ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第十九話 狂撃

「あはは! 逃げるの速いわね!」

「そりゃどうも……! 実際、どうにか振り切れねぇもんかね……!?」

 

 駆ける青年と飛ぶ少女。逃げる者と追う者が、紅魔館の廊下をひたすら進む。

 目標物のある場所を知っているさとりが動きやすいように時間稼ぎに徹すればいい……そう思いはするものの、ここで倒してしまった方が後の展開が良いのは分かり切っている。分かってはいるのだが……

 

「っぶね!?」

 

 生憎とそこまで出来る余裕が見いだせなかった。

 イヴァンは後ろの様子を逐一確認しながら、時折身をかがめたり、横に逸れたりしてこちらを焼き切ろうとしてくる光刃を躱す。それに対しフランはとにかく振る。レーヴァテインで目の前の全てを薙ぎ払っていく。その姿はまるでこちらに迫りくる獄炎の壁のようだった。

 とはいえ……今は追いかけてくる速度と拮抗してはいるが、このままでは何かの拍子に一撃喰らい、取り返しのつかないことになるのは目に見えていた。

 

 

「ほら、飛び跳ねろ!」

「ぐっ……!?」

 

 今度は足元を横に薙ぐ一撃。まるで縄跳びのようにイヴァンが跳び越えて躱す。そこで廊下の曲がり角が近づいてきているのが見えた。

 一か八か……イヴァンは更に加速して超特急で曲がり角を曲がっていく。フランが角を曲がるまでの数瞬、イヴァンの姿が彼女の視界から消える。

 

「どっか隠れるつもり? そうはいかないよ!」

 

 急いで角を曲がるフラン。しかしそこには―――本当にイヴァンの姿は見えない。忽然と姿を消してしまっていた。視界には幾つかの部屋に繋がる扉が見えた。

 

「本当にどっかの部屋に入っちゃった? それとも―――」

 

 なんて思考が完了する間もなく、行方は知れた。

 頭上のシャンデリア。それが大きく揺れていたのだから。

 だが、フランがそれに気づいた時には、イヴァンはシャンデリアの上から機械鞄(デリバリーキャリア)を振り下ろす為、飛び掛かろうとしていた。

 

「一瞬、俺の方が早かったな!」

「おぉ~……すばしっこいのは認めるけど……油断はしない方が良かったかな」

 

 フランが感嘆したような声をあげながらも、左手をかざして、その手をおもむろにギュッと握り込んだ。

 瞬間―――

 

「なっ!?」

 

 グシャリ。唐突にイヴァンが乗っていたシャンデリアが何かに握りつぶされたようにグシャグシャに()()された。当然、そんなシャンデリアに乗り続けることは出来ず、吊り下げられた部分ごとひしゃげた足場(シャンデリア)ごと床に落下する。咄嗟に受け身こそ取るが、ほぼ反射的な行動であり、何が目の前で起こったのかイヴァンには一欠片も理解できない現象だった。

 

「いっつつ……いや、それどころじゃねぇ!?」

「そう、それどころじゃないねぇ!」

 

 床に打ち付けられた痛みに悶える暇もなく、頭上から真っすぐ振り下ろされるレーヴァテイン。イヴァンは咄嗟に横に飛び込んで躱すが、それを更に追うように深紅の光刃は振るわれる。立ち上がる暇はない。

 

「ポルードニツァ、出力制限解除!」

〔出力上昇要請を確認。〕

 

 咄嗟にポルードニツァに指示を出し、機械鞄が溢れ出る破裂エネルギーを一時的に限界まで纏う。レーヴァテインのエネルギー刃に、デリバリーキャリアのエネルギーを纏った打突を合わせ僅かに弾いてのける。

 

「っしゃぁ!!」

「っ……凄い鞄だね。一度とはいえ防ぐなんて」

 

