ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十二話 モノリス

「……」

「……」

 

 イヴァンとロウゲツが顔を合わせたあの場面が時は少し過ぎ。二人はさとりに何故か半強制的に地霊殿の隅の個室へと案内され、そこに机一つ挟んだ向かい合せで座らされていた。そしてさとり、にとり、妖夢は二人のフィクサーが居心地悪そうに向かい合って座っている周りで立って、その様子を眺めていた。

 なんでさとりがこんな状態に持っていったのか定かではないが、恐らくは自分がロウゲツと喋れということだろう。イヴァンは大きくため息を吐いた。

 

 ロウゲツ。南部セブン協会1課所属。そして階級も1級。つまりは都市でも上位のフィクサーの一人だ。

 情報収集を主な業務とするセブンの中で、ロウゲツは特に武闘派として知られる実力者でもある。センク協会主催の決闘トーナメントで三連優勝した結果、殿堂入り扱いで出禁になった旨を聞いたこともある。

 だがこの場にいるということはすなわち―――

 

「お前もここ(幻想郷)に来てたなんてな……」

「……あぁ。水を蓄えた人型の……ねじれにやられてな」

「……俺もだ」

 

 同じねじれにやられて同じように幻想入りした。先ほどさとりと話していたことがそのまま起きていたことをまずは二人で確認する。だがロウゲツの方には驚いたような節がない。至って様子は変わっていないように見えた。

 

「驚かないんだな」

「こんなところに流れ着いたことは勿論驚いた。だが、その後は貴様も同じようになる可能性はあると思っていた」

「なら話は早い。結局……これは何なんだ?」

 

 イヴァンが鞄から黒い石を取りだしてロウゲツに見せる。心の変調がまたぶり返してきたので、チラッと見せるにとどめたが。それを見たロウゲツが、一つ間をおいてから話し始める。

 

「……それは今俺が追っている件と関係している、ねじれを誘発する装置、モノリスと呼ばれているものだ」

「モノリス?」

「主に崩れたL社の巣で見つかるものだが、都市の各所でも発見例がある。色んな組織がそれを密かにやり取りした形跡もある。それは俺の要請で北部セブンが見つけてくれたモノリスの一つだ」

 

 ロウゲツが懐から端末を操作する。するとイヴァンの機械鞄(デリバリーキャリア)の方に着信があり、それを確認してみると、ホログラムで黒い石が映し出された。それは今回イヴァンが運んでいたのとは違い、正方形状の箱のようになっていた。

 

「本来モノリスは装置だ。ほとんどのモノリスはサイズの差はあれど箱状で外部から操作できるようになっている。だがそのモノリスは元の形から破壊された欠片のような形をしていて……基本的にねじれを誘発する効果を外部からはコントロールできないようになっている」

「それはなんでだ?」

「目的は分からん。分かるのはそういう改造が施されていることだけだ。その欠片の一つの発見を機に俺はある男を調査していた」

「その男っていうのは?」

「南部ディエーチ1課、マクベス。奴が突然行方不明になり、その目撃証言のある場所に、欠片モノリスの一つが落ちていた。モノリスの効果についてはセブン上層部も認知している。だからマクベスがねじれを使った何らかの計画を立てているのではないか、という結論に至り俺に調査が任されたんだ」

 

 淡々と話すロウゲツだったが、反対にイヴァンは怪訝そうな表情を隠せなかった。

 ディエーチ協会は知識鍛錬と遺跡探査を主な業務にするフィクサー協会だ。救恤(きゅうじゅつ)……貧困者や孤児を助ける施設としての役割も兼任している。

 どんなフィクサー協会にも汚職や離反者がいない、などとは口が裂けても言えないが、よりにもよってディエーチがねじれを使って……などとはあまり考えたくはないことだった。

 

「だがその欠片モノリス……本来想定される数に比べて発見数が芳しくなかった」

「そうなのか?」

「なにせ貴様が持っているソレでまだ二つ目だからな。欠片の形状からして20~30は確実にあるとされていたのに、だ」

 

