ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十五話 紅魔館

「これで全員揃ったか?」

「はーい」

「いるみたいですよ」

「貴様が先走らなかったら、点呼なんて取る必要なかったんだが……」

 

 ロウゲツのため息が混じる中、一行全員は目の前にそびえる深紅の洋館を見上げていた。山の麓、そして湖の傍に位置するこの紅魔館は周囲の自然豊かな景観から完全に浮いた異質な雰囲気を備えていた。

 ロウゲツがちらりと紅魔館の上部を見やる。そこには館の一部として時計台がついており、どうにもそれが気になる様子だった。

 

「さて、それじゃ正門はこっちの方よ、行きましょう」

 

 さとりの先導で館の正門の方から敷地の中に入っていく。

 すると、門の傍から長い赤髪の女性がぱたぱたと駆けてきて、こちらに頭を下げた。

 

「いらっしゃいませ、さとりさん。なんだか聞いてたより随分と人が多いですけど……」

「どうも白玉楼の方でも関係のある外来人を保護していたらしいわ。そんなわけで妖夢とこっちの人も一緒に来たの」

「そうでしたか。まぁ多分、お嬢様もとやかくは言わないと思います」

 

 さとりと赤髪の女性が一言二言言い交わした後、そのままイヴァン達の方に向き直る。

 

「初めまして。私はここ紅魔館の門番をしています、紅美鈴(ホンメイリン)と言います」

「あぁ、こりゃどうも……俺はイヴァンだ。地霊殿でお世話になってる」

「……ロウゲツだ」

「イヴァンさんにロウゲツさんですね。よろしくお願いします」

 

 とても穏やかな笑顔を浮かべる美鈴にイヴァンもまた愛想よく接する。ロウゲツだけは警戒を解く様子を見せなかったが、美鈴はそれを指摘する様子はなかった。

 

「さぁ、お嬢様がお待ちになっていますので、どうぞこちらに」

「そのお嬢様っていうのが吸血鬼の……?」

「えぇ。紅魔館の主にして吸血鬼、レミリア=スカーレット様です」

 

 そう言いながら、美鈴は広大な紅魔館の庭を軽く案内しながら、敷地の奥にある館の扉を開き、一行を中に招き入れるのだった。

 

***

 

「おぉ……こりゃ……すげぇな」

 

 イヴァンが感嘆の声をあげながら、案内された館のエントランスの中を軽く見渡す。

 中は外と同じように紅色を基調とした異様な雰囲気を纏っている。そこかしこの周囲を紅のみに囲まれていると何とも言えない不安に苛まれもするが……細かく見て行けばイヴァンの知るような都市の館とあまり変わらないように見えて、少しずつその気持ちは薄らいで、いつしか心中は感嘆100%となっていった。

 

「南部で働いてた頃、なんかこんな感じの館の依頼よく受けてたはずなんだけど……何処だったかな……」

「……ワザリング・ハイツのことか?」

「あぁ、そうそう。ちょっと懐かしく感じたな。まぁ、色んな所が結構違うけど……」

「こんな赤々しくはなかったし、向こうは常に豪雨で大分かけ離れてると思うが……」

 

 イヴァンにとっては都市にはかなり珍しい巨大な館、というもので参考に出来るものがそれしかなかったから引き合いに出しただけだったが……それでもロウゲツにも懐かしい記憶であったのか、話している途中から少し表情が和らいだ気がする。

 そんなこんな二人の思い出話に花を咲かせていると、エントランスの奥から二人の女性が一行の前に現れ、その片方がフランクに声をかけてくる。

 

「いらっしゃい、古明地さとりに外来人も……歓迎……なんか多いわね?」

 

 一人は銀髪の長身の女性で、その身を青と白の二色で出来たメイド服に包んで、もう一人の傍に恭しく連れ添っている。

 もう一人は青髪にピンクのナイトキャップを被った幼児のように幼い出で立ちの女性だ。だがその背からは明らかに異形の者を示す大きな蝙蝠の翼が生えていた。

 

「貴方の所の門番には説明しましたけど……どうも白玉楼の方でも同じ世界からの外来人を保護していたらしいです。今回、出発前に顔を見せあったから、そのまま連れて来ました」

