ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~ 作:哲学の階のロッカー
第十一話 依頼
宴会から数日後。
あれからは特に何か事件が起きたということもなく。結果としてイヴァンも退屈な療養生活を完遂し、折れた右腕も完全に回復していた。
そして、デリバリーキャリアを持っていっていた河童のにとりから、エネルギーの補充が成功したという話を聞き、地霊殿の玄関前で待ち合わせをしていたのだった。
壁にもたれるようにして、5分、10分と時間が過ぎるに任せて待っていた。療養中はほぼ寝てばかりだったからか、久しぶりに起きた状態で暇つぶしの手段もなく人を待つとなると、なんだかそれだけの時間が大分長く感じた。
そうこうしていると、奥の方からイヴァン愛用の
「お~、イヴァン~! お待たせ~!」
「来たな。悪いな、こっちの方から出向かなくて。重かっただろ?」
「なーに、私も妖怪だからこれぐらいはね。それにやっぱ異界の超技術を思う存分見れたお返しってことでさ! ほれ!」
イヴァンも手を振りながら歩み寄って、早速鞄を渡してもらう。鞄を襷掛けすると、しっくりくる感触と重量に不本意ながら安堵もした。
「流石に似合ってるね」
「あんま嬉しくない気もするけど……やっぱこれないとどうにも心細い気もしたし、にとりの言うことが正しいんだろうな」
言いながら手慣れた動作で鞄のボタンを次々に押していく。適当に中身を出し入れしてみたり、雑に素振りしてみたり……そうして一通り異常や変わったことはないか確かめてから。
「ポルードニツァ!」
〔―――該当ユーザーの音声確認。ヂェーヴィチ協会フィクサー補助AIポルードニツァ、起動します。〕
ヂェーヴィチフィクサーとは切っても切り離せない
「で、破裂エネルギーは充填出来てるんだよな?」
「うん。と言っても満杯までは出来なかったけど……半分ぐらいは入ってるよ」
「多分それで充分だな。しかし本当に代替のエネルギーなんてあったんだな……」
ここがファンタジーの世界、そしてこの鞄の整備をしたのが異界の人外であるとはいえ、都市の技術のオーバーテクノロジーも負けてはいないはずだ。それでもきちんと整備してのけたのだから、その手の事の門外漢であるイヴァンには驚愕することしか出来ない。
「ポルードニツァ、強力配達モード! そして崩壊ナイフ展開!」
〔承認。ポルードニツァ、強力配達モード。フェーズ1から開始。配達補助および統制シーケンス開始。追加承認。崩壊ナイフを展開。〕
ガシャン! という音を立てて鞄の側面から見慣れた緑色のエネルギーで構成された巨大な刃が展開される。その状態で更に大きくその場でぶん回してみる。緑色の剣閃が軌跡に沿って煌めいた。そうしてから一つスッキリしたように頷いて。
「大丈夫そうだな。ポルードニツァ、解除しろ」
〔承認。強力配達モード解除。〕
武装にももう問題が無いことを確認できれば、鞄の形状を元に戻した。それを離れて見ていたにとりが、それを見計らっててけてけと戻ってくる。
「いやー、なんだか初めて会った時もそんな感じなことしてたね」
「あぁ、お前が勝手に鞄持ってってた時な。確かにあの時も鞄の調子確かめる為に弄ってたな」
「ここにも慣れたかい? お客人?」
「ゆーてまだ数日だし、その数日もほぼ寝たきりだったしな……まぁ良くはしてもらったかな」
そもそも見知らぬ地で衣食住を提供してもらっているだけでもありがたいというものだ。それに全体を通して退屈ではあったけど、度々様子を見に来てくれる地霊殿の面々とトランプなんかに興じている時間はそこそこ盛り上がりもしたから。
「あーあ、私も見たかったなぁ。宴会でべろんべろんに酔ったイヴァン」
「やめろやめろ……妖怪と張り合おうとした俺がバカだったアレは。それにお前は鞄弄ってた方が面白いって自分から辞退したって聞いたぞ」
「あはは、聞いてた? しっかしなんというか災難というか。幻想入りして早々事件に巻き込まれるなんてさ」
「……自分で持ってきた種だから、無関心は通らないだろ」
今回の件に関して、イヴァンは密かにやる気を燃やしていた。自分がそもそも関係しているというのもそうだが―――あのねじれたおぞましい景色をあんまり
そんな内心の決意を、今はそんな力を入れて構えているべきではない、と振り払って、そう言えばと話を続ける。
「それより今回は良いけど……今後は金取るんだっけ」
「うん。そのつもりだけど」
いい笑顔で言い切るにとりにイヴァンは苦笑を漏らした。無慈悲ではあるが、その方が遠慮しなくてよさそうでやりやすくもある。
「つってもここってどっか働き口あるのか? 配達でも出来ればいいんだけど」
「それなら河童がキミを雇ってあげよう! 研究資材やら建築資材の搬入なんかは需要大だ!」
「おぉ。渡りに船とはこのことだな」
「悪いけど、河童よりも先にこっちの仕事をしてもらうわよ、居候さん」
その声に思わず振り向けば、さとりがジト目を向けながらいつの間にか玄関先に出てきていた。まるで忘れたとは言わせない……と釘を差すようなその視線にイヴァンも表情を強張らせた。
「し、仕事っていうのはもしかして」
「えぇ。黒い石の件、粗方話はまとまったから、ここから貴方に動いてもらうわ」
さとりがポケットから例の黒い石を取りだす。前回、こいしがねじれたあの件で、こいしが握っていたのを回収したものだ。
