ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~ 作:哲学の階のロッカー
既に刃物が至る所に突き刺さったせいで、深い穴ぼこだらけになったボロボロのエントランスホールで。
今もなお立っている三人が一人と二人に分かれて対峙している。
「……来るか」
「あら……意外とまだ元気いっぱいなのか。それとも……」
レミリアの朱い瞳が細められる。その瞳の中に、いたるところに傷を作ったロウゲツの姿が映る。特に左腕と右わき腹にはセブン協会の制服を越えて深い傷が出来ている。注視しなくても分かるほどの空元気だった。
そんな様子を見てか、さっきまで観戦に徹していた妖夢が楼観剣を抜きながら前に出た。
「さて、今度は私の番ですよ、ロウゲツさん」
「……妖夢」
「先行っててください。紅魔館は広いですから、さとりさんやイヴァンさんだけではすぐには見つからないかもしれません」
ロウゲツが自身の傷口を撫でる。それから舌打ちしてから二人に背を向けることなくゆっくりと後ずさるようにして距離を取る。
「……もう少し手傷を受ける前に片づけるつもりだったんだが」
「本人が聞いてる所で言わないでくださる?」
壊れかけの壁にもたれかかった咲夜がジト目で睨む。降参はしたがここにいるのは変わらないのだから、と言う咲夜に、ロウゲツは少しバツが悪そうに目を逸らした。
その後、一瞬、イヴァンたちが入っていったエントランス右側の扉をチラリと見やるが……やがて何か諦めたように目を伏せ、逆の左側の扉へとたどり着いた。
「それなら……頼んだぞ」
「えぇ。まぁ、レミリアさん相手なら何度もしていますので、ご心配なさらず」
「……言ってくれるわね。今回はいつもよりサクっと片づけてやろうか」
「どうぞご自由に。その気迫で私の楼観剣を防ぐことが出来ればですが!」
二人が売り言葉に買い言葉で啖呵を切り合い、同時に剣と爪とがぶつかり合い、まるで金属同士をぶつけたような甲高い音を発する。
ロウゲツは二人の戦いが始まり、自身からヘイトが移ったのを確認してから扉を開け、その先の空間へと駆けていくのだった。
***
一方その頃、先にエントランスより奥へ進んだイヴァンとさとりは。
「え? 場所分かってんのか?」
「えぇ、そうよ。だってレミリアさんの心を読めば分かるもの」
紅魔館のだだっ広い廊下をさとりの案内の下、駆ける。
背後からは二人を追いかける足音が聞こえてくるが、一向に距離は縮まらない。イヴァンは宙を舞うさとりと同じ速度で息切れせずに駆け続けていた。
「モノリスの場所は紅魔館地下の大図書館、更にそこより奥の実験場的な個室にあるようね」
「図書、館……そんなのまであるのか? ていうかなんかこの館も凄い広いっていうか……外から見たよりも広くないか?」
「空間が拡張されているの。右側から入ったのは失敗だったわね……大図書館の入り口が遠くなってしまったわ」
飛びながらさとりがイヴァンの顔を覗き込む。イヴァンは思わず顔をしかめていた。
「今、妙なことを思っていたわね。"図書館"って言っただけよ?」
「あ、あぁー……今回の事とは関係ないよ」
「それはそうみたいね? ふぅん……でも良い感情はないのね」
「……多分、都市の連中は皆そうじゃねぇかな」
都市で図書館と言えば、それは二つの施設を指す。まずはディエーチ協会が管理するような、実物の本を集めた、世俗で言う所の一般的な図書館。
そして……かつては崩れたL社の巣に突如出現した、謎の知識の尖塔。数多の死を糧に不純物と呼ばれるまで成長し続けた……今は無き都市の星。
「そうなの? 都市っていうのはつくづく変な場所なようね。とはいえ……貴方は特別、嫌な感情があるみたいだけど」
「……直接的な因縁はないよ。ただ他の連中より聞く機会があったんだ」
「彼に―――」
「さ、さとり。その辺りは自分でもよく分かってるから、今ずけずけ言うのはやめてくれ。一応こうやって誤魔化しているわけだし……」
「……分かったわ」