 セブン協会の情報収集力は都市でもトップだ。協会1課が動くような事態なら、数日でもっと大量に見つけてもなんら不思議ではない。今回は北部も動いているというなら猶更だ。ということは―――

 

「恐らくそのほとんどは、この幻想郷に散らばっている。ということね」

 

 そこまで話してようやくだんまりだったさとりが話に入ってくる。だが何故かさとりはロウゲツに厳しい視線を向けていた。

 

「……恐らくな」

「……イヴァン。彼の話は本当だと思う?」

「は? そんなのはお前が一番よく分かるだろ?」

 

 その言葉に間抜けな顔を晒してしまうイヴァンだったが、何やらさとりとロウゲツの様子がおかしい。まるで何か仇のように睨むさとりの視線を受けて、ロウゲツもその返しとして敵意と警戒を込めて目を細めていた。イヴァンにはその理由が何一つ分からず、居心地の悪さが増すばかりだった。

 

「……さとり?」

「読めない」

「え?」

「彼の心が読めないの。まるでノイズがかかっているみたいに」

 

 遂には歯噛みしたさとりが能力が通じないことを白状する。ロウゲツはその言葉で何故睨まれているのか把握して、より一層視線に敵意を込めていた。ある意味当然の反応だろう。自分の心を勝手に読まれかかっていたのだから。だが、さとりの能力が通じないというのは……

 

「……あぁ、そういうことか」

 

 分からない、と答えるところだったイヴァンだが、すんでのところで心当たりを一つ思い出す。

 

「ロウゲツ。どうせズボンの左ポケットだろ? 一回出してくれ」

「なんだと?」

「別に盗ろうってわけじゃない。こいつらに説明する為にチラッと見せてくれればいいよ」

「……ッチ」

 

 舌打ちするロウゲツだったが、すぐに観念したようにズボンの左ポケットからゴトッと淡く輝く白い石を机の上に置いた。それは高位のフィクサーであれば何度か目にする機会もあるものだった。

 

「何? それは」

「M社の特異点、月光石だ」

「特異点!? それが!?」

 

 特異点という言葉を聞いた瞬間、にとりも目を輝かせながら机に身を乗り出して月光石を間近で観察し始める。イヴァンもロウゲツもその勢いにドン引きしていたが、さとりから視線で続きを促され、説明を続ける。

 

「月光石は精神汚染の効果のあるもんを見聞きする時にノイズを挟んで直視を避けて、結果的に所持者を守ってくれるってやつだな」

「……これのせいで私の読心が阻害されてたのね」

「多分? 都市には流石に読心超能力なんていないはずだから、そんな挙動するとは思わなかったけど」

 

 一通り説明が終わったのを確認してから、ロウゲツはさっと月光石をポケットに戻してしまう。極めて残念そうに、そして名残惜しそうにそれを見ていたにとりは無視して、ロウゲツはさとりの方に向き直った。

 

「古明地さとり。言っておくが、お前の能力を警戒してこれを用意したわけではない」

「うっ……分かっているわ、それぐらいは」

 

 ようやくこれでイヴァンの内心で合点がいった。さとりがさっきからロウゲツを警戒していた理由は読心が通じなかったから。だがロウゲツが月光石を用意していた理由は―――

 

「ねじれ対策だろ?」

「あぁ。ねじれが心理のねじれから生まれることはセブン協会の中では既知だ。だから大き目のを用意したまでだ」

 

 そもそも月光石は都市の物。幻想郷に落ちてから調達できるものではない。仮に妖夢からさとりの能力を聞いていたのだとしても、今こうなったのは偶然の嚙み合わせの結果だろう。だが……

 

「もっとも……古明地さとり。貴様への信用が少し損なわれた気はしているが」

「……」

 

