ヂェーヴィチ協会員が行く。~ねじれ幻想郷回遊録~   作:哲学の階のロッカー

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第八話 愛をください

「クソ、マジで……なんで俺は一向に休めねぇんだ……!」

 

 イヴァンがギプスを出来るだけ揺らさないようにと気を使いながら地霊殿を走り回る。アテは一つもないが、どうにかしてこいしを見つけて黒い石を取り戻さなくてはいけない。屋敷の内装も分からないまま、とにかく走って一つ一つ部屋を確認していくしかない。

 

 そんな折に廊下の角を曲がった先で何やらざわざわと騒ぐ音が聞こえる。光の当たり方のせいか、角の先のもぞもぞと動く影からして、結構な人が集まっているような感じに。

 もしや何かこいしが騒ぎでも起こしたのかと、イヴァンはズザザと音を立てて、廊下の角の先へと滑り込んでいく。

 

「こいし! ここにいるのか!?」

「あ~、しあわ……え?」

 

 そこにいたのは、猫に犬に鳥に……と、もふもふ可愛い動物らにもみくちゃに囲まれて毛玉と化していたさとりがいた。毛むくじゃらに囲まれて心底幸せそうだったさとりの表情がみるみるうちに怪訝なものへと変わっていってしまう。

 

「……何してんだ?」

「……餌やりよ。飼い主の責務でしょ」

「そ、そっか……先に言っておくぞ、悪かった。本当に今のは俺が悪かった、許してくれ」

「実際楽しみを邪魔されはしたけど、何も言う前から謝るのはやめなさい」

 

 非常に気まずい。人のプライベートを真向から邪魔したという罪悪感があって、本題を切り出しずらい。でも一言言うならこんな廊下の角っこなんかじゃなくて、もっと他の部屋でそういうのはやって欲しかった……いやでも部屋一つ一つを開けて確認するつもりだったから、そっちの方が自分の悪いみたいになっていたのかもしれない。

 

「それでなんでまた部屋を抜け出してきたの? しかも走ってくるなんて……何かあったの?」

 

 そんなことを延々考えていたイヴァンを哀れに思ったのか、ペット毛玉から抜け出してきたさとりの方から言葉を切り出す。

 イヴァンは少しだけ内心で迷ってから、さとりに先ほどあったことを全て話すことにした。皆が出て行ってからこいしと話したこと、そしてこいしが例の黒い石を隠し持って、どこかに行ってしまったことを。

 

「それは……本当なの?」

「嘘を言ってるかどうかはお前が一番よく分かるだろ」

「むっ……そう、ね。でもこっちには来てないわ……屋敷の中だったらこの子たちにも探してもらえばいいけど、外に出てたら……」

 

 この会話を聞いていた地霊殿のペットたちが一斉に駆けだして散り散りになっていく。どうやらこいしのことを探しに行ったようだ。

 動物たちが人間の言うことを完全に理解して、率先して助けてくれるなどという都市では見ることのないファンタジーな光景に面食らっていると、さとりが本題に引き戻すようにごほん、と一つ咳払いをしてから話を続ける。

 

「それで、その。こいしに何か変わった様子はなかった?」

「そんなの俺に分かるわけないだろ。強いて言うなら徹頭徹尾変な奴だったと思うけど」

 

 言い方も遠まわしで、距離の詰め方もなんだかちぐはぐで。挙句の果てに人の物を取って遊びのダシに使っているのだから、あんまり良い印象はなかった。

 それを聞いたさとりは、深刻そうな表情で何か考えこむ様子を見せた。

 

「ねじれのことを気にしてるのか?」

「……えぇ、そうよ。まだ発生した事例はほとんどないから、なんとも言えないけど……もしあの子が怪物になるようなことがあったら」

「まぁ、そう……だよな……」

 

 イヴァンにしてみると今の所、あの黒い石がねじれを誘発するということに実感というものはない。実例を見たことがないのだから。だが、だからと言って目の前で実際に悩み考えている人物に気安い対応をする気にはなれない。そもそも自分の配達物である以上、他人事ではなく、ある意味自分の過失とも言えるのだから。

 

「ともかくお前のペットが屋敷の中を探すんなら、俺たちは外を探さないか?」

「……貴方も外出るの?」

「……無茶はしねぇよ。鞄もないし」

 

 バツが悪そうに答えるイヴァンにさとりも嘆息しつつも咎めはしなかった。

 

「じゃあとにかく私についてきなさい。土地勘もないんだから。まずは……」

 

