ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十六話 開戦

「さて……咲夜!」

「はい、お嬢様!」

 

 モノリスをかけた勝負。ルールは至ってシンプル。モノリス回収組の5人がモノリスを奪取すればそれで終わり。そしてそれを阻むのが紅魔館の面々。凝った悪意も何もない、唐突な思いつきの遊戯でしかない勝負。幻想郷ではままあることであるのだろう。

 

 だがその規模はあくまで妖怪基準。人間が下手をうてば死は全然あり得ることだ。

 それを示すように、レミリアの号令と共に咲夜が跳躍し目の前のイヴァン、ロウゲツ、そしてさとり、妖夢へと雨あられと大量のナイフを投擲してくる。

 

「ちょ、いきなり多くないか!?」

「……本当に都市のバトラーみたいな攻撃をしてくるんだな」

「あれが彼女の弾幕よ、あれぐらいなら全然普通だから!」

「ロウゲツさんとイヴァンさんは一度伏せて!」

 

 あまりのナイフの多さに面食らったイヴァンの代わりに、弾幕戦に慣れているさとりが光弾を放ちドンピシャで次々と撃ち落す。その隙に妖夢が目にもとまらぬ速さでナイフを放った直後の咲夜に斬りかかるが―――

 

「おっと、甘いわね!」

「ッ!」

 

 すぐさま脇から割り込んだレミリアがその華奢ながらも剛力な腕と強靭な爪で剣を弾いた。傍目から見れば異様な光景。高価な身体施術をした女性なら似たようなことは出来るだろうが……それでも都市では依然として体格差という概念は存在する。そんなものを僅かも感じさせないレミリアの動きに、イヴァンは驚愕していた。

 

「……イヴァン」

 

 そしてそれをつぶさに観察していたロウゲツがイヴァンに目配せする。眼帯に隠れていない方、その金色の右目が細かく揺れていた。イヴァンにはそれが、この場全てのものを視野に収めようとするロウゲツの義眼独特の動作であることが分かっていた。同時に懐から懐中時計を取りだす。セブンフィクサーの分析は既に始まっているらしい。

 

「あの二人は俺と妖夢でなんとかしよう。妖夢、貴様もそれでいいか?」

「分かりました。私は大丈夫です」

「じゃあ俺とさとりとこいしで館を探し回ればいいな?」

「あぁ」

 

 首肯の言葉と共にロウゲツはさとりの方にも視線を向け、さとりも頷いて応える。どうにもただ返事を促しているだけでなく、他のことも確認しているような仕草であった。

 

「おっと。いきなり分担か、悪くないだろうけど……咲夜? みすみす逃す真似はしないわよね?」

「勿論ですわ」

 

 そうはさせじと更に多くのナイフを手に取る咲夜を前に、ロウゲツは左手に懐中時計を持ったまま歩み寄った。

 

「無防備に近づいてくるんですね、貴方は」

「ナイフ投擲の動きは見た。俺の剣の方が速い」

 

 さも当たり前だという風に答えて、右手を剣の柄にかけるロウゲツに、咲夜は険しい目を向ける。それがハッタリなのか、そうでないのか見極めようというのか、それとも―――

 

「ならそれが出来るものか―――」

 

 咲夜は再び跳躍する。そして―――

 

「―――試してみましょうか!」

「……何!?」

 

 その瞬間、咲夜の動きがぶつ切りになったように跳んだ。間違いなくナイフはまだ投げられていないはずだった。そのはずなのに―――

 

 既にロウゲツの。そしてイヴァンたちの目の前にナイフが迫ってきていた。

 

「ッチ!」

「いっで!?」

「っ、イヴァン! こっちに!」

 

 普通ならこれだけで目の前に立った哀れな人間は針山と化していただろうが―――ロウゲツは目の前の不条理を認識した瞬間、その原理を探るよりも前に超反応で剣を振りぬいた。だが完全に捉えられたわけではない。幾つかのナイフが脇腹や肩を切り裂き、緑の制服に赤い血の色を滲ませた。

 イヴァンの方は反応すら出来なかったが、さとりはこれを予期していたのか投げられたナイフの範囲の外、エントランス右側の扉前でイヴァンを呼ぶ。その声に引っ張られるように咄嗟に飛び込んだことで、イヴァンもまた腕や頬に攻撃が掠っただけの軽傷で済んだ。

