ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十話 大団円

 古明地こいしが謎の黒い石のせいでねじれと化した事件のその翌日。

 地霊殿は大騒ぎになっていた。というと語弊があるが。

 

「……これマジ?」

 

 ともあれイヴァンの目を疑う光景がそこにあったのは間違いない。

 

「ははは! ようやく来たかイヴァン! ほれ、そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔してないで、アンタも飲みなよ!」

「お、おう……いや、それにしてもと思ってな……」

 

 そこにあったのは豪勢な料理、料理、あとお酒。勇儀が取りそろえたのだろうか、日本酒と呼ばれる種類の酒なんかの瓶がずらーっと並べられているし、大きな卓の隅々にまで酒場で見るような料理で埋め尽くされていた。

 

「あぁ、イヴァンの世界じゃあんまこういうのやらないか? 幻想郷(ここ)じゃ理由がありゃ、しょっちゅうこういうのやってるからなぁ」

「そりゃ向こうじゃなんかの記念日ぐらいしかホームパーティーなんてやらなかったからな……それに俺合わせたって四、五人ぐらいじゃないか? なのに凄い料理多いなと思って」

「乗り気な奴が多いのさ。それで料理が集まるんだ。まぁいつもならもっと集まるんだけど、今回の件の解決祝いならここの連中だけでいいだろ、ってさ」

「私は乗り気ではなかったけどね」

 

 その声にイヴァンが視線を向ければ、そこには少々疲れた様子を見せながらシーザーサラダをつまんでいたさとりの姿があった。

 

「そういえばあれから、上から来たってやつらと話してたよな」

「そうよ。ねじれのこととか……実害が出た以上は、他にも動いてくれる所が増えてくれると嬉しいのだけど……」

 

 あの後、さとりはにとりが連れてきたという博麗の巫女という者、及び妖怪の山の天狗……とかいう妖怪数名と今回の事件のことを話していた。だがその場では話がまとまらず、後日改めて黒い石の危険性については話し合われるという流れになったらしい。

 イヴァンが黒い石に関係しているという件もついでに話したらしいが、肝心の当人の所には誰も話を聞きには来なかった。というよりは、さとりがそれも後日にしてほしいと頼み込んだとか。彼女なりに解決の功労者をこれ以上酷使するわけにはいかないと思ってくれていたのだろう。

 

「あの欠片が何個散らばってるのか分からないし……それがどんな相手に拾われてても大惨事になりそうと思うとね……」

「まぁまぁ、さとり様。暗い話はそれくらいにして、折角宴会することにしたんですから楽しみませんと」

 

 ぶつぶつとこれからのことを考えてどんどん沈み込んでいくさとりの隣にお燐が更に料理を持ってきて座り込む。そしてイヴァンの方を見ると、笑顔で手を振って声をかけてくる。

 

「あの時は碌に話出来なかったよね、イヴァン。私はさとり様のペットの火焔猫燐。お燐って呼んで! 昨日は助けてくれてありがとうね!」

「あぁ……なんかすげぇ元気そうでよかったわ。どういたしまして」

 

 未だに動かせない右手の代わりに左手で手を振る。昨日の戦いで千切れたギプスは新しいのに変えられ、おまけで身体に巻かれる包帯が増えている。かすり傷も含めれば相当な数の傷を作ってしまったので致し方ないのだが。それでも自分より後に重症を負った者が一晩経てば自分より元気で、特に後遺症もなく料理を作っているという現実に奇妙な感覚を覚えていた。よく見れば、お燐の更に隣にはお空が目の前の料理をバクバク食っている姿もあり、より一層その感覚を強めていた。

 そんな心中を読んだのか、さとりも苦笑いしつつもイヴァンに見えるように空いている席を指さした。この光景に呆気に取られ立ち尽くしていたイヴァンも、それを見てようやく着席するのだった。

 

***

 

「っはぁ……美味いな、この酒」

「だろ? ほら、こっちのだし巻き卵も食べな!」

「お、じゃあありがたく」

 

 日本酒の味を堪能しながら、勇儀がこっちに寄せてくれる料理もつまんでいく。どれも丁寧に味付けされていて一つ口に運ぶごとに幸せが沁み込んで来るようだった。

 それに宴会全体の雰囲気もとても和やかだ。地霊殿の面々も自分の隣で酒を遠慮なく飲んでいる勇儀も感情の向くままに笑い合っていて。

 ふと、昨日今日ここに流れ着いただけの自分がこの中にいていいのだろうか。と思い至り、視線だけでもとその賑わいから遠ざかるように部屋の端まで見渡すようにキョロキョロと見やった。

 そうやって何もいない所に目を向けて初めて、昨日の騒動の張本人がいないなと気が付いて―――

 

「ふふふ、イヴァン! そろそろ景気づけに私と呑み勝負しよ!」

「うわぁ!? お空!? え、あ、そういうのアルハラって言ってだな……?」

「ははは! 鬼の私より先に呑み勝負しようとはなぁ。後で混ぜろよー!」

「いや止めろって!?」

 

 イヴァンが目を離していた隙にお空がいつの間にかぐいっと近づいて来ていて、酒瓶を片手に肩を組んでくる。その様子を勇儀も他の皆も愉快に騒ぎ立てて、賑わいは最高潮に達していた。

