ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第二話 地霊殿

「……なんだここ」

 

 目を覚ましたイヴァンは見知らぬ天井を見上げていた。朧気な記憶と目の前の光景との間に関連性が見いだせず、混乱した思考のままゆっくりと身体を起こした。

 だがすぐに自分が見知らぬ怪物に敗れたことを思い出し、バッと勢いよく周囲を見渡した。

 

「案外すぐに目が覚めたわね」

 

 そうして振り向いた先には、ピンク髪の少女がイスに腰かけて横になっていたイヴァンをじっと見ていた。まるでこちらを値踏みするような視線に思わずたじろぐが、冷静になるとイヴァンもまた彼女の異様な容姿に目が留まった。

 何を隠そう、その少女には顔の横にもう一つ巨大な目がついていた。髪と同じようなピンクの触手で少女の身体と繋がれているその目玉は、少女の二つの眼以上にこちらのことを凝視している。まるでこちらの何かを見透かそうとしているかのように。

 

「混乱しているようね。まずは何か食べるかしら?」

「……助けてくれたってことでいいんだよな」

「えぇ、そういうことになるわね。お礼なら私の妹に後で言ってあげて。貴方を連れて来たのはあの子だから」

 

 その言葉にある種の疑いを持ちつつも安堵を覚えるイヴァンに、傍に置いてあったシチューの器と匙を少女が手渡す。作られてから少し時間が経ってしまったのだろう、(ぬる)くなったそれを遠慮がちに一口食す。

 

「……美味い。し、温かい」

 

 (ぬる)いとばかり思っていたシチューだったが、いざ口に入れてみると冷めきった身体に染みわたるようだった。妙に思って自分の身体を見てみれば、厚く重ね着していたはずのヂェーヴィチ協会の制服を着ておらず、代わりに包帯を巻かれた状態の自身の身体が見えた。

 

「服ならあそこで干してあるわよ。貴方、上から落ちてきて温泉に着水したらしいわ。運は良かったけど……そのままだと風邪をひきそうだったからね。その包帯は沢山あったかすり傷の処置」

「俺が……上から落ちて来たって?」

 

 こちらが何も言っていないにも関わらず的確な言葉を告げる少女に違和感を覚えつつも、それよりも自分に起こったという不可解な現象の方が気になって聞き返す。

 

「どこから話したものかしらね……ここは幻想郷と言ってね。現実世界にいられなかった存在が流れ着く場所なの。妖怪……神々……外の世界の人から否定された存在らが」

「……待て。待ってくれ、なんだ、その…………それはマジで言ってる感じか?」

「疑わしいでしょうけど、マジってやつね」

 

 イヴァンには絵本を読み聞かせてもらった記憶がない。だから妖怪とか神々なんていうものを夢想したことすら少ないが、そういった空想上の存在を小耳に挟んだことぐらいは当然ある。慣れ親しんだわけではないが、そういうものであるという認識があった。それを突然まるで『本当にある』かのように語り出すものだから、慌てて話を引き留めるが、それでも少女は何食わぬ顔で答えるばかりだった。

 

「……外郭のどっか……ってわけでもないんだよな……?」

「貴方のいた世界にも人外がいるような場所があるのね。でもそれじゃないわ。正真正銘、世界の壁一つ以上隔てた別世界なのよ。そしてここは旧地獄……にある私達の屋敷、地霊殿ね。住んでいるのは私と妹と……あとペットが沢山」

「ここが地獄だって……? 地獄には医務室もあるし、鬼の代わりに女の子がいるってのか?」

「ここは医務室というわけではないし、この屋敷の外には鬼もちゃんといるわよ」

「…………」

 

 困惑の中で少しでも余裕を取り戻そうと絞り出した軽口にもマジレスを返され、何も言えなくなる。最も、そのマジレスが本当である確証もないのだが―――

 

「……」

「ようやく気づいた? この第三の目(サードアイ)はまさしく人外の証でしょう?」

 

 わざとらしく赤色の巨眼を瞬きさせて、その存在を主張させる様子に、イヴァンは小さく嘆息した。一応まだ、何かしらの生体義体の一種なんじゃないかとか、マイナーな組織が独自に編み出した兵装の一種なんじゃないかとか、適当な文句をつけることは出来ただろうけど、そこまで考えて、それがまかり通るなら例え目の前の少女が人間だろうと人間じゃなかろうと大した問題じゃないんじゃないかと思えてきて、渋々ながら口を閉ざした。

 

「納得はしてないようだけど……話をそのまま聞く気にはなってくれたようね」

「そうだけど……アンタもなんていうか……凄くすんなりこっちの機微を理解するんだな」

「私は心が読めるから」

「……は?」

(さとり)っていう妖怪なのよ。知らない?」

「…………知ってる」

「知らないのね」

 

 咄嗟についた嘘をも間髪入れずに見破ってこられれば、流石のイヴァンも認めざるを得ない。ぐうの音も出ないというものだった。

 少しうなだれた状態から少女の方を見やれば、微かに得意げな表情をしているのが分かった。

 

「ついでだから自己紹介もしておくわね。古明地さとり。この地霊殿の主をしているわ」

(さとり)のさとり?」

「覚えやすいでしょ?」

「……かもな。えっと、俺はイヴァンだ」

「そう、よろしくね」

 

