?」
頭を下げよう。
なんて考えていた私に聞かれたのは、別世界の私のレースをどう思っているか? だった。
どうしてそんなことを聞こうとしたのか、分からない。
ただ、私の中で答えは決まっている。
「辛いこともあれば、苦しいこともあった。ただ、私はその中に黄金の輝きを見た。かけがえのない、私だけの黄金を見つけることもできた」
「……そうか」
「まぁ、簡潔に言うなら楽しめているさ。あんたが心配するようなことは何もない。私は私を、とても楽しめている」
上手くいかないこともあっただろう。
でも、それら全てをひっくるめて楽しかった。
この世界の私は、胸を張ってそう言える。
自信満々に答えた。
嘘偽りがないことを悟ったんだろう。
シャーロックは──寂しそうに笑った。
(あぁ、その顔だ)
シャーロックが時々浮かべる表情。
なにかを諦めているような、そんな顔。
私の嫌いな、シャーロックだ。
その表情は、一瞬だった。すぐに元に戻る。
「俺は、シャロには良い道を歩んで欲しい。俺なんかじゃない、もっとずっと素晴らしい道を選べるはずだ」
「……」
「そのためには、シャロはもっと上を目指してほしい。もっと別の、アイツ自身の道を切り開いて欲しい。それだけだ」
慈しむような、子の成長を願う親の顔。
シャロには語らなかったことを、私に教えてくれた。
きっと本心なんだろう。
今語ったことも本心。シャロには上を目指してほしいという、親心。
だけど。
(それでもまだ、全部は語らないつもりか)
なんでシャロ自身の道を切り開いて欲しいのか。
自分に憧れるのはやめて欲しいとか、自分のようなレースはしないで欲しいとか。
そこから先を、ロックは語らなかった。
「限られた時間で、やれることをやる。それだけだ」
「……そう、か」
「レースを走っていられる期間は短い。その中で、シャロには後悔してほしくない。これが俺の本心だ」
嘘じゃない。
ロックのシャロを想う気持ちは、全部本当だ。
……これ以上、語るつもりはないらしいが。
「さて。そろそろ時間だ。寮に戻って、シャロの反省点をノートに書きださなきゃいかん。俺は帰るからな、ステゴ」
身支度を済ませて、帰ろうとしている。
引き止めない。
私がかけてやる言葉は。
「あぁ。悪かったな、無理やり聞きだすような真似をして」
「気にすんな。俺とお前の仲だ」
「今度また木彫りの熊、送ってやるからな。デカいやつ」
「いらねぇよ前も送ってきただろうが」
それしかなかった。
なにかを隠しているロック。多分なにかあった。そして木彫りの熊は送られてきた。