ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第六話 手持ち無沙汰

「……私がなんて言ってたか覚えるかしら。一日ぐらいはゆっくりしておくのがいいわ、って言ってたのよ」

「いや覚えてるし……一応ゆっくりしに行く途中だったんだよ」

「だったらなんでそれが鬼との力比べに変わるのかしらね……?」

 

 イヴァンは先ほど自分が寝かされていたベッドにとんぼ返りする羽目になった。しかも以前より完全に重症な状態で。そのことを聞いて、同じようにとんぼ返りしてきたさとりに説教されていた。

 右腕は完全に折れているし、背も皮下出血が酷く、内臓もそれなりに痛めた。回復にはそこそこの期間、療養しなければならないだろう。骨折を固定する右腕のギプスがなんとも痛々しい。

 もっとも、鬼と真正面から対峙してその程度で済んでいると考えれば、大したものだと言えなくもないのだが……

 

「しかも最後の最後でダメージを受けた理由が、ただのポカとはね」

「ま、待ってくれ。勝手に心読まんでくれ、恥ずかしい……」

「恥ずかしいと思う気持ちがあるなら反省もするわよね。良かったわ」

 

 両手で顔を覆うイヴァンに飽きれたように嘆息するさとり。

 

「まぁまぁ。そうカリカリしなさんなって、古明地の」

 

 そんな二人にケラケラと笑いながら勇儀が水を差す。振り返りながらキッと睨むさとりの視線を、ひらひらと手を振るようにして気にせず受け流しているようだった。

 

「そもそもなんでここまでついてきたの……?」

「そりゃあ、あんだけ派手にやり合ったなら、酒の一杯ぐらいは付き合ってもらおうかと」

「酒……ウォッカとかなら飲んだことあるけど、それは違うよな?」

「日本酒だな。まぁ安心しな、この盃に入れた酒は大抵美味くなるからさ」

「待て、待ちなさい。絶対始めたら一杯じゃ済まないんだから、今日はやめておきなさい」

 

 床にどっかと座り込み瓢箪から酒を盃に注ぎ始める勇儀を静止し、さとりはイヴァンに向き直る。

 

「全く……知らないうちに随分と適応したのね、イヴァン」

「そんなつもりはないんだけどな。良い奴が多いからじゃないか」

「鬼と戦ってそんなこと言えるなら十分適応したでしょ。とにかく回復に専念しなさい、そうじゃないと人間はすぐ死ぬんだから……」

「……勇儀にも結構ダメージ入ったと思うんだけどな」

「ははは。確かに大分効いたよ、明日までは痛むと思う」

「……」

「これが基本的な人間と妖怪の差よ。諦めて休みなさい」

「分かったよ……」

 

 自分ばっかりが休めと言われることにちょっと納得いかなくて抵抗してみるのだが、一日ちょっとで回復すると言われてしまえば、言われた通りに諦めるしかなかった。K社アンプルの一つでもあれば、この場ですぐさま復活してみせるのだが、そんな高価な物は持っていない上に、よく考えれば非常時でもないのにそんなものを使おうなんて考えるべきではなかった。どうにもさっきの戦闘の高揚感がまだ僅かに胸に残っているようだった。

 

 ベッドに身体を預けて、手足を投げ出すようにうんと大の字に伸ばしてから脱力して息を吐く。その様子を見てようやくさとりも説教を終えた。勇儀もこれ以上は酒をこの場で勧めようという気にはならなかったようだ。

 

「ま、そんじゃ酒盛りは日を改めるとしようか」

「あぁ。その時は日本酒とやらの飲み方を教えてくれ」

「お! 乗り気なのは大歓迎だ、任せときな」

「はいはい、怪我人は安静に。予定も決まったなら、さっさと解散するわよ」

 

 そうしてようやくこの場から人がいなくなり元の静けさが……

 

「貴方も出るのよ、エンジニアさん?」

「あ! 今良い所だったのに! あぁ、ちょっとイヴァン! 鞄やっぱ借りてっていい!?」

 

 部屋の隅で一人我関せずと鞄を弄っていたにとりをさとりがひっ捕まえて外に出そうとする。あの後、鞄の性能を直で見れたことに興奮したにとりが、もしかしたら枯渇したエネルギーをどうにか出来るかもと言い出したので、流れで貸し渡すことになっていた。もし本当にそれが出来るなら、完全復活とはいかないまでも、この世界でもある程度鞄を使い続けることが出来るだろうから、断る理由も無かった。

 

「あぁ。どうせそのままじゃ使えないし……本当に出来るのか?」

「うん。崩壊粒子……だっけ。その部分の解析だけは済んでるから、何かしら代用品は用意出来ると思う。河童の技術に任せといて!」

「……なんか色々悪いな」

「なーにそんなこと言わないで。タダにするのは最初だけだから!」

「あぁうん。なんかそっちの方が安心するかもしれないな」 

 

