ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第二十話 亀裂

 イヴァンとフランが追いかけっこしている間、ロウゲツは紅魔館の左の方から探索を進めていた。

 ロウゲツにしてみればどこにあるのかも分からないモノリスの隠し場所を一人で探り当てるのはかなり厳しい。

 ただ闇雲に探し回れば他の住民に見つかる可能性が高い。一人きりで手傷を負ったこの状態では対処し切れるかは不安だ。どうにか……出来れば先に行ったイヴァンとさとりと合流するまでは隠密に行動していたい。

 別れる前にさとりと目を合わせて、さとりは頷いていた。きっと彼女は自身の能力でモノリスの隠し場所についての情報を掠め取っているはずでもある。そうでなくても……イヴァンを一人にするのに、ロウゲツ個人の躊躇いもあったから。諸々の理由を統合して、自分一人で探す前に、二人と合流することを目指すことにした。

 

「……あれは」

 

 が、廊下の角を曲がろうとした所で今まで見てこなかった人影が見えた。紅魔館の他の住民だろう、咄嗟に身を潜める。

 赤髪のロングヘアーの女性で、頭部と背中にそれぞれ1対ずつの蝙蝠らしき翼が生えている。目もそこそこに赤く見えるし、吸血鬼の一人かと考えられた。

 そんな人物だったが、隠れたロウゲツには気づかずに、何か料理でも乗せているのだろうトレイを持って、廊下から傍にあった地下へと続く階段を使って降りていくのが見えた。

 

「…………」

 

 ロウゲツには一つだけ隠し場所のアテがあった。レミリアはこう言っていた。

 

『今日までパチェに任せて解析なりなんなりしてもらってたんだけど……あんまり進展なかったのよね』

 

 パチェという人物がどのような者なのかはロウゲツには分からなかったが、それでも紅魔館の住民の内の一人だろう。そして目の前では、その住民らしきが一人で下まで降りて行ったわけで。

 

「……行くか」

 

 もしこれでドンピシャであるなら、このふざけたゲームを終わらせることが出来る。それにさとりが隠し場所を本当に知っているなら、既にこの先へと向かっている可能性もある。

 ここは確認すべきだ。そう結論づけ、先に降りて行った赤髪の女性へついていく形で足音を立てないように地下へと降りて行った。

 

 しばらく降りていくと何処かの部屋に繋がる扉が見える。ゆっくりとその扉の取っ手に手をかけると、内側から施錠されていることが分かった。

 

「……こういうことがあるから手放せないんだ」

 

 ロウゲツが右ポケットへと手を突っ込む。月光石を仕舞っている左ポケットの逆……そこから淡い光を纏った小さな人型を取りだし、鍵穴にねじ込んだ。F社の特異点、"妖精"……『閉じられている全てのものを開け放つ』ことが出来る特異点。何の音もしないまま、いとも簡単に扉の施錠は開く。彼は十分に間を置いてから扉を開いた。さっき降りて行った少女が扉付近で立ち尽くしていてはたまったものではないから。

 

「…………」

 

 幸運にもそんなことは無かった。扉を開けばそこは無尽蔵に広い空間に、永遠とも思えるほどに続く本棚ばかりが連なる空間だった。

 俗に言う"図書館"……まさしくそんな風な場所だった。

 

「図書館、か」

 

 思わず呟いてしまう。その言葉が思考に湧き出て来た瞬間に堪え切れなかった。周囲に人がいなかったおかげで、そんな小さな呟き一つで誰かが覗き込んで来るようなこともなかったが。

 慎重に入って辺りを見渡していると、本棚を三つか四つか隔てたっぽい辺りから話し声のようなものが聞こえてきた。無暗に近づく真似はせず、この距離からでも聞こえる分だけでも、と耳を澄ませた。

 

「しかし、お客様たちはここまで来るでしょうか?」

「さぁね。でも外来人だけじゃなくて、さとりまでいるんでしょ? 他にもいるかもしれないし……来ると思うけどね。扉がぶっ壊されたら、私が出張らないとか……今日は喘息の調子はあんまり良くないんだけど」

「あはは……」

 

 ロウゲツが息を吐く。少々の安堵。どうやらこの図書館が隠し場所に近い、ないし隠し場所そのものであるのだろう。ここに待ち構えているのも警備のつもりなようだった。

 そして既に扉が開かれていることにも気づいていないようだった。当然だ。何の音もせず、確実に鍵を開くことが出来る超技術など、向こうは想定していないだろうから。

 

