ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~ 作:哲学の階のロッカー
「しかし……見れば見るほど異様ですね」
妖夢がねじれたロウゲツを見やって呟く。相変わらずねじれは部屋の中央にただ突っ立っているだけで逃げようとも向かって来ようともする気配がない。なによりも鞘だけを持っているというのが剣士である妖夢には何よりも異質に思えた。
「さっき、あの鞘の中に見えない剣みたいなのが入っているように見えたよ」
「見えない剣?」
「うん。それを天井目掛けて抜き放っていたから」
「それで紅魔館を真っ二つに? ふーん」
いくら自分が仕掛けたゲームが遠因だとはいえ、自分の館を斬られたこと自体は相当気に食わなかったらしい。こいしの説明に、レミリアは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ロウゲツさんの剣技の練度で見えない剣など振り回されると、非常に手が出しづらいですね」
「そもそも戦う必要はあるの? ねじれを
「あの様子を見て、素直に話を聞いてくれるか……前回はこいし自身をねじれから引っ張り出すことで直接声を利かせられましたけど……あれはこいしとは勝手が違うとは思いますが、似たような話を聞いてくれる状態には持っていくべきかと」
さとりの言葉にイヴァンも先日のこいしがねじれた時のことを思いだす。ねじれたが故の、さとりでも全容を把握できない特殊な精神構造。そしてねじれた部分と無意識に切り離されたこいし本人の自我―――などなど。そのまま話をして解決できない要因は多々あった。
今回もそれと同じだろう。まず何かトリガーを見つけて、一瞬だけでもロウゲツの理性を取り戻さないと話し合いの土俵に持っていくことは出来ない。あるいはあのねじれた心を表している表象を紐解いて、彼の心の痛みを取り除くか、と言ったところだろうか。まだねじれを相手取るようになって二回目。さとりも含めて手探りな面が多く、迂闊なことはしたくない。これ以上ねじれが悪化した場合、どういう末路を辿ることになるのか分からないのだから。
「あ、そうだ! 白楼剣で斬ってみるのはどうですか?」
「なんだそれ?」
「私の家の家宝の剣でして、人の悩みを直接斬ることが出来るんです」
「本当か? それなら……」
イヴァンの表情がパッと明るくなるが、さとりが首を横に振る。
「ねじれは悩んでいるというのとは少し違うわ。既に葛藤する段階を通り過ぎ、本能や刹那的な欲求に従う……開き直っているような状態になっているから。恐らくはその剣で斬っても、元に戻ることはないでしょう」
「そうですか……」
妙案だと思っていたものがダメだと判断され、少しだけ俯いた妖夢。その様子を見ていたフランが辛抱ならないという風に前に出てくる。
「もうそれなら、一旦倒してから考えない?」
「倒してから?」
「そ。殺さないまでも、暴れられないようにしてからゆっくり考えればいいじゃん」
「……えらくシンプルだけど、この際それもいいかもな」
イヴァンにとっては気が進まないが、フランの言っていることも正論だ。殺すのは論外だとしても、まずは無力化しておくというのも立派な選択肢だ。その言葉にレミリアやパチュリー、紅魔館組の面々が頷いた。
「……そう、ね。このメンバーが集まっているなら、あれこれ悩む前に捕まえておくのもいいかもしれません」
「決まりね。全員でかかれば、そう苦労はしないでしょ」
さとりも頷くのを見て、レミリアが音頭を取る。部屋の中のメンバーも全員異論はないようだった。イヴァンにとって上位フィクサーであるロウゲツは実力的に敵わない相手ではある。だがこの人外面子の一斉攻撃を全て捌けるとは思えないのも事実だった。
「行くわよ。一斉にかかれ!」
「……あぁ」
レミリアの号令に、レミリア本人とフランとイヴァンと妖夢がロウゲツへと駆け出していく。他のメンツは後衛で弾幕を放つ準備をしている。さしものロウゲツでも本来なら逃げるしかない場面。だが―――
『――――――』
