ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十七話 セブン協会の剣

 ―――動き回るには少々狭いエントランスホールに金属同士がぶつかり合う音が繰り返し鳴り響く。

 戦場を縦横無尽に動きながら、獲物を追い立てんとするばかりに剣を振るうロウゲツ。咲夜はそれを両手に構えた二本のナイフで辛うじて防いでいる。

 

「俺の目は視野を広く保つように出来ている。お前が放ったナイフがぽつぽつと消えているのは流して見ていても分かっていた」

「それで……! それだけで私の能力を理解したと!?」

「そういうわけではないが……でも理解したのは本当だ。貴様の能力は"時を止める"ことだろう?」

「ッ!!」

 

 厳密には"時を操る程度の能力"……時間に関しては止めること以外も出来る万能とも言える能力だが……ロウゲツの指摘は実に的を射ている。咲夜は剣戟に晒されながら歯噛みした。

 戦場から唐突にナイフが消えていたのは咲夜が時が止まっている間に回収し、再使用していた為だ。弾幕を物理的なナイフで構成する咲夜だが、決して無制限にナイフを持っているわけではない。ある程度の量は誤魔化しを利かせているが、底を突いたなら使ったものを拾わなくてはいけない。ロウゲツはそれを見逃さなかったのだろう。決して拾う動作を見せていなくても、その片鱗から探って見せた……だがそれでもなお不可解には違いない。例えナイフが消えることを不自然に思っても―――時を止められている。その発想がいきなり出るのはいささか突拍子もなさすぎるのではないか。

 

「何故それだけで"時間"だと思ったのかしら……!?」

 

 ナイフをクロスさせてロウゲツの剣を受け止める。至近距離で睨み合う両者の間で言葉は交わされ、積み重なっていく。

 

「……似たような奴と戦ったことがある」

「は……?」

「俺はT社の巣の出身で……あぁ、いやこう言っても分からないな……俺の住んでいた場所では、時間を操作する技術がそれなりに発展していたんだ」

「そんなことが……」

 

 鍔迫り合いのような状態から押しのけるように、両者共に刃に力を込め、弾かれたように後ろに下がり、間合いが広がる。

 

「と言っても……貴様のように時間を完全に止めるような特異点はまだ存在しないが……だが一人に多く時間を持たせて、人一人の時間を加速させることは出来た。そいつらもせかせかと忙しなく、俺が一呼吸する間に色んなことをやる奴だった。特にクロスボウを違法改造した時間密輸組織の下っ端がいたんだが……撃った矢が高いと言って、逐一拾い上げる奴だったから」

「…………」

「もっとも、確証があったわけではない。だがタイミングは掴んだからな」

「タイミング……?」

「測っていたんだ、ずっと。貴様の動きがぶつりと途切れる瞬間を」

「! ……あの時計ね」

「T社産の時計だ。アレで戦う時、"()"を測るのが俺のやり方だ。お前の能力が時間停止だろうが他の何かであろうが……"回収"という行為を挟むなら、そこを捕まえられると踏んだ」

 

 咲夜の頬に冷や汗が垂れる。目の前のこのフィクサーは決してただ能力を突きとめたというだけではない。

 見ていたのだ。全てを。この場で起こったこと、そして起こったタイミングを測っていた。それら全ての情報を頭の中で整理して、何をすべきかを判断したのだ。

 ナイフの回収が行われるなら、どのタイミングなのか。咲夜の持つナイフの最大量を把握し、それが尽きたと思しき時、そして咲夜が時間を止める刹那を見極め―――自身の肉体、筋肉でナイフを固定し、回収を阻止した。時間が止められた後ではない。止める瞬間にこそ活路はあった。

 

「……大した人ね。まだ戦い始めたばかりだというのに」

「……褒めるのは早い。これからだ」

 

 ロウゲツが脱力した自然体で構える。だらりと両の腕を弛緩させてゆるく握る、瞬発力を引き出す為の構えだ。無造作に斬りかかるつもりかとも見えるが、どうやら機を伺っているようで、それ以上は動かない。

