ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~ 作:哲学の階のロッカー
ズガアアァァァン!!!
「うわぁ!?」
二つの強力なエネルギーがぶつかり合う衝撃で、傍にいたにとりは思わず尻もちをつく。衝撃に
だがそんな状況でもにとりの視線は目の前を凝視していた。―――鬼と人間がぶつかり合い……拮抗する様を。
「ははははは!! 凄いな、まさか真正面からぶつかってきて耐えるとは!」
「ッチィ! 何言ってやがる……!」
確かに拮抗……拮抗はしている。だがイヴァンが高濃度の破裂エネルギーを纏ったデリバリーキャリアでの全力の打突をぶつけているのに対して、勇儀は右手の素手の拳で叩きつけてきているに過ぎない。それも先ほどから左手に盃を携えたままでだ。
「手加減してやるって言っただろ? ほら、もっと打ってきなよ!」
「気が変わったぜ、その舐めプ後悔させてやる!」
ガァン! ガァン! ガァン! 機械鞄と拳がぶつかり合う度に、まるで金属同士をぶつけるような硬い異質が音がなる。
イヴァンは大型の機械鞄を振るっているというのに、まるでジャブの如き連打を浴びせている。だが勇儀もそれに合わせて右拳を突き出して相殺していく。
互角、互角。悉く互角。互いに位置取りを多少変化させながら、イヴァンの目まぐるしい連撃を勇儀が受け止める構図が続いている。
「ポルードニツァ! 突破ガジェット!」
[承認。突破ガジェットに換装―――完了]
「なんだ? 変形もするのか、それ!」
埒が明かないとポルードニツァに呼びかける様子に勇儀が笑みを深めていく。そして鞄側面の厚くなった装甲部分で再び打突を仕掛ける。
ズガン!! 先ほどの連打よりも重たい音が洞窟を揺らす。イヴァン本人の腕力による打撃だけでなく、鞄に仕込まれたピストンの威力も上乗せした、破壊力重視の一撃を迷いなく叩き込む。
だが―――
「やっぱり面白い鞄だな、それ」
それもまた相応の威力を込めた拳に防がれる。勇儀の反応こそ称賛に近いものだったが、依然として相手に合わせてパワーを調整しているのは間違いない。
調整できるほどの、余力があった。
「……」
「ひぇえ……やっぱ鬼って化け物……」
「まだ終わってねぇぞ」
受け止めきったと思った勇儀。それを見て心底怯えた声を出すにとり―――だがその時、カシャリと勢いよくピストンが元に戻る音で全員がハッと気づく。
ピストンが戻る反動でほんの少しイヴァンの身体が後ろに寄る。僅かに再び鞄と拳の間に隙間が出来る。となれば―――
「そういう―――」
「二打目!」
ズガァン!! 先ほどよりも重たい一撃、すかさず相殺。寸勁に近い不動の一撃で受け止め―――
「三打目!」
ズッガァン!!! 同じ要領で更に放たれる一撃。勇儀が拳を構え直す暇もなく、遂に勇儀の右手が弾かれる。
「クソ、速い!?」
そう。この突破ガジェットでの連打は、ピストン戻しにより生じる僅かな間合いで連続して行われる。短い間合いで本来威力を込めずらいが、それこそピストンによる上乗せでカバーすることが出来る。よってイヴァンは最小の動きで高威力の連打を放つことが出来るのだった。
「四打目!!」
「ッッ!? ッグ!?」
ズガアアァァァン!!! 初手に真正面からぶつかり合った時のような巨大な衝撃が洞窟中に奔る。胴体の真正面を捉えた打撃から零れた破壊力がそこから伝わった結果で、最高の手ごたえを感じた攻撃だった。
「……っは。最高だな、アンタ」
「!? マジで……言ってんのか?」
鬼は口から微かに血を垂らす。だが、それまで。イヴァンの経験上、突破ガジェットの打突を真正面から受けて吹っ飛びすらしなかった人間は存在しなかった。そう、吹っ飛んでいない。勇儀は吹っ飛んで衝撃を微かにでも散らすことよりも、全て自分の身体で受け止めることを選んだ。それでなお、多少血を吐く程度のダメージ、なのである。
「んぐ……ふぅ、酒も零れずに済んだな、はは。血が混じった酒の味も戦いの中では乙なものだな」
「なんて奴……」