その時だ。全員がただ一歩だけ踏み込んだ瞬間、ねじれたロウゲツが動く。その場で腰を低く落とし、左手で持った鞘の上部辺りに右手を添える。まるで居合の姿勢、そして―――髪の毛でまるで見えないが―――ロウゲツの顔の向き、視線が真っすぐイヴァンへと向いた。
ロウゲツへと向かっていく面々が次の足を踏むより早く、姿勢は整えられる。
「危ない、イヴァン!!」
「―――!?」
―――刹那、イヴァンの眼前が
ロウゲツが空っぽの鞘から、剣を振り抜く動作を行ったと同時に。見えない斬撃がまさにイヴァンへと直接叩き込まれるところだった。ぐいっと後ろからさとりに首根っこを掴まれ引き込まれたことで、辛うじてその一瞬の輝きに巻き込まれることはなかったが……
「あれがねじれの能力!? 剣の間合いなんかじゃねぇのに!」
そう。現在位置によるイヴァンとロウゲツの間には決して短くはない距離の隔たりがあった。だというのに、ロウゲツが剣を握ることなく、居合の動作と共に振り抜く真似をしただけで、斬撃がイヴァンの下まで届いた。これこそがねじれたロウゲツの能力ということだろう。
だがイヴァンへと攻撃したことで向かっていく他三人は更にロウゲツへと肉薄していく。これなら―――
「―――! 戻しが早い!?」
今度は右方から接近していた妖夢の方を向き、既に居合の溜めの姿勢へと移っているところだった。まだ三人は距離にして3分の1程度しか近づけていないというのに。
『――――――』
「なんの……!!」
再び振りぬかれる見えない剣。空間ごと切り裂く凄まじい斬撃。だが斬撃であるのならと―――妖夢は楼観剣を同時に振り抜く。ガキンッ!! 傍目から見れば妖夢の振った剣は空振ったようにしか見えなかったが、剣同士がぶつかり合っただろう金属の音が、ロウゲツの剣を見事に弾いたことを示していた。
「今の内に!」
「……!? おい待て妖夢!!」
「えっ……!?」
咄嗟の防御に成功して、再び距離を縮めようとした妖夢だったが―――イヴァンの叫びで警戒度を引き戻した結果、視界に映ったものに戦慄する。
ねじれたロウゲツが既にまた居合の構えを取っている。弾いた次の瞬間にはもう、だ。流石に早すぎる、次の防御が間に合わない―――
「させない!」
表象『夢枕にご先祖総立ち』
『――――――?』
こいしが手を振ると同時に―――ロウゲツの背後から"いつの間にか"配置されていたトゲのような形をした光弾弾幕がロウゲツに殺到する。流石に無意識からの攻撃に反応が遅れるのはねじれと言えども同じなようだった。
だがそれでも元がロウゲツであるからか、間合いに入った弾幕から全て鞘を振り回して切り刻んでいく。咲夜戦で見せた"剥き身の刃のまま斬らない剣技"の逆……"鞘を付けたまま斬り刻む剣技"―――反射的に全てを斬っているだけではあるが、丸っこい鞘に切れ味を宿すその剣の冴えだけはねじれる前とほとんど変わっていないようだった。
だがこれで妖夢への攻撃は中断された。再び間合いを詰めるチャンス―――
「だと思ったんですが……!」
どうにかまた一歩を踏み出そうとした妖夢だったが―――なんということか。弾幕を切り刻んだ次の瞬間には、三度、既に居合の構えに入っている。どうしても近づけたくない。そのねじれた意思が為せる
「くっ!」
ガキィン!! 剣同士がぶつかり合う音。一瞬こいしが時間を稼いだおかげで、なんとか妖夢も次の防御には間に合うも、またロウゲツが一瞬で居合の構えに戻ってしまうなら、これ以上近づくことが出来ない。弾いてすぐに大きくバックステップして、距離を離す。すると、ロウゲツはこれ以上の追撃をすることはなかった。
「どうしても近づかせないつもり、というわけですか……」
「だとしたら―――私達のことは随分舐めているようね!」
「そうみたいだね、どうしてあげようかな!!」
「「え?」」
どうしたものかと妖夢が苦しい表情でロウゲツを見据えている中―――レミリアとフランがほぼロウゲツの目の前まで到達しているところだった。だが―――何故かロウゲツはまだ動かない。レミリアとフランにだけ、何の反応も示さない。その様子にかなり遠い距離から見えない斬撃を放たれたイヴァンと妖夢は呆けたような声を出すしかなかった。