 咲夜は逡巡する。果たしてこのまま無策で能力を使って攻め立てていいものか。ロウゲツの観察眼は言ってしまえば、"相手の手の内を読む力"だ。しかもその精度は凄まじく、過程をすっ飛ばしたナイフ投擲とその回収から能力と、そして能力を使うタイミングを読まれた。能力をフル活用して全力で攻めれば、更なる密度の弾幕を出すことは可能だが……相手がそれを分かっていないとは思えない。

 弾幕を捨てて能力を併用しながらの近接戦? 決まればいいが、リスクも高い。単純な剣の間合いの中なら恐らくはロウゲツの独壇場だ。一歩ミスをしたら瞬く間に急所を突かれる。そしてあの目はこちらの体術の癖をも即座に見抜いてくるだろう。何かの拍子に躱されでもしたら取り返しがつかない。

 なら―――

 

 相手の死角を突く。それしかない。分かっているのはタイミングだけ。時を止め、死角に入り込み、ナイフ弾幕を撃つ。相手の反応が完璧ではないのは今までの攻防で分かっている。作戦は変わらずマージンを多く取り、ロウゲツの一撃必殺の一刀を躱す余裕を作っておく。その上でじわじわと削り切る。これで大丈夫なはずだ。

 

「ふふ、正念場ね、咲夜?」

「……言われずとも」

 

 主人(レミリア)の微かな笑い声と共に飛んでくる野次に背中を押され、再び咲夜は時を止める。いつもの事ながら呑気なものだ。自分が倒されたら次は貴女の番でしょうに、と思いながら、咲夜は素早くロウゲツの背後に回った。

 

「ふっ!!」

 

 投げ放たれ、ロウゲツの背後にピタリと静止するナイフ群。時が動くと同時に、これら無数の刃もまたロウゲツの背を襲い、突き刺さる運命だ。

 更に念には念を込め、今度は左側面へと動き、追加のナイフを構える。時間停止は永遠とは続かない。これを投げる前に停止は解除されるが、逆に今度は解除と同時にこれを投げ、時間差攻撃とすればいい。

 

「―――時は動き出す」

 

 時間と共に全ての物質は運動を取り戻す。ロウゲツの背後のナイフが一斉に動き出し、無防備な後ろから襲い来る。同時に左側面から咲夜は直接ロウゲツへと追加のナイフを投擲する。

 

「―――!」

 

 『撃勢』

 

 ぐるり、腰を捻り、振り返りながら大きく左から右へ、横に斬り払う。大振りの一撃だが、大半のナイフを根こそぎ弾く。相変わらず多少の被弾こそは許すも、辛うじて致命傷を避けている。

 金色の目が再び揺れる。広く見渡し、様々な物を視野に収めることに特化した戦闘用義眼。それが追加で放たれた側面からのナイフと咲夜本人を捉える。

 そのまま身体の回転の勢いを殺さず、左側面へと向く。

 

 『アンガジェマン』

 

 そして今度は流麗かつ細やかな剣の動きでナイフを一つ一つ最小の動きで丁寧にはじき返す。

 その動きは留めることを知らず―――

 

 『刺法』

 

 全てをはじき返したと見るや、剣を構え直し、溜めも最小に、咲夜に向かって突進―――躊躇なく心臓を狙った刺突による反撃を試みる。

 

「なっ!?」

 

 幾らかの被弾を許容したとはいえ、弾幕をほとんど完璧に捌いた上、反撃まで―――しかも驚異的なことに、次の時間停止までのクールタイムが終わらない内にそれを全てこなしてくるとは。

 咄嗟に横に飛び退いて刺突を躱す。両手にナイフを構え、追撃に備える。あと1秒もしない間に再び時を止められる、そうすれば―――

 

 『極剣』

 

「ッ!?」

「さぁ、跳んでみろ」

 

 すかさず構え直して、上から振り下ろした剣が咲夜の両手のナイフを叩き落とす。無防備になった咲夜の喉元に向けて、今度はコンパクトな突きが繰り出され―――

 

「―――っはぁ……はぁ……!」

「ッチ、やはり攻め切れないか」

 

 瞬間、咲夜の姿がロウゲツの目の前から消える。同時に散らばったナイフも消え、そして彼の後ろへと息を切らせたメイドが姿を現した。

 さっきまで攻め立てていたのは咲夜の方だったはずなのに、たった一つのタイミングを掴まれただけで完全に形成が逆転してしまっていた。

 だがそれだけではない。

 

