ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十三話 出発

「んじゃ、あとは四人で頑張ってねー」

「あぁ。また今度エネルギー補充頼むな」

 

 モノリス回収隊には参加しないにとりは地霊殿出発前に別れることに。去り際に親指と人差し指でマルを作って、イヴァンに見せつけてきた。思わず渋い顔をするイヴァンに、今度はさとりが話しかけてくる。

 

「そういえば忘れてたわ。これ、当面の間のお小遣いよ」

「お、お小遣い?」

 

 そう言って見知らぬ紙幣を5枚ほど渡される。10000と印刷されているので合計で5万。貨幣の価値についてはここ数日の間で教えて貰ったので、これが小遣いとして渡されるには結構多いことぐらいはイヴァンにも分かった。ただ……

 

「……どうしてそもそも貰えること自体に驚いているの?」

「え? あ、あぁ……」

 

 さとりに心を読まれてドキッとして、イヴァンは考えを整理する時間を稼ぐために目を逸らした。思い返すまでもなく今までお小遣いと呼ばれる類のものを貰ったことが人生で一度もないためだ。

 

「……そうだったのね?」

「なんか言葉として整理する前に全部読まれちゃうのムズムズするな」

「まぁなんていうか……今の所私は貴方の保護者、みたいなものだし」

「保護者って……俺は子供じゃないぞ?」

「私からすれば十分幼いわよ。言い方はともかく貴方の身を預かる者としてそれぐらいは、ってことよ。貰っておきなさい」

「……分かったよ」

 

 なんというか心の奥がこそばゆい。子供扱いは不本意だが、ここまでしっかりと庇護してもらう感覚はなんだか凄く嬉しいものに感じたから。イヴァンの中でそんな感情がなんだか掛け替えのないものに変わっていっているような感じがした。

 

「そんなに大げさに喜ばれても困るのだけどね」

 

 そんなイヴァンの様子を覗き見たさとりは軽く呆れたようにしつつも、優しい微笑みを残していた。

 

「ねぇ、イヴァン。もう行っちゃうの?」

「え? んん!?」

 

 受け取った紙幣を財布にしまい込んだその時、突然背後から声がかかる。

 ビックリして慌てて振り返れば、いつの間にかそこに制服の袖をつまんだこいしがいた。相変わらず何の感情も映さない目をしていたが、なんとなく寂しがっているように見える不思議な感覚をイヴァンは覚えた。

 

「あら、こいし。いたの?」

「……」

 

 さとりも、そして少し遠くからこちらの様子を眺めていたロウゲツも目を丸くしていた。二人にも気づかれずにここにいたということは、無意識の能力を使っていたのだろう。気づかないはずだ。

 

「お姉ちゃん。イヴァンはどこにいくの?」

「紅魔館よ。あの黒い石、これから譲り受けにね」

「私もついていっていい?」

「え? こいしも?」

「ダメ?」

「……んー」

 

 こいしの提案に、顎に手を置いて考えるさとり。ねじれた経験をした者を再びモノリスに近づけていいものか悩んでいた。そうでなくても能力を使われるとほとんど制御不能みたいな挙動をすることもあって、中々首を縦には振れずにいた。

 

「ねぇ、イヴァンもなんとか言ってよ」

「え。俺も?」

「ダメ?」

「ん、んー……!」

 

 まるで自分の妹か何かのように袖をちょいちょいと引っ張りながら訪ねるこいしに、イヴァンも相当真剣に迷っていた。安全のことを考えれば留守番していてほしいし、そんなに来たいなら連れて行ってもいいんじゃないかと思わないでもない。

 それにそんな様子を見るさとりの表情がちょっとこちらを非難でもするように険しくなっていたのが余計にイヴァンの判断を複雑なものにしていた。一体自分にどう言ってほしいのやら。読心のできないフィクサーには分かるはずもなかった。

 

「ま、まぁ……いざとなったら俺が守るし、いいんじゃないか?」

 

 結局、こいしに甘えられていると思うと突っぱねる気は起きず。折れたようにそうこいしの意見に同調するのだった。

 

「貴方ねぇ……」

「ほら、イヴァンもこう言ってる」

「はぁ……分かったわ。まぁ、貰ってくるだけだからそこまで危険はない……でしょうし」

 

 とは言いつつも、最後の方でどもったさとり。何か不安要素があるらしかったが……「この5人ならそうそう問題は起きないでしょう」と腹をくくることにしたようだった。

 