 要はこっちの事情が落ち着いたら金を取るということだ。ある意味で一番単純な性能と引き換えの対価だ。むしろ都市で慣れ切ったシステムの登場に安堵さえしていた。

 そんなこんな各々三者三葉の反応を示しながら部屋を後にし、今度こそ本当に部屋に静けさが訪れた。

 

「ふぅ……」

 

 また息を吐きながらぼんやりと天井を見上げる。今日一日で様々なことがあった。恐怖も安堵も高揚も鎮静も、一気に訪れては去っていく。そうして一連の激情が通り過ぎていった先に、怪我と高揚感だけを持って帰ってきたわけだ。

 だが人というのは"今"に生きているわけで。さっきまでの高揚感を確かに引きずりこそしてはいるものの、こうやって一人横になっていると、すぐさま退屈という感覚が顔をもたげてくる。

 

「ポルードニツァ、音楽でも……」

 

 AI(ポルードニツァ)には実の所個人差がある。業務外のこともやってくれるような気のいい奴もいれば、そうでない頭の固い奴もいる。今回のAIに関しては余裕が無かったのでまだ試していなかったが、いい機会だと声をかけてみるのだが……

 

「……そうだった。持ってかれてんだった」

 

 手癖。ここに来てからやる手癖が悉く不発している。別世界に来たからというのもそうなのだが、本来の自分ではやらないようなことばかりをやっているせいでもあった。

 そうしてからしばらく考え込んで……一気にやることも、やれることもなくなってしまった実感がベッドに沈んだ身体に染み込んでくる。

 今の自分には退屈を紛らわす手段も無ければ、仕事か何かに出れる体調も装備もない。完全に八方ふさがり。きっともう今日は眠ってしまえという天からのお告げかとすら思えた。

 ただ何故か眠れない。疲労感はある。なにせさっきまで全力で戦っていたのだし。だが頭が妙に冴えている。環境の変化で自律神経がバグっているのかもしれない。

 

 いくら考えたところで答えは出ず、無為な時間を過ごすばかりになる。けれど横になる以外に道はないのだから仕方ない。ぼんやりした思考のまま無事な左腕で服のポケットをまさぐり、何か鞄以外に入れていたものはなかったかと探ってみると……

 

「……これ」

 

 やがて胸ポケットあたりにしわくちゃになった紙片を探し当てる。それを引っ張ってみて、じっと見つめて……

 感傷。思考。憂鬱。ともかく何かしら過去を思い返すような表情をして、紙片に描かれた文字と青い印を眺めていた。

 

「ッチ、嫌なこと思い出したな」

 

 そうして自分の胸に去来した決して面白くはない(ネガティブ)感情に満足して。再び胸ポケットに紙片を戻し―――

 

「嫌な思い出だったの?」

「!?」

 

 完全に油断し切っていた所、すぐ傍からかけられる声。反射でベッドの上を大仰に転がり、声が聞こえた反対側まで芋虫のように這って逃げる羽目になった。その拍子に右腕のギプスをどっかの壁かベッドの角にかぶつけてしまって、激痛を覚えることにも。

 

「いっで!? なになになになに!? なんだお前!?」

 

 恥も外聞を消え去った様子でようやく相手を確認しようとそちらに目を向ける。

 そこには緑色の髪をした……ざっくり言うならまるでさとりとほとんど同じような姿をした……配色と表情だけが違う存在がこちらを見つめていた。その容姿の特徴に気づいてから、イヴァンはあ! と間抜けながら気づいたような声を出す。

 

「そうだ……さとりの妹ってアンタか?」

「そうだよ。古明地こいし。私の話は聞いてるんだよね」

「……俺を助けてくれたんだったな。あぁ、今のビビリようは……すまん。急に声をかけられたからさ。俺はイヴァンだ、よろしく」

 

 言いながら扉の方をチラリと見やるが、開いているわけではない。かと言って開けられたあと閉じたのなら音が聞こえるはずだ。

 

「ちなみにどうやって入ってきたんだ?」

「? 最初からいたわ」

「は?」

「私は最初からいて、瞳が閉じられていたから気づけなかっただけ。ね?」

 

 そう言ってこいしは微笑みながら、さとりとまた配色の違う青色の第三の目(サードアイ)に両手をかざして強調してくる。その眼は確かに閉じられていて、本質的にさとりのとは違うようなものを感じ取ることが出来た。

 そしてそのままこいしの目の方に視線を移して―――その微笑みの視線の先に何の感情も感じ取れないことに、ほんの少し寒気を覚えもした。

 

「それで、その紙は?」

「え?」

「嫌な思い出なんでしょう?」

 

 そんなこっちの気持ちなんてお構いなしにマイペースに紙のことを聞きにくる。視線からは何も感じ取れないが、どうやら本当に気になっているようで……話すまいと考えていた時、ふと気になって逆に質問することにする。