 

「助かったさとり……このまま……って、こいしは?」

「あ……! あの子いつの間に……!」

 

 そのまま扉を開けてモノリスの捜索へ移ろうとした所でハッと気づく。思えば紅魔館に入った辺りからこいしは一言も喋っていない。見渡してもどこにもいない以上、既にこの場から離れていたらしい。

 ロウゲツも妖夢もそれに気づいている様子はない。これこそがこいしの能力の恐ろしい所であるのだろう。

 

「~~……しょうがないわ、私達はこのまま進むわよ」

「わ、分かった」

 

 断腸の思いで今この場でこいしを探し出すのは断念し、モノリスの在処を探ることに焦点を絞る。イヴァンとさとりは追撃が来ない内にとそのまま雪崩れ込むようにエントランスを出ていく。

 この場に残されたのはロウゲツと妖夢、そしてそれに対峙する咲夜とレミリア……最後に紅魔館側の人物なのに何が起こっているのか全く把握していない紅美鈴がぽつんと立っていた。

 

「美鈴。とりあえず部屋出てった連中を追いなさい」

「え!? 私もですか!?」

「彼らは今、侵入者っていう(てい)だから……ここで暴れられたら門番の責任問題でもあるでしょ?」

「ちょ……そんなぁご無体なぁ……! あぁもう分かりましたよ……」

 

 トボトボとイヴァンとさとりを追っかけて行く美鈴を後目に、四人は対峙した状態を崩さない。この状態で隙を見せれば即座にそれを突かれることを身に染みて分かっているからだ。

 

「ロウゲツさん、美鈴さんは放っておいて良かったんですか?」

「あれぐらいなら問題ない。イヴァンの足なら追いつかれることもないだろう」

「逃げ足に定評があるの? 彼は」

「…………優秀なヂェーヴィチだからな」

 

 レミリアの質問に対してロウゲツは何か言いかけたが……首を横に振り、代わりにそれっぽい言葉で誤魔化した。

 そのまま均衡状態が続く……それを破ったのはレミリアの一言だった。

 

「はっ。このままじゃ埒が明かないし……私は外来人の実力ってのを、しっかり見ておきたいのよね」

「ならどうする?」

「咲夜。彼をお相手してあげて。私は手を出さないわ」

「分かりました」

 

 なんともあっさりと手を出さないと宣言して、後ろに下がるレミリアに一瞬、警戒が向くが、それを遮るように前に出る咲夜の挙動に、注意の向き方が元に戻る。

 同じように前に出ようとする妖夢を、ロウゲツは手振りで制して後ろに下がらせた。

 

「ロウゲツさん……一人で大丈夫ですか?」

「あぁ。それに、これが(レミリア)を楽しませるためのゲームであるなら……奴の要望通り、(外来人)が相手をするべきだろう。忌々しいことだが。妖夢はレミリアが割り込んでこないように警戒していてくれ」

「……了解しました」

 

 しっかりと頷いて、相手と同じように後ろに下がる妖夢の様子をレミリアは興味深そうに眺めていた。ロウゲツの実力は妖夢が食い下がることもなく前に出しても問題ないと思う程はあるということなのだろうと、レミリアと咲夜は認識していた。

 

「これで1対1だな」

「私の能力の正体を妖夢から聞かなくてもいいのですか?」

「……必要ないだろう」

「傲慢ですね。油断が過ぎると思いますが」

 

 咲夜の言葉をバッサリと切り捨てるロウゲツに、さしもの咲夜も強い言葉を浴びせかける。最初から最後まで自分の相手は一人で十分だと言って憚らないロウゲツに対して、少しばかり咲夜も悪感情を抱かずにはいられなかった。当のロウゲツは相変わらずの様子で、左手の懐中時計を時々チラリと覗いている。

 

「……その時計も。仕舞っておかないと壊れてしまいますよ?」

「あぁ、これは……時間を測っている。癖なんだ。そして俺に必要なことでもある」

 