 ロウゲツが無遠慮にさとりを睨む。言いたいことは分かる。勝手に心を覗かれそうになって、そのことを良く思ってもらおうというのはいささか無理がある。イヴァンの時はそのおかげでお互いの腹の内を隠さずに済んだおかげで逆に早めの信頼関係を築くに至ったが、よく考えてみれば今回のようなケースが普通なのかもしれなかった。

 

「ま、まぁそう言うな。ってことはお前もここに散らばった、その欠片モノリスってのを集めたいんだろ。その辺りはさとりも俺も目的一緒だし」

「……」

「……はは」

 

 頷くロウゲツだったが、肯定の言葉はない。奇妙な気まずさ。この部屋に集まった最初のあたりからあった感覚。この辺りでなんとなく、渦中の二人以外の幻想郷組三人が気づいた。

 この気まずさの原因がイヴァンとロウゲツの間にあること。二人が喋っている間、その二人自身が何か僅かに暗い表情をしていることを。

 

「あぁ、さとりも。多分こいつの言ってることは嘘じゃない。俺への依頼も、協会自体が収集した物品であることは預かった時に知らされていたし、そういう意味じゃロウゲツ一人がどうこうってことは無いよ。組織のお墨付きがあるわけだから」

「……そういうことなら。ロウゲツ、と言ったわね。貴方にも手伝ってもらおうかしら」

「何?」

「今、この幻想郷では私がその……モノリスの対処を任されている立場よ。そしてイヴァンの鞄に集めて、一緒に元の世界に帰ってもらうつもりだった。貴方もその方が都合がいいんじゃない?」

「……」

 

 ロウゲツは俯いて少し考え込んだ素振りを見せたが、結局は少し間を置いて頷いた。だが、同時にこうも付け加えた。

 

「それはその通りだ。だが恐らくそれでは済まない」

「……それはどうしてそう思うの?」

 

 いつもなら心を読むからしないはずの質問をしているからか、さとりが少しだけ眉を顰めていた。

 

「幻想郷にモノリスが散らばっていること。そしてあのねじれが人を幻想入りさせることには恐らく繋がりがある。そして必然、マクベスも……」

「……」

「セブン協会の目的は情報収集。それもより正確なものを、だ。モノリスを集めるのは最終的な結論に至る為の仮定に過ぎない。俺は一連の流れとこの幻想郷の繋がりまでを調べる必要がある」

「……そうね。それがいいでしょう。私達も妙な連中にここでとんでもない騒ぎを起こされては困るもの」

「構わないのか?」

「えぇ。どうせなら全部きっちり解決すべき。その為になら手伝ってもらえるかしら?」

「……あぁ」

 

 ロウゲツも頷いて同意を示す。イヴァン、さとり、そしてロウゲツ。三人がそれぞれ目を合わせる。ようやくこの事件の背景も僅かに分かり、目的が定まった。

 

「話は決まったわね。それで……丁度今日、別の場所で回収されたモノリスを受け取る予定でいたのよ」

「そうなのか?」

「話が早いな」

「そうでもないわ、イヴァンが来る前から話し合っていたけど全然了承してもらえなかったものだから」

「それじゃあ俺たち三人でそこに向かえばいいわけだな?」

「三人だけじゃなくてもいいけど……そうね。モノリス回収の為に鞄を持ってるイヴァン、黒幕を追いたいロウゲツ、責任者の私、はマストでしょう」

 

 さとりはチラリと結局、最後まで話の輪に入り込めなかった妖夢の方を見る。うつらうつら……と難しい話の流れのせいでほぼ寝かけていた彼女だったが、視線を向けられた瞬間ハッとなって誤魔化すように力強く頷いていた。

 にとりの方は両手で大きくバツを作る。ついてこないという断固たる意志を感じた。

 

「……じゃあまぁ妖夢も来るということで」

「あれ大丈夫なのか……?」

「構わんが。どこへ行けばいい?」

「……地上にある吸血鬼の館……紅魔館よ」

 

 その地名に外来人二人はピンと来なかったが……さとりのなんだか面倒そうと言わんばかりの表情に、イヴァンも何か嫌な予感をひしひしと感じていた。

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