ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第三話 黒い石

「クソ、何処に行ったんだよアレ……!」

 

 イヴァンの焦燥は既にどうにもならないほど煮詰まっていた。ヂェーヴィチのフィクサーとしてもっとやってはいけない。というより本当なら起こるはずのない、『配達物の紛失』などという大惨事を引き起こしてしまったのだから。

 そのことの重大さを心を読むことで間接的に知ることができたさとりはどうにか冷静を保って、イヴァンを落ち着かせようとしているが、そんなことは露知らずのにとりには、目の前の人間が何に焦っているのか皆目見当もつかないのだった。

 

 そんな中でさとりが他二人の混乱を断ち切るかのように、パンっパンっと柏手を叩いて注目を自身に向けた。そして―――

 

「イヴァン……貴方の運んでいた荷物というもの……それに似ているものなら、今私が持っているわ」

「は……?」

「え? それって……」

 

 さとりの口から紡がれた予想外の言葉にイヴァンもにとりも固まってしまう。

 そしてさとりがポケットから取り出したのは―――拳大ほどの大きさの黒い石くれだった。その側面の一つは滑らかに磨かれた形跡があり、これがもっと大きな形状のものから壊され散らばった欠片のようなものであると分かる。

 何よりイヴァンはこの黒い石に完全に見覚えがあった。

 

「これ、俺が運んでたのと同じ……あ、いや、形は確かこんなんじゃなかったけど……」

 

 だが、よくよく考えなくても恐らくは同じ物から分け放たれた別々の欠片であることは記憶に照らし合わせても明確なものだ。どうしてそんなものがここに? と考えてはみるがただただ運ぶことを依頼されただけの自分には分かりようのないものだった。

 そんなイヴァンの様子を見たさとりは小さく頷いた。

 

「これは二週間程前に旧地獄の隅で発見された石ころよ。あと幻想郷でも各地で幾つか見つかってもいる。貴方の記憶のと合致もするみたいだから、きっと同じ性質のもので違いないでしょうね。まさかここで繋がりが出てくるなんて思いもしなかったけど」

「……それは本当なのか?」

「えぇ、そうよ。そして今は私がこの石を保管、管理することを一時的に任されているというわけ。そして貴方が運んでたっていう事実から一つ分かるのが……この石の由来は貴方の世界からってことね。まぁ、ひとまずはそれしか分からないのだけれど」

「…………」

 

 ハッキリ言って意味が分からない。さっきまでとはこの場の雰囲気が全く違うものに変わってしまった。さとりの声色はやや深刻そうなものになっているし、にとりも俯いたようにして石を見つめて動かなくなった。そんな状態ではイヴァンも軽率に今の感情や心を口に出して、困惑を表に出すことが出来ないでいた。最も、そんな内心の機微すらもさとりには見抜かれているのだろうが。

 

「本題はここからよ。この石、どうやら周囲の者の心を歪ませるみたいなの」

「……心を歪ませる?」

「そう。それが分かったのは心を直接読む私と、他数人だけだったけど……そうやって完全に心が歪んでしまうと、その人は変わってしまうのよ」

「……変わるって」

「怪物によ。変わったのは特に何の変哲もない……流れ着いただけの怨霊だったけれど。不思議なことに肉体もないはずなのに、心が歪み切ると同時に奇怪な身体を得て暴れ回った。幸いそう強くはなかったけれどね」

 

 それを聞いて、咄嗟にねじれを連想してしまったイヴァンに非はないだろう。都市に湧くねじれ……その中でも尾ひれのついた噂は十や二十にも及び、その中には心が苦しみや悲しみでねじれきった時、人が怪物に変わるのだというものがあったのを思い出したからだ。もしかしたらだが、ここに立っていたのが知人のセブン協会フィクサーであったなら、さとりの話すそれをねじれだと断定していたのではないだろうか。だが配達とその障害をどう躱すかに全神経を注ぐヂェーヴィチフィクサーには少々縁遠い話であり、ここでは少しばかりそれを連想したに過ぎなかった。