必死に顔を背けるイヴァンにさとりも渋々引き下がる。道中で指摘されたように、イヴァンには落ち着いたらかつての旧友に言うべきことがあった。これもそれと繋がっている部分があることはさとりには丸見えに違いなかった。
このさとりの厳しい姿勢もイヴァンの為を思ってのことであると、イヴァン自身も分かっている。それは道中での会話で示されたさとりの本音もそうだが……そもそもねじれはきっとこのような鬱々とした、そして自分の身を突き刺すような痛みの伴う葛藤から生まれるに違いないから。解決できる憂いなら、解決してしまった方がずっと良いに決まっている。
だからこそ、どうにか絞り出すべき言葉を思い浮かべているのと、同時にモノリス奪取のことを考えているので、彼は既にいっぱいいっぱいで……その様相すら
「それなら今はここのモノリスのことだけ考えましょう」
「……あぁ」
さとりの言葉で再び前を向く。片手間で考えられることではないなら、ひとまずは一つずつ片づけるべきだ。
後ろを追ってくる美鈴に追いつかれないように、廊下を全速力で―――
「ガタガタうるさいなぁ。何?」
「「!?」」
その時、傍らにあった扉の一つが開けられ、一人の少女が眠そうに目を擦りながら姿を現した。
金色の短い髪に白のナイトキャップを被っている。そして背中から色とりどりの水晶がくっついた異形の羽を生やし、何よりもその深紅の瞳は先に見たレミリア・スカーレットと同じものに見えた。すなわち―――
「―――吸血鬼!?」
「んー? そういう貴方は人間? そしてそっちはこいしちゃんのお姉さん」
「……イヴァン。彼女はレミリアさんの妹の」
「フランドール・スカーレットよ。人間さん、貴方のお名前は?」
幼げで大きい瞳が上目遣いでイヴァンを見つめる。だがその瞳に宿った感情には、何かギラギラした好奇心のようなものが垣間見えた気がした。
「い、イヴァンだ。えっと、さとりのとこでお世話になってる」
「あぁ。お姉さまから聞いた気がする。そういえば今日はお客様が来るって聞いたのよね、貴方達がそうなの?」
「……そうです。私達はレミリアさんから許可を取ってお邪魔しているわけで」
さとりが焦りながらフランに事情を説明しようと口を動かしている。だがその表情にはなんとなく諦観のようなものが含まれていた。
「そう……ところでさとりさん。イヴァン」
「な、なんだ?」
「私はこうも言われてたの。今日は
めまいがしてきた。フランの瞳のギラギラした輝きが強まっている。さとりはもう言い訳出来ないようで、両手で自分の顔を覆っている始末だ。もっとも、これは初めから紅魔館組とのゲーム。彼女が紅魔館の住民である以上、一時の嘘や言い訳で誤魔化そうという方がおかしいことなのかもしれなかった。
「沈黙は是と捉えるけど……まぁ私も暇だし、ここまで来たなら、お姉さまの許可なんて無くても遊んでもいいか」
「本当、幻想郷は暇人しかいないのか……?」
「割と否定は出来ないのよね、それは」
イヴァンの呟きにさとりも同調し、フランすらもこくりと頷いた。一つ呼吸を整えてから、たすき掛けしていた
そこにもう一つ後方から駆けてくる音が近づいてきて、遂にそう遠くない場所まで美鈴が息せき切らせて追いついてくる。
「はぁ、はぁ……い、妹様!? あ、その人たち逃げないように通せんぼしておいてもらえませんか!?」
フランがここにいることは予想外だったのか、驚愕の声をあげつつも、丁度いいとばかりに足止めをお願いする美鈴。
「あれ、追って来てるの美鈴だけだったんだ。お姉さまと咲夜は?」
「お嬢様と咲夜さんはエントランスの方で別の方の応対を……」
「へぇ……そっちも面白そうだ。うん、ここを片づけたらそっちにも向かおうね」
二コリと笑うフランに、イヴァンもさとりももう苦笑いしか出来ずにいた。美鈴も、足止めをお願いしたのに殲滅する気満々なフランに目をぱちくりさせていた。
「……それにしても今まで会って来た中で断トツに好戦的じゃないか?」
「ん、貴方はこういうの嫌い?」
「まだ慣れてはないな……」
「なら慣れるまで遊ぶ? それとも慣れる前に死んじゃう?」