「お前らもそれでいいか?」

 

 こちらとは別のグループのように二人で集まっていた妖夢とロウゲツにも許可を得ようとする。

 

「あ、はい。大丈夫ですよ!」

「……」

 

 妖夢は快く了承してくれたが、ロウゲツは忌々し気な視線をこちらに寄越していた。先ほど突然気づかないうちに現れたのが彼の警戒心に刺さったのだろう。それでも周りを見渡してから渋々と首を縦に振ったが。

 

「大丈夫そうだ。お前もあんまり離れるなよ?」

「うん、分かった」

 

 元気よく頷くこいしの頭をふわりと撫でた。こいしもテンションが上がったのか、辺りをぐるぐると子犬のように駆けまわる。

 さとりと妖夢はそれを微笑まし気に見ていたが、ロウゲツだけは何やら警戒の色が解けていなかった。

 

「そういえばロウゲツは妖夢のとこにお世話になってる……ってことでいいんだよな?」

「……あぁ。白玉楼と言ってな。俺はそこに流れ着いたから」

「最初はビックリしちゃって……不審者と思って少し戦っちゃったんですよね」

「西行寺幽々子がいてくれなかったら、俺が妖夢を斬る所だった」

「あはは……」

 

 しっかりと勝ち負けを誇示する辺り、ロウゲツの実力差をハッキリさせたがる癖は変わっていないようだった。妖夢は斬りかかったからか、それとも負けちゃったことを悔やんでか、少し苦笑いになっていた。

 

「血の気の多い話だな……今は大丈夫なんだよな?」

「はい。ロウゲツさんの事情も聞きましたし。それで今日ようやくイヴァンさんに会いに行こうってことになったんです」

「なら良かったけど……」

 

 イヴァンはその割にはロウゲツの態度がさっきからピリピリしているのが気になっていた。それを察したのか、今度はロウゲツの方から口を開く。

 

「俺はまだここ(幻想郷)の住民全てを信用したわけじゃない」

「それは……」

「幻想郷の多くを支配しているのは人間じゃなく妖怪らしい。価値観も違えば、俺たちより強い者も多い。警戒して当然だろう」

 

 ロウゲツの言い分は正しい。都市だろうが幻想郷だろうが、自分より強い相手は警戒して当然だ。突然何かの気まぐれで自分の全てを奪われるかもしれない。そこに残るは無力な自分への強い後悔のみだろうから。

 

「貴様はさっきのあのにとりとかいう奴にデリバリーキャリアを触らせたのか?」

「……まぁ、そうだけど」

「正気とは思えない。貴様はいつからそこまで甘い奴になった?」

「しょうがないだろ、ここじゃこのクソ鞄の整備なんて出来るのアイツしかいないし……」

 

 その視線があまりにも痛くて慌てて言い訳をするが、それでもロウゲツは止まらなかった。

 

「ここの連中にもよく絆されているように見える」

「……」

「……っは」

 

イヴァンの様子が気に入らないのだろう、強い語気で責め立てる。それを受けたイヴァンの方は何も言い返せず、僅かに目線を逸らして誤魔化すばかりだった。

 

「……気に食わない」

「お前は」

「……なんだ」

「お前は今……何に怒ってるんだ?」

 

 おずおずと口にしたイヴァンの言葉に、今度はロウゲツが口を噤み、微かに目を逸らす。

 だがイヴァンはこれ以上は追及せず、二人の間に沈黙が漂うばかりだった。

 

「……貴方達二人のことに口出しはしないけど、そろそろ行くわよ?」

「そ、そうですね。お二人とも、話なら行きながらしましょうか。ね?」

「「……」」

 

 それを見かねてか、さとりが出発の音頭を取る。険悪な雰囲気に耐えられなくなってきていた妖夢も同調し、とりあえずは地霊殿を後にして、紅魔館へと向かう為に地上へと歩を進めることにした。

 

***

 

「話の続きだ」

 

 途中、未だ続いていた沈黙を破ったのはロウゲツの方だった。

 

「俺はもし邪魔者が現れた時、容赦するつもりはない」

「なんだって?」

「仮にここの住民たちがモノリスを隠したりするようなら、強行も辞さないということだ」

 

 その言葉にイヴァンのみならず、前を歩いていたさとりも僅かに振り向いてロウゲツを睨んだ。だがロウゲツはその様子に怖気る様子もなく、逆に見返すように目を細めた。

 

「ちょっと待て。流石にそれは短絡的だろ」

 