 ロウゲツの黒の前髪の間にチラリと金色の瞳が揺れる。変わらず、その独眼は小刻みに揺れ、常に咲夜の姿を捉えているのに関わらず、その他全てをも視界に収めようというような動きだった。

 

「まぁそう気を悪くするな。俺はセブン協会のフィクサーだから」

「フィクサーとか、協会とかの話は断片的に聞きましたね。都市……で働く便利屋の総称だとか」

「あぁ。セブンは情報収集専門の協会だ。だから……貴様の能力の秘密ぐらいは自分の足と剣で取る。そう決めている」

「……いいでしょう」

 

 いい加減、問答にも飽きてきたのか。咲夜が再びナイフを構える。今度は既に抜剣された状態でそれを待ち構えるロウゲツ。

 

 奇術『幻惑ミスディレクション』

 

 咲夜が再び大量のナイフを今度はロウゲツ一人に向かって投擲する。更に、次々に別の場所へと瞬間移動を繰り返し、そこからも矢継ぎ早にナイフを放ってくる。四方八方から飛んでくる無数のナイフ。それらの軌跡が見事に混じり合い、美しい弾幕として襲い掛かってくる。

 

「ッ! ハァッ!!」

 

 正面に対峙していたはずが、いつの間にか四方をナイフに囲まれるという異常事態。だが、攻撃されるのも二回目な今回は、多少予測はしていたのか、自身に近いナイフから片っ端に右手に握った剣で叩き落していく。身体を捻り、ナイフの間を縫いながら、乱舞とばかりに剣を振るい続ける。

 だがナイフの数は尋常ではない。最初に咲夜の攻撃を受けた時と同じように防ぎきれない。叩き落しきれなかった分が着実にロウゲツの身体や服を、浅くではあるが切り裂いていく。

 

「防戦一方では? 思いあがった言葉を撤回するなら今ですよ」

 

 ナイフの嵐の中で踊り舞うロウゲツを逃す気はないと更にナイフを投げ追撃する。追加されたナイフとナイフがぶつかり合い、軌道が逸れる。

 

「……ここからだろう!」

 

 だがロウゲツは跳弾の軌道を見切ったのか、見事に剣の腹で弾き、防ぐ。一旦ナイフの雨が止んだ中心には、数多のかすり傷を作りながらも、まだ二の足で立っているロウゲツの姿があった。

 そしてロウゲツはしきりに懐中時計と咲夜本人とを見比べるように、忙しなく代わる代わる見つめていた。そうしたかと思うと、今度は体勢を低くし、ぐぐっと足に力を溜め始める。

 

「……来ますか」

 

 咲夜にもそれが真っすぐ最速で向かってくるための体勢であることは容易に理解出来た。だからナイフを両手に構え、突進に備える。恐らく繰り出してくる剣の一撃を受け止めて―――

 

「―――ッ!?」

 

 その考えが甘かったと思い知らされたのは、剣がその顔面に到達する直前のことだった。一刀。突進と共に繰り出されたほんの一刀が咲夜の気が付いた時には既に自身の顔へと到達する所だったのだから。

 瞬間、ロウゲツの剣は対象を見失い、空を切る。またしても昨夜の動きがぶつ切りになったように跳んだ。既に咲夜はロウゲツの背後の宙を舞い、ロウゲツにナイフを投擲していた。

 

「ッチ、またか……!」

 

 舌打ちと同時にすんでのところで身を翻す。だがやはりすべてのナイフを咄嗟に躱しきることは出来ない。次第にかすり傷とも言えない深い傷が体の各所に刻まれていく。傷跡が焼けるような痛みを伴い、ロウゲツの動きからキレを奪っていく。

 

「……今のは」

 

 だが同時に、凄まじいまでのバネと瞬発力を見せたロウゲツに、咲夜も戦慄していた。このままの展開が続けば、恐らく咲夜が押し切るだろう。だがあの突進のような力を溜めての一撃を。ワンチャンスを通されたなら、敗北は十分にあり得ると。

 故に十分なマージンを取って戦う。これが最善だと咲夜は考えた。目の前の外来人に幻想郷の住民のような特殊な能力はない。自身の"時を操る程度の能力"に対抗出来得るものはないはずだ。そう結論づけて、咲夜は再びナイフを手に取った。