 よく見るとそんなこちらの様子を見て、さとりが頬杖をつきながら、してやったり、と言わんばかりの笑みを浮かべてこちらを見ていた。どうやらこちらの微妙な気持ちを読んで、お空を使って宴会の中心に立たせようという魂胆なようだった。

 

「あぁもう……そこそこ飲める方だからな俺、後悔すんなよ」

「いいねいいね! そう来なくちゃ! なら、ほら昨日のお礼。私が()いであげる!」

「……お空、その酒瓶空じゃない? ほらこっちの持っていきな」

「あれ? あぁ、本当だ~。 ありがとう、お燐」

「こいつ呂律はまだ回ってるけど、相当酔ってんな」

 

 気が付けばイヴァンの周りに宴会のメンバーが続々と集まってきていた。その全員がイヴァンを歓迎し……そして共に楽しもうと口々に話しかけてくる。そこに隔たりのようなものがないということが、読心なんて無くても容易に分かるほどに。

 さっきの不安も杞憂だったのか、と……心が解けていく。

 都市に生きていた頃には無かったけど、そこに確かにある"暖かさ"に顔が綻んでいた。

 

「……はは」

「お? どうした、勝利を確信した余裕面か? それ」

 

 にやにやした笑みを浮かべた勇儀がそれを覗き込む。するとイヴァンは少し恥ずかしそうに目を逸らしながら。

 

「いや……昨日頑張ってみて良かったなと思って」

「……そっか」

 

 一歩間違えれば、この暖かさも消えていたと思うと……今になってゾッとする。

 昨日出しゃばったのはこの感覚を知っていたからではない。今まで生きてきた中で僅かずつ積み重ねて来た責任感だとか……各々に感じた共感や、誰にも認められないようなちっぽけな正義感。

 都市での生活で削ぎ落されながら、あるいは培ってきたソレの為に、あろうことか命を賭ける羽目になったけれど。それが報われたという感覚が確かにある。確かな心が。

 

「……」

「ま、浸るのもいいけどイヴァン。もう注がれてるし、そろそろお空の奴も始めたがってるぞ?」

「あ、ちょっとだけ待ってくれ」

 

 この感覚を、彼女も感じているのだろうか? イヴァンに芽生えた最後の引っかかり。それを解消する為に、再び部屋を見渡した。

 勝負を始める前からのびているお空。それを介抱しようと水を差し出すお燐。こちらを怪訝な目で見ている勇儀。そんな様子を変わらず頬杖つきながら興味深そうに眺めているさとり―――全てを見渡して。そして。

 

 もしちゃんとここに来ているなら、果たしてどこにいるのやら。

 それを知る術はイヴァンにはない。だから―――

 

「―――タッチ」

「……え?」

 

 折れてない左腕を持ち上げて、自分のすぐ左隣にポン、と置いてみるに留めた。何か考えがあったわけではない。皆を待たせている中で一つ行動に起こすなら、これぐらいだったというだけで。

 そこには―――手を頭に乗せられてポカンとした顔をした古明地こいしがいた。無意識……イヴァンの意識の外にあったはずのこいしだったが、今度は自身の予想の外からの行動をされ、目を見開いていた。

 

「……どうして分かったの?」

「いや? 時間があれば探そうかとも思ったんだけど……今、動くの左腕しかなかったから左を選んだだけ。運が良かったな」

「……ふふ」

 

 呆気に取られながらもそう聞けば、イヴァンはただの運と答えて得意げに笑みを浮かべる。

 飾り気もなにもない、ありのままの言葉。もう少しカッコつけたって良さそうなものだけど。そう思うと、なんだかおかしく思えて、こいしの表情にも笑みが零れた。

 

「心配してたけど、もう大丈夫そうだな。ま、とりあえずこれで鬼ごっこは俺の勝ちだよな」

「うん……なんとなく自信はあったんだけどな。負けちゃった」

 

 そこには二人だけの遊びがあった。そこに二人だけの勝ち負けがあった。

 こいしから近づき、イヴァンから近づき。ねじれ彷徨った果てにこうして結末を綴った。

 そして報われたと思う心を、こいしのその表情からイヴァンは確かに感じ取れたと思った。

 

「お、なんだ? 古明地の妹もずっとそこにいたのか。はは、今からイヴァンがぶっ潰れるまで飲むから応援してやれよ!」

「ぶっ潰れるの確定かよ……! なんかナメられてんのも癪だし、絶対勝ってやる……!」

「おうおう勇ましいこって」

 

 最期の引っかかりがすっと消えたせいか、さっきまでの遠慮がちな態度は何処へやらと本気で飲み勝負に臨みにいく。

 その様子をずっと眺めていたさとりがいつの間にかこいしの隣に座っていた。イヴァンをちらりと見るその目は何やら感心しているようでもあった。

 

「……こいし。イヴァンにもお水を用意してあげて。吐き散らす前にね」

「お姉ちゃん。うん、分かった」

 

 そうして、こいしも混ざった宴会は日を跨ぐまで続いていた。

 幻想郷……妖怪たちの楽園。その一角、地霊殿。もしかしたらその地の危機だったかもしれない事件を乗り越えたその反動か……今日は人も妖怪も。それらの笑い声が絶えることは夜が更けるまで無かったのだった。

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