 それを見て、イヴァンもたまらず反論する。だがロウゲツは目線だけ動かしてイヴァンを見やるばかりで、大して話を聞いているようには見えなかった。

 

「今更何を言っているんだ。お前もやる時はやっていただろう。ヂェーヴィチの配達途中に邪魔をする組織相手にその鞄を何度振るってきたんだ?」

「ここは都市じゃない。幻想郷だ」

「……」

「……俺はここではあまり血を流すような真似はしたくない」

 

 そんな言葉がすんなり出て来たことにロウゲツだけじゃなく、口にしたイヴァン本人も驚いていた。これもロウゲツが言った通り、イヴァンもまた都市では数多の邪魔者を何度も返り討ちにした張本人であったから。

 だが思っていたより自分はこの世界(幻想郷)が……もとい、地霊殿と、そこの住人が気に入っていたのだろう。口にしたことでその実感がより強くなり、言うべき言葉も明瞭になっていくのを感じていた。

 

「強いて言うなら、俺はさとりや地霊殿の連中に迷惑かけたくないんだ。世話になってる人らと場所だから」

「……」

「それにお前も言ってただろ。ここには俺たちより強い奴らも結構いる。強行ばっかりは通らないだろ」

 

 ロウゲツは青筋を立てながらも反論出来ずにいた。イヴァンからしてみれば珍しい光景だった。こんな状態になるということは、今のロウゲツは結構感情的に物を言っていたということだろうから。かつての冷静で頼れる兄貴分的な姿とは、かけ離れた……とまでは言えずとも、少し乖離した様子に見えた。

 

「……俺も少し過激な物言いだったのは認める。正確に言うなら、その時があれば俺は俺の剣で道を切り開くことを躊躇しない。ただそれだけだ」

「……そうか」

 

 イヴァンにはロウゲツのその様子が、何処か自分の手綱を握れていないように見えていた。ただのチンピラがそんな様子だっただけなら哀れに思って終いだっただろうけど……イヴァンはそれを見て、胸の奥に憂鬱と罪悪感が突き刺さったような、そんな感覚に苛まれていた。そして無意識に胸ポケットの辺りを服の上からなぞって―――

 

「あ、危ないよ? 二人とも」

「「は?」」

 

 唐突にこいしが二人に謎の警告をしたその瞬間だった。

 

「ッ!?」

 

 ガン!! という鈍い音。見ればロウゲツの頭に大きな桶が落っこちクリーンヒットしていた。さとりも妖夢もその有様に驚愕の顔を向けていた。

 ロウゲツの頭は微動だにしていなかったが……その衝撃は全身に広がったようで、強く顔を苦痛に歪めていた。

 

「あれ? この人間無事……?」

「キスメ……アンタ何やってるの……」

「あぁ、いやぁ。人間が二人ぷらぷら歩いてるからちょっと襲おうかと……」

「「タイミングが悪すぎる!!」」

 

 さとりと妖夢のツッコミの最中、イヴァンは当のロウゲツのことだけを凄く強張った顔でじっと見ていた。

 そしてロウゲツはスッと腰の()いた剣の柄に手を置いて―――

 

「す、ストップ! ロウゲツストップ!!」

「黙れイヴァン!! 今のはいいだろ! 悪意ある妖怪だろ! あのクソ桶、斬り殺してやる!!」

「うおおおお!?!? まだワンアウトだ! あと二回頼む、あと二回どうか呑み込んでくれ!!」

「うわあ!? この人間滅茶苦茶物騒!?」

「アンタが言うことではないでしょ、いいから今の内に逃げなさい!?」

 

 咄嗟にイヴァンがロウゲツを羽交い絞めにして、その隙にさとりがキスメを逃がして事なきを得た。

 モノリス回収は始まったばかり……いや、まだ始まってもいない。だというのに、その場にいた全員にこの調子で大丈夫か……と思わせる結果に終わってしまったが。

 

 そうしてイヴァンがロウゲツを宥めすかしながら再び地上へと歩みを進め―――

 

「……おぉ」

 

 イヴァンが思わず空を仰ぐ。思えば幻想入りしてから地上に出たことは一度も無かった。

 一面の青空と雲の間から降り注ぐ太陽の光に心地よさそうに目を細めた。都市には無いもう一つの暖かさ。あの灰色の建物群から覗くのとは何かが違う、晴れやかな景色。

 

 ようやく一行は地上に出た。それを強く自覚するに足る、爽やかな心地だった。

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