相変わらず、心が直接撫でられているようなざわざわした感覚を覚える。にとりも似たようなものを感じているのか、指先を組んでもじもじとしていた。
「幻想郷中のこの石を貴方に集めてもらう。そして貴方が帰る時に一緒に持っていってもらう、そういう約束よ」
「忘れてたわけじゃないって……勿論、話がまとまってるならやらせてもらうけど……」
「詳細も話すわよ。その前に……この石は貴方のその鞄に戻しておいてもらおうかしら。適当な金庫なんかに入れても遮断出来なかったのよ。私達みたいな幻想郷の住人がこれを扱うには本格的な封印が必要になっちゃうから」
ぐいっと押し付けられた黒い石をイヴァンは鞄を開きその中に放る。デリバリーキャリアの中は鞄本体よりも大きな空間が広がる次元鞄となっている。鞄よりも数倍サイズの大きい物も入るし、入れてしまえば重さも感じることが無い。
そして違う次元に入れて断絶してしまえば、黒い石の精神浸食も鞄の外には漏れ出さない。ざわざわした心地がしなくなって、ふぅ、とその場にいた全員が各々軽く息を吐いた。
「うん、これなら問題なさそうね。今度から集めた石はその鞄に入れてってもらうわ」
「分かった。しっかし、逆にこれの中入れとけば安全なせいで俺全然これが危ないものだって分からなかったんだよな」
鞄を撫でながらイヴァンは思い返す。切っ掛けはある日、かつて友人だったセブン協会のフィクサーからメールでこの件を依頼されたことだ。『北部セブンが、今自分が追っている任務において重要な物品を押収したらしいので、それを南部まで届けてほしい』ということだった。
彼には未だに思う所があったので無碍にすることは出来ず。そうして実際に北部セブンからヂェーヴィチに渡された黒い石をそのまま
「それで結局、貴方の言う水風船みたいなねじれに襲われてここに。後は私達が知っている通りの流れがあったわけね」
「思い返した内容全部読まれたのか、今? まぁそういうことだな……きっとアイツはねじれについての何かしらを追ってたんだろ」
「……その彼は今どうしているのかしらね」
「それは」
言われてからハッと一つ思い出す。そういえば配達予定座標にまで到達したが、肝心の依頼人の姿は見えなかった。あの時はてっきり場所を向こうが間違えたんじゃないか、なんて的外れなことを考えていたが……
「そのねじれが都市の人を幻想入りさせる……なんて能力を持っているのなら、貴方と同じように襲われたと見るべきじゃないかしら」
「そう言われればその通りだな。しかし……そうだな。ぶっちゃけアイツすら勝てないような強いねじれはあんま想像したくないんだけど……」
「……強いの?」
「俺の倍は強い奴だ」
ねじれと小競り合いをした感想として勝てなくもない……と感じていたのだが。もし仮に依頼人が勝てないようなら、イヴァンも必然的に勝てない相手だ。再び現れるようなことになったら面倒になる。
そうしてあーだこーだとイヴァンとさとりが談義していると、居心地悪そうにしていたにとりが言いづらそうに口を挟んで来た。
「あのお二人さんや? 私のこと忘れたり、そもそも読心で私に分からないような会話をするのは別に良いんですがね」
「あ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「ごめんなさい。つい癖で……」
バツが悪そうに謝罪する二人ににとりは首を横に振って、視線を後ろに向けた。
「そんならお客さんの応対はキチンと頼むよ、お二人さん」
そこには今さっき来たのだろう、二人組が立っていた。その前方に立っていたのは白髪に黒いリボンと、腰に下げた二振りの大小それぞれの刀がアクセントな元気で純心そうな出で立ちの少女だった。その周囲にはなんだか人魂のようなものがもちもちした様子で浮いていたが……ここで濫りにツッコむと話が進まなさそうなので口をつぐむことにした。
「お久しぶりです、さとりさん」
「あら、妖夢じゃない? いらっしゃい」
妖夢と呼ばれた少女がぺこりと頭を下げると、今度はイヴァンの方に向き直った。そしてこちらにもぺこりと同じように礼儀正しく頭を下げる。
「イヴァンさんですね。私は魂魄妖夢と言う者です。話は聞いています、例の黒い石の件で動いてくださるのだとか」
「え? あ、あぁ。ご丁寧に……え? それはなんで知ってるんだ?」
「幻想郷の他の人たちと話をつけてきたって言ったでしょ? この子の主人もその場にいたのよ」
「はい! イヴァンさんが地霊殿でお世話になっていると幽々子様から聞いたので!」
それだけでわざわざ会いに来ることがあるとは思えないが……イヴァンが怪訝そうな表情をすると、それを見た妖夢がハッとした。
「それで貴方に会いに来た理由なんですが。こちらの方が……」
「ん?」
妖夢が後ろにいたもう一人を紹介するために一歩引いて、そのもう一人を前に出してくる。
緑色のスーツを着た長身の男。黒髪ストレートを首にかかるあたりでバッサリ切っている。その左目は怪我でもしたのか、眼帯をつけていて―――
「……え?」
「……今度はこちらが"久しぶり"と言う番だな、イヴァン」
スーツの左胸の部分についた、"7"の数字をかたどった紋章は間違いなくセブン協会所属であることを示すマークだった。
その服装も顔立ちもイヴァンの覚えしかないその男の姿を見て、イヴァンは茫然と呟くしかなかった。
「……ロウゲツ」
南部セブン1課所属フィクサー。そしてイヴァンの旧友と呼べる男。
イヴァンに黒い石の配達を依頼した張本人がそこに立っていた。