ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第二十一話 見えない刃 その1

【さぁ、貴方がどうするべきか……過去から(さら)ってみて】

 

―――暖かい声に導かれ、ロウゲツは過去へと沈んでいく。

 

***

 

 モノクロの世界に白く輝く刀の煌めきが目に刺さった。T社の巣で過ごしていたロウゲツが初めて剣に触れた日。T社の巣には色が無い。もし色を欲するのなら大金を払い、翼から買い戻さなければならず、残念ながらロウゲツの家は巣には住めども、そこまで富豪というわけではなかった。

 色の無い世界で許された、輝きという名の唯一の彩り。それだけがロウゲツが剣士の道を選んだ理由ではなかったけれど、"剣に惚れた"というのなら、このほんのひと時の感動が切っ掛けなのは間違いなかった。

 

 セブンを選んだのは様々な剣技の情報に触れる機会を作る為。センクやリウ、シにツヴァイ。様々な形で戦闘を専門にする協会は他にいくらでもあったが、ただ一つの剣に拘らず、自らの道として数多の剣を極めんとするならば、元々他協会の剣を模倣することも多く、そして剣技の情報そのものに触れる機会も多いだろうセブンに所属することが近道だと考えたからだ。

 幸いにも小奇麗なT社の巣でそれなりの教育を受けていたのと、決心から毎日怠らず、独学とはいえ剣の鍛錬を始めていたロウゲツはフィクサー試験に合格し、9級フィクサーとして、そしてセブン直属の6課としての道を歩み始める。

 

 それから半年して、彼は先輩たちの助けを借りながら着実に依頼の解決、実績を積み重ね……遂に8級へと初めての昇級をした、次の日のことだ。

 

「えっと……こ、この度、ヂェーヴィチ直属6課になったイヴァン、って言います。今回は、セブンとの共同任務で、えっとこの通り一帯の大規模捜査のための物資配達に参りまして……!」

「…………セブン6課のロウゲツだ。よろしく」

 

 20区の裏路地のどこかに逃げ込んだ、都市伝説級の指名手配犯の捜索。もっとも、都市伝説と言っても、その犯人が特別強いわけではなく、ただ盗んだものが途轍もなく貴重で見過ごせないものだったから、その分、予算がかけての捜査が許されたというだけのことだった。実際はただのネズミとそう大差はない。

 そんな大きいのか小さいのか分からないような任務で一緒になったのが、つい最近ヂェーヴィチに入ったばかりのイヴァンだった。彼はどうも借金を抱えているようで、ほぼ強制的にヂェーヴィチに入らされた身なのだという。ヂェーヴィチにはそういう手合いが少なくなかった。

 その時のイヴァンはまだ小心者で色々なものにビクビクしていた。当然と言えば当然だが……フィクサーは命の危険が伴う。ヂェーヴィチに関してはもっと明確なリミットが存在しているわけだから、もしかしたらロウゲツ以上にその辺りに関しては敏感なのかもしれなかった。

 だが……

 

「―――ポルードニツァ、貫通ガジェット!」

〔承認。貫通ガジェットに換装―――完了。〕

「な……!? うぎゃあぁぁぁ!?」

「……!」

 

 先輩のセブンフィクサーたちに追われて、たまらずロウゲツとイヴァンの下へと逃げ込んで来た指名手配犯。捜査のための拠点への物資配備が一通り済んで、ロウゲツがイヴァンを送り返そうと共に拠点から足を踏み出した直後のことだった。

 ロウゲツがイヴァンを守るために剣を抜こうとした時、既にイヴァンは動いていた。南部ヂェーヴィチのスーツケース型のデリバリーキャリアから出た破裂エネルギーで出来たドリルが躊躇なく指名手配犯の胴体を貫いた。

 

 ロウゲツはその時、イヴァンの瞳の奥の冷たさを見た。あれだけ臆病で、一挙手一投足に気を配って、慣れない敬語までしてこちらの機嫌らしきを伺っていたような少年が、敵を殺そうという時には一切躊躇うことなく武器を振るう姿に、ロウゲツは茫然としていた。

 ロウゲツは巣の生まれだ。今まで翼の保護を受けて育ってきた。例えどんなに剣に憧れようと、温い温室育ちに、あの目の冷たさは宿らない。あれは裏路地の目。生きる為には人の命を踏み台にしなければならないと覚悟して……いや、それは少し違う。何かに失望していた。だから躊躇を冷たく切り捨てられた。イヴァンのはそういう目だとロウゲツは思った。

 

「……」

 

 ロウゲツは腹を貫かれて死体となった指名手配犯を軽く調べ、盗品があるのを確認してから、通信機で先輩たちを呼んだ。そうしてから、死んだ犯人の前で立ち尽くすイヴァンの方に近づいた。

 

「お前は……イヴァンだったな」

「え? あ、は、はい。そうです……」

 

 イヴァンの冷たさは既に鳴りを潜め、自己紹介した時みたいなおどおどした雰囲気に戻っていた。こちらが先輩だから、等級が上だからと下手に出て、こちらの様子を伺っている。