 問題はここからどうするかだ。どうやらイヴァン、さとりはまだここには辿り着いていない。恐らく他の場所で誰かと交戦しているのだろう。そうでなければ、場所を知っているさとりが手をこまねいている理由がない。

 このまま自分がモノリスを手に出来ればそれでいいが、この図書館の警備の目を盗んで、モノリスの実物を発見できるだろうか? 中々厳しいところだが……やってみる価値は十分にあった。

 

 本棚の死角を移動する。(くだん)の欠片モノリスは、人の心に浸食してねじれさせる効力を操作できない。それをどうにかしたいのであれば、物理的に距離を置くしかない。逆に効果範囲にさえ入れば、浸食効果により場所が分かるということだ。

 月光石を取りだし、左手に持った状態で図書館内を移動する。ロウゲツ自身への浸食効果はこの月光石が防いでくれる。その代わりに月光石自身の輝きが失われていくはずだ。それを見て判断すればいい。

 

 そうしてゆっくりと……音を立てることなく。大図書館の壁際に沿って、調べて行って―――

 

「……!」

 

 その時、淡い光を発していた月光石の光が揺らいだ。ビンゴだ。モノリスはこの近くにある。

 義眼の機能を使用して、辺りを効率的に見渡す。少し離れた所だったが如何にもな扉を見つける。

 すぐに傍へと寄っていって、扉に手をかけた。鍵はかかっていない。遠慮なくロウゲツは扉を開いた。

 

「……あった」

 

 それは本当にそこにあった。ここもまた大図書館の一部のように、本棚に囲まれた個室だった。その中心には一つの机、その上にオイルランプに照らされた小物が幾つか見えた。散らばった何かしらの本、お香のようなもの、幾何学的な模様が掘り込まれたインテリア……そんな中にあった。遠目からは何の変哲もない、道端で拾えそうな質感の、けれど確実に自分らが探し求めていた黒い石、モノリスを。

 

 あれを取ってしまえばこのゲームは終わる。良い幸先とは言えなかったかもしれないが、とにかく一歩は前進したと言えるだろう。

 

「……」

 

 最後にやけにあっさりだな、と思って終わるわけではない。警戒は怠らない。月光石の輝きがまだ十分に保つことを確認してから、右手を刀の柄に置く。トラップの類は義眼で見渡す限りは見つからないが……自分がよく知らない理外の力が仕掛けられている可能性もある。十分に呼吸を整えてから一歩を―――

 

「待って」

「!?」

 

 唐突に聞こえてきた言葉にロウゲツが慌てて振り返る。気配は何も感じなかった、なのに急に声だけが……

 

「き、貴様……古明地こいし……!?」

 

 何拍か置いてから、それが聞いたことのある声だと思って、一気に頭が冷えていく。振り返った先で無表情のこいしがこちらに歩み寄ってきているところだった。全くもって油断ならない奴だと、睨んでもみるが、そんなことを意に介さないようにてっぽてっぽと傍までやってくる。

 

「どうやってここに……というか、そうだ。今までどこにいた?」

 

 こいしの顔を見てようやく、ゲームが始まった頃にはエントランスから消えていたことを思いだす。

 

「先にモノリス……だっけ。を探して回ってたんだけど……分からなかったから、貴方についていくことにしたの。ちょうどさっき降りていくところを見つけたから」

「……そうか」

 

 あっけらかんと一人で気づかれず探索していたというこいし。そのままモノリスと自分らの間の床やその横の壁を指さした。

 

「魔法のトラップがあるよ、色々ついているみたい」

「……そうなのか」

「うん。金縛りと同時に炎とか氷とかが飛んできて……取るなら弾幕で誤爆させた方がいいかも?」

「……モノリスが傷つかないなら、頼もうか」

「うん、いいよ」

 

 ロウゲツは内心でほとほと困り果てていた。この打っても響かないような微かな反応しか寄越さない少女にどう接してやればいいのか、本人と二人きりになってもよく分からなかったから。それどころかこの気配の無い無意識の動きがやけに警戒心を煽ってくるので、はっきり言って気が気ではなかった。

 