 そして行き先の心当たりから先に潰そうとしたその時だった。

 

「ッ!?」

「は!? なん、だこれ!?」

 

 突然の地響き。それもかなり大きい。地震のようにも思えるほどに、屋敷内の家具がガタガタと揺れるが―――イヴァンもさとりもそれがどこかで発生した巨大な衝撃がここまで届いただけだということに気づいていた。

 そしてそこまでは分からなかったペットたちが一斉に怯え、遠くに吠えたりしてしっちゃかめっちゃかの大騒ぎの状態となるが、さとりが一言屋敷中に通るような声で宥めすかせると、すぐに騒ぎは落ち着いた。

 

「おぉ、すごい……じゃねぇな。えっと、今のどっからだ……? ここより下?」

「……多分それで合ってるわ。下ということは……灼熱地獄跡か」

「今度は灼熱地獄と来たか……そこで何が起こったか見当つくか?」

 

 さとりはただ淡々と首を横に振った。けれども、その顔には先ほどと同じような深刻そうな険しい表情が張り付いていた。

 

「何が起きたかは分からないけど……灼熱地獄跡は私のペットの二匹が管理してる。問題が起きたなら見に行かないと」

「動物が地獄の管理を?」

「あの二匹……お燐とお空はただの動物じゃなくて妖怪なのよ。ちゃんと人の姿に化けて仕事してるんだから。ともかくこいしの捜索も兼ねて下に行くわよ、ついてきなさい」

「あぁ、分かった」

 

 二人して混乱が収まった地霊殿を後にし、さとりの案内で旧地獄をここから下へ下へ降りていく。

 何も持たずにえらく軽く感じる肩に心許なさを感じながら。

 

***

 

「もう、しつっこい……!!」

 

 爆炎。そして閃光。地霊殿と灼熱地獄跡を繋ぐ洞窟の道の中で凄まじい炎と光が交差する。お空の放つ火炎弾幕が石碑の怪物の放つ弾幕を相殺していく。怪物は開いた無数の第三の目(サードアイ)からビームやら光弾やらをお空めがけて絶え間なく浴びせ続けている。

 

「クソ、こんな弾幕……!」

 

 本来のお空であれば、多少の弾幕であれば火力でねじ伏せることが出来る。"核融合を操る程度の能力"―――幻想郷の住民からも"究極の力"と呼ばれる程に他の追随を許さない圧倒的な火力はお空の強みの一つであった。だがその超火力を発揮するにも、お燐が傍に倒れている状況ではそうはできない。お空がこの場で本気を出したなら、周囲一帯を焼き尽くすことは必至だ。先ほどの衝撃派でボロボロになっているお燐では耐えられないだろう。

 

 それだけではない。

 

「ッ!? また増えた!!」

 

 先ほどから石碑が新たな触手を繰り出す度に―――その触手に連なる第三の目(サードアイ)まで一緒に増えている。それらは目が開いていたり、いなかったりするのだが……目が開いていてる第三の目(サードアイ)は例外なくこちらに弾幕を浴びせる追加砲台のようになっている。これのせいで際限なく密度が増していく弾幕にお空は攻撃のチャンスを見失ってしまっていた。

 

 それにこちらを見つめてくるそれらの目―――自身のご主人と同じその目に見つめられているということがどういうことか、お空は身に染みてよく分かっているのだ。

 恐らくこの怪物は―――自分の心を読んでいる。

 

「っ! ッグ!?」

 

 周囲を飛び交い弾幕を躱していたお空だったが、進行方向を塞ぐ弾幕壁に停止を余儀なくされ、そのタイミングを見計らって飛んできた追撃に肩に、肘にと被弾を許してしまう。

 更なる追撃を避けようと根性で飛行を継続するが、このままではジリ貧。相手の弾幕は更に密度を増していっており、最早お空から石碑の怪物を直視することもできない。光り輝く弾幕の嵐が、お空の視界を塞ぐ。余裕を削る。未来を閉ざしていく。

 

「こうなったら……! ゴメン、お燐……!」

 

 遂には一か八かと自身の手の中に火球を生み出す。それは段々と大きさを増していき、周囲に凄まじい熱波を放出し始めた。今はまだ小さいが、れっきとした太陽をここに生み出していた。

 量ではなく質。押し寄せてくる大量の弾幕全てを跳ねのけて、あの石碑を跡形もなく消し飛ばすような究極の一でもって、押し切るしかない。もしこれが着弾し爆発したら、お燐も、そして自分もただでは済まないだろうが……追い詰められたお空にはこれ以外の方法が思いつかなかった。