神槍『スピア・ザ・グングニル』
禁忌『レーヴァテイン』
レミリアが巨大な紫に輝く光の槍を。フランは来る道中にイヴァンに返してもらった杖の先端から朱色に輝く巨大な光の剣をそれぞれ展開する。そしてそれをロウゲツに突きつけんとした瞬間、ようやくロウゲツが動き出す。
『――――――』
鞘を高速で振り回す。ねじれた心によって形作られた鞘とは一体どれほどの強度を持つのか。凄まじいエネルギーを秘めているはずの吸血鬼二人の巨大武器を難なく弾いてのける。
「ッチ、まだまだ!」
弾かれてのけぞる二人だったが、負けじとロウゲツへと突っ込んでいく。二人がかりでロウゲツへと槍を剣をと、叩き込んでいく。それをロウゲツは鞘で弾く。ただ弾く―――それがやはりイヴァンと妖夢には様子がおかしいようにしか見えなかった。
「……今弾いた時。あの居合の速度ならあれほどの隙でも間に合ったはずなのに」
「あぁ……"あの二人に対してだけ居合をしない"……ようにしか見えない」
イヴァンと妖夢にはあれだけ執拗に見えない剣による居合を試みていたにも関わらず、レミリアとフランに対してはそれをする気配を微塵も見せなかった。ただ鞘の間合いに入った攻撃だけを反射的に捌いているだけで、目の前にまで近づいた吸血鬼たちをロウゲツから攻撃しようともしていない。
「さとり、何か分からなかったか……?」
「……イヴァン。そして妖夢。貴方達が近づこうとした瞬間、ロウゲツは強い恐怖を覚えていたわ」
「恐怖だって?」
さとりの言葉に、いよいよどういうことか分からなくなる。イヴァンと妖夢に対しては距離が空いている状態で恐怖を覚えたのに対し、レミリアとフランには攻撃を受けているのにも関わらず、恐怖を覚えていないということだろうか。
イヴァンはそれが何を意味するのか、捻り出すように俯いて考える。ねじれは自身の苦悩を表に出さずにはいられない存在だ。それはこいしの時と変わらないはず。何か意味があってそうしているはずなのだ。何か―――
「いや……待てよ」
そもそもそれだったら―――何故ロウゲツはこの紅魔館を斬るような真似をしたのだろう。いや、そうじゃない。ねじれてから最初の攻撃……こいしが言うには何故か天井へとあの居合を放ったということだったが……それはもしかして"
1階でフランと戦っていた時の斬撃は偶然ではなく、ねじれたロウゲツから狙われていた。それが意味するところはなんなのだ。あの時、自分は何をしていたのか。どういう状態だったのか……もしかしたら―――
ロウゲツのねじれが本当に自分が原因であるのなら。自分の何がロウゲツを苦しめたんだろう。言うべきことを黙っていたことはそうだろうが、もっと根本的な―――
「あ……! そうか!」
「イヴァン、何か分かったの?」
「あぁ」
ハッとしたイヴァンの顔を、こいしが覗き込んで来る。こいしに頷いて、さとりの方を向けば、イヴァンの心を読んださとりも、その内心の推察を肯定するように頷いた。
「レミリア、フラン! 一旦戻ってきてくれ!」
「何?」
「どうにかする方法を思いついた! それに、きっとお前らはロウゲツに背中を向けたって追撃されない! そのまま戻ってきても大丈夫なはずだ!」
「へぇ? 分かったー」
「……はぁ。しょうがないわね」
レミリアとフランがロウゲツに背を向けてふわふわと飛んで戻ってくる。イヴァンの言う通り、ロウゲツは二人からの攻撃が止んでも反撃に出ない。ほとんど隙だらけの二人に居合をかます素振りすら見せない。
「……やっぱり」
「で、どうするんですか?」
「あぁ……」
妖夢の問いかけに、イヴァンはこの場の全員に説明する。ねじれたロウゲツの行動の意味。そして、それを踏まえた上で考えた作戦を。
「―――というわけだ。頼む……"俺をどうにか……アイツに近づかせてくれ"」
異論の声は挙がらなかった。全員が無言でイヴァンの作戦を肯定し、再びねじれたロウゲツに相対する。