ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十四話 道中

「ところで」

 

 旧地獄から地上に出て、紅魔館とやらに向かう道中。ロウゲツがさとりに質問する。

 

「さっき紅魔館は吸血鬼というものの館だと言ったな」

「……言ったわ。それが?」

 

 相変わらず二人の間の空気はあまり良いものではない。というよりロウゲツが妖夢以外とはあまり朗らかにならないと言った方が正確だった。

 

「その吸血鬼、というのはどんな妖怪だ?」

「知らないのね。あぁ……イヴァンも(さとり)について分からなかったし、そういうものなのかしらね?」

「多分? 俺も吸血鬼ってのは知らないな」

「吸血鬼っていうのは西から来た……妖怪って言うと彼女怒るし、どっちかというと悪魔に近いのかしら? 生態としては人に噛みついて血を吸う怪物ね。太陽の光に弱くて夜に起きて……水に弱いとか色々弱点もあるけど、紅魔館の主は大分強いわね」

「……それは赤い眼をしているか?」

「あぁ。大抵の吸血鬼はそうかもね。今から会いに行く二人も赤いし……」

「……そいつは"血鬼(けっき)"と言うんじゃないのか?」

「え?」

 

 いつの間にかロウゲツも、それどころかイヴァンも物凄く苦々しい顔をしていた。さとりはその様子に目を丸くしていたが、次第にイヴァンの方に目線を合わせて、その動揺を落ち着かせた。

 

「似ている怪物がそっちの世界にもいたのね」

「……血鬼とは違うでいいんだよな?」

「まぁ……想像している内容と大分似ている部分もあるけど……少なくともこれから会いに行くのは、見ず知らずの人間を急に襲って血を吸おう……みたいな野蛮なことはしないわよ。多分」

「多分……かぁ」

 

 イヴァンとロウゲツが共に想像したのは、都市の血鬼と呼ばれる怪物。それらは赤い眼に通常の人型もいれば、あるいは多椀であったり奇怪な部位を生やしていたりなど、形状も様々な存在だ。

 最も問題なのは、彼らは一様に血への渇望を有し、人を襲うこと。襲わずにはいられないこと。そして()の怪物に血を吸われ切ると"血袋"と呼ばれる傀儡に成り下がること。そうでなくても、もしかしたら眷属化される恐れもある。

 

 先入観で判断するわけにはいかないが……血鬼と似た人外の(もと)へ行く。その事実は都市のフィクサー二人に警戒心を植え付けるには十分だった。

 

「……イヴァン」

「……流石に正当防衛の時は俺も鞄を使うさ」

 

 先ほどは「あまり血を流したくはない」と言いはしたが、自分の命と天秤にかけてしまってはどうすることもでいない。さとりの言う通り、そこまで野蛮ではない、という話を信じるしかないだろう。

 

「……ふん」

 

 結局、ロウゲツの不機嫌な態度は収まらず、ずかずかと歩いて一行の先頭を歩いていた妖夢の方へと向かって行った。

 代わりにさとりがイヴァンの方へと寄ってきて、小声で話しかけてくる。

 

「ねぇイヴァン」

「あ、あぁ……悪い、ロウゲツのアレは……」

「そうじゃないわよ」

 

 さとりの視線は強くイヴァンに向けられていた。そこには心配の念も垣間見えたが……より強くあったのは追及の念だった。イヴァンはその視線を受けてどこか息苦しさを感じていた。

 

「貴方はどうしてそんなに怖がっているのかしらね」

「それは……」

 

 そして案の定、心の機微を言い当てられて言い淀む。さとりがこちらに話しかけに来たのは、最早明白だからだろう。ロウゲツのあの態度の原因の一つがイヴァンの方にあることが。

 

「……言えないんだ。事情があって」

「その事情の為に、その罪悪感を一生引きずる気なの?」

「仮に今更話したって遅いだろ、多分。アイツは許しちゃくれないよ」

 

 先を歩くロウゲツを見るイヴァンの目は悲しみと寂しさを湛えて揺れていた。過去を想いながらも、それは良い思い出だからではなく……何かを忘れないように思いとどめておく為のものだとさとりには容易に分かった。

 