 

「…………」

 

 そして火球を膨張させ放とうとする―――だが、一瞬だけそれが躊躇われた。それは追い詰められていたせいで先ほどまでは見えていなかった思考。それは、この怪物が一体誰かということ。

 確証はない。だがあの怪物が備える第三の目(サードアイ)の由来がどこから来ているのか、お空に分からないはずはなかった。それが一瞬だけ決死の攻撃を躊躇させる。それでも、この状況を打開するためにはやるしかない。迷いを振り払い、左手を弾幕の先の石碑の怪物に向ける。

 

「これでも喰ら―――ッ!?」

 

 だが、いつの間にか火球を生成した左手に、その隙にと石碑から伸びた青い触手が巻きついていた。視界を塞がれていたせいで気づかなかったのか? それとも……その原因を探る(いとま)もなく、巻きついた触手に引っ張られ、振り回され、近くの壁へと叩きつけられた。

 

「かはっ!? うぅ……!」

 

 口から血が滴る。喉の奥からこみ上げたそれが抑えきれずに溢れ出す。ぎぎ、と歯を食いしばりながら見上げるも、既に目の前は怪物から放たれた弾幕で埋め尽くされていた。

 

「―――!」

「お空!!」

 

 絶体絶命―――眼前に迫る敗北に思わず目を閉じたお空だったが、まるで暗雲の未来を切り裂くような自分のご主人の声にハッとなる。

 次の瞬間には、弾幕に押しつぶされる前にかっ飛んできたさとりに引っ張られるようにしてなんとかその場を脱出していた。

 

「イヴァン、やりなさい!」

「はああぁぁ―――!!」

 

 怪物の視線が完全にお空とさとりに向けられていた中、脇の方から超速で駆けてくる緑の影。イヴァンが施術を重点的に重ねた脚力で一足ごとに十数メートルと間合いを消し飛ばしながら、石碑の怪物へと一直線に突っ込んでいく。

 だが……

 

「うっ!? こいつ……!」

 

 イヴァンの方を見ずして的確に振り回される青色の触手。咄嗟に急ブレーキをかけて回避するも、うねりを上げて地面を叩きつけた触手の先では、地面がまるで斬撃でも喰らったかのように深く抉り込まれていた。もし直撃などしたら今のイヴァンでは真っ二つにされていたかもしれない。

 

「気を、つけて……! あの目は……」

「っ。私の方の心を読まれていたか……!」

「さとり! 一度こいつら連れて下がるぞ!」

 

 止められたなら作戦変更。攻撃ではなく傍に倒れ伏していたお燐の方へ駆け寄り、横抱きに掻っ攫うようにして怪物から距離を離していく。

 頷いたさとりが近くの岩陰を指さし、二人……担いだ者らも合わせれば四人であっという間に遮蔽物の裏へと駆けこんでいった。

 

 ―――すると不思議なことに、隠れたと同時に石碑の怪物からの弾幕攻撃がピタリと止んだ。不審に思ったさとりが岩陰からチラリと覗き見るが、何か準備をしているような素振りさえなかった。

 

「……止んだ。どういうことなの?」

「それよりこいつら大丈夫なのか……?」

「っ、そうだ。お空、お燐! 大丈夫!?」

「私はなんとか……でもお燐の方が……」

「……あたいも生きてる、って」

 

 二人とも重体ではあるが息も意識もある。その様子に安堵するようにさとりは息を吐いた。

 

「一体何がどうなって、こんなことになったの?」

「あの石碑みたいなのが……上から急に落ちてきて……その衝撃派、で……あたいは……」

「その後は私が戦って……あの怪物、こいし様の第三の目(サードアイ)を持ってて。しかもどんどん数を増やすし……さとり様、あれは」

「……ねじれだ」

 

 主従三人の会話に割り込む形でイヴァンが断言する。姿かたちこそ前会ったねじれとは似ても似つかないが、イヴァンにはどうにも同じようなものであるように見えて仕方が無かった。そしてそれはつまり。

 

「……こいし」

 