勇儀が余裕を演出するように盃の中の酒を一口呷る。だがその眼はしっかりとイヴァンに向けられ……しかも先ほどよりも鋭く、まさに獲物を見る目をしていた。その行動は一見隙だらけのように見えるが、その雰囲気や風貌が以前までとは違うと本能に強く訴えかけるようだった。
イヴァンもこれ以上の追撃は危険と判断し、すかさず距離を取る。それを見て勇儀がニヤリと笑った。
「そんな遠く離れていいのか?」
「一足で間合いを潰してくるなら望むところだ」
「さっきまでと違って勇ましいな。だがそうじゃねぇ。弾幕のこと知らないのか?」
「弾幕……? 銃でも使うってのか?」
「……まぁいいや。お試しで一つ使ってやるか」
説明は面倒だと言わんばかりに勇儀が無造作に腕を振るう。
すると、腕から放たれたよじれながら連なる光弾がイヴァンの周囲に展開された。
鬼符『怪力乱神』
「なんっじゃそりゃ!?」
「ここの住民はこういうのを撃ち合って遊ぶものなのさ。今回はそっちに合わせてこれ一つで行くけど……せいぜい避けてみな!」
言うや否や、連なっていた光弾の一つ一つが解かれて無数に散らばっていく。それらはイヴァンに直接向けられたものではないが、結果として多方向から超広範囲を埋め尽くす、文字通り弾幕となってイヴァンの逃げ道を塞ぐ形になった。
「っ、そうかよ! クソが、やってやる!」
ダンッ!! 地面を強く蹴る音と共に鞄を抱えたままイヴァンが疾走する。足に込めた強化施術の力を解放し、尋常ならざる脚力でもって、地面を、壁を、天井までも蹴り、弾幕の隙間を器用に縫っていく。敵の攻撃の間隙を突き走る―――鉄火場を突っ切るような強引な配達をもこなした経験のあるイヴァンが不本意ながら培ってきた技術がこんなところで発揮されていた。
幾つかの弾は避け切れず僅かに
「見事な身のこなしだ! 弾幕の構造も見破っているようじゃないか!」
「……なんとかな」
一旦切り抜けはしたが、さっきよりも明らかに間合いが開いている。弾幕を避けるために回避に後退を織り交ぜるしかなかったからだ。この弾幕を続けざまに撃たれたら状況は更に悪くなる。
もっと良くないのは、今の弾幕に晒された壁や天井がボロボロに崩れかかっていることだ。さっきのようにそれらを直接蹴って駆けるのは恐らく難しいだろう。
「ポルードニツァ……フェーズ2まであと何秒だ」
〔計算中―――現在、配達予定時刻の詳細なデータがありません。したがってそれを基にして自動的にフェーズ段階を引き上げることはありません。〕
「え……あ、そうか。そうだった」
戦闘……というより配達が行き詰った時の癖。逐一
今は確かに配達予定が一つ入ってはいる。だからこそ配達補助こそするものの、その詳細はどうやっても機械側には分からないものなので、むやみやたらにペナルティを課しに来るようなこともしない。
そこまで考えて、もしかしたら今が一番理想的な状態と言えるのではないかと思って内心舞い上がってしまったのが最も大きな過ちだったのだろう。
「……ポルードニツァ、出力上昇要請だ。フェーズ2に引き上げろ」
〔承認。強力配達モード、フェーズ2。迅速な突破を推奨します。〕
「っ!」
交わされる人と機械の言葉の応酬。すると、鞄から放出されるエネルギーの出力が先ほどより目に見えて上昇する。イヴァンも、それを見た勇儀も、二人ともが口角を上げ、不敵な笑みを浮かべていた。
「良い顔になったな、イヴァン」
「……おかげさまでな」
ここにきてイヴァンは、自分が高揚していることに気が付いた。そう、戦闘を楽しんでいるということに。
今まで行ってきた戦闘は、あくまで配達の為。それに常に時間に追われながらするものであった。故にそもそも勝てない戦闘はおろか、互角な戦闘すら避けるべきものであった。戦う時はどうにか隙をつき逃げる為か、あるいは雑魚を素早く蹴散らすに留めるしかなかった。余裕などあろうはずもない仕事の為の戦闘―――そこに趣味嗜好のつけ入る隙はない。