「貴方ってなんとなく自己肯定感薄いわよね。もうちょっと自信を持ってもいいと思うけれど」

「……はは。都市で妙に自己肯定感高いような奴はそもそもあまり信用できないしな」

 

 さとりの言葉に、イヴァンは自嘲気味に笑い飛ばす。

 都市では"自分"というものを強く持っていればいるほど傷つく。だから都市に生きる者たちは大抵"自分"を押し込めるか、"自分"を狂わせるしか出来ない。その原因は幾つかあるだろうが……イヴァンはその内の一つが……あらゆる利便と恩恵には必ず代償が伴うからだと強く思っていた。

 都市には様々な利便が溢れている。特異点然り、工房の技術然り―――巣にも裏路地にも、それらは溢れている。だがそれは必ず代償を、対価を伴う。その対価が金であればまだ軽い……いや、正確に言えばやりやすい方だろう。だが半分以上はそうではないはずだ。

 ヂェーヴィチ協会のフィクサーとして働いているから分かっている。あらゆる利便は"他人が代償を払っている"から十全に使えるだけだ。自分も、その中の"他人"の一人として誰かの為の代償を払い続けている。いつ死ぬかも分からない仕事をただ続けている。仕組みも何も一切分からない特異点らも―――きっとそうだという確信がイヴァンにはあった。

 それだけならまだ良い。それだけなら幾ら傷ついたとしても、自分を押し込める理由にはならないだろうから。有り余る理不尽に涙して、奮起して、それらに抗う英雄として自分を飾り立てたって構わないはずだ。だが……

 

 問題は、あの都市では。あの冷たい場所では……その恩恵一つ無ければ生きていくことすらままならないということだ。

 だから自分がどれだけその理不尽に心を痛めようが―――その"理不尽によって生成された恩恵"を享受しなければいけない。それがあの都市で生きるということ。あの場所で"自分"を養うには……その事実にきっと直面しなければならないのだろう。それが出来ない者は誰であろうと自分を抑え込むしかないのだ。

 だからこそ都市で自己肯定感が高いと言えるような連中は大抵の場合、"他者を踏みつけにしても心の動かない奴"か"弱かったせいで自分を狂わせた者"か。あるいは絶対のルールである都市のシステムを笠に着たような連中であったりするのだろう。どれにしろ碌な奴らではない。

 

 そしてもう一つ。こちらの方がより深刻であるのかもしれない。さっきの話よりずっとシンプルであるから。

 ただただ……都市では力一つ無ければ、全て上から踏み潰されて終わってしまうから。どんなに高尚で崇高な精神も、力を持てなければ、そこらへんの組織に八つ裂きにされるばかりだ。

 "健全な精神は健全な肉体に宿る"というが、ある意味間違っては無い。健全な精神なんてのを持つ中で生き残れるのは、強い力を持った者だけだろうから。それ以外はきっと何かに歯向かって犬死にしてしまうのだろう。

 

「……」

「……俺は両方共持ってなかったんだ。だから仕方ないんだよ」

「私が心を読んでることを先読みしないでちょうだい」

「はは」

 

 さとりの抗議に苦笑こそするが、それ以前にイヴァンの表情はあまり良いとは言えなかった。

 力を持っていなかったから、理不尽にも仲が裂けるのを止めることも出来ず……

 その光景に"自分"を押し込んで、ただ卑怯にも口籠るしか道がなかった。

 

 その心中を、さとりだけが見つめていた。それを知っていながらイヴァンはそのことに文句は言わなかった。

 ただ自分を恥じるだけだった。

 

「……はぁ」

 

 一人、全てを理解したさとりが大きくため息を吐く。さとりにも、イヴァンが胸の内に抱えている問題に対して、どう言葉をかければいいのかは分からなかった。だが、何かは言ってやらないとと思った。

 

「私は貴方に感謝しているわ、イヴァン」

「は? 急にどうした」

 

 突然の感謝の言葉に、ちょっと身を引くイヴァンだったが、さとりは構わず言葉を続けた。

 