 黒い石を盗んでいったこいしが、そのせいで心を歪ませ……否、ねじれさせ、怪物に変容してしまったということ。

 さとりの悲痛な声に同情の意を抱きながら、イヴァンは岩陰からねじれたこいしを見やる。

 遠目から見ても明らかにでかい。元の姿の二十倍はありそうな大きさの石碑の形に、そこから十数本の触手が生えてゆらゆらと揺らめいている。しかもその触手一つ一つには6~7個ほどの第三の目(サードアイ)がついていて、その3分の1ほどは目を開いて、視線を左右に彷徨わせながら辺りを見渡しているようだった。残りの3分の2は閉じているせいか、微動だにせずに石碑の周りを囲っている。

 

「気を付けて、外来人……第三の目(サードアイ)一つ一つから、弾幕を撃ってくるよ……」

「ってことはざっと見ても100個ぐらいの砲台から一斉に撃たれるってことか」

「しかも向こうは私達の心を読んでくる」

「厳しいどころじゃねぇな……」

 

 ぼやくイヴァンの隣で、さとりもねじれに視線を向ける。

 

「……っ!?」

「どうした!?」

 

 しばらくそうしていたが、急に苦悶の声をあげて視線を逸らした。

 

「……今まで見たこともないような心をしてる……というか、こいしの心なんて今まで読めたことなんてなかったのに」

「えっと……そうなのか?」

「あの子は……第三の目(サードアイ)を閉じた時に一緒に心を閉じてしまったから。閉じられた心までは私には見えないわ。でも……今のあの子は。なんて言えばいいのか。まるで数十人いるかのように見える。幾つも重なって見えるというか……心が引き千切れて分裂しているみたい」

「……」

 

 心を閉ざしていた、というさとりの言葉に、イヴァンは一人納得していた。あの何も感じられない瞳と微笑みはそういうことだったのだろう。だがそんな元より異質な心すらもねじれさせるあの黒い石は……どうにかしないといけないだろう。あのねじれをどうにかしなくては。

 

「俺が囮になって、その隙にどうにか出来ないか? お前にも弾幕があるんだろ?」

「1、2発なら当てられるかもしれないけど、それじゃ意味がない。あんな厚い石質を破壊するには一層力を込めた一撃じゃないと。でもそんなの許してくれないでしょ」

「だよな……」

 

 さとりの言う通り、いくら誰かが囮をしていても、力をチャージなどさせてはもらえない。すぐにその魂胆を見抜かれて、妨害されてしまうだろう。イヴァンとさとりの二人では圧倒的に火力が足りず、その火力を叩き出せるお空はもう戦えるような状態ではなかった。

 

「どうした。お困りか?」

「「!?」」

 

 一体どうしたものかと完全に沈黙状態だった二人に後ろから声がかかる。

 そこにはさっき地霊殿で別れた星熊勇儀が変わらない様子で盃の中の酒をぐびり、と呷りながらそこに威風堂々と立っていた。

 

「勇儀!? どうして……」

「どうしても何も、旧地獄をあんなに揺らされちゃ様子を見に来ないわけにもいかないだろ? 旧都の代表として見に来たんだが……あれが古明地の妹だって? あぁ、勝手に聞いてたことは悪かったが、そういうわけにもいかないじゃないか。あれがアンタがこの前言ってた、心の歪みで出来る怪物ってやつなんだろ」

「……今は本当に助かったわ。えぇ、そうね。そんなことは言ってられない。勇儀、貴方ならあの石碑ぐらい破壊できるわよね?」

「まぁ、な。6~7割ぐらいしか力出ないけど、それぐらいなら」

 

 イヴァンとのダメージもまだ回復していない中で大丈夫と答える勇儀に、流石は鬼……と、二人が感嘆する中、勇儀は早速と言わんばかりに腕まくりしてぐるぐると肩を回す。盃も置いて、どうやら今回は本気で戦うようだった。

 

「それだったら……」

 

 ようやく光明が見えてきた。そんな余裕が出来たからだろうか。イヴァンの中に一つの疑問が芽生える。

 

「勇儀ぐらいのバカ力があれば囮も有効に働くでしょう。私が囮になって―――」

「……いや待て」

「どうしたイヴァン」

「さっきから倒す方向で考えてるが……それで元に戻るのか?」

「あん?」

「それは……」

 

 イヴァンの言葉に勇儀は怪訝な表情をし、さとりは静かに俯いた。反応的にこの前ねじれになった怨霊とやらは元には戻らなかったのだろう。自分も都市で倒したねじれが元に戻るという話をあまり聞いたことは無い。だがねじれ専門のフィクサー事務所なんていうのがあることは知っている。要は普通に戦闘に長けているというだけではねじれを相手取るにはなんらかの要因により不十分ということだろう。となれば……

 