「……何。貴方の剣術は」

 

 奇妙な剣だ。今身を以て思い知らされたロウゲツの剣術への印象は―――まさしくそれだった。

 剣にはあまり詳しくない咲夜でさえも分かるほどの違和感。まるでロウゲツの剣術は一つ一つの動作が別の剣術であるかのようにチグハグで……それなのに動作が繋がり、かつ正確に狙いを定めて振るわれている。

 観戦している妖夢もうんうんと頷いて、その所感に肯定の意を示していた。

 

「俺がセブンに入った理由は……剣を極める為だった」

「……? さっきセブン協会っていうところは情報収集専門だって言ってなかったかしら……」

「あぁ。だからあえてセブンに入ったんだ。そこでなら様々な剣の情報が集まってくるから」

 

 長く語るつもりはないと再び構えを取るロウゲツ。その構えはまるでフェンシングで用いられるような西洋剣の構え。都市で言う所の南部センク協会でよく見られる構えだった。

 

「今では南部の剣術の大半を扱える」

 

 そう、ロウゲツの剣は都市南部で見られるあらゆる剣技を観察、模倣、会得し……そして集積したもの。『黒雲会』、『剣契(コムゲ)』、『南部センク協会』、『南部シ協会』、etc……

 元々南部セブン協会のフィクサーは他協会の剣技を模倣して使う者が多い。だがこれはモノが違う。決して剣技一つ一つを分解し、状況によって使い分けるなどということをするフィクサーは他にはいないだろう。だがロウゲツにはそれが出来る。

 義眼を用いた広範囲の視野。それによって得た情報を基に推理し分析する桁外れの観察眼と、他所の剣を模倣し取り込むセブン協会の剣という代物を最大まで拡大解釈して作り出した、ロウゲツだけの剣技。

 

 まさにセブン協会の剣の完成形と言える剣士だった。

 咲夜にその詳しい背景までは分からなくても、今この場で、これだけは言えることがあった。

 その変幻自在かつどこまでも正確な剣は、今自分を仕留める為に、あらゆる軌跡を通り、最短で迫ってくることを。そしてこの剣技の集積が自分にのみ向けられていること。それがどれほど高い壁になり得るかを、咲夜の本能に知らしめていた。

 

「……」

 

 無言でナイフを取り出す。次の攻防が分水嶺となる。確かに咲夜は追い詰められてこそいるが、ダメージの蓄積は明らかに向こうが上。出血も多く、あと2、3撃ほど深い傷を与えれば、今までほどのキレのある剣は繰り出せないだろう。そこまで攻撃力を削ぐことさえ出来れば、あとは今まで通り、時間をかけて始末することが出来る。

 ロウゲツもそれを分かっているからだろう。その構えには次で確実に仕留めるという意思が見て取れた。突きを最短で狙う構え。

 ロウゲツ側からすれば咲夜の弾幕の全てを防ぐことは最初から不可能だ。それは今までの弾幕への対処で分かり切っていること。ならば、次は防御を最小限に、攻撃に偏重してくるのだろう。それさえ凌ぎ切ればこちらが勝てる。

 

「―――ッ!」

「そっちから……!」

 

 時の停止を待たずしてロウゲツが突っ込む。小細工の無い最短の突きを繰り出すため、彼我の距離をあっという間に縮めていく。

 

「ふっ!!」

 

 それを阻止するためのナイフを投擲する。直進してくるロウゲツの進路を塞ぐようにしてナイフ弾幕が壁となる。

 

「ふぅ……」

 

 それに対し、息を吐きながらロウゲツの突きを狙う構えが変化する。瞬間、幾つもの剣閃が地を切り裂く。

 床に敷かれたカーペットが切り刻まれ、幾つかの布切れへと分け放たれていた。その内の一つを剣先で器用に拾い上げ、『ひんねじる』ようにして、飛んできたナイフらの前に突き出した。

 突き出されたカーペットにグサグサとナイフらが突き刺さった瞬間、剣先でカーペットを引っ張り込んで、刺さったナイフをまとめて巻き込んで防いでのけた。

 

「―――ッ!?」

 

