その日の夜。提督の執務室。
夕食を済ませた調査隊の一同は、再び集まって情報の確認をしていた。
「いいか?調べるのは、資材備蓄倉庫の二番と三番の間にある一時集積所周辺だ」
その後の情報整理で、恐らくこの付近だろうという目星が立てられ、テーブルに広げられた見取り図に印が付けられる。
「ここを重点的に調べるのは、長門と暁の組だ。いや、調べるというよりも、監視か」
見回る順路に印を付け、矢印を伸ばしていく。荷物の隙間を見て回りながら、最後にはぐるっと集積所を一周する、という具合だ。
「ああ、分かった」
「了解よ」
次に、その周囲を囲むように線を引き、別の印をつける。
「で。私、響、金剛の三人は、この周囲を監視する。噂に従うならこの集積所だが、念の為、他の可能性も考えて行動する。不審者等があれば取り押さえなければならないから、そのつもりで」
同じように順路と重要な場所に印を付け、矢印を伸ばしていく。こちらも順路を通って、周辺をぐるっと一周するようになっている。
「了解ネー」
「了解だよ、司令官」
さも任務であるように調査隊と銘打ちながらも、提督自身、この調査を楽しそうだと感じていた。金剛の言ではないが、肝試しなど久しくやっていなかったし、こう言った涼の取り方も悪くないだろうと考えていた。
「よし、では今夜から行動を開始しよう。各自動きやすい格好に着替えた後、資材倉庫前に集合するように。あと、あまり大人数では行きたくはないから、他言無用で宜しく」
それだけ言うと、提督はささっと席を立ち、執務室横にある私室へと入っていく。
「では、行こうか金剛」
長門も席を立ち、金剛を促して執務室を後にする。戦艦の艦娘と駆逐艦の艦娘は寮の位置が違うためだ。金剛は、名残惜しそうに執務室をあとにする。
「暁、私たちも行こう。くれぐれも雷達に悟られないようにね」
「わ、分かってるわよ」
響達も、各々準備を始めるために執務室を後にした。
すると、入れ替わりで陸奥が執務室に入ってきた。
「あらあら?貴方達も提督に呼ばれていたの?」
中から出てきた駆逐艦二人に少しばかり驚き、しかし、すぐに笑う。
「うん、今日のことで色々話したいことがあったそうだから」
響は、淀みなくそう言った。別に嘘はついていない。
「なるほどね。二人とも、しっかり休息を取るのよ?」
そう言って執務室に入っていった。どうやら陸奥は、今日の教練と演習についての話だと思ったようだった。
「うん、分かったよ。陸奥」
響はそう答え、暁を促した。
「口滑らしたりしないわよ・・・」
「念のためさ」
少し不満げな調子の暁は、しかし自信もなかったために、微笑を浮かべる響の言葉に従ってそそくさとその場を後にした。
十数分後。
備蓄倉庫の前には、手早く支度を終えた金剛と長門が到着していた。
「暁達は、まだ来ていないみたいだな」
「レディの準備に時間がかかるのは、当然ネー。それに提督がまだ来ていないから大丈夫ヨ」
「提督がまだなのは別にいい。指示することもあるだろうからな」
問題は暁達が、同じ駆逐隊のメンバーである電、雷の二人に足止めを食らっている可能性があることだった。二人は特に周りに気を配る性格をしており、中でも雷は、一種の母性とも家族愛とも言える程、他人を気にかけることがある。その傾向は、特に提督に向けて発揮され、この鎮守府の提督たちの心の支えの一つとなっていた。
「雷のことデースか?」
「ああ。これはもしかすると、捕まっているかもしれないな」
長門は苦笑いを浮かべる。経験則はかく語りき、である。
「かも知れないデスね。提督が大笑いしそうデース」
「そういえば、前にも似たようなことがあったな…」
「提督のバースデイの時デスね」
雷は確かに心の支えになるほどの包容力を持っているのだが、時にその包容力や注意力が余計なものを引き寄せるのだ。
ちなみに、暁が提督の誕生日にドッキリを仕掛けようとして、雷と電の機転とドジで、それが結果的に御破算になってしまったと言うのが、提督大笑いの事の真相である。
すると。
「長門、金剛。少し遅れた。すまない」
寮の方から響が駆け寄ってきた。
「いや、私たちも先ほど来たばかりだ。ところで」
「暁は何処デスか?」
「ああ…暁は」