 弾いた隙に素早く立ち上がり、仕切り直しとなる。だが絶体絶命には違いない。さとりと美鈴から引き離したので、これ以上逃げる必要はないが、かといってあの巨大なエネルギーの刃を掻い潜って攻撃を通すのは―――

 

「さぁ、続けていくよ!」

「あぁもう! そうなるよな!?」

 

 フランはあろうことかレーヴァテインを展開しながら、光弾までまき散らしてくる。自分に狙いを定めているわけではないが、逃げ道の幾つかは潰される。その状態で先ほどまでと同じように光刃まで振り回す。

 いくらなんでもこれら全てを掻い潜って攻撃を通せるだけの実力はイヴァンにはない。再び踵を返して遁走を繰り返すのみだった。

 

「いつまでそうしていられるかな!?」

「っ……!」

 

 再びイヴァンが逃げ、フラン追いかける状態になる。変わったのは先ほどには無かった光弾の弾幕が増えたこと。だがそれをイヴァンは丁寧に回避していく。逃げる速度が速ければ速いほど向かってくる弾幕の速度も相対的に遅く感じる。逃げている間であればレーヴァテイン込みで避けられないことはない。

 だが、それまでだ。ここから何か切り返す策が何も思いつかない。

 勇儀との力比べでは勇儀の方が明らかに手加減をしていた。ねじれたこいしとの戦いでは他二人に攻撃と分析を任せ、回避に徹することが出来た。だが今回は本気に近い勢いで迫ってくるフラン相手に一人で戦わなくてはいけない。それはイヴァンには荷が重いことに違いなかった。

 

「クソ、何か……!!」

 

 何か考えないといけない。何か……頭の中でフランの情報をどうにか整理する。だが吸血鬼のことも、レミリアの妹であること、それ以外の何も……自分はフランのことをよく知っているわけではない。とても何かに付け込むことは出来ない。

 だが一つだけ都市で得た知識との接点が思考を掠める。吸血鬼……すなわち血鬼についてのこと。どうも血鬼程、血ばかりに執着するというわけではないようだが、他の特性については似通った部分も多いらしい。ということは血鬼の弱点をそのまま使えるかもしれなかった。

 

 そのことにハッとして、すぐさま走りながら機械鞄(デリバリーキャリア)のボタンをポチポチ押し、中身に手を突っ込んだ。

 

「他に落っことしている物が無ければ……あった!」

 

 中から取りだしたのは―――U社製の現状(温度)保存魔法瓶。極寒の北部で活動するために買った、一切中の液体の温度が変わらないという魔法瓶(ついでに腐ることも無い)。だが重要なのは中に入っている(お湯)だ。

 

〔注意。許可された配達品以外の物品保管は推奨されません。〕

「~~……! これでも喰らえ!」

「げっ!?」

 

 AI(ポルードニツァ)が相変わらず空気の読めない上に意味のない警告をしてくるが無視する。

 光刃を身をよじって躱した瞬間に、魔法瓶の蓋を開け、中の暖かいお湯を向かってくるフランに向けてぶちまけた。途端にフランの顔色が苦虫を嚙み潰したようなものに変わる。大抵の血鬼は水を恐れるというが、どうやら吸血鬼もそのようだ。あからさまにぶち撒かれたお湯を嫌い、そちらに注意が向いた。

 その瞬間、イヴァンは方向を切り返しフランに向かって駆けだした。

 

「しまった!?」

 

 慌ててイヴァンに向かってレーヴァテインを振るも、苦し紛れの単発攻撃など今更何の抑止にもならない。ここに来て再び、イヴァンとフランと間合いが0に近くなる。すなわち機械鞄(デリバリーキャリア)の間合いだ。

 

「ポルードニツァ、突破ガジェット!」

〔承認。突破ガジェットに換装―――完了〕

 

 ガシャン、と鞄の側面の装甲が厚くなり、内部のピストンが稼働する音が聞こえる。

 

「おらぁ!!」

「あっ!?」

 