 さとりが見せる微かながらも柔和な微笑みに、イヴァンもつられて表情を柔らかくした。依然として何か企んでいるのではないか、という疑いを払拭するには至らなかったが、それは都市に生きてきたイヴァンの防衛本能とでも呼ぶべきもののせいであり、イヴァン個人としてのさとりの印象は決して悪いものではなかった。

 

「それじゃあ状況も理解出来ただろうから聞くけど、落ちてくる前に何があったの?」

「確か……ねじれに襲われたんだ」

「ねじれ?」

「……そっちは逆にねじれを知らないんだな。都市……あぁ、俺がいた世界で最近現れるようになった化け物のことなんだけど……なんか全身水風船みたいなねじれに眠らされたっていうか……いや、引きずり込まれたんだ。そうして目が覚めたらここだった」

「なるほどね……そのねじれ、っていうのが世界を渡る力があったのね」

 

 話をする片方に理解力があるだけで、これほどトントン拍子に話が進むものなのかと、若干逃避気味の思考で考えていたが、そうやって自分に何があったのかを振り返っていると自分にとって何よりも大事なもののことを思い出してきた。

 

「あっ、そうだ! 俺のデリバリーキャリアは!?」

「……急に凄く焦っているようだけど」

「ちょっと悠長に話してる余裕はなかったんだよ! 知らないか、俺の鞄!? 真っ黒に緑色の配色したどでかいやつなんだけど……」

「あぁ……確かさっき河童が持ってったわね」

「河童ァ!?」

 

 この時点でイヴァンの先ほどまでの冷静さは全て吹き飛んでしまっていた。今すぐにデリバリーキャリアを取り戻して配達を完了しなくてはならない、という強迫観念に駆られ、ベッドから飛び起きて傍に干してあったまだ微かに湿った制服をひったくり、扉から部屋の外に出ようとしたところ、椅子に座ったままの少女に袖を引かれ、引き留められる。

 

「ちょっと落ち着きなさい、すぐに戻ってくると言っていたから」

「んなこと言っても……!」

「持ち去る気は無かったわよ、安心なさい。貴方に勝手に出て行かれても困るから」

 

 完全に押し問答の形になって膠着する双方。心が読めるが故に絶対に安心だと言い切れるさとりと、何を言われようと機械鞄は手元に置いてないと辛抱ならないイヴァンとでは、どうやってもこの言い争いに決着をつけることは出来ないだろう。

 ただそうこうしていると、バーンっと音を立てて扉が外から開けられる。そこに立っていた青髪の少女がイヴァンの探していた黒鞄を持っていたが為に二人のいざこざはすぐに収まることになった。

 

「お待たせー! いやぁ、凄い鞄だったよ、分析してみてワクワクしたのは久しぶり……あ、お客人起きたんだ。こっそり鞄借りてたけど怒らないでね」

「……ほら言ったでしょ、持ち逃げしたりしないって」

「……こいつが河童か」

「うん。河城にとりっていうんだ、よろし―――あ、ちょっと!?」

 

 持っていた鞄をひったくると、にとりが抗議の目を向けてくるが、完全にそれを無視して取り返した鞄を上下左右、振ったりゆすったりしながら調子を確かめる。

 

「ポルードニツァ!」

〔―――該当ユーザーの音声確認。ヂェーヴィチ協会フィクサー補助AIポルードニツァ、起動します〕

「……ぶっ壊れてはねぇ、のか?」

「へぇ! お客人の声だけに反応する感じだったんだ。高性能だねぇ」

「……AI、か。流石に機械の心は読み取れないわね」

 

 いつもいつも自身を急かしてくる愛すべき(大嫌いな)AIの名前を呼ぶと、いつもと何一つ変わらない調子の機械音声で喋り出したのを見てイヴァンも再び安堵のため息をついた。だがそれでもまだ安心しきれないのか、鞄をまさぐる手は止まらず、今度は鞄の底部などについているボタンを一つ一つ確かめだす。

 そしてそんな機械鞄(デリバリーキャリア)の様子を、興味津々に見ている二人にジトっと何か責めるような目線を向ける。

 

「な、なんだよ。そんなに睨まなくってもいいだろ?」

「…………」

「俺の命にかかわることなんだ、これからは安易に触らないでくれ」

「……なにそれ?」

「どうやら本当のようよ。こうなった以上仕方ないけど……安心させるために何をしたのかは話してくれる?」

「えー? まぁ……適当に凄い鞄だなーって解析をしてみただけだよ……中は次元が歪んでて、鞄の大きさ以上のものも入るー、とか。高威力な武装とか、みょうちきりんな粒子やエネルギーが詰まってるところまでは分かったけど、それ以上は何にも分かんなかったってぐらいだね。そのAIのこともお客人が呼んで初めて分かったし」

「…………本当にそれ以上は何もしてないのか?」

「してないって! なんでそんな疑うのさ!?」

「……これ」

 

 にとりが話している途中にも鞄をくまなく探っていたイヴァンの声色は暗く落ち込んでいく。そうして、最後に残ったあるボタンを押してみると―――

 

〔ロック機能、破損。記録上の荷物と現在内容物が一致しません。一部損失を確認。〕

「「…………」」

「……ないんだ。頼まれていた荷物が」

 

 北部から南部へと。大金を積まれて引き受けて遠路はるばる届けに来たはずの、黒い石のような荷物が。あろうことか絶対安全であるはずのデリバリーキャリアのセキュリティが破損して、どこかに紛失してしまっていた。

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