「恐らく元に戻す方法はある。だけど、それは普通に倒すよりもっと難しい方法で、しかも手探りで探さないといけない」

「イヴァン……それは無茶よ。多分ここに集まった三人でもギリギリ倒すので精一杯なのに……」

「じゃあお前は妹が元に戻らなくてもいいっていうのか?」

「そんなわけない!! ……それでも、私はここを預かる身だから―――」

「はっ! いいじゃねぇか、探してみよう!」

「勇儀!!」

 

 さとりが悲痛な覚悟を背負おうとしている中、勇儀は勝気な笑みを浮かべてイヴァンの言葉を認める。それにさとりが食ってかかるが、勇儀は余裕しゃくしゃくな態度を崩さない。

 

「ここで私達が負けて最後ってわけじゃあるまいに。さっき途中まで一緒に帰ってたにとりが外に地響きのこと報告しに行ってたし、ここでダメでも異変となれば次が来てくれる。倒すってことになったとて、その時でもまだ遅くはないだろ。身内の私達ぐらいは元に戻してやることを考えようや」

「それは……」

「それに……イヴァンは骨のある奴だ。私はこいつに賭けてもいいと思ってる」

「それは過大評価じゃないか?」

「でもお前の顔はやるって言ってるぜ」

 

 確かに自分の配達物が発端であることと、そもそもの言い出しっぺ故に何かしらやろうとは思っていたが、でもそれと具体的な案を思いつくかどうかは別の話だ。

 

「ねじれ……さとりが言ってた心がどうこうってのは、つまりねじれた心の具現化がアレってことなんだろうな。アレがこいしの心を由来にして顕現したってことだろ」

「あれがあの子の……」

「ほんほん、それで?」

「あの形状とか行動とかから、ある程度どうしてねじれたか、とか……そもそもねじれた状態で何がしたいのか、とかそこから探っていくしかないんじゃないか?」

 

 言いながらイヴァンは今までのこいしの情報をまとめていた。彼女は第三の目(サードアイ)を閉じて、読心能力を捨てたこと。それと同時に心を閉ざしていたこと。彼女は自分と『鬼ごっこ』をしたがっていたこと。今のこいしの心は引き千切られたように分裂していること。

 まとめてみるが、どうにも要領を得ない。部外者の自分には情報が足りない。

 

「……あの子は過去、自分の読心能力に苦慮していたの」

「そうだったのか?」

「私達姉妹は他の妖怪から距離を置かれていたから。私達がほとんど全ての心を読んでしまうから、それで嫌われててね。私は気にしていなかったけど、あの子はそれでずっと苦しんでいた。それで能力を捨ててしまった方がマシだと思ったのでしょうね。私は反対したけど、結局あの子は瞳を閉じてしまった」

「でもそれなら捨てて実際マシになったんじゃないのか?」

「ううん。代わりにあの子は自分の無意識に支配されるようになってしまったから。(意識)を捨てた代償だったのでしょう。あの子は自分の行動すら制御することも出来ずに、他者の無意識にまで干渉するようになった。結果としてあの子は基本的に誰にも悟られなくなってしまったの」

「……つまり、アイツは普段誰にも気づかれないのか」

 

 そういうことなら、とさとりはこいしの過去と能力を語り出す。

 それには自分も覚えがある。最初から居たと言っていたこいしに二人きりになって、というか話しかけられて初めて気づいたアレが、こいしの能力によるものだったわけだ。そして自分にかけられた言葉も思い出す。

 

『……でもそれしかなくても、一回捨ててみれば違う景色が見れるかもしれないよ』

 

 すなわち能力を捨てたからこその言葉。そして恐らく……ねじれたおおよその原因はそれだろう。

 きっと彼女はあぁ言いつつも、微かに後悔していたのだろう。それを黒い石は大きくして、最終的にねじれさせたのだ。

 折角捨てたのに、あまり変わりなかったから。景色は確かに大分変わったのだろうけど……大して気分が変わるようなものではなかったのだろう。

 だからこそ、それしかないなどと嘆くような素振りをしていた自分にちょっかいをかけたくなったのだろう。それは贅沢な悩みだって、言いたくなったんじゃないか。

 

 なんとなく読めてきた気がした。であれば―――

 

「えっと、鳥のアンタ、名前は?」

「あ、私……? 霊烏路空……あ、お空でいいよ」

「分かった。んじゃお空、アイツは上から落ちて来たって言ってたけど……そっから動いてないのか? あの場から」

「えっと……多分そう。触手伸ばすばっかりで、あの石碑は動いてない……はず」

 