 

「……えっとだな」

 

 あの冷たさは自分が剣士として高みに登る為に必要なものだと、そう感じた。だからイヴァンにどうにか近づきたかったが、一体何を話せばいいのか。巣育ちの癖して剣なんかに執心していて友人の少なかったこの時のロウゲツには、皆目見当もつかなかったが……

 

「……次もし俺がヂェーヴィチに依頼することがあったら……お前に頼みたい」

「え、えっ?」

「あれだけ躊躇いなく自分の身を守れるなら……お前は優秀なヂェーヴィチフィクサーになる、気がするから」

 

 たかがまだ8級のぺーぺーフィクサー如きが一体何を言っているのやら。ロウゲツは自分自身の言葉を内心恥じていたが、イヴァンは少し照れ臭そうに、そして同時に複雑そうに頬を掻いて。

 

「あ、ありがとうございます、ロウゲツさん……そ、その時はよろしくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げることで、それらの表情の変化を隠しながら、イヴァンは了承してくれた。そのことにロウゲツも胸を撫でおろした。

 

「それはそうと……なんでそうまで下手に出るんだ。その、俺の方が先輩とはいえ……お前は今、何歳だ?」

「え? それは……えっと、15です」

「俺は16だ。そう変わらないじゃないか……ロウゲツでいいよ。イヴァン」

「…………」

「……どうした。やっぱりすぐに変えるのは無理か?」

「は、はい……すぐには……」

「じゃあ……いつかでいい」

 

 そうしてロウゲツとイヴァンはセブンとヂェーヴィチ、異なる協会フィクサーでありながら互いに依頼をしたり、合同作戦で頼り合ったりする仲になった。ロウゲツもイヴァンも、フィクサーになってからの初めての友人だった。

 残念ながらプライベートで遊ぶ機会は両手の指で数える程にしかなかった。イヴァンが空いている日に率先して仕事を入れるような仕事人間であったから。けれど、仕事の中での二人の連携は次第に洗練されていって、周囲からも認められるほどになっていった。そうしていく内にロウゲツはいつしかイヴァンのことを"親友"とまで考えるようになっていった。

 

 

 そうして大小様々な波乱こそあれど、至極順調なフィクサー生活を何年も過ごしたある日。

 セブン4課になっていたロウゲツが受けたある依頼が、崩壊の切っ掛けになった。

 親指傘下のある組織がやっていた違法薬物密売の捜査。ロウゲツはその捜査チームのリーダーに選ばれていた。もしこの依頼を完全にこなすことが出来たなら、3課への昇進は確実と言われていた。

 そしてヂェーヴィチ協会のイヴァンには、別の場所で見つかった重要証拠の配達と、詳細な情報の伝達を頼んでいた。あと数時間もしない内にやってきて、その証拠と情報を元にして本格的な調査を始められる予定だった。

 だが―――

 

「……来ないな」

 

 時間になってもイヴァンは姿を現さなかった。仕方なく少し席を外して時間を潰そうと考えた。

部下たちにもしばしの自由時間ということを伝えてから、近くの自販機へと寄って、ペットボトルのコーヒーを買って一服していた。

 そうしてしばらくすると、部下の一人が息せき切らせてロウゲツの下へと駆けて来た。

 

「―――ロウゲツリーダー、大変です!」

「どうした?」

「お……親指が……!」

「なっ!?」

 

 部下のセブンフィクサーが伝えてきた名前にロウゲツは慌てて飛び出した。

 表でチームが集まる場所まで駆けていくと、既にチームは親指のソルダート数十人に囲まれて絶体絶命の状況下にあった。

 

「貴方が彼らのリーダーですか? 申し訳ありませんが、フィクサー等級をお聞きしても?」

 

 ソルダートの軍勢の中から、一人恰好の違う女性がロウゲツの方に歩み出てきて、等級を尋ねてくる。その胸元の長い二つのプレートは、彼女が間違いなく親指のカポの(セコンド)……すなわち下級とはいえ親指の幹部の一人だということを示していた。

 

「……5級、です」

「……っは。ビクビクして敬語で尋ねた分、損したな」

 

 ロウゲツが自分の格を正直に白状すれば、親指のカポはすぐさま礼儀正しい振る舞いを投げ捨て、ロウゲツを下に見始めた。

 親指は規律と何よりも階級を重んじる"五本指"と呼ばれる裏路地の最大組織の一つだ。それぞれ他人の階級をも参照して、上の(くらい)の者には礼を尽くし、下の(くらい)の者には、逆に礼を尽くすことを強要する。そういう組織だ。当のカポの階級は1級フィクサーと同等……つまり、それ以下の階級であるロウゲツは彼女に逆らうことは許されない。

 

「こんな下の連中が、うちの傘下組織にちょっかいかけてきてたのか……あぁもう、なんでわざわざこんな小競り合いに私が駆り出されてるんだ……? ムカつくし、粛清に決まってるだろ、こんなん。おいソルダート共、やれ!」