「こいしを助けてくれたことよ。きっと私はそのことをずっと感謝するでしょう」

「いや、あれは俺がモノリスを落っことしたせいだろ?」

「違う。きっかけはそうだったけど、あの子には元から小さなねじれがあったのよ。目を閉じたこと、無意識の能力のこと、誰にも気づかれないこと。全てを微かに後悔していたのは確かなんだから。だからいつか同じことになっていたはずよ。この世界にばら撒かれたモノリスの内の一つにやられて。でもあの場は、貴方が居たからあの子は助かったの、それは確かよ」

「……そう、かなぁ」

「そうよ。そういうことにしておいて」

 

 いつになく強い語気にイヴァンもたた頷くことしか出来ず。

 

「私は貴方に感謝してる。だから一つだけ言っておくわ」

「……何を」

「行動に遅いなんてないの。ただ決心さえついたらね」

「……」

「そして決心さえついたら……今度は私が貴方を助けてあげるわ」

「……え?」

 

 その言葉に固まるイヴァンに、さとりはふふん、と誇らしげに笑っていた。

 

「それに貴方も言ってたじゃない。"ここは都市じゃなくて幻想郷なのよ"」

「それは……」

「貴方を縛るソレは本当にここ(幻想郷)に落ちてまで守らないといけないことなの?」

「……」

 

 イヴァンは黙り込むしかなかった。だってもし……もし、さとりの言う通りに、この(くびき)から解放されたなら。もしかしたら、自分が目を逸らさずにはいられなかった事実の内の一つを克服できるかもしれないと考えたら。

 期待と、それを妨げる不安の間で揺れ動く。相反する二つの力の間に心が挟み込まれているようで、なんだか気が気でないという感じだった。

 

「イー、ヴァン!」

「うお!? こいし!?」

 

 そんな自分の心にどうにもできない葛藤を抱えて悶えていた時、後ろからこいしがすいーっと飛んできて、イヴァンの両肩に腰を下ろして肩車の態勢でイヴァンの頭を抱えて来た。

 またいつの間に後ろに回り込まれていたのか分からなかったが、そんなことを聞く間もなく、今度はこいしはイヴァンの頭をポンポンと優しく撫でるように叩いて来た。

 

「な、なんだ……?」

「私もイヴァンがしてくれたみたいにしてあげようと思って」

「は、はぁ……」

「私もイヴァンが……私みたいになってほしくないから」

「こいし……」

 

 考えてみれば同じことだったのかもしれない。自分がこいしに対して同情の意を覚えたように……こいしから見れば自分の状況もまた同情されて然るべきようなものだったのかも。

 そう考えれば、二人から心配されていることも、今こうして優しく撫でられていることも、すんなり受け入れられるような気がした。彼女らの支えを素直に借りられそうな気がしたから。イヴァンの表情から憂いが抜けるのに、そう時間はかからなかった。

 

「出来るかは分からない。分からない、けど」

「……ま。近い内に結論は出しなさい。そんなに待ってはあげないわよ」

「……あぁ」

 

 再び、胸ポケットを上から撫でる。まだ迷いを抱えながらも確かに強く頷いたイヴァンに、さとりも安堵したように微かに息を吐いた。上から覗き込んで来るこいしの表情も微かに柔らかくなった……ような気もする。読み取りずらいがきっとそうだとイヴァンは思った。

 

「ふっ、よし。こいし、走るぞ! しっかり捕まれよ!」

「えっ? ……うん!」

「ふふ、転ばないでよ」

 

 残った迷いも振り切るみたいに走り出すイヴァンに、力一杯しがみ付くこいし。子供みたいにはしゃぎだした二人にさとりも優しい目を向けていた。

 

「おら、ロウゲツも妖夢も行くぞ!」

「なっ……何をはしゃいでるんだ、アイツ……」

「でも楽しそうですよ。私も走りましょうかね!」

「……はぁ」

 

 一気に先頭を走り出した二人に、妖夢もまたついていくように駆けだし、ロウゲツはそんな三人の様子を呆れたながらも複雑な様子で眺めていた。

 そうしてしばらく駆けて行った先に、大きな湖と、その横にまるでそこだけ何処か別の場所から切り出してきたような真っ赤な洋館が見えてくる。

 

「あ……もしかしてあれが?」

「そうだよ、あれが紅魔館」

 

 イヴァンたちは目的地だった吸血鬼の館、紅魔館に遂に到着するのだった。

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