やはりと言うか、暁の姿は見えない。ただ響の表情と歯切れの悪さから、二人ともおおよその察しはついた。
暗闇から暁と、雷、電の楽しそうな声が聞こえる
「…まあ、そういうことなんだ」
響は苦笑いを浮かべている。
えてして歴史は繰り返し、過去の事実は容易に今に蘇る。
この場合、そこまで大袈裟な話でもないが、世の中というものは、大なり小なり違いはあれど、細々とした繰り返しと変化とで成り立っているもので、たとえそれが微笑ましい日常の一幕であったとしても例外ではないだろう。
「いや、まあ、予想通りだから安心して良い」
「これはもう、立派な予定調和というものデース」
問題はこれとはまた別にあるのだが、そこはこの段階では関係がない。
「長門、金剛、こんばんは。暁が楽しそうなことしてるって小耳に挟んだから、ついてきちゃった」
にこにこと暁の横で笑う雷。
「電もお手伝いしたいのです」
その後ろから、ひょっこりと姿を見せる電。
「もぅ。ついて来ないでって言ったでしょ。司令官に怒られる…」
実に楽しそうな雷、電に比して、色々と不安を抱えて浮かない顔をしている暁。
長門と金剛はそれを微笑ましそうに見ている。
そうやってわいわいと話をしながら埠頭を歩いていると、向こう側から提督が歩いてくるのが見えた。その腰には軍刀を帯びている。提督は六人の姿を認めると、いつも通りの凛とした表情のまま近づいてくる。
「…何やら人が増えているようだが」
雷と電の二人を見てから、暁を見やる。怒られると思って身を縮める暁。
しかし提督は、暁に近寄ると頭を撫でた。そして次に雷と電の頭も撫でる。
「編成を変えよう。金剛、響、雷は私と。長門は暁、電と組んでくれ」
「司令官、その、怒らないの?」
おずおずと上目遣いで顔を見上げる暁を、提督が再び撫でる。
「…気になるなら、無理のない程度の頑張りで挽回するといい」
撫でるのを止め、颯爽と金剛達の方へ歩いていく。微笑に風を纏いながら進む後姿を追うように、暁がついていった。
「それはそれとして。雷、電、二人とも事情は聞いてるか?」
埠頭から資材備蓄倉庫区画へと向かう途中で、確認を取る。知っている体で編成などの話をしたが、もしも詳しい事情を知らずについてきていたとすると後々面倒なことになりかねない。
雷、電の二人は、長門の後ろから顔を出し、提督の隣まで歩み寄って来た。
「暁から、一応は聞いてるわよ。倉庫区画に幽霊騒ぎ、でしょ?」
「何か、動いて遊んでるような音も聞こえる、そんな話も聞いてるのです」
二人は、自分の聞いた限りの話を提督に報告していく。
それらをまとめ、提督が考えを巡らせる。自身の掴んでいる情報と差異は無いようだった。その事に安心し、次の指示を行う。
「特に問題ないようだな。よし、先ほどの編成はそのままで、調査に入ろう」
「はーい!」
雷、電の二人は、喜び勇んで資材倉庫へと向かう。その後ろを響と暁が追う。
その様子を見送りつつ提督の横に並んだ長門と金剛は、先に見える灯台の灯りを見ながら歩を進める。
「四人は本当に元気だな。おーい、あまり先に行き過ぎるなよ?」
「駆逐艦達は元気なのが一番デース」
長門も、四人の後を追うように急ぐ。金剛は提督の隣を付き従うように歩き、その腕を抱く。傍から見れば仲の良い恋人同士に見えることだろう。ただし、この場合は女性同士という要素はあるが。
提督としては、様々な人間関係の機微やその管理に苦労しなければ、組織的行動の円滑な舵取りは出来ないと言う信条から、一連の行動に歴史的な事実の一つを体感させられていた。
過去にこの国では、戦国武将の男性同士の色恋話、学校の同級生同士による女性の擬似恋愛といった、同性愛的側面の強い現象は度々起こっている。それらと本質は違うが、今もそれは所々に残っているようだった。事実、鎮守府内部でも、恋愛に似た関係性を築いている艦娘もちらほら見受けられる。そして金剛型戦艦の姉妹にもその傾向があった。加えて長女金剛は、提督との積極的な交流を望み、暇を見つけては一緒の時間を過ごしていた。
