たましいのわらいごえ   作:ラウンド・テーブル

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不思議な出来事の、始まり、始まり


たましいのわらいごえ 2 噂話

 翌日、朝。

 窓の外から聞こえる声で目を覚ました長門は、まず洗面所へ向かう。

「あの子達は賑やかだな」

 顔を洗い、独特な寝癖を手際よく修正し、顔を冷水で洗う。そして、軽く柔軟体操をこなして完了だ。

 朝のこの一連の流れは、言うなれば一種の儀式と言える。まどろみから現実に帰ってきた事を己の身体に告げ、一日を始める力を漲らせるための。

長門は、この一時の間隙が、何とも言えず好きだった。開けた窓から吹き込む風が運ぶ潮の香りも、暗闇を満たすように差し込む朝日も、その景色に溶け込むあらゆる音も、その全てが特別に感じられる、この時間が好きだった。

 そう言った朝のひと時を楽しみながらも、仕事をこなすための準備も進めていく。衣服を寝巻きから制服に着替え、忘れないように海軍発行の身分証明手帳を持つ。最後にいつものヘアバンドを付け、部屋を出た。

 廊下に出てしばらく歩くと、突き当りで同型艦である陸奥の姿を見つけた。どうやら長門が起きてくるのを待っていたらしい。

「お早う、陸奥。今日は早いな」

「お早う、長門。たまには姉妹で朝食を取るのも悪くないと思ってね」

 このところ、作戦会議等の役割上、陸奥は提督と朝食を取ることが多く、加えて長門は、歴戦の艦として、新人の駆逐艦や軽巡洋艦達の教導を行う役割を負っていることもあってか、こんな朝に顔を合わせることはほぼ無かったのだ。

「それにしても、久しぶりよね。こうやって歩くのは」

「そうだな。最近、私は教導艦として出ていたし、陸奥は陸奥で、仕事詰めだったからな。仕方ないさ。出撃がかからなければ、今日はゆっくり出来るだろう」

「そうねぇ。儚い希望かもしれないけどね」

 ゆっくり出来るとは言うものの、二人とも準待機状態には変わりないので、完全に非番というわけではない。スクランブルがかかれば即刻出撃(で)なければならない。この時期は深海棲艦側の攻勢が激しくなる傾向にあり、それに対応するために四の艦隊のうち第三艦隊までもが待機状態にあるという異様ぶりだ。鎮守府の戦略分析班は、最近遭遇した敵艦隊の編成傾向から、深海棲艦側が輸送船団を増員し、海域ごとの戦力増強を図っているのではないかと睨んでいるようだ。

 艦娘側からすれば、直に対応するのは前線に立つ自分達なので、敵の意図が何処にあるにせよ、厄介な話には違いない。艦隊戦での殴り合いが得意と自負し、奮起する長門でも、連続での戦闘出撃はなるべく避けたい事態であった。心身の疲労の蓄積は、戦場に必要な、迅速な判断や決断を妨げる要因になる。特に連戦に不向きな艦娘には致命的になりかねない。

「ひとまず、この状況を乗り越えないとね。あと二週間の辛抱だわ」

「そうだな。それにしても、こういう大規模攻勢も、一ヶ月を境にぴたりと収まり、そのあとはしばらく静かになる。有難い話だが、不思議でもあるな」

「そういえばそうよね。うちの提督も、大規模作戦のあとには物資の補充のために休息に入るけど、それと似たような事情なのかしら?」

「分からん。分からんが、もしそうなら、あちらの“提督”も、ボーキサイトが足りないと嘆いていたりするんだろうか」

 正規空母の運用で悩んでいた時期の提督を思い出し、二人とも苦笑気味にだが、笑いあう。

「さ、考え事はここまでにして、まずは朝ごはんね」

 気が付けば、二人とも食堂の前に来ていた。中からは、他の艦娘の声が聞こえる。

「そうしよう」

 長門は、はきはきとした挨拶とともに、中へと入っていった。

 

 その日の三時頃。

 午前中の教導任務を終え、埠頭をあとにする。

「長門、今日はありがとう。いい、訓練だった」

 そう言って長門に声をかけたのは、睦月型駆逐艦に分類される艦娘、長月だ。堅物を絵に描いたような言葉遣いが特徴で、誰に対しても基本的にこうであった。しかし堅物ゆえか、長門に惹かれるものを感じているらしく、よく訓練のあとに話をするようになっていた。