 そのままイヴァンは、フランの持つレーヴァテインの根本―――あのグネグネした杖の部分に向かって機械鞄のピストン動作を合わせた渾身の打突を繰り出す。素の打撃でも押されていたのだ。この状況下でフランがその打突に耐えられるわけがない。その衝撃で杖はフランの手を離れ、ザクっと天井へと突き刺さってしまう。

 

「ポルードニツァ、フェーズ2へ移行しろ!」

〔承認。強力配達モード、フェーズ2。迅速な突破を推奨します。〕

 

 この機を逃すまいと追加の指示を出す。鞄から溢れ出る崩壊粒子と破裂エネルギーの量が増大する。より速く、より強く。何よりも出来るだけ早く配達をこなす(戦闘を切り抜ける)為に、この鞄は力を貸し与える。

 突破ガジェットは終わり、再び普段の形態に戻っている。過剰な威力で突く気はない。このまま叩いて衝撃で気絶でもさせれば勝ちだ。そのまま鞄をフランの小柄に体躯に向かって振り回し―――

 

「あははは!!」

「!?」

 

 そこであり得ないことが起こった。フランドール・スカーレットは確かに目の前にいる。今まさにイヴァンは目の前の子に向かって鞄を振るおうとしていたのだから。だというのに―――()()()()()()()()()()()()()()()

 イヴァンの本能が警戒へ傾く。脚の強化施術をフル稼働させてその場から飛び退いた。その瞬間、イヴァンがさっきまで居た所に無数の光弾が着弾する。それこそ、笑い声が聞こえた方向からだ。飛び退いた先で着地してすぐ、何事かとイヴァンは顔を上げた。

 

「おいおいおいおい……!?」

「「「うふふ、驚いた?」」」

 

禁忌『フォーオブアカインド』

 

 最早、頭痛さえしかねないと思える程の光景。誤解を恐れず正確にことを伝えるなら……今、見上げているイヴァンの目の前には、()()()()()()()()()()()()()が三人、宙に舞っていた。そして先ほどレーヴァテインを弾かれ、床にへたり込んでいた最初のフランもまたその中に混じり、これで合計4人のフランがイヴァンの前に立ちふさがることになった。

 単純に大ピンチであるということもそうなのだが……確実にこの目の前の状況。同一人物が複数人目の前にいるというこれ。間違いなく都市の禁忌に引っかかっている。都市では『複製された同一人物が一週間以上、都市に居てはならない』と明確に定められているからだ。

 都市でこのようなことが起こっていたなら、即刻目を背けるべき光景である。そんなこともあって、ただ単に追い詰められている以上のストレスに苛まれ、イヴァンは顔をしかめていた。こんな時にさとりが傍にいたなら、絶対にその内心についてツッコまれていただろう。

 

「「「「ふふ、万事休すって感じだね」」」」

「いや……うん」

 

 だがフランたちはそれを、途轍もなく追い詰められているが故に手も足も出ないからだ、と勘違いしているようだった。実際それも間違ってはいないので、イヴァンも真向から反論は出来なかった。

 フランたちがイヴァンを取り囲む。これでもう逃げることすら叶わない。今、この場で彼女らを倒さなければ、イヴァンはここで脱落と相成るだろう。

 

「「「「さて、どうやって破壊してあげようかな?」」」」

「……一つ聞くが」

「「「「何?」」」」

「その……何? 分裂っていうか分身っていうか……っていうのは、本物と偽物がいる感じなのか?」

「「「「言ったら不利になりそうだけど……そうだよ。これは魔法で分身を作ってるだけだから」」」」

「ま、魔法ときたか……」

 

 妖怪、悪魔が跋扈する幻想郷ではそういうものも一般的なのだろう。都市でも過去、南部でそういったものの噂を聞いたことはあったが……実際に出くわしたのは初めての事だ。だが、イヴァンにとって重要なのは、増えた分が作り物であること。そうであるのなら……