提督は、軍という集団行動の極致とも言える組織内部において、個人がどこかに精神的負荷への対策を講じる必要が出てきた場合、何よりまず、人間同士のつながりこそが大事なのだ、と軍の医学士官から話だけは聞いていたので、心の癒しに繋がるのならと、色々と気を回していた。頭が硬い大本営も同じ考えのようで、艦娘達がその「性能」を十全に発揮するために必要と思われる陳情には比較的素直に応じていた。
深海棲艦と戦える能力や過去の大戦の記憶を持つ事実上の決戦戦力とはいえ、艤装を纏わぬ「彼女」たちは、紛れも無くうら若い乙女なのだ。この事実を忘れてはならない。
「今夜はえらく積極的だな。私は女だぞ?」
「関係無いデース。提督は、提督なのデース。むしろ漢らしいくらいデス」
そう言ってにこにこと腕に抱きついた金剛に、提督はやれやれと苦笑いを浮かべながらも、そのまま甘えさせるのであった。
そして、各々班に分かれて資材備蓄倉庫に散らばり、一つの異変も見逃すまいと目を光らせ始める。
長門の班は最初に決めた区画、コンテナ群の隙間を縫うように歩き、手にした懐中電灯の灯りや敷設電灯の明かりを頼りに各所を調べていた。周囲はコンテナが高く積まれている以外はよく片付けられており、風に運ばれてきた木の葉など以外は塵一つ見当たらない。輸送妖精や運搬妖精達の腕の良さと几帳面さが分かった。ただ、積まれたコンテナがいい具合に死角を作っており、そこに誰かが隠れていても、一見したくらいでは気付けないだろう。
長門は暁、電の二人に前後やコンテナの陰を注意してもらい、自身は背の高さを生かした周辺の監視に集中していた。艦娘用装備の探照灯が使えれば色々と楽なのだろうが、残念ながら貸し出しが行えるほどの在庫は無かった。
しばらく歩くと、所々に野球のグローブやボールが纏めて置いてある場所が目に留まった。それぞれの収められた箱に「特々輸送壱班」という文字が書いてあり、昼間の輸送妖精達の持ち物であることも同時に分かった。昼間のように、よくここでキャッチボールしているのだろう。
ただ、注意深く辺りを探っても、どこからか紛れ込んだ犬や猫の姿くらいしか見当たらなかった。
「それにしても、何も見当たらないのです。犬さんとか猫さんとかしか居ないのです」
「べ、別にこのまま出てこなくても…良いんだけど?」
暁がおずおずと辺りの陰を見て周り、犬や猫が飛び出すたびにびくびくしている一方、電は飛び出してきた猫を抱きかかえてコンテナ群の出口へ運んでいく。ちなみに犬は長門が運んだ。
しかし件の現象は今のところ起こっていない。ただ涼しげな風が吹き抜けて、暁の驚き声をさらって行くだけである。
「それにしても、本当に何も起こらないな。提督たちの方は変わりないだろうか」
提督側の金剛とはいつでも通信ができるよう長門のカチューシャ型通信機の回線は空けてあるので、連絡を取ろうと思えばいつでも取れるのだが、こちらの状況的にあちら側からの連絡を待つ方が良いと考え、探索を暁と電に任せ、報告するべき内容を頭の中で纏める。
その間にも暁と電による探索は続く。空に上り始めた月が二人を照らし、影を作る。
虫の鳴き声もせず、三人の歩く音と風の音以外は何も聞こえない静寂の中で、ひたすら誰かいるかもしれない物陰を探るというのは、それだけで不思議な緊張感をもたらしていた。
すると。
「長門さん、長門さん」
近くを歩いていた電が、長門の手を引く。見ると暁が浮かない顔で辺りを見回していた。
「どうした?何か、見えたのか?」
取り敢えず暁を落ち着かせ、話を聞く。
「い、今、何か跳ねる音が聞こえたの…。軽い音だけど…」
「電にも聞こえたのです。近くで、コンテナに何かぶつけている音も聞こえるのです」
「ふむ?」
二人に言われて、長門は耳を澄ます。
なるほど、確かに聞こえる。軽い音だが、コンテナに何か小さな物がぶつかったような低い金属音が響いていた。単発ならば偶然を考えたが、連続して、一定の間隔で聞こえてくるのだから、無視するわけにはいかない。一先ず通信を送る態勢だけは整えておき、音の根源に向かって、足を運ぶ。
どうやら夜はここからが本番になりそうだと、そんな予感が三人の脳裏を横切るのだった。
どうもこんにちは。ラウンド・テーブルでございます。
「たましいのわらいごえ」その三。如何だったでしょうか?読みにくいと思いますが、どうかご容赦を。
それでは、お疲れ様でした。