 

「さぁ、貴方にまだまだ耐えられますか?」

「……」

 

 一瞬の視線の交差。咲夜の青い瞳が、ロウゲツの金色の目と合った。視線が揺れる。ナイフが散らばったにしては、妙に綺麗な床が視界の端に映った。少しして、ようやくロウゲツの目の震えは収まり、咲夜の方を揺らぐことなく見つめていた。

 それに構わず、咲夜は時を止めナイフを無尽蔵に投げ、ロウゲツの目の前に配置する。この時が止まっている間に起こったことは、咲夜以外の誰をも認識することは出来ない。故にまるで急に目の前にナイフが現れたように映る。幻想郷の強者たちには通じないこともあるが、相手がただの人間であるならそんな心配もない。

 

「―――時は動き出す」

 

 咲夜が呟くと同時に全ての物質は動き出す。

 

「ふッ!!」

 

 これで四度目。ロウゲツの視界では全てがぶつ切りに跳んだように見えた回数。咲夜にとっては自身が時を止めた回数。流石に慣れたのか、先ほどよりもナイフを捌く剣技が洗練されていく。痛みによる鈍りもあるだろうに、それを思わせない剣の冴えには賞賛を送りたいものだが……それでも限界はある。なにせこの無数のナイフは投げられた瞬間と飛んでくる途中の"過程"が無い。それらは時が止まっている間に済ませられているのだから。本来はあるはずの途中経過が無い攻撃はその密度を増し、リズムを崩す。

 いくら備えていても、本当の本当に唐突に前触れなく飛んでくる攻撃全てに対応するなど不可能だ。

 

「ッグ……!?」

 

 見ればロウゲツの左腕にナイフが深々と突き刺さっていた。左手の力が抜けかけて、持っていた懐中時計を取り落としそうになるのを必死に堪えていた。対応の限界を超えた分の攻撃は受けるしかない。当然の帰結だ。

 

「さぁ、もうそろそろ決着の時よ」

 

 いよいよ咲夜の口調から敬語が抜けた。初対面だから最低限尊重する姿勢を見せてはいたが、これから負かす相手にはそれも不要ということか。ともあれこちらの方が素ではあるのだろう、幾分か軽い調子でロウゲツの傍に寄りながら―――再び時を止めた。

 

 瞬間、周囲から散らばったナイフが無くなる。

 

「……っは」

 

 それをロウゲツの義眼は何度も捉えていた。だから―――

 

「捕まえたぞ、十六夜咲夜」

「……え?」

 

 ぶつ切りに跳んだ咲夜の動きは―――ロウゲツの左腕に刺さったナイフを抜くことが出来ず……そこで止まっていた。

 それと同時に……ロウゲツは右手で構えていた剣を大上段で構えていた。

 

「っ!?」

 

 『雲斬り』

 

 咄嗟にロウゲツの腕に刺さったナイフを諦め、バックステップで距離を取る。その瞬間、眼前に威力と重さの乗った剣が真上から真下へと一直線に、唐竹割りに仕留める一撃が振り下ろされた。

 その威力に伴う風圧にバックステップの勢いも合わさって、後ろによろめいた。剣が通った軌跡に風が渦巻いて、まるで雲が巻きついたような剣閃を幻視した。

 

「……貴様は何度も散らばったナイフを回収していたな? だから、俺に刺さった分もそうすると踏んだ」

「な……何故それを……!」

 

 自身の能力に関わる行動を指摘され、動揺のままロウゲツに向き直れば、再びロウゲツの金色の目と目線が合う。さっきとまるで変わらない瞳なのに……さっきの一連の言動の後では、その目がまるで(さとり)妖怪の第三の目(サードアイ)と同じように全てを見透かしているようにすら思えて仕方が無かった。

 

「……心配しなくても。ゆっくりと思い知らせてやる」

 

 そして遂には左手の懐中時計をポケットに戻す。剣の切っ先を咲夜に向け、今までよりずっと濃い殺気を放つ。ここからが本番だとこの場の全員の身体に刻み付けるように。

 

「セブン協会の剣の妙味を」

 

 たった一度の反撃が、このセブンフィクサーの存在感を最大にまで引き上げていた。

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