 

 仮にもそこそこ(くらい)の高い人物相手だからだろうか、地霊殿ではため口だったさとりもレミリア相手には敬語で話していた。

 

「そういうこと……? あそこの主人も隠し事が多いわねぇ。あぁ、それで妖夢も来てるわけね。そういうことなら別にいいわよ、人は多い方がいいものね?」

「……はぁ。イヴァン、ロウゲツ。彼女がここの主のレミリア=スカーレットよ。傍についているのがメイド長の十六夜咲夜」

 

 説明を受けて納得したからか、不敵な笑みを浮かべるレミリアにさとりは訝し気な目を向けてから、軽く嘆息した。何やら面倒になりそうな思惑を見て察知したようだ。

 

「ご紹介に与りました。紅魔館のメイド長をしております、十六夜咲夜ですわ」

「そして私がここの主、レミリア=スカーレットよ。イヴァン。貴方のことは話に聞いているわ。そちらの方は……」

「ロウゲツだ」

「そう。ロウゲツ、貴方も歓迎するわ。ふふ」

 

 紹介を受けた咲夜が優雅なカーテシーをする。それに追随してレミリアが前にずずいと出てきて、外来人のフィクサー二人を値踏みするように覗き込む。

 堂々とこちらを見据えるその目には独特な圧があり、それは威風堂々とした佇まいにも表れていた。それが、この見た目には幼い少女に、何か言いし得ぬ存在感を醸し出していた。

 

「さて、レミリアさん。それじゃ早速本題なんですけど」

「黒い石のことでしょ? 貴方も必死よね、えぇ、前に集まった時に言った通り、あの黒い石はうちで一つ拾ったのを持ってるわよ」

 

 さとりがレミリアに詰めよる。この件で何かしら言い訳することは許さないつもりらしい。だがレミリアはそれを軽く受け流して話を続けた。

 

「心を歪ませて人を怪物に変える石……ねじれ、って言うんだっけ? 今日までパチェに任せて解析なりなんなりしてもらってたんだけど……あんまり進展なかったのよね」

「解析したところでだろうな。操作パネルに当たる部分が無いだろうから」

「あら、よく知ってるのね。そうみたいなのよ。あれは結局、怪物を作りだす妙な力場を展開し続けるだけのものだったってわけ」

「それを安全に保管できるのがイヴァンの鞄です。彼にこの幻想郷の黒い石……モノリスと言うらしいですが。それを全部集めてもらい、元の世界に帰ってもらう。その為にまずここのモノリスを回収するという話になりましたよね」

 

 言葉遣いは丁寧ながら、さとりは何か意図的に強い語気を込めている。それを受けたレミリアは少しの間、顎に手を置いてわざとらしく考え込んで……

 

「……それなんだけどね。やっぱりやめた」

「は?」

 

 悪戯っぽく舌を出しながら、拒否するレミリア。イヴァンがちらりと後ろの美鈴を見てみると、何故だか凄く驚いた顔をして硬直していた。どうやら何も知らされていなかったらしい。

 

「やっぱりね……」

「ッチ、おい。どういうことだ古明地さとり」

 

 さとりは知っていたと言わんばかりに大きくため息を吐いていた。さとりの方を向くロウゲツはというと、苛立ちを抑えられないという風に青筋を立てながら鋭く睨んでいる始末だった。

 

「前々から何か企んでいたというか……この前の話し合いの時にも、了承は貰ったけど、素直に渡す気は無かったのは第三の目(サードアイ)で見えてたから……」

 

 紅魔館に行くと言い出した辺りからため息をついていたのはそういうことだったらしい。最初から何かしら面倒ごとをやり出すということまでは分かっていたらしい。

 

「正解。だってそのまま渡してもつまらないもの。折角面白そうな玩具が手に入ったと思ってたら、さとりが必死な顔で対処が必要だのなんだのと言ってくるから、どうしたものかと思っていたのよ」

 

 道楽。一切悪びれもせずに、そのためだけに危険物の処理を拒否すると言う。都市育ちにはあまり理解が出来ない感性。一般的にそんなことの為に横道に逸れる余裕など都市の住民にあるわけがない。あるとしたら、それは余程金を余らせているか、周囲と隔絶した実力を持っているかしかないだろう。