 こいしはしばらくその場にしゃがみこんで、目の前の見えないトラップらをじーっと見つめてから、ゆっくりと立ち上がってロウゲツを見上げる。変わらずに表情の読めない目線がロウゲツに注がれる。

 

「どうした?」

「罠を壊す前に……大丈夫だった?」

「何がだ。十六夜咲夜なら退けたし……モノリスにやられてないかということか?」

「声のこと」

「……声?」

 

 モノリスの事ではないのかと一瞬小首をかしげる。そうしている間にもこいしがずっとロウゲツの表情を探るように、大きい瞳で覗き込んでくる。(さとり)妖怪固有の第三の目(サードアイ)は閉じられているはずだが……ロウゲツは今、こいしは何かその無表情の奥で必死にこちらを見透かそうとしているんじゃないかと思えてきていた。それはそれとして、まるで何を聞きたいのか判然としなかったが。

 

「……さっきの貴様の声のことなら、驚いただけだ」

「違う、もっと別の声だよ。聞こえなかった? 暖かい、女の人の声」

「なんだと?」

 

 頭の中から捻り出した答えもどうやら違ったようで。しかももっと意味の分からないことを聞かれる始末だ。こうなってくるとロウゲツも、もうそろそろ問答は終わらせて、モノリスを取りたいという気持ちが強くなってきていた。

 

「妙な話なら後にしろ。今はモノリスが優先だ」

「ううん。大事な話だから」

「その声とやらがか?」

「うん。だって貴方……イヴァンと何かあったんでしょ?」

「……」

 

 こいしの純朴な疑問にロウゲツは押し黙る。どこまでも遠慮もなく押し入ってくる……良くも悪くも都市らしくはない一言。皆、大なり小なり言いたくないこと、言ってはならないことを抱えている、あの世界ではそう軽々しく他人の内へ踏み入るような言動は出来るものではないから。

 

「その声はきっと貴方に語り掛けてきて―――」

「……くだらない」

「―――え?」

「奴とのことは……全て終わってから清算すべきことだ」

 

 こいしの目が見開かれる。ロウゲツの声はまるで氷点下を一気に振り切ったかのように、どこまでも冷たくなっていた。同時にロウゲツは……こいしの目に映っているだろう自分の表情を見ることが出来ないでいた。視野の広い義眼を持ちながら、なんとか視界の中央に寄せないようにと微かに目を逸らして。

 頭痛がするかのように胸の内が苦しく感じる。イヴァンとの過去を……まともに直視することが出来ない。感情に任せ突き放した事実が、どこまでも重く感じ取れて……そしてそれを向き合わせようとしてくる目の前の妖怪の少女に、どす黒い感情が微かだが沸き出していたから。

 それはまるで本当に……(くだん)黒い石(モノリス)に心を揺さぶられているかのような。それはおかしいことだ。だって今も左手には月光の淡い輝きが灯されているのだから。

 

「ダメ、あの石に近づく前に、ちゃんと吐き出さないと……!」

 

 ここまで来て、ようやくこいしの表情に焦りが見えてくる。その黒い感情が……向き合えない過去が、どういうものであるか身に染みて分かっていたから。

 そしてその必死にかき分けようと不器用に踏み込んで来る態度が―――更にロウゲツの心に亀裂を入れる。否、そうではない。この黒い感情が沸き出してくる亀裂は―――最初からあったもの。ただ無意識の少女との問答で、その亀裂の輪郭を不意になぞって確かめてしまったから、余計にショックに感じてしまっていただけで。

 

「貴様に何が分かる……俺は今、奴に向き合うことは……近づくことは出来ないんだ……! でもいいだろう!? 俺には月光石がある、これさえあればモノリスは……!」

 

【でも近づかせてくれないのは、彼の方でしょう?】

 

 ロウゲツがその亀裂に耐えきれず、思わず叫んだその時、暖かな声がその亀裂にそのまま染み入ってくる。

 

「今の……声、は」

「えっ……!? ダメ、それは聞いちゃダメだよ!」

 

 こいしの悲痛な叫びも、最早届くことはなかった。

 この女性の声はただ……何よりも暖かかったから。

 

【思い出して? 貴方と彼の今までの足跡を。そして気づいて? 貴方が彼に突きつけられていたものを】

 

 声に導かれ、ロウゲツは思考に堕ちていく。溺れていく。

 亀裂はやがて広がり、それはまるでねじれゆくような歪みを象っていくのだった。

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