 

「でもまぁ……じゃあ壊しても大丈夫なんだよな、増えた分は」

 

 機械鞄(デリバリーキャリア)のボタンを押し、崩壊ナイフを展開する。巨大な緑のエネルギーで出来た刃が鞄の側面から飛び出す。突破ガジェットもそうだが、基本的に機械鞄(デリバリーキャリア)の武装は殺傷力が高い。急所に当てれば例え人外相手でも致命傷になり得る。偽物相手なら壊してもいい、という確認は、殺しかねないという精神的な不安を取り去るに十分なものだった。最初に追い詰めていたフランが本物であるなら、どれが偽物でどれが本物なのかは分かっている。こうなったら一人ずつ消していくしかないだろう。

 

「「「「好きにしな! さぁ、覚悟は出来たか!!」」」」

 

 そのことをフランも分かったのか、イヴァンを後押しする言葉を返しながら、攻撃態勢に移る。

 フラン四人それぞれが放射状の光弾を発射する。四方八方から凄まじい密度の弾幕が襲い掛かってくる。

 

「……いくぞ」

 

 キッとイヴァンの碧眼が分身の一体を睨む。フェーズ2による多量の破裂エネルギーを身に纏いながら、突貫していく。当然大半の光弾を極力避けていくが……死角からの弾、そもそも物理的に避けられない密度のものは、纏ったエネルギーを防護膜として無理やり突き抜けていく。

 

「ハアアァァ!!」

 

 間合いに入った分身へ崩壊ナイフを振るう。周囲の光弾を巨大な刃が切り刻む。だがその隙に狙われていた分身は遥か上へと退避する。

 

「残念だったな! ほらほら、どんどん追い詰められていくよ」

「お前の方もな。ポルードニツァ、突破ガジェット!」

〔承認。突破ガジェットに換装―――完了〕

 

 ガン、とイヴァンが鞄の側面を床につける。突破ガジェットに変形させた状態で、鞄のボタンの一つを押し込んだ。

 

「!?」

 

 ドゴォン!! 破砕音と共に、機械鞄(デリバリーキャリア)のピストンが床に打ち込まれ、館全体が揺れる。

 その時だ。

 

「―――って!?」

 

 上空に退避した分身の上から何か落ちてくる―――先ほどの攻防で天井に突き刺さったフランの杖が、衝撃で落っこちてきて、分身フランの頭を叩いた。それに気を取られた瞬間、イヴァンは強化施術を全開にして分身に向かって一直線に跳躍した。イヴァンはただ闇雲に鞄を振っていたわけではない。杖の落下地点へと分身を誘導していたのだ。

 

「しまっ……」

「まず一人!」

 

 鞄を振り回し、分身を打つ。その衝撃で分身の身体が霧散する。残りは三人だ。

 そしてついでに落っことしたフランの杖をしれっと鞄の中に放り込む。

 

「「「あ、泥棒!?」」」

「い、一時的に預かっただけだから!」

「「「いつも泥棒がそんなこと言ってるし!」」」

「いつも泥棒に物盗られてるのか!? J社の金庫でも使った方がいいんじゃ……って!?」

 

 話に気を取られている隙にまた光弾に取り囲まれていた。破裂エネルギーの膜も完全ではない。防護膜はあくまで内側からの圧力で掠った程度の物を弾くぐらいにしか効果的に作用しない。直撃した分は威力を軽減できるとはいえ、少しずつダメージとして蓄積してくる。

 

「っ……次!」

 

 たまらず再びかけるイヴァン。もう一人の分身の下へと同じ手順で接近していく。掠らせ(グレイズ)、弾き、その目の前まで接近してのける。今度も分身が上空へ退避していく。だが今度は死角から落とせるものはない。

 

「ポルードニツァ、ハンマーモード!」

〔承認。ハンマーモード、換装します。〕

 

