ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~ 作:哲学の階のロッカー
「へー! 特異点ってそんなに凄いものなの!?」
「まぁな。ほとんどは俺たちみたいな一般人にはなんのこっちゃかさっぱりなもんばっかだけど。でもそれらを使える金さえあれば、便利に暮らせるような場所だ」
「じゃあお客人は元の世界じゃ貧乏なんだ」
「そうなるな……はぁ……」
解析作業の途中、取り留めのない雑談をかわす。にとりが興味を持つのは大抵技術に関することで、都市の代表的な技術の話をするだけで盛り上がった。もっともイヴァンは技術職ではないので、表面的なことにしか触れられないことに関しては残念がられてしまったが。
「でも大抵……大抵便利なもんは便利であるほど厄モノだったりするんだよな。昔はなんかどえらい煙がエネルギー生産の為に噴き出して、都市を覆ってたとかいうのは、耳を塞いでても入ってくるぐらい有名だし」
「そこまで? そんなにメリットもデメリットも極端だとやっぱり中身が気になってくるなぁ」
「そのデリバリーキャリアの中身だけじゃ満足できないのか?」
「満足するもなにも、結構時間かけてやってるのにまだまだ底が深いってほど意味分からん構造してるから。セキュリティも凄い高度だし……ここまで厳重に情報を守るなんてね」
「そりゃ、俺たちみたいな木っ端に分析されないためだろうな」
もし簡単に分析できるような安っぽいセキュリティだったなら、ヂェーヴィチなんて協会は生まれることすら無かっただろう。下級の組織はおろか、裏路地最大の指からすらも中身を守ることだけは完璧にこなすからこそのデリバリーキャリアなのだ。
だからこそ目の前で起こっていることがイヴァンには少しばかり信じがたくもあるのだが。
「それでも少しずつ進んでるんだな」
「まぁね~。幻想郷じゃ、こういう異界の技術から流れてくることもままあるし……ここまでのは無かったけど、慣れたもの、って言えなくもないかな」
きっとこのデリバリーキャリアとポルードニツァの最大の不幸は、異界技術なんていう既存科学の外からのアプローチを受けていることと、本来なら荷物を最後まで命がけで守るはずの協会フィクサーが自分から鞄を明け渡してしまっていることなのだろう。
だからと言ってこの仕事道具たちに同情のようなものを覚えたりすることも無いのだが。なんせこちらの命を脅かし続けた直接の原因は何を隠そうこいつらなのだから。
「あ。今、AI君の方の破損したデータ部分は分かったよ」
「……出来るなら直らんようにしといてくれるか」
「本当に配達期限過ぎただけで……その、殺されちゃうの? 鞄に?」
「…………あぁ」
雑談の最中に
それが配達時間厳守という鉄の掟を守るためにヂェーヴィチ協会フィクサーたち全員が課されているペナルティであった。
「私だったらそんなところじゃ絶対働かないけどな」
破損データが勝手に書き換わって直ったりしないようにAIプログラムの一部をロックしながらにとりは言う。
「別に俺たちだって好き好んでヂェーヴィチなんて選んでないよ。しょうがなかったってやつだ。そこんところも金が決めるところあるしな」
「お金は私も欲しいけど……なんか息苦しそうな世界だなぁ」
「まぁヂェーヴィチだけが特別酷いわけじゃないのは確かだな。俺が住んでた裏路地だけじゃなくて、エリートが住むっていう巣も相応の苦労があるんだと」
こうして都市のことを人に語っていると、自分の境遇がどんどん惨めに思えてくる。もしかしたら自分だって、こんな苦労なんてせずに過ごせるはずだったんじゃないかと思えて仕方なくなってくる。だがそんなことはない。何度考え直したところで、都市では自分程の不幸や環境なんて腐るほどあり、別に底辺と言うほどのものではないと再確認するだけのことだった。
「折角ならここにいる間だけでも羽を伸ばしなよ」
何か一つを幸いというなら顔色を窺っているわけでもなく気安く言葉をかけてくれる者が、今近くにいるということか。
「……そうだな。そうさせてもらおうか」
「そういえば温泉に落ちてきてたんだよねぇ。改めて入ってみたら?」
「温泉は……そういや東部で一度だけ入ったことあったな。確かにあれは良いものだった……あー、有料か?」
「そんなことは無かったと思うけど」
「……あるもんだな、無料の施設なんて」