「お疲れ様だ。お前たちの動きが日に日に良くなっているのを見ると、こちらも教え甲斐があって、嬉しくなる」

 本来ならば、細々とした動きについての話もするところだが、自身の感情を交えた率直な感想を述べるに止めた。小難しい言葉の羅列では伝わらないし、ただの感想だけでは味気ないと考えた末の、長門なりの配慮だった。

「そ、そうか。これでまた一歩、高みに近づけたというわけか!」

 こういう妙に自信に満ちた飛躍の仕方も、彼女の特徴だ。仲間との連携に支障が出ないのならば、こう言った少々の尊大さは問題にならない。むしろ成長のための栄養として利用できる要素ともなる。長門はそう考え、特に改めさせようとはしていない。

「実際の戦場でもそう言えたなら、もう立派に一人前だな」

 ははは、と笑い、すれ違いざまに長月の肩を叩いた。

「だから、暁は出てきた深海棲艦を魚雷で木っ端微塵にしたのよ!長門の下で訓練してきた中でもトップなんだから!」

「へー!」「凄いんだ!」

 多目的訓練棟の横で、同じく訓練を終えた睦月型駆逐艦達と、この鎮守府では彼女たちの先輩格である暁が談笑していた。何やら自慢しているようだ。睦月型たちの歓声も起こっている。実に楽しそうだ。

(正確には、一番手の掛かった子だったんだがな。炸裂する砲声で足は竦み、震える肩を抑えるのに必死になりながら戦っていた。まあ、それが普通の反応だが、提督の言葉で我に返って、覚悟決めたんだったな。あの時の提督も無茶を言ったものだよ)

 少し昔のことを思い出しながら、その場を後にした。

 そのまま埠頭を歩き、昨日と同じように資材の備蓄倉庫の方へと散歩に出る。すると、昨日とは違って、妖精以外の声がそこに混ざっている。

「鋭い投げ筋だな。父上を思い出すよ」

「お父様も野球をしておられたのですか?」

「ああ。プロになりたいものだと、いつも楽しそうにぼやいていたよ」

 そこには何故か提督が来ていた。そして昨日見た妖精たちと、楽しそうにキャッチボールをしている。鋭い投げ筋と評した提督自身も、それなりの球威を発揮しているように見える。

「提督?」

 長門は、少しだけ驚きつつ、その場へと入っていく。

「ん?ああ、長門か。駆逐艦達の教練、お疲れ様」

 いつも厳しく引き結ばれている口元を緩めて、微笑を浮かべた。吹き抜ける風が、提督の長く艶のある黒髪をなびかせる。

「いや、あれくらいなら、いつでも。それにしても、提督も野球を嗜んでいたとは」

「意外か?まあ私は女だしな。そう言う長門も、昨日ここでキャッチボールを楽しんでいたと聞いたぞ?私としてはそっちの方が意外だったが」

 珍しく笑っている。

「いや、私も偶然だったんだ。そこの輸送妖精と話でもと思っていたんだが、その時の流れでキャッチボールに」

 嘘は言っていない。ただ何の話をするはずだったのかを忘れていたため、当初の目的は果たせていないわけだが。

「なるほど。それにしても、その話とやら、気になるな」

「え?いや、大したことじゃない。単なる噂話の裏取りだ。気にしないでくれ。それよりも」

 少し気恥ずかしさを感じた長門は、強引に話題を打ち切ろうとする。

 それを聞いて、提督は大げさにため息をつき、

「・・・寂しい話だ。なあ?」

 と、本当に寂しそうに、熟練輸送妖精の近くにしゃがみ、話しかける。

「はあ、まあ、気にはなりますね!」

 妖精がそれに同調する。どうやら逃げ場を一つずつ潰していく戦術のようだ。生真面目な性格の人間には、これが中々に効果があるもので、思わず呻きかけた長門の肩に、提督はぽんと手を置く。