 躱される人と機械の言葉の応酬。今度は鞄の底部から大きな柄が飛び出し、イヴァンはそこを掴む。鞄部分も含め、全体的に巨大なハンマーのような形状と化す。そして伸びた部分を掴むということは―――その分、間合いも伸びる。

 

「っ!? 凄い変形を……」

「二人目!」

 

 まさかの間合いの伸長に分身は対処しきれない。そのまま豪快に振りぬかれたハンマーモードの一撃に捉えられ、霧散していく。手ごたえがないのが奇妙な感覚だが、それでも一人ずつ脅威を排していく。

 しかし、そこで不意に今までの光弾とは違う、硬質な弾がイヴァンの背中に突き刺さる。

 

「ッチ、弾幕が……!?」

「「威力が低い弾だけだと思った?」」

 

 見れば今度は、まるでフランの羽のと同じような水晶を弾幕としてぶつけて来ていた。更には―――

 

「ッグ……!?」

 

 地面に着弾した水晶が更に小さい水晶へと弾けてイヴァンの身体の各所に突き刺さる。分身四人の内の半分を倒したのに、弾幕の密度はそう大して変わらないようにすら思えた。

 

「こんの……!!」

 

 イヴァンが近くの床に突き刺さった水晶を蹴り飛ばす。脚に重点的に施された強化施術……凄まじい威力で蹴られた水晶は猛スピードでフランたち二人の方へと礫として逆に襲い掛かる。

 

「「甘いね」」

 

 だがフランはあくまで幻想郷の住民。弾幕勝負は日常茶飯事、飛んでくる礫を躱すなど朝飯前だ。だがそれでもイヴァンが態勢を立て直す一瞬の隙にはなる。三度、機械鞄を構え突進する。

 

「ポルードニツァ、切断ガジェット!」

〔承認。切断ガジェットに換装―――完了。〕

 

 鞄の側面から回転鋸と複数のカミソリ刃が飛び出す。向かってくる水晶弾幕に向けて乱雑に振るえば、回転鋸が硬度の高い水晶すらも容易く切り裂いていく。その間に弾幕の形を見る。ロウゲツの観察眼は無いにしても、見えているものがどう飛んでくるかぐらいは予測できる。この弾幕をどう突破すればいいのか……そしてこの鞄を持ったまま、どう目的地(間合い)にまでつけばいいのか……分かっている。自分の武器はこの鞄以外には足しかない。

 

 駆ける。いつまでも立ち止まってはいられない。飛んでくる水晶を躱し続け、着実に間合いを詰めていく。動きを最適化していく。超重量の鞄を手に抱えたままとは思えない敏捷な動きで、ジグザグと―――戦闘が長引き、ダメージも蓄積していく中で然程パフォーマンスも落ちていない。イヴァン特有の耐久、持久性もまたここに来て存分に発揮されていた。

 

「うおおおぉぉぉ!!」

「!?」

 

 目の前の直線に隙間を見出す。それを見計らったように纏ったエネルギーを後方に噴射するように爆発的に加速する。その加速に虚を突かれた最後の分身は最早退避することも出来ずに固まるしかなかった。

 回転鋸をその身に突き立てられ、紙屑を裂くように脆く消えゆく分身。ダメージを受けながらもこれで振り出しへと戻した。否、武器を奪った分こちらが有利のはずだ。そのはずで―――

 

「イヴァンは"目"というものを知っている?」

「……え」

 

 分身が切り裂かれた瞬間、その傍にいたフラン本体が……イヴァンに右手のひらを向けて佇んでいた。

 振り向いてそれを確認したイヴァンは思わず、恐怖で身体を竦ませた。

 脳裏にさっきのシャンデリアの惨状が(よぎ)る。確実にフランが何かしてひしゃげ、壊れた……しかし何がどう起こったのか皆目見当もつかなかったアレ。

 まるで首元に得体の知れない特異点兵器でも突きつけられているような。イヴァンの危機感に直接突き刺さるかのような圧が、フランの小さな手のひらから発されているように思えた。