「なっ、やめろ!!」

 

 全ての指は楯突く者を決して許したりはしない。それぞれの掟やルールに従った形ではあるが、往々にして彼らはその途轍もない組織力と、幹部たちの実力でもってあらゆる組織やフィクサーを蹂躙する。今回のそれも、その一つだったに過ぎない。

 ロウゲツが思わず叫び、剣を抜くが―――その直後には数多の銃声と銃弾に貫かれたセブンフィクサーのチームらの断末魔が無数に裏路地の一角に響いた。

 

「クソ、お前ら―――」

「おい、何勝手に剣抜いてやがるんだよ」

「ッ!? あ―――」

 

 気づいた時。ロウゲツの左目にねじ込まれていたのは、カポの握り拳から飛び出た親指だった。ぐじゅり、眼球が潰れた音が脳に直接響いた。視界の左が赤く染まり、五感全てを塗りつぶす激痛が走る。身体機能が麻痺したかのように身体が言うことを聞かない。

 

「はぁ、うざ……」

「うぅ……あぁ……!!」

「あ……?」

 

 ロウゲツの思考が視界と共に赤く染まっていく。それと同時に、麻痺して動けなかった分の力が弾けたようにロウゲツの身体が跳ねた。抜いていた剣をただ思うさまに振るう。

 

『飛剣』→『速剣』

 

 切り上げからの突き。加速していく刃にカポは怪訝そうな顔をしながらその拳で軽く叩き落す。たかだか5級フィクサー程度のロウゲツと、指の幹部たるカポの実力差は火を見るより明らかだ。それでもロウゲツは吠える。そもそも赤く染まった頭では実力差などというものを考えることすら出来なかったという方が正しかったのかもしれない。

 

「テメェ如きが……」

「うおおおおあああぁぁ―――ッ!!」

 

『閃撃』→『コントラタック』

 

「……こいつ」

 

 そのまま加速を載せた全力を越えた十字の斬撃が、更なる追撃を払いのけようとしたカポの右拳を逆に叩く。速度もそうだが、急激に変わる剣技の癖に反応が一瞬だけ遅れる。その一瞬の隙を突いた渾身の突きがカポの首へと突き刺さ―――

 

「はい、残念」

「ッ……!」

 

 それでもその突きは……いとも容易く左手で掴まれ止められてしまった。これ以上、剣は動かせない。カポの尋常じゃない筋力に抑えられ、どうにもできなかった。

 

「そぉら!」

「がっ―――!?」

 

 ロウゲツの腹にカポの蹴りが入る。全身の骨が砕けんばかりの威力をまともに受け、まるでボールのように身体が跳ね飛んで、建物の中へと突っ込んだ。

 その様子を見届けたカポは、剣先を掴んだ手をパッパッっと払って、既に掃討を終えたソルダート数名を呼び寄せた。

 

「奴も始末してこい。私はもう帰る」

「はっ!」

 

 ―――ロウゲツに幸運なことがあったとしたら、当のカポにこの件に対するやる気が欠片も無かったことと、万が一の為の"備え"を持っていたことだろう。

 

「―――っ、く、そ……」

 

 ソルダート達が命令を受けて建物へ走ってくる間、ロウゲツは胸ポケットへ縋るような想いで辛うじて動かせる左手を突っ込んだ。中の物の感触、まだ壊れていない。そして何も零れていない。安堵と共に、緑色の液体が入ったアンプルを取りだして、なんとか自身の首筋に打ち込んだ。すると、全身のボキボキに折れた骨がゆっくりと元の形へと戻っていく。全身の痛みも引いていき、ダメージというダメージが動ける程度には回復していった。

 K社の特異点、HP(ヘアポイセス)アンプル。こと治癒という領域においては右に出るものは無いほどの特異点。打てばたちまち、どのような重症すらも何事も無かったかのように治癒してのける。もっとも、翼の職員でさえそうそう買えるものではない。最安価のものを1本だけ。それでも5級フィクサーのロウゲツには1年溜め込んだ金を全て吐き出すほどの買い物になってしまったが……今まさに、それがロウゲツの命を繋いだ。安い分、純度も低く完全回復とはいかなかったが、それでも十分だった。

 

「今の……うちに……」

 

 ゆっくりと体を起こして、建物の裏から傷ついた身体を庇うようにして退避する。向かってくるソルダートたちの目を盗んで、逃げ去ることしか出来なかった。

 逃げながら、未だに赤い視界。いくら左目を撫でてもそこにあるべき目は潰れたままだった。安いアンプルでは少しも再生しないほど、完璧に潰れていた。だが今は、この潰れた目の痛みこそがロウゲツの意識をまだ繋ぎ止めていた。

 

 生き延びる為に足を動かす。今はそれしか考えられない。だからこそだろうか。

 既に心に影が差していたことに、ロウゲツ自身、この時は気づいていなかった。

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