 そうでなければ、人は日常の中から細やかな楽しみを見つけてそれで満足するしかない。少なくともイヴァンはそういう人生を歩んできた者だった。

 だからレミリアのその言葉には強い困惑を覚えたし、それを抑えることも出来ずに眉を顰めることしか出来なかった。

 

「そこまで分かっているなら何故イヴァンを連れて来ようと思ったんだ」

「とりあえず乗ってあげるのが、話を進めるうえで早いと思ったのよ……」

 

 そしてさとりはレミリアの企みに乗った方がモノリスを早く回収できると踏んだ。恐らくそれは正しい。

 レミリアもそんなさとりの言葉を首肯するように首を縦に振った。

 

「まぁこれを私達が持っていたとしても、そんな面白いことは出来ないって分かっちゃったし。人間とかを捕まえて、ねじれとやらにしてみてもいいけど、それをすると騒ぎが大きくなるしね。さとりも含めて、この件に神経質な者が一定数いるようだから」

「ならもしかして、モノリスとやらをダシにして何かしようってことですか?」

 

 妖夢の言葉にレミリアは再び首を縦に振った。

 

「モノリスはそこの外来人二人が必要としているのでしょう? だったら、その二人こそが血眼になってそれを奪取しに来るのが筋ってものじゃないかしら」

「……回りくどいな」

 

 レミリアの芝居がかった仕草に、ロウゲツがくってかかる。それを見たレミリアはくすくすと笑って、身を翻した。完全に敵意を放っているフィクサー相手に全く問題ないと言わんばかりのその態度は、むしろその対応を待ち望んでいたと言わんばかりだった。

 

「簡単な話。ゲームをしましょう。貴方達がモノリスが欲しいというなら、奪い取っていけばいいのよ」

「なんだって?」

「その代わり、私達も貴方達を侵入者として応対させてもらうわ。私達が貴方達を全員追い出すのが先か。それとも目的のブツの下にたどり着くのが先か。勝負ということでどう?」

 

 レミリアがその身の威圧感を全開にしながら挑発の言葉を繰り出す。その言葉に、今度は妖夢が刀の柄に手を置きながら、身を乗り出した。

 

「要はお二人と遊ぶためにモノリスをダシにしようってわけですね」

「えぇ。どうせ使えないなら、せめてこうした方が有意義だから。さて、どうするのかしら?」

「……おい、イヴァン。お前はどうする」

 

 なんだか既視感のある話ではある。今回はついてきていない勇儀の顔が思い浮かんだ。唐突に力比べを申し込まれた時と同じ雰囲気。闘争を娯楽の内の一つとして捉える幻想郷の妖怪たちの文化。妖夢はそれと認識して、乗り気でいるし、ロウゲツは単純に目の前の障害をただ排除する気でいるのだろう。イヴァンは少し考え込んだ。

 

「イヴァン、こういう時どうしたらいいのか、一つ選択肢を増やしておくわ」

 

 そんな悩めるイヴァンにさとりが難しく考える必要はないと言う。どういうことかと問おうとしたイヴァンの目に微笑むさとりの顔が見えた。

 

「あぁいう困ったことを考える妖怪は、一回懲らしめてしまえばいいのよ」

「……いいのか?」

幻想郷(ここ)じゃ日常茶飯事だから。地霊殿(うち)の迷惑になるとかもないわ。所詮、遺恨が残るようなものじゃなくて、ただのゲームって言ってるから」

 

 ねじれという傍目から見てもただの怪物を討つだけとは違う……ちょっと困った隣人に制裁を加える。そんな大層なことをする名分なんてあるのだろうか、というイヴァンの不安を、なんでもお見通しなさとりの適切なアドバイスが綺麗に取り払う。そういうことなら、とイヴァンもまた自前の鞄に手をかけて、キッと鋭い目でレミリアに向き直った。

 

「なら……悪いがモノリスは奪わせてもらおうか!」

「ふふ、勇気のある人間ね。いいわ、その身も心も朱く染めてあげる!」

 

 二人の言葉を皮切りに、この場全ての人物の視線が交差する。

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