「いや、言いたくないのなら、無理には聞かない」

 さり気なく、そして容赦なく止めを刺しに来た。

 剣術の達人である軍人ならではの、躊躇わない美しき一太刀であった。

「いやいや、話す、話すから。そんなに悲しい顔しないでくれ」

 長門は、苦笑しつつも、自身が聞いた噂話について話し、提督の判断を仰ぐ。結果、仕事が一段落した後に調査してみようということになった。

 

 その日の夕刻。提督執務室。

 部屋の中は、窓から差し込む夕日で赤く染まり、木製の事務机で書類との格闘を終えた提督の横顔を撫でる。

「提督ぅ、今日もお疲れ様ネー」

 今日の秘書艦である戦艦金剛が、いい香りの紅茶を置きながら笑顔で話しかける。英国帰りのこの艦娘は紅茶の淹れ方がとても上手で、ティータイムともなれば、その腕を存分に揮って皆を癒す。

「有難う、金剛。すまないが、あと三人分ほど用意してくれないか?このあと長門、暁、響が来ることになっているから」

「了解ネー」

 提督は、執務室からの応接用のテーブルへと移り、紅茶を飲む。これは金剛の要望で発注した英国製の家具一式についてきたものだ。それなりに高級なものらしく、椅子の座り心地からテーブルの使い心地まで、何もかもが考え抜かれて作られている。今使用しているティーセットにしても手に馴染む作りとなっており、金剛のセンスが光る逸品と言えるだろう。そういうこともあってか、短い時間でも最高の休息を取ることができる。

「三人分の茶葉を用意しておいたヨ。これでいつ来てもno problemネー」

 金剛が隣に座る。ついでに自分の分を用意してきていた。

「今日は静かだったな。いい事だ」

「いつもこうなら良いんだけどネー。今日はluckyな日ネ」

 互いに紅茶を飲み、夕日の景色を眺める。今日は特に緊急の出撃も通達されず、鎮守府全体が静かであった。他の提督も、どうやら今日は近海の哨戒任務だけで終わったようで、同じような話を将校用食堂で話していた。

「まあ、これから色々な調査をするんだけどな」

 ふふ、と笑う。

「調査?何の調査デスか?」

「いや、長門から聞いた話なのだが、駆逐艦たちが、何でも資材の備蓄倉庫で幽霊を見たとかなんとか」

「Oh!幽霊デスかー。このseasonにはぴったりデース」

 金剛が興味深そうに食いつく。暑くなり始めた今日この頃、幽霊の一つや二つが出てきても、場合によっては逆に歓迎もされるだろう。

「真偽はともかくとしても、少々の涼を取るくらいには貢献するだろうからな。何なら、金剛も行くか?」

「肝試しデートのお誘いデスか。良いデスね。もちろんついていきマース」

 笑顔で受ける。いつの間にか肝試しデートとなっていることについては触れない。そういう考え方もあるだろう。

 そして、その十五分後、長門ら三人の艦娘が提督の執務室を訪れた。

 

「遅れた、すまん」

「司令官、お邪魔するよ」

「司令官、ごきげんようです」

 各々が各々個性的な挨拶をし、応接用の席に着く。

 金剛はすぐに給湯室へ向かい、人数分の紅茶を用意する。提督の指示により、備え付け冷蔵庫から、いつ確保したのか洋菓子やジャムを取り出して、万全の態勢だ。

そして話の場を整え、三人が一息ついたあと、本題へと入る。

「取り敢えず、長門の話を纏めておく必要があるな。金剛とも共有しておきたいから、簡単に説明を頼む」

「ああ、そうだな。そもそもこの話は、響から聞いたものだ。埠頭の備蓄倉庫で幽霊を見たと言う噂で、その幽霊が居たところでは何か小さめのボールを投げた時のような音が響いていたという」

「ゆ、幽霊・・・?」

 長門が真面目な調子で話を始めたので、暁がすぐに反応する。

「居るかどうかは分からないけどね。ともかく、幽霊らしき人影を見たということと、小さなボールを投げるような音が聞こえて来た、と言う二つだけだね。分かるのは。あと、人影は一人だけじゃなくて、複数居るみたいだよ」