だが今は違う。今の自分と武器に制約はなく―――相手にしているのは自分よりも格上。何よりもただ勝つ為に……お互いに駆け引きを織り交ぜ、技を、弾幕を、力を、攻略しようと頭を働かせ、身体を動かし実行している。その感覚が、イヴァンにはどうにも新鮮に感じられ、そして本能的な昂りを誘発させるに十分なものであった。
それはイヴァンからいつもの冷静さと合理性を薄れさせていたが―――戦闘への本質的な集中力を最大まで引き上げていた。
「いくぞ!」
「はは、来な!」
ダンっ!! イヴァンが再び地を蹴る。だが鞄から供給されるエネルギーを纏った影響か、先ほどよりもずっと強く、速く間合いを潰しにかかる。
勇儀もそれを見てすぐさま腕を振るう。先ほどと同じ
「ポルードニツァ、崩壊ナイフ!」
[承認。崩壊ナイフを展開。]
キン―――緑の光が数回瞬く。巨大で重量の
「ッ!?」
グワシャア!! 斬りつけられ、瞬く間に崩れ行く洞窟の天井。勇儀が放とうとしていた弾幕の大半が瓦礫で押しつぶされてしまう。
それだけではない。
「……いない」
先ほどまであれほどエネルギーが発光して目立っていた相手が瓦礫と粉塵に紛れて姿を消す。配達人はこそこそ動き回るのも得意なのか? と挑発を兼ねて呼びかけようかとしていた瞬間、粉塵の先、勇儀は瓦礫を飛び越えるように飛び掛かってくる人影を捉える。
「はっ! そこだァ!!」
今度は相殺なんて生易しい対応はしない。あの鞄を使った攻撃をはじき返して、その隙をつき一撃加える。例えそれが打撃でも、先ほど展開したナイフによる刺突でも関係ない。全力で握った拳なら全てを粉砕出来る。それでこの勝負は終わりだ。
影が振り下ろす得物に合わせて、固めた右拳を振り上げて、渾身のアッパーを―――
「―――!? 鞄が……!?」
「悪いな。手動で変えさせてもらったぞ」
その全力のアッパーは空を切る。その威力は周囲の空気を叩きあげ、とてつもない風圧を生じさせはするものの、流石にそれで攻撃を防げるほど、目の前のフィクサーと自称する人間は弱くはない。一体何が起こったのか? 答えは明白だった。
「『ハンマーモード』、換装」
弾き返そうとしていたイヴァンの得物たる
今の鞄は底部より大きな柄が飛び出し、イヴァンはそこを握っている。まさに巨大なハンマー形状の得物と化していた。それは武器としてのリーチを圧倒的に伸ばし―――来ると思っていた軌道から、実際に振るわれた軌道を大きく逸らしていた。そしてそれを、
「ポルードニツァ、出力制限を解除しろ!」
[出力上昇要請を確認。]
インパクトの刹那、更に濃い緑光が噴き出す。今回一番のイヴァンの打撃が勇儀の直上から振り下ろされた。
「ッチ! うおおおおおぉぉぉぉ!!!」
ズッッッガアアアアァン!!!!
最早幾度目かも分からない衝撃が周囲を駆け巡る。だが―――それが周囲に衝撃波として伝わるということは。
「クソ! これでも受け止めるっていうのか!?」
「……はっ。でも……頭ぐわんぐわんしやがるぜ、クソッたれ」
この超威力を受け止めたのは―――勇儀の頭部。否、角だ。あまりにも不安定、かつ折れても不思議ではない一撃を一瞬だけ受け止め……再び右手でカバーするだけの時間を稼いだ。
だがそのダメージは―――いくら鬼とはいえ、頭部を揺らすには十分すぎる一撃。確実に脳震盪を起こしていた。
「まだだ……もうちょいいけるよなァ!」
「タフ過ぎるだろ……! だが―――」
イヴァンは分かっていた。この一撃では、恐らくKOまでは至らないことを。故に着地と同時に身をよじる。額から垂れる血に混じり、勇儀の赤い眼が爛々と光輝いた。そのまま前のめりに繰り出される拳―――予期していたイヴァンの身の捩りに躱される。そしてその捩りの勢いに任せるままに足を思いっきり後ろへと突き出す。
「はああァァ!!」
「うっぐ……!?」
勇儀の脇腹に深々とイヴァンの後ろ回し蹴りが炸裂する。配達の為にと鍛えた、そして何処よりも施術を重ねた部分による一撃が入る。少なくとも、鬼の堅牢な筋肉の鎧を貫く威力の。
だが、それでもなお―――
「本当にさいっこうだ、お前……!」
「!?」