 しかしさとりにとっては、その連想だけで十分であったらしくイヴァンの目を見てこう話を続けた。

 

「もし貴方の届けたかったという石がこれと同じなら、私や私のペットたちが探すのを手伝ってもいいわ」

「っ! それは本当か!?」

「えぇ。もしそうなら私達にとっては危険すぎるものだもの。博麗の巫女には言っておいたのだけど、私以外はあまりこのことを危険視しているのが少なかったのよね」

 

 それはきっと心を読めるからこその反応だったのだろう。その心が歪んでいく様が誰から見ても間違いなくヤバいと分かるようなものであったに違いない。

 

「ただその代わり……この全ての石の欠片を集めきったら、貴方に元の世界に持って帰って欲しいの」

「な、なんだって?」

「それが貴方の手伝いをする条件。勿論それ以外にも旧地獄やそれ以外の場所をうろついても大丈夫なように便宜も図るわ。貴方、元の世界じゃ配達が仕事だったのでしょ?」

「それはそうだけど……いや、そもそもだな。その配達にも期限があって、俺が届けなきゃいけないのはあと数時間で……」

 

 そこまで言ってハッとして鞄を見つめる。今の今まで目まぐるしい展開で忘れかけていたが、肝心の配達の期限はあの合流予定の部屋に到着した時点で数時間を切っていた。その状態からねじれと交戦、異世界転移、そして気絶からの回復までと、少し考えれば相当な時間が経過しているはずだ。にもかかわらず今の所は鞄が勝手にエネルギーを発するどころか、警告一つも出す気配がない。

 

「ポルードニツァ……今の配達予定はどうなってるんだ?」

〔現在の配達予定は1件。詳細データ―――破損。現在確認できません。ヂェーヴィチ協会ネットワーク……アクセスポイントが見つかりません。至急協会支部倉庫、または本部に戻ってデリバリーキャリアを返却し、修理してもらうことを勧めます〕

「……おい、マジか?」

 

 配達予定の実質的な内容データすらも破損している。だから先ほどからこのAIも配達遅延を警告してきたりはしていないし、勝手にペナルティを課してくる様子もない。そしてここは実質的に世界の壁一つ隔てた別世界だ。元の世界のネットワークともアクセスできず、そこから喪失したデータを再ダウンロードすることもできない。

 だからといって何も警戒が要らないだとかいうわけではないだろうが……恐らく最も恐れていた事態だけは回避出来ているのだろう。すなわち、配達遅延のペナルティ―――自身の死を。

 

「バグり方が都合よすぎる気もするが……なんか大丈夫そうだ」

「……心を読んでおいてアレだけど、本当に大丈夫? その……今の状況じゃなくて、普段の貴方から」

「……都市じゃ普通な方だと思う。多分。 ともかく、この世界にいる間はこの鞄に……その。どうにかこうにかされる心配はなさそうだ」

 

 自分で言ってて大分苦しいことは重々承知しているが他に言いようがない。まだ来て数分だが、この世界ではそこまで死生観が死に偏っているということはないらしい。都市とはえらい違いだ。

 

「他にも戻る必要があるというなら、博麗の巫女に頼んでどうにかしてもらうことも出来るけれど……もし引き受けてくれるなら、出来るだけ長くとどまっていてもらいたいわね」

「そうだ。そもそも戻れるんだよな?」

「えぇ。もともとこの世界は色んな世界と繋がってて、そこを行き来する手段は結構多いからね。博麗神社に行くのはその内の一番確実な方法の一つよ」

「じゃあ…………多分、しばらくこのままでいい。俺の荷物と他の欠片が集まるまでここにいるよ」

 

 しばらく逡巡した後に答えを出す。いつも自身が終わることなく追われていたタイムリミットが一時的にも消えてなくなったのなら、きっと急ぐ必要もないのだから。無論、都市に戻ったならそれ相応の対策をしないといけないのだろうが……それは今ここで考えても後で考えてもきっと変わりようのないものだろう。

 