「前者で頼む!!」
叫びながら慌てて
「なーんだ。慣れていないのは自分から襲うことだけみたいだ」
「おい、さとり! 美鈴の方は任せる!」
「分かったわ。そっちは大丈夫?」
「……突破さえすりゃ、走って逃げるさ」
「……私も置いて行かれないようにしないとね」
今、一番ヤバいのはこれが挟撃の形になってしまっていることだ。前方にはフラン、後方には美鈴。どうにかどっちかをこの場から引き離すか、片方を倒すかしか道はない。二人の連携を封じながらどうにか対処するには、1VS1を二つ作った方がまだやりやすいと判断し、イヴァンとさとりがそれぞれに向かっていく。
「ポルードニツァ! 強力配達モード!」
〔承認。ポルードニツァ、強力配達モード。フェーズ1から開始。配達補助および統制シーケンス開始。〕
イヴァンの呼びかけに応え、鞄に搭載された
「はは! 話には聞いてたけど、凄い面白い武器を使うね!」
「そっちこそ、そんな細い棒っきれで戦うなんてな!」
「っ、と」
ガァン!! 互いの武器がぶつかり合う音。その衝撃で再びフランの身体がのけぞる。やはり身体のパワーではまだイヴァンの方が優勢であるらしい。だが
「じゃあこっから本格的にやろうか!」
フランが手を向けると、放射状に光弾が無数に放たれる。弾幕。幻想郷の住民御用達の攻撃手段。無論、イヴァンには打ち返す自前の弾幕など一切ないが……
「―――もっと密度濃くてもいいがな!」
「……へぇ」
放射状の光弾の間を通り、あっという間に間合いを詰める。フランもこんな迷いなく突っ込んで来るとは思わなかったらしく、目を見開く。
数日前のねじれたこいしとの戦い。その際に超密度の弾幕を長時間避ける羽目になった。その経験がここに来て活きていた。
光弾を
「よっと!」
「あ、やるなぁ……」
その隙に、すぐさまフランの背後へ回り込む。だが追撃のためではない。前後を挟まれた包囲からいち早く抜け出すためだ。徐々にギアを上げていくつもりだったとはいえ、ここまであっさりと包囲を突破されたことにフランは頬を膨らませて不機嫌そうにしていた。
だが同時にフランの目の輝きがより一層強まる。どうやら遊び相手として十分な水準であると認められたらしい。彼女はぱっぱっ、とスカートについた埃を払うようにしてから、振り返ってイヴァンに向き直った。
「逃がすと思ってるの?」
「そんなことは。だけど……お前が乗り気でないと逃げ甲斐もないしな」
「うふふ。狙い丸わかりだけど……いいよ、折角の外来人なんだ……どこまでも追ってやるから覚悟しろ!」
荒れ狂うほどの殺意を放つフランに思わず身体が硬直して冷や汗が垂れる。だがそれでも少しだけ目線を逸らして、フランの後方で美鈴と戦っているさとりの方に目線をやる。飛び回ってお互いに弾幕を撃ちあっている中で、さとりはくたびれたような顔をしながら、向こうも微かにこちらに目線を寄越して頷いた。
それを確認してから、イヴァンは微かに後ずさりしながら重心を後ろに寄せた。それを見たフランは笑みをより深くしながら、手に持った杖の刃先にもう片方の手を添えた。
禁忌『レーヴァテイン』
ゆっくりとその刃先から莫大な熱が放射される。それは鮮烈な深紅の光でもあり、杖から延長された超巨大な光刃と化してイヴァンに向けられた。
「ま……マジで……?」
それを見た瞬間、殺意に押されて垂らして冷や汗が更に噴き出して、顔が引きつった。だがそうして噴き出した冷や汗もすぐに蒸発して消え去っていく。イヴァンはスティグマ工房の高級熱剣を想像したが……目の前のそれは、自分の知る最高峰の熱をも優に超える凄まじいエネルギーを秘めているように思えて、本能も理性もすぐに逃げろと自身の身体に警鐘を鳴らしていた」
「さぁ、思う存分逃げ惑え! 私が破壊し尽くしてやる!」
「あぁもうクソ……担当する方間違えたかもしれねぇ……!」
ぼやきながらも、後ろに下げた重心のおかげで素早く踵を返し、紅魔館の廊下を一人駆けていく。フランも浮遊して、それを追いかける。
挟撃を突破した外来人へ、容赦なく凶刃が振るわれた。