持てる技術と作戦と油断の隙を突き、なんとかここまで優位に立ち回ってきたイヴァン。だがことここにきて、勇儀の身体能力。鬼の力の強力さが牙を剥いてくる。
ここまでの一撃をまともに喰らいながら―――あろうことか怯むことなく更に一歩を踏み出し、お返しとばかりに蹴りを飛ばしてくる。だが……
「っ……ちくしょう」
その瞬間、勇儀の左手からガランと盃が落ちた。脳震盪に脇腹へのダメージ。流石に左手の力が緩んだのと、蹴りで体勢が崩れたせいで取りこぼしてしまったのだった。自らが手加減と称して行っていた縛りを破った。蹴りを放ちながらも勇儀は負けを認めていた。実際、この蹴り単発では防がれる、それぐらいは揺れる思考の中でも分かるというものだった。それだけフィクサーの強さは十分に示されたのだから。
「っつ! 仕方ねぇ!」
そして当のイヴァンは破裂エネルギーを纏った腕で蹴りに対してガードを構えていた。完全にタイミングを合わされた一撃。後ろ回し蹴りから咄嗟に飛び退く時間的余裕はなかった。だがそれでも、このエネルギーの膜による防護も合わせれば、多少のダメージで抑えられるはずだ。
―――はずだった。
〔エラー。貯蔵中の崩壊粒子、及び破裂エネルギーを使い果たしました。配達業務以外でのデリバリーキャリアの長時間使用によるものと考えられます。至急、ヂェーヴィチ協会支部倉庫、及びに本部にてデリバリーキャリアを返却、補充することを推奨します。〕
「……え?」
「……は?」
それは今までイヴァンがヂェーヴィチのフィクサーとして働く中で、一度も聞いたことのないエラーメッセージだった。
何故ならヂェーヴィチフィクサーの業務の流れは至ってシンプル。倉庫にて配達品を入れられたデリバリーキャリアを受けとり、指定場所に指定時刻までに配達。そうしたら再び倉庫に鞄を返却し、同じ流れを繰り返すだけ。だが実際には……というより少し考えれば分かることだが、返却時に行われているのは決して配達品を入れるだけのことではない。それまでに使用された崩壊粒子と破裂エネルギーを補充しているのだ。そしてその補充分は配達費用から差し引かれる。すなわち自費だ。それはイヴァンも何度も頭を悩ませてきたシステムのうちの一つだ。
だがことここに至っては、ヂェーヴィチとしてのそのサイクルに慣れ過ぎて、完全に頭から抜け落ちていた。そもそもそんなことをやったことなんて一度もなかった―――倉庫に返却することも無しに私事に
そしてもし仮に配達が長引いたら……なんて仮定は存在しない。その場合はエネルギーの枯渇の前に、鞄に殺されているのだから。
代償も無しに対価を得れるものはない。なんて都市ではお決まりの文句すらも言えない、ただの大ポカ。結局のところ、どれだけ鞄を巧みに扱えようが、本来のこれは単なる協会の備品。つまりは借り物だ。私物ではない。だからこそメンテを自分で行うことはない。そもそもそんなことは出来ない。整備やら調整は、組織がやることであったから。
その意識がここに来て命取りになった。
「うっが!?」
勇儀の最後の蹴りが、ガードしていた腕にミシリ……と音を立てて喰いこむ。軽く折れた、間違いない。
そのまま吹っ飛ばされ、ゴムボールのように地面を軽く何度か跳ねながら反対側の壁に激突する羽目になった。
「あ…………おい、大丈夫か……!?」
「ちょっとイヴァン、大丈夫!?」
突然のこと過ぎて、というより、既に負けを内心認めていた中で起こったアクシデントに呆気に取られている勇儀と、ギリギリの戦闘範囲外まで避難しながら一部始終をキッチリ見ていたにとりが慌てて駆け寄る。
「……っでぇ。くそ……調子のるんじゃ、無かったな……」
ぐしゃりと折れた片腕に、背を壁にぶつけた衝撃で吐いた血を呆れた様子で見つめながら、イヴァンが自分への文句を漏らした。心底、自分へ呆れたと言わんばかりの声色で。
そして駆け寄ってきた勇儀に目を向ける。もうそこには戦意は欠片も無かった。お互いに。
「俺の負けだ」
「私の負けだな」
そしてお互いの敗北宣言に、目を丸くして。しばらくそうしてから、示し合わせたかのようにお互い穏やかに笑みを浮かべたのだった。