悉く文化が違うのだな、と感心していると、にとりの解析装置からピピッと何かまた起動か完了かしたような音が鳴った。
見てみると崩壊粒子及び破裂エネルギーについて何らかのデータが取れたところのようだった。
「それなら、とりあえず今日はここまでにしとこうかな」
「また来るつもりか?」
「勿論。お客人からもっと都市の技術について聞きたいし! っていうかなんだったら案内とかするよ?」
「……そんならそれも頼むか。とりあえず、よっと」
イヴァンは立ち上がるついでに重たい機械鞄をひょいと掻っ攫い持ち上げる。そしてヂェーヴィチ協会の制服を若干着崩しながら着用し、その上に鞄の紐を襷掛けた。
「え、そんな厚着する上にそれ持ってくの? めっちゃ重そうだし暑そうだけど」
「一応これ武器と防具だからな……重いのはぶっちゃけ良いんだけど、暑いのは……確かに暑いな。南部と同じぐらいには……まぁこれもぶっちゃけ慣れてるからいいや」
イヴァンが今勤務しているのは北部のヂェーヴィチ支部だ。だから制服も北部に合わせたもこもこのダウンジャケットに肌着も数枚重ね着する形になっている。本来、南部や他の地域に行くには大分適さない恰好であり、それは幻想郷でも同じようだった。だが、人間である自分が身の危険を回避するためにはこれらの装備の力は必要不可欠であり、安易に置き去ることは出来ないでいた。
「鞄はともかく、服はどうにかなるといいね」
「……流石にな。そっちは探すかも。んじゃとりあえず……案内頼むわ、あ、そうだ」
「オッケー。ん、どうしたの?」
「これ。お礼と言っちゃなんだけど」
「あー、これ知ってる。外の世界で人間が食べてる……なんとかバーってのでしょ」
〔注意。許可された配達品以外の物品保管は推奨されません。〕
「……なんか言ってるけど」
「これぐらい大丈夫だよ」
イヴァンがデリバリーキャリアから取りだしたのは、適当な通販で購入したエナジーバー(チョコ味)だった。もっとも、協会の規則では備品である機械鞄に私物を入れ込むことは禁止されているが……大目に見てもらえることも多い上に、今この状態ではこの取りだしすら上には知られないことなので、イヴァンはもう悪びれることもなかった。
「美味しいの?」
「ちょっと硬いかもだけど、そこが良いと思うんだよな……んぐ」
イヴァン自身も一つ取りだして、袋を破って中のチョコバーを噛み割って頬張って見せると、にとりも真似して奥歯の方でチョコバーを噛み砕いた。
「~~~……おぉ、確かに。小気味いい食感」
「だろ? 食いながら行くか」
「おー。あ、そうじゃん、私はお客人の名前聞いてないんだけど」
「あぁ。イヴァンだ、よろしく頼むな」
「おっけー。そんじゃイヴァン、私についてくるように!」
そうしてイヴァンとにとりはエナジーバーを片手に連れ立って部屋を出て行った。
***
にとりに連れられて地霊殿を出た先は、ずっと先まで続く洞窟のようになっていた。それらは大抵急勾配のように上り坂だったり、下り坂だったりするのだが、にとりが選ぶ道はほとんど上り坂の道だった。
「旧地獄って言うだけあって……大分低い位置にあったんだな、地霊殿って」
「そうだよ~。ていうか大丈夫? 歩きで昇れるようにって思ってこの道を選んでるけど大分遠くなっちゃってるけど」
「足腰には自信があるんだ。これぐらいなんてことないよ」
実際ににとりの後ろをついてまわるイヴァンは息切れ一つしていないので大丈夫というのは本当なんだろうと、にとりもペースを緩めることはしなかった。
そうして更にしばらく歩いて登っていくと、遂に洞穴の道の先から光が見えだした。
「お、そろそろ地上ってわけだな」
「そういうこt―――っげ!?」
「は? おい、どうした?」
洞穴の先を見据えていたにとりの素っ頓狂な声にイヴァンも目を凝らしてその先を見てみれば。そこには洞穴の壁に背を預けるようにして座り込む、一つの人影があった。
奇異なのは、その人影の頭部……というか額の部分から大きな角のようなものが生えていることだった。
「よお、にとり。さっきコソコソとしながら古明地の妹と一緒に下に連れてったのはそいつかい?」
「うぐ……そ、そうですけど……」
「おい、にとり。なんでそうおどおどしながら俺の後ろに隠れるんだ」
「河童は私に逆らえないからなぁ。なに、私は鬼の星熊勇儀ってもんだ、お前の名は?」