 響が暁を落ち着かせるような、その実いつもと変わらない調子で話を補足する。

「ふむぅ。中々面白そうな話デース。日頃の息抜きには丁度良いと思いマース」

「あ、金剛も乗り気なの?」

「当然デス。こう言うJapanese horrorを堪能しない手はないと思いマース」

 金剛は実に楽しそうな調子で答えた。こういう時の彼女の性格は重宝だ。

「う・・・、司令官も行くんでしょ?」

「当然だ。もしかすると深海棲艦側が仕掛ける新手の工作かも知れないからな。奴らの手口は読めないし、こう言う用心はしておくに越したことはない。暁たち駆逐艦は小回りが利くから、仮に深海棲艦が関わっていたとしても、すぐさま伝達できる」

「そ、そうよね!危ない事があるかも知れないわよね!司令官はこの暁が守るのよ!」

 提督は至極真っ当な意見を返し、暁を落ち着かせる。この毅然とした態度や眼力が、多くの艦娘たちを窮地から救ってきたのだ、説得力も出る。

「ああ、頼りにしているよ」

 仮にそれが、のせる為の理由作り以外の何物でもないとしても、部下の士気の保持増進は指揮官の務め、そういう方便もたまには必要だろう。もっとも、そこまで覚悟の必要な案件というわけでもないが。

「・・・話を戻すが、私は最初、輸送妖精達のキャッチボールを勘違いしたものと思っていたんだが、響に否定された」

「聞いた話では、成人男性くらいの大きさだったそうだから」

 響のその言葉に提督も頷く。

「私も、駆逐艦達からそう聞いていた。そこは間違いない」

「なんだ、提督も聞いていたのか。ならあそこにいたのも、もしかしなくとも同じ目的か」

「そうだ。何だか気になってな」

「まったく、いい性格をしている。それはともかくとして、調査は手早く終わりそうだ」

 こういう類の噂は、広まるうちに内容が二転三転したり尾ひれが付いたりするのが自然な流れだが、響たちの話には、聞く限り何故かそれがない。この噂自体が新しいということなのだろう。

「それにしても、提督がこう言う話にのるのは、珍しいデスね。いつもなら窘めるデショ?」

「そうでもないぞ?私もそう言う怪談じみた話は好きだ。そもそも、深海棲艦などという夢も想像の余地もない化物を常日頃から相手にしていれば、多少の化物話は笑っていられる」

 そう言って、提督は紅茶を注ぐ。

「司令官なら、たとえ本物の妖怪が相手でも、一閃してしまいそうだな」

「いやいや。確かに剣は嗜むし、それなりに腕に覚えもあるが、それは無理と言うものだろう」

 響が、提督の執務机の後ろに飾られている軍刀を見ながら、そう言って笑い、提督も笑う。

 長門もそちらを見やる。特に華美な装飾などは施されていない日本刀が二振り、飾ってある。その様子が、それが単なる美術品ではなく、いつでも戦いに使える武器なのだと教えている。響ではないが、確かにここに害のある妖怪が現れたとしても、この提督ならば毅然と立ち向かって斬り捨てるだろうな、と考えてしまう。

「そういえば、調査するということデスが、組分けはどうするデスか?」

「確かにそうだな。どうしようか、提督」

「ふむ・・・」

 紅茶のカップを置き、目を閉じる。

「こういう時は、二人と三人が良いと思いマース」

 すると、金剛が空になったカップに紅茶を注ぎつつ、意見を述べる。

 それを聞いて提督が頷く。

「なら、暁は長門と、金剛と響は私と行動する、という事でどうか?」

「ああ、私もそれでいいと思う。暁達はどうだ?」

「暁は問題ないわ!むしろ一人でも大丈夫なんだから!」

「私も賛成だ。だけど、暁の単独行動には反対するよ」

 響が笑い、長門が暁の頭を撫で、撫で撫でするなと赤い顔で恨めしい目を長門に向ける暁の、この一連の流れを見て、微笑を浮かべる提督と金剛であった。

 こうして「幽霊調査隊」が急遽編成され、活動することになったのだった。




皆様、こんにちは。ラウンド・テーブルでございます。
そういうわけで、「たましいのわらいごえ」その二となります。
これから読まれる方は、ようこそ、いらっしゃいました。
そして、ここまで読んで下さった方に感謝を申し上げます。お疲れ様でした。
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