 近づいてこない。いや、近づきたくない。きっともう動きたくない。

 距離を置かれて、終いには無視され続け……だから今度は向こうから近づいてきてほしい。だから遠く離れた自分らには攻撃をしてこない。

 こいしが弾幕を撃ってくる(遊びに興じる)のは自分から近づいてくる者だけに、ということだ。つまり―――

 

「『鬼ごっこ』ってそういうことか……」

「イヴァン?」

「囮は俺がする。さとりと勇儀はここでアイツを観察しててくれ」

「なっ!? 何言ってるの!?」

「……なんか分かったのか?」

「確信はないけど……多分なんか遊んでやんないといけない気がする。だけどいざって時に攻撃を通せるお前と、心を読んで深い観察ができるさとりはダメだ。お前らはここで見て、ちゃんと糸口を見つけるんだ」

「分かった。行ってこい」

「ちょ……ま、待ちなさい!」

 

 決意を示すイヴァンになんてことはない、と言わんばかりに背中を押そうとする勇儀を、さとりが慌ててに止めに入る。

 

「彼は人間なのよ、しかも既に怪我してるでしょ!? ここでもし避け切れなかったら……」

「こいつがやるって言ってる。それに私は一度イヴァンと戦ったから分かる。こいつはそう簡単には死なないさ」

「だからって……ていうかイヴァンは鞄がないから無茶しないって言ってたでしょ!」

「ま、まぁ……避けるだけなら大丈夫だって、はは」

 

 そう詰め寄られるとあんまり強くは言い返せないのだが……目をそらしてどうにか誤魔化そうとするイヴァンだったが、一つまた別の想いが彼の中に芽生え始めていた。

 あの紙片を見て思い出した思い出……拒絶とすれ違いとそれでも欲する繋がりの中に、微かな共感をこいしに覚えていた。

 

「俺も死なない程度で離脱するから……まぁ、なんだ。折角やるんだし、なんとか救ってやってくれ」

「……アンタ、ねぇ」

 

 次第にさとりの声の勢いが落ちてくる。恐らくこちらの心を読んで、どうにも説得出来ないことを悟ったのだろう。どちらかといえばこちらが覚悟を決める番なのだと。

 

「後で文句言わないでよ」

「そんな虚しいことは……多分しないって」

「その割に心は決まってるように見えるけどね」

 

 これほど揺らぐのは、二人の間にまだ信頼と呼べるようなものがないからだ。

 それでも本気でそうしようと思っている者を無碍に扱えるような性格では二人ともなかったから。

 そして何よりもさとりにもこいしを大切する心は勿論あって……それをイヴァンも分かっていたから。そしてその間で揺れるだけの責任があることも。だからこそイヴァンは命を張ろうとし、さとりもそれを受け入れたのだった。

 

「じゃあまぁ、そっちは頼んだぞ、二人とも」

「あぁ。任せときな」

「……死ぬんじゃないわよ」

 

 観察の為にさとり、そして攻撃すべき時の為に待機する勇儀を岩陰に残し、イヴァンが一人、ねじれたこいしの前に歩み寄る。その姿は着崩した北部ヂェーヴィチ協会の制服こそいつも通りだったが、右腕を固定するギプスに、怪我した部分に巻かれた包帯。何より、彼自慢の機械鞄(デリバリーキャリア)も案内役をこなすAI(ポルードニツァ)もいない。ほぼほぼ無防備な状態で、怪物の前に姿を現した。

 

 この場でイヴァンが使える武器は……今までの強化施術と鍛えて得た、この肉体の力。特に配達で鍛え込んだ、この脚力ぐらいなものだ。今の自分にはこれしかない。イヴァンは強くそう思った。

 

「いつかは責務から逃れて、配達の為ばっかりの力を捨てるのもいいんだろうな」

 

 ゆっくりと大量の第三の目(サードアイ)がイヴァンに目を向ける中、滔々(とうとう)と語り掛ける。

 

「けど、これで出来ることが目の前に一つあるなら……捨てるのはそれが終わってからでも構わないだろう」

 

 こいしにとって、苦労して手に入れた無意識がきっと意味の無かったものだったとしても。

 それで出来ることが何か一つでもあるのなら。如何に厭おうと、それをまた無理やり捨て去る必要はないだろう。どうにか閉ざしたその瞳を……慌ててまた開く必要は、きっとない。

 

 一人のフィクサーが、一人のねじれの前に立った。

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