 その刹那、死角から銀閃が一つ咲夜の右足に向けて伸びた。見ればそれは……序盤、ロウゲツが自身の肉体で回収を阻止した一つのナイフだった。カーペットでの防御で生まれた視野の死角からお返しとばかりに投擲されたもの。間合いを詰めての直接攻撃を警戒していた咲夜の不意を突く一撃。

 だが―――

 

「―――残念だけど……時間切れよ」

 

 ……直前で真っすぐ向かっていく隠された一撃の動きが止まる。ナイフが到達するまでの時間が無限へと引き延ばされていく。既に能力発動の為の"(クールタイム)"は過ぎていた。この世界の時間は停止した。

 

「間合いを詰め切らなかったのも作戦かしら、ね?」

 

 結局、ナイフを完璧に防ぎながらも距離はそこまで近づいてはいない。ロウゲツからしてみれば、時間停止のクールタイムが既に終わっていたのは分かり切ったことだっただろう。だからこそ、カウンターを警戒しての隠しナイフだったはずだ。咲夜側から直接ナイフで切り刻まれる程の至近距離に近づくことを躊躇った。

 

 能力も弾幕も無しにここまで張り合ってきた……否、下手したらそのまま敗北していただろう強さを誇ったことは賞賛に値する。けれど、それもここまでだ。

 

 メイド秘技『殺人ドール』

 

 最早、出し惜しみはしない。視界全てを埋め尽くす勢いの大量のナイフを雨あられと止まった時間の中でロウゲツに向けて、あるいはロウゲツの周囲へと散りばめる。

 そのまま死角へと回り込む。ロウゲツの義眼を以てしても、咲夜の正確な位置を把握するには一呼吸置かなくてはいけない。先程の攻防でも、彼は大きく横に切り払いながら振り向き、後ろまで確認する必要があった。その一呼吸が、その一つの"間"があれば、彼の剣を回避することが出来る。ただ一瞬の隙さえあれば。

 

「―――時は……動き出す!」

 

 全ての仕込みは完了した。ナイフが動き出す、それは無差別に、あるいは目の前の剣士に向けて。

 運命の瞬間へと向けて、時間は動き出した。

 

「―――ッ! ……ハァッ!!」

 

 視界がナイフで埋め尽くされた刹那、ロウゲツの剣が動く。

 

 『飛剣』

 

 『南部シ協会』の加速剣技。瞬時に剣先を下へ滑り込ませて、切り上げるように前方のナイフを払う。だがジリ貧もいいとこだ。すぐにでも側面や後方のナイフが向かってくるし、攻撃に転じるには、この状態で咲夜の動いた位置を把握しなければならない。その為には多少の無理を通す必要があるし、その無理の分、時間をかけた分、咲夜に刃を届かせるハードルは上がる。

 だが。

 

「……そこか」

 

 ロウゲツの目は咲夜の方を向いてはいない。けれど、確信を得たような声音が彼の口から漏れた。

 咲夜の身に悪寒が奔る。本能が告げる。防御の態勢を取らなければ。まだ居場所は把握されていないはずなのに、それなのに。

 再びナイフを両手に構え、足に力を入れる。受け止め、回避する。それだけに全神経を集中させる。

 ロウゲツが身を翻し、右斜め後ろへと駆ける。咲夜がいる方向ドンピシャに、()()()()を伴って。『飛剣』の神髄はそれ単体にはない。真価は切り上げた勢いによって生じた剣の加速にこそある。

 

 『速剣』

 

 『南部リウ協会』の加速剣技。飛剣で加速した剣先の勢いに自身の加速を載せ、更なる加速を産む。溜めは最小、なれど今回の戦いで最速の突きを繰り出す。その速度でもって数多のナイフの包囲の中を強引に突破する。身に纏った制服に、身体の末端に、また幾つものナイフが突き刺さる。

 

「ッグ……!」

 

 流石のロウゲツからも苦痛に歪む声が漏れる。突き刺さった傷口から血が噴き出す。それと同時に身体に内包された活力そのものが零れだしているような感覚を覚える。ここを逃せば、もう二度とこれほどの加速は生み出せない。全身に施した強化施術の出力を最大にして更に一歩踏み出す。

 『飛剣』→『速剣』。二つの加速により、間合いを一気に詰める。防御を固めた咲夜がその姿を認識した時には―――

 

「……嘘」

 

 既にロウゲツの間合いの中。

 

 『閃撃』

 