 

「……心読めないのか? さとりの妹なら、同じ妖怪……なんだろ?」

「うん。瞳を閉じてしまったから……お姉ちゃんの読心はこの瞳で視ることで行っているから」

「だからわざわざ俺に聞くのか?」

「そう。教えたくない?」

「…………まぁな」

 

 助けてくれた相手にすることではないかもしれないが、一旦会話に区切りをつけて断固として話さないと態度で示してみる。そうするとこいしも、それ以上はこの話題を深くは切り込んでこなかった。

 

「ところでもう寝ないの?」

「え? あぁ、なんか眼が冴えてて」

「それなら何か遊ぶ?」

「……ゆっくりしろって言われてんだよな」

「ふふ。でも手持無沙汰なんでしょ?」

「その場の退屈しのぎになるものはどうもな。暇があったら仕事していたもんだから」

 

 都市ではとにかく配達を、その合間には同僚と店に食べに行くようなこともしていたが、基本的にはずっとその繰り返し。金の為だったとはいえ、かなりの仕事人だった自負がある。二級フィクサーという肩書もそれを物語っている。

 ヂェーヴィチ所属という関係上、仕事でミスをしたことなどほとんどなかった。それすなわち大きな怪我をするような事態もそんな程度だったということで……身体が健康ならまず真っ先に次の仕事を予定に入れるような人間だったので、そういう意味で手持無沙汰になったことが無かったのであった。

 

「あまり想像がつかない世界みたい。ここじゃ暇を持て余すことの方が多いだろうし」

「マジで? って言われてもな……俺にはそれしかなかったんだよ」

「それしかない?」

「まぁ……他に誇れるものは思い当たらないな……」

 

 フィクサーとしてはそこそこ高みに上り詰めたと豪語出来る反面……その地位にたどり着くために何か犠牲にしてきたというなら……きっと一番大きなものは『時間』だ。生まれた時からあった不遇(貧乏)をどうにか覆すために、仕事を受け金を手に入れ、施術をし、体調は整え……ゆっくり少しずつ積み重ねていった。皮肉なものだが、没頭していた。

 元は地位を手に入れ、ある程度の余裕さえ手に入れば、そこから遊びに使える時間を捻出できるものだと思っていたのだが。こうやって臨時で時間的余裕を手に入れてみればなんてことはない。自分一人では退屈しのぎにすら困る始末だ。

 もっとも、遊びを覚えるタイミングを何処かしかで逃しただけだったのかもしれない。先ほど眺めていた紙片を思いだして、そんなことを考えもしていた。

 

「複雑そうな顔してるね」

「そんな大仰な目なんてなくても、心が読めるぐらいの表情はしてるかもな」

「……でもそれしかなくても、一回捨ててみれば違う景色が見れるかもしれないよ」

「え?」

「私もそうしたようにね」

 

 その言葉を聞いて、イヴァンは目を丸くした。その台詞の内容にではなかった。

 能面のように張り付いたこいしの表情。そこに僅かに陰りが見えたような気がしたからだった。何も語ることのないその両の目に、光彩の揺らぎが感じられたような気がしたから。

 

 それと同時に、何か胸の奥―――心がざわめく感覚をようやく認識する。だが今やっと認識してみたというだけで、この感覚は何かさっきからずっと静かに自分を蝕んでいたような、そんな感じがしている。

 これが恋……? なんて冗談は言えない。何かがおかしい。都市育ちの感性が、この静けさの中で警鐘を鳴らしていた。

 

「な、なんだこれ……?」

「……ねぇ。『鬼ごっこ』してみる?」

「お、おい。お前さっきから何を―――」

「眠れないならついてきて。脚の部分は平気でしょう? 鬼と戦っていたのも見てたから」

 

 言いながらタッタッタッと部屋の扉まで駆け寄るこいし。そうして初めてこいしが何かを後ろ手に隠し持っていたことにイヴァンは気づいた。

 それは拳大の黒い石―――イヴァンの機械鞄(デリバリーキャリア)から零れ落ちた、イヴァンの配達物そのものだった。

 

「なッ!? ま、待て!」

「やってみたら面白いかもしれないよ。私も……今、少し()()()()()()()()から」

 

 その時にはもう、その眼の奥に何も感じられないなんていうことは無くなっていた。

 いつの間にかこいしの両目に―――爛々と輝く恍惚の光が宿っているようにイヴァンには見えたから。

 こいしが扉を開けて外に出て行った直後、ベッドから跳ね起きて、イヴァンも急いでその後を追う。だが―――

 

「嘘だろ……いねぇ……!」

 

 その扉の先の廊下には既にこいしの姿も、手に持っていた石が転がっているなんてこともなく。イヴァンは穏やかなじゃない心持ちで立ち尽くすほかになかった。

 そう、もうあの配達物が何の変哲もないただの石っころではないと知っているから。

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