 

「物質には"目"っていう一番緊張した部分があってね? そこを突かれるとどんな物でも一発で壊れてしまうんだ」

「……それで?」

「私はね……どんな物の"目"であっても……この手の中に移動させて、握りつぶしてしまえるんだ」

「な……!?」

 

 説明が為された瞬間、本能的な恐怖に理性的な恐怖も加わる。つまりあの手を握られただけで、自分は為すすべなく破壊されてしまうという事実を突きつけられる。勿論、今の話がただのハッタリという可能性が極低確率ながら存在はするが……あのシャンデリアのことを考えれば、きっと嘘ではないだろう。

 

「あ、イヴァンに直接使うと思ってる? 流石にそれは面白くないからしないけど。貴方はあくまで弾幕で倒すから」

「……ならどうするんだよ」

「返してもらおうと思って。その鞄に仕舞った私の杖」

「そ、れはぁ……」

 

 情けない声と共に、イヴァンから嫌な汗が垂れる。それはそれで非常にまずい。確かによく見ればフランの手はイヴァン自身ではなくその傍―――手に持った機械鞄(デリバリーキャリア)に向けられている。

 このままだとデリバリーキャリアが破壊される。折角エネルギーだって補充してもらったというのに、それじゃ台無しも良い所だ。そもそもこれがないとモノリス回収作戦すら無に帰しかねない。確実にイヴァン自身の幻想郷における価値すら削がれてしまうだろう。

 恐らく分身を使っての攻めの段階でこの展開を予想していたのだろう。弾幕を攻略し、分身たちからまず潰していく。だがその潰す瞬間こそ、最も大きい隙になる。それが"目"を捉えるチャンスだとフランは睨んでいたのだろう。嵌められた。それを認めながらどうにかこの場を切り抜ける方法を捻り出そうと頭を回していた。このままだと敗北よりもヤバいことになってしまう。

 

「つ、杖は返―――」

 

 一応、さとりからは引き離すことが出来た。モノリスの場所を分かっている彼女さえ無事であれば恐らく何とかなるだろう。エントランス側も状況良く収束すれば、奪取までの確率は大分上がる。

 ここは一旦負けを認めて、ゲームから脱落してしまった方がいい。鞄を人質に取られてまで続けることは出来ない。そう思って、まずは返却する旨から伝えようと口を開いたその時。

 

「「!?」」

 

 ―――二人して、今この場で最大級の悪寒を覚えた。当然、その出所はイヴァンでもなければフランでもない。どこかから、誰かの圧が二人の身体を貫いていた。

 

「な、何……?」

 

 フランも何が起こったのか分からずに周囲を見渡していた。だがどんな存在もこの場にはいない。ここにいるのはフラン自身と目の前のフィクサーのみだ。

 しばらくして二人は気づいた。館が微かだが揺れていることに。何か巨大な力がどこかで生まれていること。そしてそれが―――

 

「―――ッ!? アブねぇ!?」

「えっ……!?」

 

 ―――地下から解き放たれようとしていることに気づいたのは、その身を今まさに恐怖にやつし、外界からの刺激に敏感になっているイヴァンの方だった。

 飛び込むようにフランを突き飛ばす。直後、ザンッ―――そのような音共に、地下から銀閃が二人の居た場所を切り裂いた。凄まじく鋭利かつ暴力的な力がそのまま天井をも切り裂いて、周辺がその力に耐えきれず崩れかける。その様子をまざまざと見せつけられ、二人して茫然とするしかなかった。

 

「な、何……?」

「……」

 

 完全に勝負の流れではなくなってしまった。フランは未だ謎の斬撃のショックから意識が戻ってきていないし、何よりも……

 

「…………ロウ、ゲツ?」

 

 今の斬撃を見たイヴァンの脳裏に最悪の可能性が過っていたから。

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