 『南部シ協会』の連撃。加速を載せた剣で十字に切り裂く。その二連撃で咲夜の両手に握ったナイフを弾く。弾かれてのけぞった咲夜の視界に、既に突きの為に剣を引いたロウゲツの姿があった。それは最早時間が跳んだような、だけれどその瞬間を認識している"現在"だけは引き延ばされている奇妙な時間間隔。

 それはもしかしたら―――完全な敗北を目の当たりにして引き起こされた、走馬灯の一種なのかもしれなかった。

 

 『コントラタック』

 

「ッハァ!!」

 

 『南部センク協会』の刺突剣技。全ての加速の終着点。急所を一点に捉え、かつ相手の全ての反撃を置き去りにする超速の刺突。

 『飛剣』で攻撃を弾きながら剣を加速し、『速剣』で間合いを潰しながら体を加速し、『閃撃』で加速を載せた剣で防御を弾き、『コントラタック』で急所へ回避不可の一撃を突き刺す。ロウゲツの最も得意とするコンボだった。

 

「ッハ……!? ァ……!?」

 

 躊躇いの欠片もなく、精緻な、それでいてどこまでも暴力的な一撃が、防御を弾かれ、無防備な咲夜の鳩尾にねじ込まれていた。だが……貫かれてはいない。咲夜はまるで剣ではなく先端が丸い棒状の何かで強く突かれた潰されているようなそんな打撃に近い感覚を覚えた。無論、だからといってこれが必殺の一撃であることには変わりないのだが。

 肺の空気を全て吐き出し、身体全体で突きこまれた衝撃を受け。そのまま咲夜の華奢な身体が後方の壁へと吹っ飛んでいく。

 

「―――カハっ……!?」

 

 ドゴォン!! 鈍い破砕音を響かせながら、壁にめり込んだ咲夜が血を吐き出す。だが、急所を剣で突かれたにも関わらず、そのような傷は一切なかった。

 少しばかり荒れた呼吸を整えながら、ゆっくりと近づくロウゲツが剣についた埃を払うように、剣を振った。だがやはりそこには返り血の一滴もついてはいなかった。

 

「……驚いたか? ふぅ、鞘をつけたまま切り裂く剣があるように、剥き身の刃のまま()()()()()()剣もあるものだ」

 

 斬らない剣。ロウゲツの技量でこそ為せる一種の手心。速度、威力はそのままに、斬撃を打撃へと置き換える。手加減の意はなく、ただ殺傷力のみを削る組手用、あるいは非殺傷の鎮圧用の技だった。それにより、咲夜の身体を貫かずに、流血させずに済んでいた。

 

「イヴァンが血を流す真似は避けたいと言っていたから……だがそれでも効いただろう」

「うぅ……それ……で、カハッ! けほっ、けほっ……」

「しばらく喋れないだろうから、何故貴様の位置が分かったのかだけ言おう。貴様のナイフだ」

 

 一つ、傍に突き刺さった咲夜のナイフを拾い―――その銀の表面に咲夜自身の顔を写して見せた。鳩尾に必殺の一撃を貰い、息も絶え絶えになっている様を。

 

「四方八方をナイフで囲まれているあの瞬間、俺はナイフに映る貴様の姿を見て把握した。あとはどれだけ素早く飛び込めるかの勝負だった」

「こほっ……なる、ほど……」

「貴様の敗因は一つだけだ。俺を相手に時間をかけ過ぎたな」

「…………初めて言われたわ……そんなこと」

 

 もう口を開く気力もないとぐったりと力を抜き、降伏の意を示す咲夜。

 そこに勝ち名乗りを上げる暇もなく、パチパチと乾いた拍手の音が響いた。ロウゲツはゆっくりとその音がする方へ振り向いた。

 

「まさか本当に咲夜を退けるなんてね。素晴らしいわね。思っていたよりずっと……ふふ」

「……レミリア・スカーレット」

 

 目の前で従者を倒した侵入者に対して賛辞を……同時に底なしの圧と敵意と闘争心とを沸き立たせるレミリアを前にして、ロウゲツは剣を構え直した。

 まだこのゲームは始まったばかり。モノリスの欠片を奪取するまで侵入者という扱いは揺るがない。まだ気を緩められる時ではなかった。

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