「そういえば……その石が危険って話なら、もしかして俺は疑われてたのか?」

「いや……そもそも突然降って湧いて来た外来人が、危険物と関係あるなんてこと…………まぁ、たまにはあるけど、そんなことで疑ったりはしてなかったわよ? もしそうだとしても私にはすぐ分かるしね」

「……助けてくれたのがアンタで良かったのかもな」

「かもね。さて、話はまとまったから、私は少し出るわね。自由にしてもらってもいいけど……一日ぐらいはゆっくりしておくといいわ」

 

 そう言い残してさとりは部屋を出る。すると、先ほどまでの喧騒が嘘のように部屋は静まり返った。その様子からイヴァンもようやく気が休まったようで、さっきまで自分が眠りこけていただろうベッドに腰かけて、改めて脱力した。

 しかしまさか配達していたのが、よく分からない危険物だったとは―――今までも無かったとは言い切れないが、基本は協会で管理した貴重品等しか仕事としてまわってこないものだから、ほとんど考えたことがなかった。確かに今回の依頼は知人からの特例のようなものではあったけれど―――

 

「あのー、お客人や? 私のこと完全に忘れてない?」

「ん。あぁ……そういやいたな……確か河童の……」

「にとりだって。全く見ていた端から凄いスピードで話が進んでいくからびっくりしたよ」

「それは……なんか悪かったな。そういやお前はなんでここに? 元々住んでる奴か?」

「いんや。そうじゃなくて私もお客人助けた側なんだよ。さっきのさとり妖怪の妹ちゃんと一緒にね」

「……そうだったのか。それは助かった。ありがとう」

「案外素直だね」

 

 デリバリーキャリアを許可なく触っていたことは印象最悪ではあったが、助けてくれた恩人というならその分は感謝の気持ちも芽生えるというものだ。

 

「それで~、その~……もしよろしければ、その鞄をもうちょい見せてくれたりとか……」

「……お前、帰らなくていいのか?」

「遠まわしに帰れって言ってるよね? そう邪険にしなくてもいいじゃん~、別に壊したりしないし! むしろもっと解析出来れば直せるかもよ?」

 

 いや、むしろ今は直される方が困る……そこまで考えて、一つの実験的思考がイヴァンの下に舞い降りた。

 

「……でも確かに今、この鞄がどういう状態かは分かっておいた方がいいのはそうだな……」

 

 今のこの微かな安らぎはデリバリーキャリア(機械鞄)ポルードニツァ(AI)の機能不全によるものだ。わざわざ直そうという気がなくても、なんらかの拍子で元に戻った時、恐らく困るのはイヴァン自身だ。と、ここまで考え至って、どうして自分の仕事道具をここまで厄介に思わないといけないのか分からなくなったが、とにかくそこの不確実さをどうにか出来るならしておいた方がいいという結論に至った。

 

「俺がここで見てる間でなら、その解析とやら、やってみてもいいぞ」

「え、本当に!?」

「あぁ……俺も別にその鞄のことよく分かってるわけじゃないんだ。協会から借りてるだけだから。俺もその鞄のことを知っておきたいから。出た結果とか俺にも教えてくれるなら、まぁ多分大丈夫だ」

「オッケー! そういうことなら早速やっちゃお! 器具持ってくるね!」

「…………」

 

 勢い良く部屋を出ていくにとりを後目(しりめ)に元気だな、とぼんやり感じながら、これからのことを少し考えて―――

 

 やはりよく分からない。不安はある。同時に話の着地点、状況に安堵もある。全てが丸く収まった後の帰路のことを考えると憂鬱だが、一時的にでも自分が常時背負っていた責務から解放されたという現実は実感が薄くもあるが、確かに嬉しくもあった。

 そういえば荷物を渡すべきだったアイツは……ロウゲツはどうしているだろう、などとまとまらぬ思考に頭を回しながら……

 

「お待たせ! んじゃさっさとやっちゃいますか!」

 

 今は目の前のことに集中してみるのもいいか、とにとりの呼びかけに頷くのだった。

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