「鬼? いるとは聞いてたけど……俺はイヴァン。外の世界の人間……ってことになるらしい」
「ほう? そうかそうか……」
お互いに自己紹介を終えたタイミングで勇儀が立ち上がる。洞窟の外からの光が逆光となり、そのシルエットを際立たせた。どうやら改めて見てみると、片手に巨大な盃を持っており、二人の目の前でまた一口酒をぐび、と飲んで見せた。
イヴァンには勇儀がどうにも自分よりも身長が高いように見えるのが、少しだけ気になって仕方がなかった。反対に勇儀からも、イヴァンの持っている機械鞄に、あるいはイヴァン自身に興味深そうな視線が注がれていた。
「……えらく真っすぐ立ってやがるなぁ」
「何のことだ?」
「姿勢だよ。そんなどえらい大きいもんを襷掛けしといて、お前の身体は微動だにしてない、傾いてすらない。普通の人間じゃ鍛えたってそうはならないだろ。傍から見ても強いってのが分かるよ」
「はぁ……お褒めに預かりどうも。これでも結構、施術を重ねたからな……あんま強さには重点置いてないんだけど、言及してくれると嬉しいもんだな」
「おいおい呑気だな。私が何のために言及したと思ってるんだ?」
「……なんか俺に用があるのか?」
「あぁ。私と力比べをしよう。そうしたらここを通してやろう」
「な、なにぃ? 力比べって……」
あまりにも自然な語り口から出た『力比べ』なる単語に困惑しか示せないでいた。確かにフィクサー同士でそういったことをする文化はあるにはある。だがイヴァンはそんなイベントに自分から参加したことがこれまで一切無かった。なんせ本業は戦闘ではないし、得物である
それにこちらも立ち姿だけで分かる。目の前にいる鬼は―――強い。これでもヂェーヴィチ2課、階級にして2級フィクサーであるイヴァンには、敵の強さを測る目が育っていた。戦って勝てる相手。避けるべき相手。その区別をつけることが。
「あ、あのだな。さっきは姿勢から見える強さを褒めてもらってなんだが、俺は戦闘には不向きなフィクサーなんだ。都市中駆けずり回って物を配達するしか能のないフィクサーで……」
「よし、その話乗ったァ!!」
「にとり!?」
イヴァンから見ても目の前に立ち塞がる鬼は強いようにしか見えない。どうにか見逃してもらえないかとあーだこーだと言い訳を述べていると、さっきまでビクビク背後で震えていたはずのにとりが唐突にイヴァンの背を無理やり押してきた。
「ちょ、いきなり何するんだよ、今見逃してもらえないかってしてたところだろ!?」
「私思いついたんだけど」
「……何を」
「ここで戦ってもらえたらその鞄の性能がもっと分かるな~って」
「俺の都合! 俺の都合考えてくれ、調子のいいことばっか言いやがって!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を後目に勇儀はその身体に闘気を漲らせながらゆっくりとこちらに近づいてきていた。
それにすぐさま気づいたイヴァンはにとりを退け、即座に鞄を両手に持ち戦闘態勢に入る。その様子を見て、勇儀は尚更に獲物を見やる目を細めた。
「ちょ、ちょっと」
「どいてろ。あぁもうすぐにでも飛び掛かってきそうじゃないか……」
「反応も良し。口ではあーだのこうだの言っているが、戦う奴としての資格はあるよ」
「……あんまり手加減も効かないぞ、この取り回し悪い鞄は」
「構わないよ。こっちはちゃんと手加減してやるから、どうせならぶつかってきなよ!」
もし逃げるにしてもこの間合いから走りだすのは危険だ。イヴァンの方のスイッチが入ったことで双方の緊張感が高まり、場の熱が上がっていく。
こうなるとイヴァンもこの場をただやり過ごすという考えは薄まってくる。何より『力試し』―――本業ではないにせよ、戦うことがある者として、完全に興味が無いとも言えないその行為が秘める高揚感を勇儀の挑発によってひしひしと感じ、結果としてイヴァンも全身に力を込めてその言葉に応えることになった。
「……期待外れになっても文句言うなよ―――ポルードニツァ! 強力配達モード!」
〔承認。ポルードニツァ、強力配達モード。フェーズ1から開始。配達補助および統制シーケンス開始。落ち着いて活路を切り開いてください。〕
その鞄から緑色のエネルギーが噴き出すと同時に両雄走り出し、その中央で二つの力が真正面からぶつかった。